第35話 始まりの記憶
◆――……
遥か昔、天地ができる前のこと。
真っ暗で何もない空間に、一柱の桜があった。
桜は大きく、堂々と咲き誇るも、無の闇では何者にも観測されることはない。自分自身でさえも、見ることが出来なかった。
桜には、偉大な【力】があった。
世の理を知り、万物を創造する力――無量大数に咲く花弁をわずかに散らす度、望む物を造ることが出来る力が。
自らを知りたくなった桜は花を散らし、闇を照らす【お日様】を造った。空間は光に満ちて白く輝き、桜が照らし出されると、桜はますます咲き誇った。
お日様の光をいっぱいに浴びた桜の下に、一輪の花が咲く。それはお日様によく似た黄色い花――【向日葵】だった。
桜と向日葵は、原初の花として自然に惹かれ合い、共に強く願った。
想いを重ねたい。
触れ合いたい。
その願いは、桜と向日葵を後にヒトと呼ばれる姿に変えた。想いを持ち、言葉を交わし、抱き合える姿に。
向日葵は、よく笑う花だった。
お日様にも負けぬほど明るく輝くその笑顔を、桜はもっと見たくなった。
向日葵は、お喋りが好きな花だった。
他に無口な桜とお日様しかない世界で、向日葵の声は唯一の奏だった。桜はそれが心地好く、もっと聞きたくなった。
桜には、確かに【偉大な力】があった。
しかし、その全てを向日葵のために使いたくなるほど、向日葵に心惹かれていた。
思えば、最も大きな力とは、桜だけでは持ち得なかったもの――向日葵がくれた【想い】なのではないか。
桜は、力の使い道を決めた。
それは、生涯変わることのない誓い。
向日葵の笑顔を造る。
全ての始まりは、桜の決意だった。
――向日葵は、散花など望んでいなかったのに。





