表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
樹法師タネの桜散る天地創造  作者: 星太
第五章 天ノ島

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/36

第33話 終と始

 暗く冷たい洞窟の最奥、禍々しい煉獄の門を祀る鳥居の前で、膝から崩れ落ちる私。……残花、お願い。帰って来て――。


 ――ドン


「何……?」


 ――ドン


 ――ドン


 それまで何も聞こえてこなかった門から、誰かが叩くような音がする。


「残花? ……ねえ、残花なの?」


 私は心からすがるように聞いた。どうか残花であってほしい。それ以外のことは考えられなかった。


 ――ドン

 ――ドン

 ――ドン


 私の問いに応えるように、叩く音は間隔を縮め、何度も聞こえた。残花だ、残花に違いない!


「残花……! 喋れないの? 傷付いて開けられないの?」


 私は震える足を無理矢理引き摺って、鳥居をくぐる。


「!!」


 鳥居をくぐった瞬間、心臓を握り潰さんばかりの衝動的な恐怖に襲われた。苦しい……! ……でも、残花が叩いているのなら、何としても開けてあげなきゃ……!


 ――ドンッ

 ――ドンッ!


 急かすように、叩く音が強まる。私は上がらない足を摺りながら、門へ近付いていく。


「行くよ! 今、行くから……!」


 その時、懐から白兎が飛び降り、私の足を止めんと掴んだ。


「止めないで。私、行かなきゃ……」


 白兎は大きくなろうと力んだが、神力が使えないようだった。私の足を噛んで懸命に後ろに引く。


「ごめんね、白兎。でも、私――」


 白兎ごと足を引き摺り、煉獄の門に辿り着く。すると、中から声が聞こえた。


たねよ』


 残花の声じゃない!

 

 それはまるで焼けた喉から発したような、酷くしゃがれた声だった。私はハッとして門から離れようとするも、もう足をぴくりとも動かせなかった。白兎も見えない何かに縛られているように、身動きが取れないようだ。


『花は散った。無論、地の雑草も』


 ――!!!


「う……嘘だ、そんなの……そんなわけ……」


 動かないはずの足が震え出しそうなほど、私の根幹ががくがくと揺らぐ。自分の心を手放すまいと、ぎゅっと拳を握る。


「お前……黄泉だな! 私を……騙そうとしてるんだ! 残花は、負けない! 皆だって……」


 必死に声を振り絞ったその時、通ってきた洞窟から怨嗟のような風音を立て、冷たい薄煙が吹き込んだ。冷煙は突風のごとく私をすり抜け、閉じた門に吸い込まれていく。


 刹那、数多の死姿が脳裏を駆けた。


 折れた鍬を手に、倒れた根助。

 矢が尽き、木にもたれかかる猟。

 轟炎と相討ちし、胴を貫かれた断十郎。

 船ごと海の藻屑となった江良。

 機巧兵がらくたの下敷きに伏した咲良。

 仁王立ちしたまま動かない、傷だらけの母上――。


 私は理解した。

 今、皆の魂が私を通って逝ったのだと。


「あ、あ……あああああ……!」


 もう、正気ではいられなかった。

 私の心の幹は、完全にへし折れた。


「残花! ねえ、残花ぁ! 帰って来て! お願い!!」


 門に叫ぶと、黄泉のしゃがれた声が心を撫でる。


『その願い、叶えてやろう』

「……え……?」


 黄泉は、静かに言葉を続けた。


『言え。呪詞は知っているだろう』


 あ……。()()()()()

 決して言ってはいけない、その望みを。


 ……――『ダメ!』――……


 突如、頭の中に向日葵姫の叫びが届く。


 ……――『――本当に―! ――散―――!』――……


 何? 何かを叫んでいるけど、声が遠くて聞き取れない。黄泉にも声が聞こえているのか、門からしゃがれた声が私の心臓を掴む。


『唱えよ。の姫のように』


 ……! 黄泉の求めている言葉、私の願い。誰もが知っている、樹教典の一節。決して願ってはいけない、禁忌の言葉。


 向日葵姫の叫びは、もう私の心に響かなかった。


 だって、向日葵姫あなたも望んだじゃないか。


『願え。そして輪廻せよ。我が悲願叶うまで』


 黄泉の声も、もう私に届かない。一切を失った私は、心の底から願ってしまった。


 もう世界なんてどうでもいい。

 ただ、あなたと咲いていたかった――。



◆――――――――――……

 花よ 永遠とわに咲け

 たとえ天地を 灰と化しても

  ……――――――――――◆



 ◆



 煉獄の門が開き、黒炎が噴き出した。

 黒炎は一瞬でタネを呑み込んで黄泉比良坂を抜け、天地に燃え渡る。


 金の穂実る芽ノ村が、

 命の声響く獣ノ山が、

 技磨き合う武ノ里が、

 清き海渡る沖ノ島が、

 知恵寄せる機ノ都が、

 等しく煉獄の黒炎に包まれていく。


 御神木は全て焼け落ち、

 天地は再び、色無き灰に覆われた。


 ◆


 ◆


 ◆


 やがて黒炎が何もかもを焼き尽くし、煙と消えた頃。命の音無き広大な灰野で、灰が集い、ある侍の形を成す。


 侍は桜色に透き通る刀身を抜き、灰雲に覆われた天を仰いだ――……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ