第32話 煉獄の門
何も見えない灰雲の中、白兎はひたすらに螺旋状のツルの上を駆ける。どれくらい登ったか、ついに私達は灰雲の上に出た。
「……!」
あまりの眩さに思わず腕で目を覆い、声を失う。灰雲を抜けた先は、とても明るくて。これが本来の空なのだろうか、どこまでも青く澄み渡り、遥か高みには直視出来ないほど眩しい何かが輝いている。もしかして、あれが――
「お日様……?」
「そうだ」
ようやく目が慣れてきた。手をかざしながら見れば、御神木のツルはさらに頭上、天高く浮かぶ島に巻き付いている。
「ホントに空に島が浮いてる……!」
「ああ、急ぐぞ」
残花がぐんと手綱を引き、白兎はいっそう足を速め、天ノ島へと登っていく――。
◆
ツルを辿り、ついに天ノ島の一端に降り立つ。島は下から見た限り大亀ほどの広さで、残花の言った通り円錐形の山頂をそのまま切り取って浮かべたような形をしていた。白兎が山崖の麓にある大岩に駆け寄ると、残花が岩の前で白兎から飛び降りた。
「どうしたの残花、この岩が何?」
「下がっていろ」
――サンッ
残花が桜花の剣を抜き、大岩を両断し花と化すと、岩の奥に小さな洞窟が現れる。
「煉獄の門は、この洞窟――黄泉比良坂の奥にある。中は狭い。ここからは走って行くぞ」
「わかった」
私も白兎から降りると、白兎はシュルルーっと小さくなって私の懐に潜り込んだ。あれ、珍しい。残花じゃなくて私の所に来るなんて。
洞窟の中へ駆ける残花を追い、私も洞窟を進んでいく。中はゴツゴツした灰岩窟で、暗く、静かだ。奥から、魂が震えるような冷気を感じる……。
残花は、一言も喋らずに走った。私を振り向きもせず。急いでいるんだろうけど、何だか、一人で走っていくように見えて……私は離されないよう、必死で背を追った――。
◆
「これが……」
「ああ。煉獄の門だ」
洞窟を駆けること四半刻。細く暗い洞窟の最奥には赤黒い鳥居が立ち、突き当たりに漆黒の門があった。門は底知れぬ圧を放ち、近寄りがたい。魂が近づくことを拒否しているような、本能的な拒絶感を覚えた。
鳥居の前で残花が振り返り、私の顔を見る。
「タネ、ここからは俺一人で行く」
「な……! 何で! 私も行くよ!」
そう言って一歩踏み出すも、膝がガクガクと震え出す。どうして……? 鳥居をくぐろうとすると、どうしようもない恐怖に魂が握り潰されそうになる……!
「それ以上近付けまい。煉獄は死者の国――生者が立ち入れる場所ではない」
「何で今さら……そんなこと。始めから、一人で行くつもりだったの……!」
震える足を押さえ付け、残花に手を伸ばす。残花は手を取ることなく、私に背を向けた。
「……俺が黄泉を斬り、再び門を開けて出てくるまで、決して門に近付くな」
「やだ、やだよ! 私も――」
残花の背に手を伸ばしても、足が動いてくれない。
「――許せ」
残花はそう言い残して鳥居をくぐり、漆黒の門を開け、黒炎燃え盛る煉獄へ足を踏み入れる。残花が黒炎に姿を消すと、門はひとりでに閉じ、重い音を洞窟に響かせ、私と残花を隔絶した――。
◆
門が閉じてしばらく。
私は懐の白兎をぎゅっと抱き、鳥居の前で門を見つめ、祈り続ける。
頑張って、残花……!
◆
動く気配の無い門を、じっと見つめる。
……残花……?
◆
門は、開かない。
まだ、戦ってるのかな……。
◆
……。
◆
……それから、どれだけの時が過ぎたか。音も光も無い洞窟内では時間感覚が失われ、まだわずかしか経っていないようにも、はるか永い時が過ぎたようにも感じられた。私は心配で、不安で、もうどうにかなりそうだった。お願い、お願い。残花……帰って来て……。
しかし、どれだけ待っても、何度呼び掛けても、門が開くことはなく――
――残花は、帰ってこなかった。





