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樹法師タネの桜散る天地創造  作者: 星太
第四章 機ノ都

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第29話 揺らぐ土壌

「残花が、灰人……」


 武士達と残花が去り、静まり返った謁見の間で、私は茫然と立ち尽くしていた。咲良が私の肩をぽんと叩く。


「そうだ、彼は紛れもなく灰人だよ。君にひとつ、ことわりを授けよう。『灰人は手が冷たい』――単純にして有効な見分け方だ。灰人は体を持たない。灰がヒトの形を取っているだけだ。故に、熱が無い」

「あ……」


 思い当たる節は、いくつもあった。初めて会った時、転んだ私を引き上げてくれた手。船で一緒に布団に入って寝た時も――残花の手は、いつも冷たかった。


「さて、君に話さなければいけないことがある――が、今は残花の尋問が先だ。君も突然の事に疲れたろう。今日は宿でゆっくりするといい。また遣いを送るよ」


 そう言って咲良がパンパンと手を叩くと、襖の向こうから、今度は若い役人が参上した。


「タネを宿に案内せよ」

「かしこまりました」


 咲良の指示に役人は頭を下げ、私に「こちらへ」と合図した。あまりの衝撃に、頭がうまく働かない。残花が、灰人……咲良は、尋問するって? 私は、どうしたら……。


 私は何も考えることが出来ないまま、茫然と謁見の間を後にしようとして――重い足を止め、振り向いた。ひとつだけ、言いたくて。


「……ねえ、咲良」

「何だい」


 形では優しく微笑む咲良に、私はぽつりと呟く。


「……残花に、ひどい事しないで……」

「それは彼の態度次第だ。さあ、もう帰りたまえ」


 咲良が役人に目で合図し、役人が私に退室を促す。私は誘導されるがまま、力無く御殿を後にした――。


 ◆


「こちらが都一と評判の温泉宿『三階御宿』です。宿代は結構ですので、ご自由にお使い下さい。それでは」

 

 役人は大きな高級宿の前まで案内すると、淡々と述べ立ち去った。宿はなんと3階建てで、見るからに立派な造り。温泉もあるなんて、いつもだったらすごい興奮するところだけど……とてもそんな気分ではない。


 すっかり日も暮れ、玄関の綺麗な格子戸から中の灯りと喧騒が漏れる。


『――俺様が三階御宿を押さえておいてやったぜ! 今日はブレーコー(無礼講)ってヤツでヨロシク!』

『……俺は都まで遥々(はるばる)遊びに来たわけじゃねえ――』


 ん……? 二人の男の声がするけど、何だかどっちも聞き覚えがある。とりあえず格子戸を開けると――玄関にいたのは、やっぱり知り合いだった。


「お! タネじゃねえか、今日は機巧長屋を案内できなくてスマンかったな! 見ての通り武ノ里から客人っつかダチが来ててよ」

「誰がダチだ。武家同士、昔からツラ合わせてるだけだ」


 広い玄関に立つ二人の男は、鳴岳ともう一人――武ノ里で会った武家の総本家当主、仁道断十郎だった。背中には、相変わらず鉄塊のごとき大刀【斬灰刀】を背負っている。


 断十郎は私の周りを見回して言う。


「おい、残花はどうした。てめえが都にいんなら、奴もいるんだろ」

「……残花は……」


 うつむき言葉に詰まる私を見て、断十郎は何か察したのか、私に近付いて低い声で言う。


「奴に何かあったのか」

「うん」


 私が小さく頷くと、断十郎はすぐにダンと館内に上がり、私に呼び掛ける。


「来い。部屋で話を聞かせろ。鳴岳、お前も来い」

「ゥおい! せっかく宴席を用意してんのによォ! 福々(ぷくぷく)温泉つかろうぜ、泡がぷくぷくーって湧くんだ」

「ごめんね、鳴岳」


 鳴岳には申し訳ないけど、断十郎が話を聴いてくれるのは正直すごく助かる。自分ひとりで抱えきれなくて……断十郎なら、信頼して相談できる。


 ドカドカと階段を上がる断十郎に続き、私と鳴岳も三階の部屋へと上がった。三人が入るなり、断十郎はビシャっと襖を閉め、斬灰刀を壁に立て掛けた。鳴岳が行灯に火を灯し、それぞれ灯りを囲むように座った。断十郎が口火を切る。


「で、何があった。言ってみろ」

「うん……」


 ◆


 私は謁見の間での出来事をありのままに話した。残花が灰人だったことを明かすと、鳴岳が「マジかよ!!」と驚く一方で、断十郎は静かにため息をつく。


「んで、大人しく帰らされたってわけだ。らしくねえな」

「……なに?」


 ちょっとだけカチンと来て、断十郎を睨んだ。だって、何も言えないじゃん。私らしくないって言われても……。


 断十郎は呆れたようにふっと息をこぼし、鳴岳を見た。


「鳴岳よ。皇太子ってなどんな奴だ。俺はまつりごとにゃあ疎くてよ。都住みのお前ならよく知ってんだろ」

「あ、ああ。そりゃモチ! 樹教に言う向日葵姫に愛されし"主"の子孫――現人神【樹帝】藤十七世が嫡男、藤咲仁皇太子殿下だ。齢二十五にしてとんでもねえ切れ者で、政を取り仕切ってるのは実質皇太子殿下だって言われてる」


 鳴岳の説明に、断十郎は気に食わないような顔をした。


「切れ者ねえ。信用できんのか」

「断十郎、アンタやっぱとんでもねえなァ。ンなこた言えねえよ、皇太子殿下だぞ? 信用も何も、逆らえねェよ」


 断十郎の問いに、鳴岳は慌てて手を振った。


「誰だろーが関係ねえよ。民を守るのが武士だ。ソイツが民を守る気があんのか、ねえのか。肝はそこだ」


 断十郎の言葉に鳴岳はぐっと息を飲み、覚悟を決めたように語り出す。


「民を守る気概は、あると思うぜ。ゴツイ外壁や街の繁盛っぷり、綺麗な道を見たろ? 都の防壁強化、商工業への積極投資、徹底清掃による灰の排除――今の都の発展は、間違いなく皇太子の政策によるモンだ。……ただ、綺麗な顔だけじゃねえ」

「ほう。どんな顔があるってんだ」


 断十郎は興味深そうに身を乗り出した。鳴岳が続ける。


「……病に伏せっていた帝が、最近突然お勤めに復帰されたんだ。だが、表に姿を見せない。皇太子は天才機巧技師でもある」

「何が言いてえ。はっきり言え」


 鳴岳は再びごくりと喉を鳴らし、答える。


「皇太子が、()()()んじゃねえかって噂がある。皇太子はうちの機巧長屋でいつも研究してるんだが、人体らしい図面を見たってウチの者が」

「……おいおい、んなことが――」

「出来る。あの人は、出来る。技術(うで)も、倫理(あたま)も、ブッ飛んでんだ」


 驚く断十郎に、鳴岳は続ける。


「何が言いてえかっつーと……恐ろしい人だっつーことだ。信用していいか? いやそんな次元じゃねえ、逆らっちゃいけねえ。俺様は、そう思うぜ」

「そうか、参考になった。タネはどう思う」


 断十郎が突然私に振った。でも、私は――。


「どうでもいい。何で? 断十郎、それより残花が――」

「アイツは何も変わっちゃいねえよ」

「え……」


 理解できない私に、断十郎が言う。


「奴のことはよく知ってる。いや、俺だけじゃねえ。名のある武士なら、誰でも知ってる。残花が、民のために灰人と戦い続けてきたことを」

「あ……」

「灰人だからどうとかじゃねえ。奴は、民を守る天下一の灰人斬り。それが全てだ。ま、正直、まーた俺に隠し事しやがって、とムカついてはいるがな」


 断十郎は私と鳴岳の顔を交互に見て、続ける。


「対灰人戦力として、右に出る奴はいねえ。そんな残花を投獄する奴は、本当に民を守る気があんのか? 俺はそれが知りたかったのよ」

「待て待て、俺様の頭が悪いのか? 断十郎、何が言いてえ?」


 断十郎の言葉に、鳴岳が割って入った。断十郎は「それよ」と言わんばかりに膝を打つ。


「俺が都に来たのは、ここらで目撃情報があったからだ。俺にとって最優先の敵――轟炎のな」

「……!」


 灰人となった断十郎の父――轟炎が、都に? それって、何だか――。


「皇太子は、残花が灰人だといつ、どうして知った? 残花から桜花の剣を取り上げて得するのは誰だ? 俺は無関係じゃねえと思う」

「おいおい、アンタまさか――」


 狼狽える鳴岳に、断十郎はダンと畳を打ち、私をぎろりと見据える。


「自分の目で、耳で、心で、見極めんだよ。明日、御殿に行くぞ。皇太子と残花――まとめて見定めてやろうじゃねえか」


 断十郎の言葉が、私の胸をどんと打った。そうだ、そうだよ。まだ残花に何も聞いてない……!


「うん。私、残花に会いたい! 行こう、御殿に!」

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