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樹法師タネの桜散る天地創造 ――灰で覆われた世界に花を取り戻す和風アクション旅譚――  作者: 星太
第四章 機ノ都

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第28話 残花の正体

「さあ、行こうかタネ。残花の嘘を暴きに」


 機巧長屋の土間で、咲良が私の手を取った。嘘って何が? とにかくコイツは怪しい。残花の元に行くっていうなら、目を離しちゃダメだ。


「言われなくても行く。自分の足でね」


 私が咲良の手を振り払うと、年配の役人が怒鳴り散らす。


「貴様! 殿下の手を払うとは何事か! この方は【樹帝じゅていフジ十七世が嫡男、フジ 咲仁サクヒト皇太子殿下にあらせられるぞ!」


 役人は怒りに任せ、刀を抜かんと手をかけて一歩踏み出す。私も即座に札入れに手を伸ばすも、すぐに皇太子――咲良が、私を庇うように身を前に出した。


「良い。タネは世を照らす太陽。手を出してはならん」

「……殿下がそう仰るならば」


 咲良の言葉に、役人は手を刀の柄から離し、一歩引き下がって頭を下げた。咲良が恩着せがましく私に微笑みかけるので、つい悪態をつく。


「……名前、嘘だったじゃない」


 残花の嘘を暴きに、なんて言って。自分だって偽名を名乗ったくせに。皇太子でも何でも、残花を悪く言う奴は許せないし、信じられない。ペコペコなんてしない。


「ふ、嘘ではないよ。父上の後を継いだ暁には、咲良サクラと改名するつもりだからね。世を統べるべきは、他の誰でもない――この僕だ」


 咲良は笑った口元のまま、鋭い目付きで私を睨んだ。私がびくっと一瞬怯んだのを見て、咲良は藤の花の羽織を翻して長屋の外へ歩き出し、背で語る。


「行こう」


 ◆


 広い広い樹帝御殿の長い廊下を歩き、先を行く役人が襖の前で足を止めた。咲良と私も足を止めると、役人が咲良に話しかける。


「陛下と彼の者はすでに部屋の中です」

「桜花の剣は」

「殿下の指示通り、控えの間にて預かっております」

「良し」


 役人の話を聞くに、さすがに帝への謁見には帯刀させてもらえなかったらしい。……残花は、確認とやらは出来たんだろうか? 私が襖の奥の残花に想いを馳せていると、咲良が話しかける。


「タネ、君は僕の側から離れないように。樹帝の御前だ、不審な動きを見せればすぐに退室してもらう」

「……うん、わかった」


 なんて、聞くわけない。もし残花に何かしようもんなら、すぐに駆け寄って樹法使うもんね。咲良のことなんて信じてないから。


「良し、開けろ」

「はっ」


 咲良の指示に、役人は膝を着いて襖を開けた。咲良に続き、私も謁見の間に入る。部屋は広い畳の間で、左手に残花が座し、右手には御簾がかかっている。あの奥に帝がいるに違いない。御簾の両側や壁沿いに何人もの武士が座り、残花を見張っている。


 咲良は入るなり残花の前に立ちはだかり、手を差し出した。


「久しいね、残花。2年ぶりかな」

「ああ」


 残花は座ったまま右手を上げ、咲良の差し出した手を握った。


「君の手は冷たいな」

「……」


 咲良の言葉に、残花は黙って手を離し、険しい目で咲良を見上げている。……何のやり取りだろうか? 私はいつでも札入れに手を伸ばせるよう気を張りながら、咲良の隣に歩み寄って動きを見張る。


 咲良は残花の前に立ったまま表情一つ変えず、懐からおもむろに短刀を取り出した。私がすぐさま札入れに手を伸ばすと、咲良は目にも止まらぬ速さで私の首に短刀を突き付けた。鉄の冷たさが首に触れる。


「……私に手は出さないんじゃなかったの?」

「出さないさ。君が邪魔しないなら」


 残花をちらと見ると、残花が座したまま視線で「動くな」と言ったので、私は札入れから手を離し、両手を上げた。


「悪いようにはしない。ただ、君には見ていてほしいんだ」

「……」


 咲良の言葉に、私は黙って頷いた。物々しいやり取りが行われているというのに、御簾の奥の帝は、いまだ一言も発さない。……本当に、帝はいるの? 咲良は私に短刀を突き付けたまま、もう片手で懐からもう一振り短刀を取り出し、残花の前に投げた。


「……何のつもりだ」


 残花の問いに、咲良は淡々と答える。


「なに、ひとつ簡単なお願いを聞いてほしいだけさ」


 咲良が壁沿いの武士達に視線を送ると、武士達が立ち上がり残花を囲む。咲良は鋭い目で残花を見下ろす。しまった……咲良は、残花を脅すために、人質として私を連れて来たんだ……!


「それで君の髪を切ってくれないか。ほんの少しでいい」


 は……? 何それ。咲良は、何を言ってるの? 何で今、残花に短刀で髪を切らせるの……? 私が全然理解出来ない中、残花はいっそう険しい目で咲良を睨み返す。


「タネの無事を誓うならば、切ろう」

「勿論。現人神たる我が父に誓おう。君が切ってくれたなら、すぐにこの短刀を降ろす」


 咲良は残花を見据えながら、私の首に突き付けた短刀をわずかに押した。冷たい剣先が首の皮を突き、私はピクリとも動けない。


「……その誓い、たがえるな」


 残花は、座したまま無造作に縛った桜色の長髪をほどき、短刀を手に取った。左手を頭の後ろに回して髪の束を掴み、右手の短刀を髪に当てる――。咲良は残花を鋭く見据えたままゴクリと唾を飲み、私に声をかける。


「よく見ているんだ、タネ」


 何? ただ髪を切るのを、何でそんなに見せたいの……?


 残花は右手をサッと引き、短刀を滑らせる。切れた桜色の髪束は宙に舞い――



 ――灰と散った。



「え……」


 何が、起きてるの。

 私は、何を見ているの。

 残花の切った髪が……灰に……。

 それって……ほかに、考えられない……。


「その者を捕らえよ!」


 咲良の号令に、武士達が一斉に残花を取り囲み、手を縛り畳に押さえ付ける。残花は短刀を手放し、何も抵抗しなかった。咲良は私の首に当てていた短刀を残花に向け、強く宣告する。


「葉桜残花――生者をかたり天下を騙す大罪人よ! 貴様を投獄する!」


 武士達が残花を立たせた。私はただ茫然と、その場に立ち尽くしていた。残花は何も言わず、私の目も見ずに、無抵抗に連行されていく。……どうして何も言ってくれないの? 私、どうしたらいいの……? 残花……!


 いつの間にか、畳に散っていた灰は無くなっていた。ハッと気付き廊下を行く残花の後ろ姿を見れば、切れたはずの長髪が元に戻っている。


 ……見間違いじゃない。やっぱり、残花は――


 ――灰人、だった――……。

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