第27話 回り出す歯車
「ところで、機巧長屋ってどんなとこ? ていうかそもそも、機巧って何?」
煙突の立ち並ぶ機巧長屋を目指し、活気溢れる商店通りを行く私と鳴岳達。私が聞くと、鳴岳は歩きながら首だけ振り向いた。
「はあ!? これだから田舎モンは……つーか、んなことも知らねえのに機巧長屋に行こうとしてたのかよ」
「知らないから見に行くんじゃん!」
「ん? それもそうか」
鳴岳はイカツい顎を撫で、歩きながら語り出す。
「簡単に言やぁ、機巧っつうのは『自動で動く便利な道具』のことだ。都は山のてっぺんにあって、色々不便だからな。水汲みすらままならねえ。昔っから工夫して暮らしを便利にっつうことで、いつの間にか機ノ都なんて呼ばれる程、機巧作りが発展してきたんだ」
「へえ、そうなんだ!」
案外ちゃんと教えてくれる鳴岳。私が大きく頷くと、得意気に続ける。
「中でも【万雷印】は特別よ。ウチのジジイが発明した【ヱレキテル】で、何でも自動で動かしちまうんだ!」
「何でも自動で!? どーいうこと?」
前のめりに聞くと、鳴岳は突然笑いだした。
「だっはっは、俺様も理屈はわかんねえ! 実はな、ウチのジジイが発明したのは、ちっちぇえ雷がバチっと光るだけの役立たずのオモチャよ。元々ウチはな、【貧客万来】の万来家っつって、武家なのに長屋貸しやってる商家もどきでよ」
そう言って鳴岳は、横道の通り沿いに並ぶ長屋を指差し、大通りから細い通りに入っていく。この辺は普通の長屋通りかな、煙突がない。
「これがまあ金が無いヤツばっかり住まわして、ロクに家賃も入らねえ。でもジジイは気にせず酒を酌み交わし、モノ作りの仕事まで与えてな。そん中で知恵寄せあって出来たのが、【ヱレキテル】よ! 金属を加工して炭団みてえに固めると、弱ぇ雷の元が出来ンだ」
鳴岳は長屋通りを進みながら、自慢気にふんぞりかえって続ける。
「初めはただのオモチャだったが、皆で改良するうちに、コイツを動力にして洗濯したり釜焚きする機巧を作っちまった! そっからジジイが調子に乗って家名を【万雷家】なんて変えて手ぇ広げて、気付けば長屋はぜーんぶ作業場になっちまった。それが機巧長屋ってワケだ!」
鳴岳が立ち止まり、クイと顎で前を指す。
「なァんて話してるうちに、そら、着いたぞ。百聞は一見に如かずだ。機巧ってやつを見せてやるぜ」
細い通りの両側にずらりと長屋が建ち並び、どれも煙突からもくもくと白煙をあげている。鳴岳は目の前の長屋の木戸を勢い良くガラガラッと開け――
――ピシャンッ!
すぐ閉めた。
「え? 何で?」
鳴岳のごつい背で何にも見えないうちに戸を閉められ、ぽかんとする私。鳴岳はひきつった顔で振り返る。
「……あ~、すまん! よ、用事があンのをすっかり忘れてたぜ。なあ?」
泳ぎまくった目で子分たちに話を振る鳴岳。いったいなに? わざとらし過ぎる……。子分さんがぼそっと言う。
「……全く、坊はあの方が苦手なんだから……」
「おい!」
すかさず鳴岳がごつんと子分の頭にゲンコツを落とした。頭をさすりながら子分さんは言い直す。
「そうそう、今日はホントに大事なお客人が。そろそろ迎えの時間かと」
「お、おう! そぉ~おだったぜ! すまんなタネ! 長屋は好きに見てって良いからよ!」
鳴岳は私の肩をぽんと叩いて、スタコラと走り去って行く。子分さん達は私に『すんません』と軽く頭を下げて、鳴岳をぱたぱた追いかけていった。
「え~……置いてかれた」
私はぽつんと呟き、呆然と長屋の戸の前に立つ。いったい中に誰がいたって言うの? 案内してくれるんじゃなかったのっ! ……まいっか、元々ひとりで見に来るつもりだったんだし。えい! 私は勢い良く木戸を開ける。
――ガラガラッ
「ごめんくださーい」
長屋の中は、びっくりするほど広い! 長屋の壁をぶち抜いて工場にしてるんだ、横に長くずうっと鍛冶場が続いている。良く分からない鉄の工作物がそこら中にごちゃごちゃあって、鍛冶炉の熱でもわっとする! 奥の鍛冶場では、たくさんの人達が汗びっしょりで鉄をトンテンカンテン打っている。
でも何より目を引くのは正面を上がった所の板間、設計図でいっぱいの机に座るひとりの後ろ姿――さらりと下ろした桜色の長髪に、藤の花の模様の羽織。ぴしっと綺麗な姿勢で机に向かい、何やらさらさらと筆を取っている。何だか鍛冶場に場違いな程上等な身なり。もしかしなくても、鳴岳が逃げた理由はこの人っぽい。
「あの~、お邪魔します」
「……」
長屋に一歩入って木戸を閉め、土間から恐る恐る板間へ声をかけると、その人は座ったまま振り向いた。
「えっ――」
その顔に、思わず言葉を失った。あまりにもそっくりなのだ――残花に。残花より全体的に体つきが細いくらいで、あとは目鼻立ちやら雰囲気やら瓜二つ! 歳も残花と同じ二十代くらいかな。残花にそっくりな人は、私の顔を見て少しだけ口を綻ばせ、呟く。
「……とても素直な子だね」
「えっ?」
「いや、失礼。何用かな」
その人は軽く握った手を口元に当て、優しく問う。こーいうの理知的って言うのかな、落ち着いてて賢そうな喋り方だ。私は慌てて手をぶんぶん振りながら答える。
「あ、急にすいません! 私、豊穣タネって言います。機巧長屋を見学したくて――一応鳴岳、じゃなくて万雷家の方には許可もらってて」
「へえ……機巧長屋を見学に? 都見物なら、かんざし屋とか、もっと若い娘向けの場所があるだろうに。いや、見るのは構わないが」
彼はそう言って熱い鍛冶場に目をやる。私も釣られて板間から鍛冶場に視線を移せば、汗だくで鉄を打つ職人と目が合い、怪訝な顔をされた。うん、確かに年頃の娘がひとりで来るとこでは無かったかも。もしかして、何か怪しまれてる?
「わ、私こーいうの好きで! ところで、お名前を伺っても?」
慌てて話題を変える私。こーいうのって一体どーいうのだよ、と我ながら思いつつ。彼は、何故か少しだけ考える素振りを見せた。
「名前か……。久しく呼ばれていないものでね。咲良、とでも呼んでくれ。呼び捨ててで構わないよ、タネ」
「! サクラ……」
やっぱり残花と関係ある人なのかな、兄弟がいるとは聞いてないけど、親戚とか。
「で、何が見たいのかな」
「! え、えーと……それは何? それも機巧?」
咲良の机の上に置いてある、お弁当箱みたいな鉄の塊を指差すと、咲良は少しだけ目を伏せた。睫毛が長くて、何だか物憂げに見える。
「これかい? これは……夢さ」
「ユメ?」
咲良はひょいと箱を手に持った。
「過去に行けたら、と思ったことは?」
「え……? 行けるってこと!? それで!?」
驚いてつい大きな声を上げた私に、咲良はふっと笑いこぼし、コトリと箱を机に戻した。
「今はまだ。でも、【世の理】さえ知れば、不可能はないよ。それこそ、主神のように」
咲良はすっと立ち上がって板間から土間へ降り、上等な浅沓を履いて私の目の前に立つと、耳元に顔を寄せ囁く。
「……残花からいくつ理を継いだ?」
「!?」
思わずバッと顔を離し、後ずさって木戸にバンと背を打った。私は残花の名なんて一度も出してない……! 咲良は表情一つ変えず、落ち着いた声で続ける。
「彼は、ヒトが知らないことをいくつも知っていたはずだ。桜は世に一柱しか存在できないことや、灰人の形は心に従うこと……他にも何か継いでいるかい?」
「あなた、何者?」
いつでも逃げ出せるよう後ろ手を木戸にかけ、問う。残花が見ておけと言ったのは、コイツのことかもしれない。私は一気に緊張し、手が汗ばむ。
「言っただろう。僕は……僕こそが、桜だよ」
――ガラガラッ!
後ろ手で木戸を引こうとした瞬間、誰かが外から戸を開けた。バッと振り向いた前に現れたのは――役人らしき年配の男だった。男は私を押し退け、咲良に話しかける。
「探しましたぞ殿下、やはりこちらで研究しておられましたか。彼の者が御殿に」
「わかっている。タネをここに寄越すとは、まだこの僕を騙し通せているつもりらしい」
殿下!? ってことは、もしかして皇太子!? 騙すって? 私が色々驚いているうちに、咲良がぱっと私の手を取った。
「さあ、行こうかタネ。残花の嘘を暴きに」





