第26話 白煙もくもく機ノ都
「うひゃー、あれ登るの!?」
江良達の船から降り、白兎に乗って灰野を駆ること早十日。手綱を握る残花の前にすっぽり収まりながら、遠目に見える大山脈に驚きの声をあげた。
「そうだ。【機ノ都】は天照山脈の最高峰、摩天台の山頂にある」
そう言って残花が指差す先を見れば、連峰の中でも一際綺麗な円錐形の山が、今にも灰雲を突きそうな程高くそびえていた。残花から遠眼鏡を借りて覗いて見ると、てっぺんには鉄板を継ぎ接ぎした壁に囲まれた都が見え、いくつも立つ煙突から白い煙がもくもく上がっている。
「あれかあ、機ノ都! 山なのに摩天台って、変わった名前だね」
「創世期、山頂を横一文字に斬り、天に浮かべて天ノ島を造った――と、言われている。斬り取られた山の頂が、まるで天の台座のように平らなことから【摩天台】と呼ばれているようだ」
「ええっ!? 神様すご……!」
残花が軽く手綱を引くと、白兎は速度を上げ、灰野を跳ぶように駆ける。
「天ノ島は、摩天台の真上にある。まずは機ノ都の御神木を復活させるぞ」
「うん……!」
ごくりと唾を飲んだ。芽ノ村を出て二月半。それだけしか経ってないなんて信じられないくらい色々あったけど、煉獄の門がある天ノ島までもうすぐそこまで来たんだ。よーし、機ノ都の御神木も、えいやっと治してみせる――!
◆
「お待ちしておりました、葉桜残花殿」
鉄の塀にぐるりと囲まれた山頂の門前で、門番が残花に一礼した。近くで見ると、そびえる鉄塀の圧迫感がスゴイ。壁の所々に砲門があり、鈍色の大砲が周囲を睨む、文字通り鉄壁の要塞だ!
私と残花が白兎から降りると、白兎はシュルルーっと小さくなって残花の胸に潜り込む。残花は訝しげに門番に聞いた。
「待っていた、とは? まさか病床に伏していた帝が――」
「いえ、陛下はすっかりお元気になられ、お務めを果たしておられます」
門番の返しに、残花の眉がぴくりと上がる。
「何? ……そうか、それは何より」
言葉ではそう言いながら、険しい顔をしている。……何だろ、帝が元気になられたなら、良いことじゃない?
門番は残花の反応を言葉通りに受け取り、頷いた。
「ええ、誠に喜ばしい限りです。さて、葉桜殿が来られたらすぐに陛下のもとへお通しするよう伺っております。どうぞこちらへ」
「……ああ」
門番が正門横の通用口に案内し、残花が続く。ええっ、帝に呼ばれるってどんな関係!? 戸惑いつつ私も続こうとしたその時、別の門番に前を阻まれた。
「申し訳ありませんが、お連れの方は街区でお待ち下さい。宿をご用意しますので」
「え、でも――」
――離れたくない。助けを求めて門番の肩越しに残花を見れば、残花は首だけ振り返り言う。
「タネ。確認次第、俺も宿に向かう。御神木へは合流後に行くぞ。今のうちに機巧長屋でも見ておけ」
……何となく、含みのある言い方だった。確認って、何を? そうこう迷っているうち、残花は通用口の向こうへ行ってしまった。門番がバタンと戸を閉め、私に声をかける。
「さあ、どうぞ正門からお通り下さい。葉桜殿のおっしゃる機巧長屋は、立ち並ぶ煙突を目指して行くと良いですよ。宿の手配が済みましたら案内の者を遣わせます。どうぞ散策をお楽しみください」
門番は大きな正門をぎぎいと開け、深く一礼した。開いた門の先は、御殿まで真っ直ぐ続く大通り! 物々しい外壁とはうって変わって、通り沿いには大きな商店がいくつも建ち並び、町人達が賑やかに見て回っている。そして何より、綺麗に均された真砂土道――灰が無い! さすが都、塀内の灰を徹底的に掃き出してるんだ!
――っと、感動してる場合じゃない。残花は、機巧長屋を見ておけって言った。意図はわからないけど、どうも残花は疑念を持ってるみたい。そう指示したのは意味があるはず。何か変わった様子が無いか見ておけってことなのか。……うーん、とりあえず行ってみよう!
◆
「らっしゃい! 都じゃ知らない者はいない、【万雷印】の機巧洗濯機が入ったよー! ぽいと入れときゃ、あっという間に灰が落とせる優れもの!」
「こっちも【万雷印】の機巧炊飯器だ、竈要らずの女房要らず! いやカミさんこりゃ売り文句で……と、さあ買った買った!」
煙突目指して通りを行けば、商人達の圧がすごい。街行く町人は興味津々に店を覗き込んでいる。私も見てみたいけど、後にしなきゃね。ていうか、カラクリってなんだろ? さっすが都は進んでるんだなあ。きょろきょろ見回しながら歩いていたその時――
――ドンッ
「――ッ痛ぇなあ! ぁあ?」
「わ、ごめんなさい!」
大きな背にどんとぶつかり、慌てて謝る私。子分を二人連れたガラの悪い男が振り返る。見れば、やたら派手柄の着物に、大口の袴……こういうの婆娑羅って言うんだっけ? どこかで見たような気がするんだけど……? ガラの悪い男は、私の顔を見るなりニカっと笑った。
「あ? タネじゃねえか!」
「ええと……どちら様でしたっけ?」
首を傾げる私に、男が大げさに驚いた。
「おいおい! 俺様を忘れるたあ薄情なヤツだ。仕方ねえ、もっぺん名乗りをアゲてやるぜ」
男はダンと一歩踏み出して、役者のように大見得を切った。左右で子分達がやる気無さ気にバッと紙吹雪を散らす。あ、もうわかった、思い出した。紙吹雪はさすがに無かったけど。
「俺は都じゃ知らねえ奴はいねえ、ァ万雷鳴岳様よォ!」
「あ、うん。思い出したよ! もうだいじょぶ」
天下一御前試合で戦った鳴岳だ! 名乗りがいっそう芝居がかってる気がする。もしかして試合の時は一応控えてたのかな。続けて子分達も名乗りを上げる。
「俺は分家の……」
「俺も分家の……」
な、なんて? 子分の人達いっつも声小さくて聞き取れないんだけど! 私が呆気に取られていると、通り沿いの商人達が囃し立てる。
「いよっ! 万雷の坊っちゃん!」
「アンタんとこの機巧はサイコーだよっ!」
鳴岳は商人達に手を振り応える。
「おう! いつもウチの品を売ってくれてありがとよ! これからもサイコーにイケてる機巧を作ってっからヨロシク!」
鳴岳の煽り文句に、町人達もヒューヒューと囃し立てた。ええっ、万雷印ってそういうこと!? 鳴岳ん家で作ってるんだ! 都じゃ知らない者はいないって、そういう意味!?
「で、タネ。こんなとこで何してんだ。あの連れはいねーのかよ」
「ああ、残花のこと? 帝に呼ばれて御殿に行っちゃった。私はその間に機巧長屋を見学に」
私が立ち並ぶ煙突を指差すと、鳴岳はニイっと大きく口角を上げた。
「ありゃ全部ウチの工場だ。タネが見たいってんならしょうがねえ、俺様が案内してやってもいいぞ」
「何本も煙突立ってるのに、全部!? すご!」
思わず感心の声を上げた私を見て、鳴岳は超得意気に鼻を鳴らし、身を返す。
「着いて来なァ!」
「ありがと!」
私は子分達にも笑顔でお辞儀して、鳴岳の後について歩きだした。
◆
――こうして、鳴岳の案内で機巧長屋を見ることになった。そもそも機巧って何なのかも全然わからないけど、まさかの知り合いが工場の主だったのは幸いだ。残花は門番との会話で、何か違和感を持ってる。私は残花の相棒だ、離れていても心はひとつ。私だって役に立てるよう、まずは機巧長屋から、しっかり見定めるぞ――!





