第24話 残花の記憶と芭蕉唄祭
◆――……
お日様が照らす真っ白な空間で、主と姫が言の葉を交わす。
『ねえ桜、行かないで。黄泉はもう――』
『だとしても、煉獄へ行かねば。黄泉を造ったのは俺だ。責を果たす』
『……どうしても行くのなら、ひとつだけ私のわがままを聞いて』
『……何だ』
『お願い。私に――……』
◆
日の光届かぬ深闇で、黒き炎が轟々と燃え盛る中、獄神の影が炎に浮かび、長髪が憎悪と炎熱に広がりなびく。獄神は、焼け落ちた一柱の樹に言の葉を散らす。
『夜の空よりなお暗く
夜の海よりなお深く
虚無茫漠な闇の底で
死者は魂を炎に焚べ
星の如く切なに輝き
生前の怨を煙と化す
地より見れば 隣り合う星も
遥か遠にして 触れざる孤独
我が心身は 渦巻く怨と炎に焼き付き
日の届かぬ深淵で ひとり永遠に咲く
私は醜い
赤黒き身も 光無き魂も
日の本で咲く向日葵よ
その眩しさに憧れずにいられようか
主として咲き誇る桜よ
その愚かさを恨まずにいられようか
主神の力さえあれば
主神の位さえあれば
四百年は 猶予の時ではない
思い知れ
私の闇を
身に刻め
お前の罪を
そして譲れ
その頭を煉獄の火に臥して』
◆
◆
◆
「……罪は負う。責も負う。然ればこそ、御前を斬る」
残花は天を仰ぎ、ぎりりと拳を握る。きっとまた、何かに想いを馳せているに違いない。いーっつも話してくれないんだから。もぐもぐとバナナを頬張りふくれる私。
「お頭あ! アレやりましょうや!」
「おおそうだ、アレをやらにゃ!」
海の民達もバナナを頬張りながら、江良に話しかけた。アレって何? 江良が頷く。
「そうね……やろうか。海の民の宴――【唄祭】を!」
「「おおー!」」
海の民達は楽しそうに声を上げると、ある者はバナナの葉を集め(何するんだろう?)、ある者は船に戻り、祭の準備を始めた。私はというと、白兎にバナナを剥いてあげて、一緒に海を眺めて頬張りながら、のんびり待たせてもらった――。
◆
「よーし皆、準備はいいね? エイヤーサーサァ!」
海の民の大旗を振りながら、江良が声を張った。遠くを見れば夜に染まる凪の海、篝火焚く御神木のもとで。海の民達は手に手にバナナの葉を重ねた扇を持ち、三線と太鼓の囃子にあわせ、輪になって踊り歩く。皆笑顔で思いっきり声を出して。
――ドンドン チャカチャカ
――エイヤーサーサァ ハーイヤ
――ドン ドン チャカチャン
――ッハァ ッハァ エイヤーサーサァ!
御神木の周りにいくつも焚かれた篝火が、唄と踊りの熱気を煽る。踊りにあわせ振るバナナの葉の扇が風を起こし、篝火が揺れパチパチと爆ぜて。旗を振る江良が私に声をかける。
「ほらタネも!」
「うん、私にも葉っぱ貸してー!」
「どうぞ、芭蕉扇って言うのよ」
「へー、おもしろ!」
芭蕉扇を手に、輪に入る。バサバサと芭蕉扇を振れば、ぬるい風が起きた。見よう見まねで扇を振り振り、囃子に合わせて声を張る。
「エイヤーサーサァ!」
「いよっ! タネちゃん、のど自慢!」
茶化すおっちゃんと、そのおっちゃんを小突くおばちゃん。熊みたいな髭の守人はガハハと笑ってドンドコ太鼓を叩くし、三線のお姉さんは熱が込もってちょっと色っぽい。夜になっても冷めぬ熱が、いっそう上がって。篝火と皆の笑顔が、夜の海と空を照らしている。
そんな輪から少し離れて、残花はバナナの木に寄りかかり、ひとりぐい呑みを傾けていた。
「残花あ、一緒に踊ろうよお!」
私は輪を抜けて、芭蕉扇を振りながら残花のもとに近寄り、声をかけた。残花は笑いこぼして「俺はいい」と首を横に振る。まーったく、いっつもノリ悪いんだから!
汗だくになって海の民達のダミ声がいっそうガラガラになった頃、ひとりのおっちゃんが江良に声をかける。
「お頭あ! そろそろ唄あ頼んます!」
「ええ、任せて!」
江良は旗をザンと地に立てた。皆はピタと踊り歩きを止め、輪になったまま肩を組む。お、何が始まるの? 楽しげだった三線と太鼓は調子を変え、静かな夜の凪のように穏やかに鳴る。
江良は胸の前で手を組み息を吸うと、澄んだ海のように透き通る声で、さざ波のようにゆったりと唄いだした。
◆――――
風よ吹け 海を渡れ
声を乗せ 想いを乗せて
時に凪ぎ 時に荒れ
愛が波々《なみなみ》 あふれている
風よ吹け 海を渡れ
水平線を 越えて行け
――――◆
江良が一節唄うと、海の民達も声を合わせ唄い始める。声の波は徐々に高まり、力強い大波となって夜に響き渡っていく。
◆――――
追い風も 向かい風も
波を越える 力に変えて
夜の闇も 灯火を信じ
帆を張れば 臨む先へ
進め みずから 舵を取り
誇れ さすれば 価値は手に
風よ吹け 海を渡れ
愛が波々 あふれている
――――◆
気付けば、皆笑顔のままだらだらと涙を流していた。江良も顔は笑ってる。でも、頬には汗じゃない雫が伝って。大きな大きな声で、唄っている。
唄に誘われたのか、ぬるい潮風が場をさらった。ひゅうと声を乗せ、遠く海の彼方へ。海の民達は、声の限り唄い続ける。私は輪の外で、風吹く先をみつめた。暗い暗い海が、どこまでも続いている。
唄に乗った皆の想いは、これまでに散った仲間の思い出か、一族の悲願が叶った嬉しさか。わあっと湧き上がる想いがまぜこぜになって、泣いて、笑って、声に出して。
夜が明ければ、きっとまた違う風が吹く。今日の想いは全部海に解き放って、気持ち新たに前に進むんだ。江良達なら、私達なら。果てなき海も想うままに進んで行けるって、今はそう思えた――。





