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樹法師タネの桜散る天地創造  作者: 星太
第三章 沖ノ島

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第23話 水平線の彼方まで

「やっと着いた……!」


 海を旅すること半月ちょっと。なんだかもっと長かったような気がするくらい色々あったけど、私達は無事に沖ノ島へ降り立った。沖ノ島は灰が積もったなだらかな丘のような丸い島で、見渡せばぎりぎり陸端が見えるくらいの大きさだ。これが実は大亀の甲羅だなんて、上陸前に海中の大きな足を見てなかったらとても信じられない。


「行くぞ」


 残花が先頭に立ち、丘の頂上に見える御神木のもとへ向かう。私と江良が続き、後ろを百人の海の民達が歩いた。海の民達は、予想に反して皆静かだった。ようやく立った沖ノ島だから、もっと高揚するのかと思ったけど、皆神妙な面持ちで歩いている。


「さあ、タネ」


 頂上に着くと、残花が私に合図した。私はこくりと頷き、焼け落ちた御神木の前に立つ。大きく深呼吸してあたりを見れば、丘の頂上からは沖ノ島全周と、全方位に広がる灰雲と灰海を見渡せた。これまでと違う圧倒的な広さに、ごくりと息を飲む。


「大丈夫だ。お前ならできる」


 私が固い表情をしていたのか、残花が声をかけてくれた。うん、と頷いて、両手の平を御神木に当てる。大丈夫、残花が信じてくれてるんだ、大丈夫。心に言い聞かせ、肩ぐらいの高さで焼け落ちている御神木に気を込めていく。


「……はああ……!」


 気を込めた手の平のあたりから、御神木が黄緑に色付いていく。幹が徐々に伸び、葉を伸ばす。この木、変わってる……! 幹じゃなくて、何枚も葉っぱを巻いて大きな茎みたいになってるんだ。伸びた大茎幹から枝が伸び、鳥の羽根のような形の大きな葉っぱが何枚も何枚も開いていく。


「「おおお……!」」

「……はあああああ……!」


 周りを囲む海の民達から、感嘆の声が漏れた。思えば、こんなにたくさんの人達に見守られながら御神木を治すのは初めてだ。いっそう気合いを入れ、手の平に意識を集中する。御神木はますます背を伸ばし、影を作るほど大きく長い葉がいくつも広がる。気付けば足元の灰も極彩色の花々に姿を変え、頂上から島中に広がっていく。


「まだまだだ!」

「…………!」


 残花が檄を飛ばした。わかってる……! まだ陸だけ。こっから、海に浄化の力を広げていくんだ! 足を踏ん張り、体の底から気を込めていく。真っ直ぐ天に伸びる御神木のてっぺん、枝の分かれ目から大きな筆先のような赤紫の蕾が垂れる。蕾の皮が一枚一枚めくれ上がると、皮の根元には幾つも密集した細長い房が見えた。緑の房々の先に小さな白い花が咲くと、甘い香りがあたりに漂い始める。


「うおー! 御神木の花だ!」

「タネちゃん、頑張れえ!」

「見ろ! 海が!!」


 海の民達が興奮し始め、あちこちを指差してはダミ声をあげた。今や島中楽園のように極彩色の花々が咲き乱れている。灰だらけの濁った海も、島の周りから円状に広がるように、底まで見えそうなほど澄んだ翠色に変わっていく……!


「もう一息だ!」

「――――!!!」

「「頑張れえ! タネ!」」


 もうとっくに一息も吐けないくらい、身体中の気を絞り出してる……けど、諦めない! 皆の声援が、最後の一絞りになって、ぎゅうっと気を込める!


 御神木の花の根元の房々は天に向かって弓なりに伸び、黄色く色付いていく! 甘い香りがいっそう強まり、潮風がどこまでも澄んだ大海原へ運んで行く――


「上出来だ!」

「――ぶはあっ、はあっ、はあっ!」


 残花の声に、どんと地にへたり込む。限界、もーだめ!


「うおお、見ろ!!」


 海の民達が叫び、一斉に海を見下ろした。残花が疲れきった私をひょいと抱き上げ、海を見せてくれた。


 花咲く楽園の島の周り、全方位見渡す限り広がる澄んだ翠の海に、極彩色の群れがざあっと波立て広がっていく――!


「魚だ! 大亀様の下で生き延びていた魚達が、解放されたんだあっ!!」

「「うおおおおーっっ!!」」


 海の民達は、皆ぼろぼろと涙を流し、歓喜のままに吠えた。残花がゆっくりと私を地面に座らせると、江良が私の前に膝を着き、泣いてるのか笑ってるのかわからない位くしゃくしゃになった顔で私を抱き締めた。


「……タネ……ありがとう……!」


 あとはもう、言葉にならなかった。ぐしぐしと泣きながら、江良はぎゅうっと私を抱き締め続ける。私も、疲れきって力の入らない腕を何とか上げて、江良の体に腕を回した。


「……こっちこそ、ありがとう」


 江良がいなかったら、ここまで来れなかった。私ひとりの力じゃない。皆で海を越えて、やっとここまで来れたんだ。私こそ、『ありがとう』だよ。


「さあ、タネ。今回はいつも以上に疲れたろう」


 抱き合う私達のもとへ、残花が御神木の実と同じ弓なりの黄色い果実を差し出す。近くに普通の大きさの同じ木が生えてたみたいで、果実は胡瓜くらいの大きさだ。


「ありがと。もーへとへと」


 江良が抱く腕を離し、涙を拭う。


「……そうよね、本当にお疲れ様」


 そう言って、座ったまま頭を下げた。再び頭を上げ、黄色い果実を見て言う。


「その果実を見る日が本当に来るなんて。夢のようだわ」

「江良、知ってるの?」

「ええ、もちろん」


 江良はにっこり笑って、言う。


「陸で言うところの実芭蕉――海の民の言葉で、バナナって言うのよ」

「へー、面白い名前!」


 江良が残花の手からすっと取ると、黄色い皮を上手に剥いて渡してくれた。白い実をぱくっと食べれば、むにゅっと柔らか新食感!


「あんまぁーーーーい!」


 思わず大声を上げる私。海の民達が何だ何だと振り返る。こりゃあ声も出ちゃうよ、だってとっても甘ぁいんだもん!


「バナナおいしーっ!」


 もぐもぐもぐと頬張って飲み込めば、ぐんぐんと気が充実していく。林檎、苺、蜜柑と食べてきたけど、バナナがいっちばん甘ぁい! だから気も大きく充実するのかな?


「うまそうだな……」

「俺達も!」


 私の食べる様子を見て、海の民達も周りの木からバナナを取って食べ出した。皆口々に頬張って、うま、うまと飛び上がる!


 江良もぱくっと食べれば、また一筋の涙が頬を流れた。


「……おいしい……!」



 少し元気の戻った私は、ゆっくりと立ち上がった。灰の無い澄んだ潮風が私の髪をなびかせ、風の吹くままにふっと海を見る。透き通る翠の海に、青や黄の大小の魚の群れが跳ねては潜り、白波を立て自由に泳ぎ行く。遥か遠く、まあるく見える先の先まで、ずっと幸せが広がっているような。そんな気がした――。

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