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樹法師タネの桜散る天地創造  作者: 星太
第三章 沖ノ島

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第21話 散りゆく運命

「知りたくなんて、なかった――桜の花が散る度に、あなたの命が散るってこと」


 え……? 部屋の中からぽつりと聞こえた江良の言葉に、思わず足の力が抜けて身を崩し、ガタっと後ずさる。


「――誰だ!」


 残花が扉を開けた。私は今、どんな顔をしているだろう。泣きたくて、驚いて、怖くて、ただ、首を横に振った。何も言葉が出てこない。


「タネ……聞いていたのか」


 残花の問いに、私は黙ったまま小さく頷く。


「……隠していたわけではない。余計な心配をかけぬためだ」


 私はまた、小さく頷いた。残花は言葉を続ける。


「命が散るといっても、僅かなものだ。それでお前の命が救えるなら安いもの――」

「――安くない」


 即座に、首を振った。


「安く、ないよ」


 視界が潤み、ぼやける。ぼろぼろと涙が溢れ出す。


「やだよ……! 残花の言ってたこと、やっとわかった。黄泉を斬るまでは……って、そういうこと。私、嫌だ……!」


 目を拭っても拭っても、心から涙が溢れて。ぐちゃぐちゃな気持ちが、そのまま口から飛び出していく。


「私、残花の命を削って生きたくなんてないよ。笑えないよ! 全然、綺麗じゃない。桜なんて! 馬鹿だった……何も知らずに、私……!」


 残花は部屋から一歩進み出て、取り乱す私を抱き締めた。


「お前は、何も悪くない。これは俺の運命なのだ」

「わかんない、わかんないよ……!」


 残花の胸に顔を埋め、泣く。


「黄泉を斬るには、命を散らしてでも桜花の剣を振るうほか無い。黄泉を斬らねば、天地を守るため死して力を譲るほか無い。いずれにせよ散る運命ならば、俺は咲き誇る道を選ぶ」

「……!」


 私は拳を握り締め、どんと残花の胸を叩く。

 どん、どん、どん。

 やりきれない思いが胸を埋め尽くして、黒い言葉が口を突く。


「……まだ、百年先でしょ。残花が散らなくても――」

「ならん。タネ、俺とお前しかいないのだ。三百年灰に覆われた天地に、花と笑顔を咲かせるのは」

「……私と、残花……」


 残花の体に腕を回して、ぎゅうっと抱き締める。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ。絶対嫌だ……! 残花が散るなんて絶対だめ。黄泉なんて大っ嫌いだ。何で私なの? 私じゃなかったら、残花が黄泉を斬る番じゃなかった? 散らずに済んだ? ……ううん、残花はきっとひとりでも灰人と戦った。運命って何? 誰が決めたの――


 ――要らない、そんなの……!


 ……ぐるぐると頭の中が渦巻いて、出た答えはただ一つ。


「散らないで。ずっと、咲いて」


 もっと、もっと強く抱き締める。


「運命なんて知らない! 残花の命は、散らせない。私、もっと頑張るから。強くなるから。残花を、咲かせてみせるから……!」


 残花は一瞬驚いた顔をして、私を強く抱き返す。


「……ああ、共に咲こう。俺達は、家族なのだから」

「うん」


 今は、素直にそう思えた。私と残花は、家族。形はどうあれ、共に咲く家族。絶対、散らせない。


「……強いのね」


 残花の背の向こう側から、江良の声が響く。


「……私も……ごめんなさい。今夜はもう、ひとりにさせて」


 そっと、扉を閉めた。それきり江良は何も言わず。私と残花は江良の部屋の前を離れ、船室に戻った――。


 ◆


「さあ、もう灯を消すぞ」


 残花が船行灯を消し、船室は闇に包まれた。小さな丸窓から、灰雲越しの微かな月明かりだけが射し込んでいる。ぎし、と寝台が軋む音が響く。残花が横になったみたい。私も寝台に腰を降ろす。……何だか、眠れそうにない。ああ、どうしよう。()()()()。でも……。


「ねえ、残花」

「……何だ」

「……あの、さ」


 すう、すうと残花の寝息が聞こえ出す。私は腰掛けたまま足をぱたぱたと揺らし、悩んだ末に、意を決して声をかける。


「今夜だけ、隣で寝ても良い? その、家族なんだし」

「! ……ああ。入れ」


 残花は心なしか嬉しそうに応え、掛布団を持ち上げた。やった! 私はぱっと立ち上がり、残花の隣に滑り込む。


「……えへ」

「ふ」


 私のにやけ笑いに、残花も笑いをこぼした。何だか、ふわふわする。きっと波の揺れのせいじゃない。狭い寝台に、ふたり仰向けに並んで。触れた残花の手は、冷えきっている。ずっと濡れたまま私の看病をしてくれてたんだ。そりゃ冷えるよね。


「風邪、ひかないようにね」

「心配無用。風邪などひいたことはない」

「あは、実は私も。ナントカは風邪をひかないってやつ?」


 冗談を言ったつもりだった。残花は急に黙って、ぽつりと言う。


「……ああ、馬鹿かもしれん。黄泉を斬ろうなどと」


 触れていた残花の冷たい手が、私の手をぎゅっと握った。私も、握り返す。少しでも、温めたくて。


「じゃあ、私も馬鹿だ。似た者同士だね」

「ああ、そうだな」

「家族、だもんね」

「ああ」


 残花は少し安心したのか、静かに寝息を立て出した。……お疲れ様、ありがとう。家族じゃなかったら、なんて言ってごめんね……。


「……大好き」


 残花の方に体を横向け、腕を絡ませて。穏やかな寝顔を間近で見つめるうち、つうっと涙が伝う。暗い船室に、残花の寝息と波音だけが響いて。ダメだ、泣いちゃダメ。強くなるんだ。明日から、また普通の顔しなきゃ。だって強くなるって言ったんだ。強くならなきゃダメなんだ。


「……うっ、ぅう……」


 嗚咽が漏れ、涙が止められない。ごめん、今だけ。今だけ泣かせて。


「……好き。大好きだよ、残花ぁ……」


 ぼろぼろと涙が溢れる。強く、腕を抱く。ぎゅうっと。離したくない。


 恋人じゃなくていい。兄妹でも相棒でも、形は何だって良い――



 ――ただずっと、一緒に咲いていられたら。

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