第27話 ポンコツ大蛇
志真が目覚めると、外は暗くなり始めていた。
外の道路を帰宅途中の学生たちがダラダラと帰っていくのを窓越しに眺めつつ、志真はうんと伸びをする。
「志真様。もう夕方なのですよ?」
ウルは呆れたと言わんばかりに志真の背後に現れ「朝ごはんなのか昼ごはんなのか夜ごはんなのかはもはやわかりませんが、食事は出来ているのです」と言う。
志真は欠伸で返事をしつつ、ゆるゆると一階へ足を進めた。
メモリアルパークでゲンと別れてから、三日が経つ。
その間、ゲンと連絡を取っていない。そもそもお互いに頻繁に連絡を取りあう性格ではないため、いつもは特に何も思わない。しかし、先日の別れ方が別れ方だっただけに、少々気にはなっていた。
ダイニングテーブルに用意された料理を口に運びながら、志真はぼうっと先日のゲンとのやり取りを思い出していた。
「浮かない顔をしているのです」
「いつもだろ、そんなの」
「いつも以上にしかめっ面をしているということを言いたかったのです。一度顔のマッサージをして筋肉を適度に緩めたほうが悪人扱いされなくて済むのです」
「……」
この野郎。
確かに志真は常にご機嫌なわけでも、頻繁に冗談を言う性格でもないけれども。
そうしてレース以外の様々なことを「面倒くさい」という理由で片づけ、否定的な意見や態度を取ったりもするかもしれないけれども。
「はいはい、そうですね……」
他人に指摘されれば、少々グサリとくるものがある。
なみなみ入った麦茶を一気に飲み干して平然を装うと、ウルが空になった食器をシンクへと運び始めた。
金属製のカトラリーを上手く使って皿を持ち上げ、シンクへと運ぶ――何度見ても大したものだ。
ぼんやりとその様を眺めていると、ウルが志真へと向き直る。
「先程、瀬那様がお見えになったのです」
「へぇ。で、なんだって?」
「志真様は寝ていると伝えたところ、また来ると言って帰っていったのです」
志真は腕を組んでムムと考える。
瀬那に関しては色々と話題が豊富ゆえ、何が目的で家に来たのかがわからない。
自身の通信端末機を確認すると、瀬那から着信が数件入っていた。
志真からの返事がないから仕方なく家に来てみたはいいものの、それでも志真は捕まらず――というか寝ていたため話にならなかったという最悪にツイてない状態だったと見た。
「他に何か言ってなかった?」
「いいえ。特には言っていなかったのです。ことづけがあるなら承るとも言ったのですが……」
志真と直接話をしたいということなのだろう。
一応、今更ではあるが返事をしてみた。が……あとは瀬那からのアクションを待つしかない。
留守電や文章等で何かしら残してくれれば、こちらも動きようがあるのに……と思っていると、玄関のドアが開く。
「……今起きたの?」
羽鳥だった。
本日も真面目且つ健康的に学生ライフを送って帰ってきたらしい。
高そうなコートとマフラーをリビングのソファに雑に投げ捨て、どかっとソファに座る。
そうしてすぐにテレビをつけた。
「……お前、テレビ好きだよね。いっつも観てるし、ずっと観てる」
今や綺真の全住民の半分以下しか見ていない地上波を熱心に見ている女子高生は珍しい。
物好きなやつもいるものだと軽口をたたくと、羽鳥はギッと志真を睨んだ。
「今まで観たことないの」
「……そうなの? お堅い家はそういうの規制されてるとか? 教育に悪いから、みたいな感じで」
「好きに想像すればいいわ。どうせあんたには理解できないだろうから」
そう言って羽鳥は画面に視線を戻した。お嬢様も大変らしい。
ウルが飲み物を持っていくと、羽鳥は礼を言ってから受け取った。
だが視線はテレビ画面からは動かさず、CMすらもじっと見入っている。……よほど好きらしい。
主婦層へ向けた生中継番組のようで、綺真島の一番大きな駅――中央駅で街ゆく人々を背景に天気予報を放送していた。
志真にとっては何が楽しいのかわからない。しかし毎日生放送をしているということは、それなりの需要があるのだろう。羽鳥が食い入るように見ているように。
「そういえば、あいつからまた連絡が来たわよ」
「……瀬那?」
「そう。かなり短文だったけどね。あんたと話がしたいって、それだけの文章」
「そうだろうね。さっき家に来たみたいだし」
羽鳥は「あいつもあんたと同じバカよね」と言う。「立体光バカ」
「また懲りずに立体光のことで話をしたがっているに決まってるわ。新しい未知の技術にそこまで熱くなれるなんて、尊敬しちゃう」
「立体光はバカじゃないだろ。そうやって古い技術であるテレビにかじりついて、新しい技術を腐すのはどうかと思う」
「テレビは古くない」
「じゃあ新しい技術ってことだね。つまり羽鳥もバカだ」
志真が言うと、次第に体感温度が数度下がる。
「あら、お友達ね。どうぞよろしく」
羽鳥も負けじと言い返すが、顔が少々ひきつっている。
また面倒くさいことになりそうだと思いつつも、志真も志真で引き下がらなかった。
喧嘩をするつもりはなかったが、批判されたら反抗したくなるのがバカの特徴だ。
羽鳥は「こんなに技術が発展している島なのに、つける薬がないなんて世も末ね」と呟く。
それは、その通り。
『最近、若者の中でブームになりつつある立体光の娯楽。今日はその魅力に迫りたいと思います!』
テレビのナレーターが明るい声で立体光の紹介をしている。
やはり実際の流行りとテレビの特集とはタイムラグがあるようで、現役の若者からしたら「何を今さら」と思わざるを得ない。
志真はテレビ番組を横目に、改めて羽鳥に話しかけた。
「……あのさ。嫌なことを思い出させたら申し訳ないんだけど、最近は羽鳥家とはどんな感じ?」
「帰ってないからわからない。連絡もとってないし――というか、羽鳥家で支給されてる通信端末の電源を入れてない」
「いや、さすがにそれは入れろよ。何かあったときに連絡が取れないんじゃ――」
「困るわけない。困ってほしいけど、困らない人たちなの」
羽鳥はポケットからシンプルな通信端末機を取り出す。
以前、志真が羽鳥に貸した端末機だ。
「今はこれがあるから不自由はしてない」
「返してよ」
「使ってないんならいいじゃない。そのうち返す……かもしれないから」
即答をしろ。
返すかもしれない。つまり一生使い続ける可能性もあるわけか。
この同居生活を続けている限りは、返すつもりはないのだろう。
「……壊さないでね。いや、壊してもいいか。古いし。いらないデータしか入ってないし」
返されたところで何かに使う予定もないわけだし。
そう結論付け、志真は立ち上がった。
そのまま腕をぐるぐるまわして、思い切り伸びをする。血液が脳へとのぼってゆくのを感じるのと同時に、だらけていた意識が覚醒してゆく。
「あと一時間くらいしたら走ってくる」
「本当に夜遊びが好きね」
「”夜遊び”以外してないからね。それに明日レースだし」
「瀬那はどうするのよ」
「走る前に家に行ってみる。返信ないから忙しいのかもしれないけど、それはもうお互いさまってことで」
一応、追いメッセージは送ってみるけれども。お互い忙しい身だ。仕方がない。
端末機を取り出し操作していると、突如テレビから大きな爆発音とともに、幾重もの悲鳴が聞こえた。
『皆さん! 落ち着いて! 落ち着いてこの場から離れましょう! 走らないように!』
アナウンサーの焦った声が聞こえる。
一体何があったのだ。生中継ということは、中央駅付近で何か大きな問題が起こっているという事だ。
志真と羽鳥がテレビに注目していると、けたたましいインターホンの音が聞こえる。
「瀬那様なのです」
「こんな時に――」
しかもインターホンを連打している。
ウルが玄関先に移動すると、すぐにドアノブの音と乱暴な足音が聞こえた。
「シーマさん! 今からレース、行けますか!?」
足音がリビングに到達した瞬間、瀬那の大声がリビング内に響き渡る。
「――は?」
いつでも行けるけど。当たり前でしょ。誰に言ってるんだ。
――その言葉を飲み込んで「どうしたの?」と聞いてみると、今度は羽鳥が「見て!」と大声を出す。
瀬那は志真の前からテレビの前へと移動し、「シーマさんこれですこれです!!」と更に大声を出した。
「だから何なのって」
テレビ画面を見て、志真は息をのむ。
大蛇――大きな金色の蛇が空を泳いでいた。
凶悪な顔をした大蛇が、大きな口を開ける。そこからレーザーというか、ビームというか――光の束を発射したではないか。
大蛇が光の束を発するたび、人々の悲鳴が大きくなる。
「――立体光だよね。これ」
見事なまでの蛇の造形だが、黄金のうろこが半透明に光っているのを見逃さない。
志真が間違えるはずがない。ホログラムではない。あれは立体光だ。
「明日出すはずだったスカイバイクコースなんですよ、あれ」
瀬那が言う。
「今日はレースがありません。なのにバグったかなんかでコースが出てしまって。制御不能に……」
「相ッ変わらずのポンコツ運営だね」
「返す言葉がありません」
志真は頭をガリガリとかいた。
「なるほどね……」
どうして瀬那がうちへ来たのだろうか。そしてすぐに立体光コースの話をしたのか――その答えがわかってしまったからだ。
「あのさ……あれをどうにかしろって、メビウスに言ってる? 明日のレースを、今日に早めろって?」
「ご迷惑をおかけしてすいません。でも、”立体光は制御不能になる可能性がある”というのが世に出たらまずくないですか?」
「――待ってよ……」
つまり、あれを「いつものスカイバイクレースでした☆彡」にしようとしているというのか、運営は。
「確かに、今なら誤魔化せるかもしれないけど……」
既にコースが出てしまっている状態で、今から招集をかけて集まるのかどうかは怪しいところだ。
仮にメビウスが全員集まったとしても、相手のチームがどうなるか。
「ていうか、次のレース、グラスターだったよね……集まらなさそう」
鍵サイトの対戦スケジュールには、確かにそう書いてあった。
大手のチームは、判断が遅くて瞬発力がない――もちろん招集に限っての悪口ではあるが、割と正しいと志真は思っている。
『ロード』に比べて瞬発力はあるとは思っているが、メビウスほどではないだろう。
「グラスターが来なければ最悪、別のチームでもいいです。あのコースを誤魔化すことが出来ればそれで。ポンコツ運営なのでレース直前にレースが決まったところで誰も驚きません。キレられることも慣れてますし謝るのも慣れてます」
逆に清々しくて感激する。
瀬那が通信端末を確認し、「一応、別の人間がグラスターに交渉しているみたいですが、なんだか難しいようです……」と言う。
まぁそうだろうな、トレーニング施設を無理やり奪い返したことで練習も満足に出来てないと思うし……と納得しかけていると、
「あら、連絡してみる?」
と、羽鳥が笑った。
「私、たぶんグラスターさんに嫌われてると思うの。喧嘩売ったら買うと思うのよ」
「お前なんでそんなに喧嘩っ早いんだよ」
「生まれ持った素質ね」
羽鳥は通信端末を瀬那に向ける。
「グラスターのアドレスをさっさと送って。出来ればニシとかいうお山の大将のがいいわ」
「マジで喧嘩売る気じゃん」
「自己紹介した相手に連絡を取るのは当たり前じゃない」
悪魔のように笑う羽鳥は、笑顔で瀬那に圧をかけている。
そして、その笑顔で挑戦的に志真に笑いかけた。
「で、やるの? やらないの?」
「――やるよ」
志真は端末を取り出し、素早く操作をする。
「今回のレースってひとチーム五人でいいんだよね?」
「シーマさん、走ってくれるんですか!?」
「レースは基本断らない主義だからね。最悪僕一人でも走る」
急いで端末機からグループメッセージアプリを起動し、メビウスに手短にメッセージを送った。
集合場所も何もかも決まっていないので、『空にある蛇のコースでレース出来る人、先着五名様。大集合』という、見方によれば非常にふざけたメッセージを送信することになる。もちろん志真は本気だ。
すぐに既読はつくものの、恐らく全員首をかしげていることだろう。逆の立場なら志真だって首をかしげる。
志真は手早くライダースーツに着替えたあと、すぐに車庫へと走り、バイクを出した。
埃ひとつないピカピカの車体を愛おしげにひとつ撫でてから、空を仰ぐ。
深い群青が空を覆っている。強い光がうごめいているのがはっきりと視認できた。――あれが恐らく、立体光の大蛇だろう。今回のレースのコースとなる。
「ウル。行けるよね?」
「もちろんなのです」
家の方へ視線をやると、端末機で会話をしている羽鳥と目が合った。
羽鳥は勝ち誇ったような顔で、ぐっとサムズアップをする。……ということは、グラスターは来るという事か。
一体どんな挑発をしたのか、後で羽鳥に聞いてみよう。純粋に気になる。
「ていうか瀬那さ。僕に用があったんでしょ? 何だったの」
「お借りしてた皇博士の端末機を返そうと思ったんですけど、その前にアクシデントが」
「それがあの蛇コースってわけか。なるほどね。端末機は後でいいよ」
志真はバイクにまたがり、ヘルメットをかぶった。
両親に関することのため、息子である志真本人と直接が話したかった、ということだろう。
瀬那の律義さに感心しつつ、ハンドルを握る。
「では僕は運営の建物に移動しますね。出来るだけ早く制御できるようにしますので!」
「ねぇそれ、私もついて行っていい?」
「いいですけど……でも、どうしてですか?」
「忘れたの? 私、”見える”んだけど」
羽鳥が自信満々に答えるのを聞いてから、志真は「羽鳥のことは瀬那の判断に任せる」と無責任なことを言った。
今回のアクシデントに羽鳥の能力が使えるのかはわからない。
だが、邪魔なら邪魔で羽鳥は大人しくするはずだ。そこまでバカではないと信じている。
「ちょっと待ってく――」
焦る瀬那に無視をして、志真は空へ飛んだ。




