第26話 寒暖差
墓場というものは、少し前までは暗くて怖い場所だったらしい。
もっとも、志真たちが生まれた頃にはそのようなイメージはなく、少し不思議で幻想的なイメージに変わってしまっているのだけれど。
綺真島のメモリアルパークに出向くと、夜の静かな公園の照明が一斉についた。
パッと広がるファンタジックな色味に思わず目を瞑ってしまいたくなるほど、明るく温かな空間だ。
「久しぶりに来たけど、やっぱここすごいよね。ホログラムを目一杯使って――まるで天国みたい」
「たぶんそれをイメージして作ったんだろうな。天国なのか極楽浄土なのかは人によって違うだろうが、命を終えた愛する人にはこういう場所に住んでいてほしいという、願いなんだろう」
綺真島の墓地は一か所に集約されている。
それは単純に、綺真島のスペースの確保が難しいことに起因している。
決して広いとは言い難い島だ。そうして、日本本土からの入島者は日に日に増えていっている。
死者が出るたびに墓のスペースを確保することは、もう出来なくなっているのだ。
それに、宗教的な問題の解決にも繋がっていた。
綺真島の埋葬ルールとして、「体も骨も残さない」という決まりがある。どのルーツの人種も必須で守らなければいけないこととなっている。
そのため、「墓参り」とは言うが、実際のところ墓はないし、体の一部が埋葬されているわけでもない。
24時間入れるメモリアルパークに入ったことで、墓参りと見なされることになっていた。
「親孝行者だよね。定期的に墓参りに来てるなんて」
志真は何の気なしに言ってから「嫌味じゃない。普通にすごいと思ってる」と自身の発言にフォローを入れる。
ゲンが命日だけではなく、定期的にメモリアルパークに訪れていることを知っているから言えることであった。
「気分転換みたいなもんだ。散歩と変わらない。”古き良き墓参り”に比べたら用意するものも、しなくてはいけないものもないし。気楽なもんさ」
「それでも、スカイバイクやって店やって……僕なら絶対サボるね。というか、既にサボってる」
志真は近くのホログラムパネルを操作し、父親の名前を入力する。
すると、父親の墓を模したホログラムが出現した。
没日は未だ記載されていない。現在も行方不明のため、正式に死んでいるのかどうかもわからないのだ。
「ほら、見てよ。全然来てない」
ホログラムの墓に添えられたログインパネルを指し示すと、ゲンは苦笑する。
「お前の母さんはそこそこ来てるみたいだな。少なくとも、お前よりは」
「綺真に帰ってきたときにパークにも足を運んでるっぽいね。墓参りっていうよりかは、安否確認的な意味合いが強いんじゃないかな。死体が見つかったら正式に没日が書かれるからさ」
行方不明者の現状を手っ取り早く調べるためのツールとしても、メモリアルパークは存在していた。
もちろん行方不明者が発見されれば家族にきちんと連絡が行き、然るべき案内がされるわけだが、家族意外だとあまり知る手段がないせいだ。
「警察や役所からの連絡はない。パークにも没日が書かれてない。多分母さんは、それで安心するんだと思う」
ちゃんと聞いたことはないからよくわからないけれど――と、一応付け加える。
「まぁ、僕のことはいいや。ほら、ゲン。邪魔しないから、墓参りしてきなよ」
志真は父親の墓を消してから、大きな花束をゲンに渡す。
手ぶらでも気軽に立ち寄れ、簡単に墓参りが出来るというシステムで成り立っているパークにわざわざ花束を持参する人は、あまりいない。
それでも生花をきちんと用意しやってくるあたり、非常にゲンらしい、と志真は思う。
きっと今回だけではなく、定期的に花束やお供え物を持ってきているのだろう。
志真はゲンから離れ、パーク内のベンチに腰を掛けた。
ゲンから見えない位置に陣取り、通信端末を弄り始める。
「……やっぱり、予定日の変更はない、か」
小さくつぶやいた独り言はゲンには聞こえることはなかったが、ウルには聞こえていた。
「次のレースの予定日のことなのですか?」
「うん。もしかしたら日にちが変わるかもしれないから、一応。レースまでにコンディション整えておきたいし」
ポンコツ運営がレースの予定日を変更することは割とある。急にレースが中止になったり、逆にオフの日にレースが組まれたりもする。
だから今回も変更するのでは、と少しだけ思ったが、運営は今回に限っては通常通りにレースをする予定でいるらしい。
「予定日を変更してほしかったのですか?」
「……なんで? 変更したら面倒じゃん。その日に合わせて死ぬ気で調整してるのに」
「ゲン様に、ご両親の命日はゆっくり過ごしてもらいたい、と気遣っているのかと」
「……」
志真はそこでひとつ呼吸を置く。
「……そこまで深く考えてなかったよ」
そう返答するものの、志真の中でモヤモヤとしたものが心に残る。
「どんな予定があれどレースを優先させるべきだ」
「本当にそう思っているのですか?」
ウルの言葉は意外にも、志真に刺さった。
たまにウルは志真の考えを当ててくる。
「……思ってるよ」
志真はゆるゆると首を振った。この話は終わりだ。それ以上何も言うつもりはない。
ウルはそれを察したのか、更に話題を振ってくることはなかった。
「悪かったな。退屈だったろ?」
墓参りを済ませたゲンが志真の横に座る。
先程まで持っていた花束はない。専用の供え台に置いてきたのだろう。
「気なんかつかわなくていい。思う存分墓参りしてきなよ」
「年イチなら時間もかけたんだが、しょっちゅう来てるからな。親父とお袋に、また来たのか、さっさと帰ってやることやれ……と怒られそうだ」
ゲンは苦笑をして、空を仰いだ。
微かに出てきた風が、冷たくパークを横切ってゆく。
志真は通信端末から顔を上げずに、ちらりとゲンを見る。
「――ちゃんと聞いたことなかった。ゲンの親が、殺されたって」
「そうか、言ってなかったか。悪かったな」
「いや別に。……ちょっとびっくりしたっていうか。それだけ。詮索する気はないし」
ゲンは黙って空を見上げ続けている。
見上げた姿勢のまま、背中をベンチの背もたれに押し付け、ずりずりと居心地のいい場所まで下がる。
そうして、「不可解な死に方をした」と言った。
「『メビウスロック』――あの店は俺が立て直すまでは、さびれたオンボロスポーツバーだった。儲かっていないのが一目でわかる外観だったから、誰も飲みには来なかった。けど――何故か強盗に狙われた」
「……」
「ちょうどその日は、裏伝手で知り合ったやつに金を借りた日だった。だから店に現金があった。それを狙われたんだ」
「情報が洩れてたってこと?」
「さぁな。何がどこまで漏れているのかは知らない。子供だった俺はもちろん、両親も裏社会には疎い。格好の餌食だったんだろうな。……店の中には吸い終わった煙草が落ちていた。まったく知らない銘柄さ。俺たち家族は、知らないことがあまりに多すぎた」
ゲンは十分に間をとったのちに、話を続けた。
「両親は強盗から金を取り返すために車で追いかけて――海に落ちた。お前がさっき落ちたあの港の、あの海にな」
志真が黙っていると、ゲンは「だから俺はあの漁師たちと知り合いなんだよ」と笑う。
「ついでに言うと、事故手続きせずに車やバイクを引き上げる方法も、上手く修理する方法も知ってる」
「俺の目の前で事故って不幸中の幸いだったな」とおちゃらけた様子でゲンは言うが、志真は笑えなかった。
通信端末をポケットにしまい「ごめん」と呟く。
「何がゴメンなんだよ」
「偶然だけど、嫌なものを思い出させた」
「お前が落ちたことでか?」
「そう。少なくとも、海から車を引き揚げる方法なんて忘れてたほうがいいしね。限りなくアウトのグレーでしょ」
ゲンはハハッと声を出して笑った後「確かに」と言った。
出来ることならこの先一生そんな現場に居合わしませんようにと願わずにはいられない。
「強盗は捕まった? それとも、一緒に海に落ちた……とか?」
「いいや。死体があがったのは両親のみで、犯人については何もわかってない。落ちたのか、逃げたのか――それすらも。その日は天気が悪かったこともあって、誰も目撃していなかった。……だからまぁ、親の発見も遅れたってわけだ。ツキってのは常に味方にしておくべきだと痛感したよ。……見つかった瞬間には、手遅れだったからな」
首元を、冷たい風が撫でて消えてゆく。
けれどもパーク内はあたたかな光で満ち溢れており、美しいホログラムはまるで風などないかのように振る舞い続けている。
凍えている人など誰もいないよ、と。みんな幸せな世界で生きているよ、と。
生者にとっては、その寒暖差に戸惑う。
「お前ならどうする? お前が、俺の立場だったら」
志真がゲンに視線を合わせると、真剣なまなざしとぶつかった。
「どう、……って?」
「……いや。悪い。曖昧な質問をしたな。忘れてくれ」
迷っているな、と志真は思う。ゲンは恐らくずっと、迷っている。両親が死んでから、ずっと。
「……どう生きたいか、っていう質問? 到達したい目標によって、手段も変わってくるだろ」
相変わらず冷たい答えだ、と自分自身で思いながら、志真は続けた。
「知ってるだろうけど、僕はスカイバイクさえできればそれでいいんだ。過去に”皇博士”の息子だってことで研究所が僕への援助を申し出てくれたけど、断ってる。立体光事故に関しても、研究に関しても、まったく興味がなかったから。……たぶん、僕が少しでも興味をしめしたのなら、父さんほど頭が良くなくても研究チームに入れてくれたとは思う。僕の利用方法なんていくらでもあるからね」
今でもたまに、あの時首を縦に振っていたらどうなっていただろう、と考えるときがある。
研究所に所属することで大きな地位も資産も持つことが出来る。アマチュアマイナースポーツであるスカイバイクを進化させることも出来たかもしれないし、メジャースポーツとして世界に売り出すことも出来たはずだ。金と地位があれば、大抵のことは上手く回るのだから。
そして……これは憶測だが。羽鳥家は恐らく、「そっちの皇志真」が欲しかったはずだ。社会的に成功している、完全無欠の皇志真を。
「でも僕は蹴った。事故の究明も、立体光に関しても、頭のいい誰かが頑張るべきだ。行方不明の父さんも、いつか帰ってこればいいとは思ってるけど――戻ってこないならそれでいい」
帰ってこないことを望んでいるわけではない。
けれど、自分の人生をかけて解決させようとは思っていない。
「ごめん。僕、冷たいんだよ。ゲンみたいには生きれない。自分のことで精一杯」
もっといい回答を出せたらよかったのだけれど。ゲンと周囲が満場一致で納得するような、鋭くて的確な回答を。
「志真、ひとつ聞くぞ」
ゲンが呼吸を置く。
「自分の人生において、邪魔者がいるとする。俺にとっての”犯人”、そしてお前にとっての”嘉”――その邪魔者さえいなくなれば望む人生を手に入れることが出来るのに、と歯がゆい思いをしているとする。……さて、お前はどうする?」
「こ――」
――ろすけど。
声に出すすんでのところで理性が働いた。
すんなりと言葉が出てきたし、内容に違和感を覚えない。けれど、微かに残った理性と罪悪感が、志真の発言にブレーキをかける。
「……僕に聞くべきじゃない。人としての答えを得たいなら」
ゲンにとって何が正解か、志真にはわからない。
だが確実に志真の発言は正しくないし、それ以上音にしてはいけない。
「僕をアテにするな」
思わず、強い言葉が出た。
頭の中で、先程の言葉の続きが浮かび上がる。
――殺すけど。僕の邪魔をするなら、誰であろうと。
志真はずっと、そのスタンスを貫いて生きている。
たとえ、誰の共感も得られなかったとしても。
しばらくどちらとも喋らず、風の音だけを聞いていた。
「ありがとう」
ゲンが立ち上がるのを見て、志真は我に返る。
「長々と付き合わせて悪かったな」
じゃあな、とゲンは手をひとつ振って帰ってゆく。
志真はゲンの後を追おうとして、やめた。
――追ったところで、どうなる。
自分のことで精一杯なんだろ。
ゲンにとっての最適解なんて出せないくせに。
助けを求めて手を伸ばしてきた相手を突き放したのは、自分のくせに。
パークの外を歩く人々の声がかすかに聞こえる。
寒すぎるから早く帰ろう、新調したコート全然温かくない……そんな楽し気な文句を聞きながら、志真は自身の格好を改めて眺める。
温かいし、動きやすい。申し分ない機能面の、クソみたいなデザインの服。
裾から値札がはみ出ていた。
「たっか……」
パークの外からまた声が聞こえる。
やっぱ、高い服じゃないと温かくないよね、と。
遠くの空で、立体光コースが大きくはじけた。
相変わらずの運営でなによりだ。
志真はポケットに手を突っ込み、メモリアルパークを後にした。




