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Desert Drive - デザートドライブ -  作者: 日生 良
03.Galactic Loop
25/27

第25話 途切れた絆

「ていうか、どうしてゲンは港にいたの? 用事?」


 ゲンから預かった非常にかさばる荷物――大きな花束を両手で持ちながら、志真は前方を歩くゲンに問いかけた。

 大きな迷惑をかけたのだ。荷物持ちくらいはするつもりだ。


 太陽は傾き、群青色の空が覆い始める時間帯。ぽつぽつと夜の光が街を彩り始めていた。

 その夜の光に紛れ、立体光の小さなコアが静かに目的地へと飛んで行く。


 本日もスカイバイクが行われるのだろう。

 綺真島のどこかのチームが、今日も自由を求めて空を走っている。


 コアをぼんやりと見送っていると、瀬那のことを思い出した。

 運営が瀬那なしで成り立つのかどうかは志真にはわかりはしないが、なんとなく、瀬那は制御室にいるような気がする。

 瀬那のような気弱そうな性格は、恐らく仕事をサボれない。

 目覚めてから、すぐにコースの準備に取り掛かっていのではなかろうか。

 大変なこった、と志真は心の中で思いながら、コアの行き先をぼんやりと眺めていた。


「用事……といえば、そうだな」


 そうして、ゲンの声で現実に戻される。


「……まぁ、お前だから話すよ」


 ゲンはかなり間をあけたのち、濁すように呟いた。


「家の倉庫の掃除をしていたら、妙な掛け軸が出てきてな。俺にはさっぱりわからなかったから、知っていそうな人に聞こうと思ったんだ」

「妙な掛け軸?」

「ぱっと見は家系図みたいだった」


 家系図と聞いて、一瞬言葉につまる。

 けれどもゲンの言う家系図というものが、世間一般的な「ただの家系図」の可能性のほうが遥かに高いので、


「なるほどね……」


 と平然を装った。

 まぁ、花束を落としそうにはなったのだけれど。ゲンが志真の前を歩いているということもあり、その動揺は気付かれなかった。

 妙な家系図――嫌なものを感じる。先日はその「妙な家系図」のせいで散々な目に遭ったわけだし、そもそも嘉が志真を狙っているのも「妙な家系図」関連である。


「……もしかしてその妙な家系図って、未来のこととか書いてなかった?」


 聞くと面倒なことになるとわかっているというのに、どうしても気になってしまった。

 ただの家系図であってくれと願いながら聞いてみると、先程とは打って変わって、ゲンはすぐに答えてくれた。


「そうなんだ。先週生まれたばかりの従甥の名前が既に書いてあった」

「……そう」


 完全に未来家系図だ。荷物さえ持っていなければ、志真は今すぐ頭を抱えただろうし、人の目や迷惑を顧みずうずくまっていたかもしれない。

 そんな志真の心情など知らないゲンは、聞いてもいないのに次々に情報を出す。


「不思議だよな。例えばだが……予言者のような人が作ったものなんだろうか。曾々爺さんの名前もあったから、予言者がいるのだとしたらかなり昔の人物だよな」

「……ゲンの親は何も言ってなかったの?」

「ああ。家系図があるなんて聞いたことなかった。家の歴史をたどるための大事なものだと思うんだが……二人とも死んでいるから聞くことも出来ない」

「そっか。それで、港の――漁師に……」

「そうだ。親父は船乗りだったからな。親父と同じ世代を生きた人たちだから、何かしらの話が聞けるんじゃないかと思ったんだ。似たようなものを持っていてもおかしくはない」


 上手い言葉が出てこない。

 言葉少なにゲンの話を聞いていると、ゲンは足を止めた。

 そうして、志真へと振り返ったのち「さてはお前、詳しいな?」と言った。

 特に隠すつもりもなかったので頷くと、「ということは、未来のやつらの仕業なんだな」とゲンは一人で納得しているようだった。


「といっても、そんなに詳しくないんだ。羽鳥が詳しいだけ。妙な家系図は『未来家系図』って言って……羽鳥は家の繁栄につながるって言ってた。この家系図通りに子孫を残していけば、家の繁栄は間違いないって」


 そのせいで羽鳥が”羽鳥家の人身御供”となるところだった。

 志真とウルが未来家系図を消したことで、一人娘である羽鳥への圧力は弱まったと聞いてはいるが、実際の所どうなのかはわからない。


「古臭い考えは嫌いだし、このご時世に家系図だなんだってバカみたいだと思うけどね。ゲンの親も、我が子に自由に生きてほしくて家系図を隠してたとかじゃないの?」


 そう言うと、ゲンは微かに口角を上げた。

 そして鞄から古びた掛け軸を広げて見せ「見ろ」と言う。

 淡く光る掛け軸を見て、志真は「やはりこれは未来家系図だ」と確信する。出来ることなら二度と見たくはなかった。

 掛け軸には独特な図案が載っている。羽鳥家の家系図はオーソドックスな図案というか、ぱっと見で家系図だとわかるデザインをしていたが、ゲンの家系図は独特だ。

 円の中心から放射線状に線画描かれている。刻が進めば進むほど、外に名前が書かれる仕組みと見た。


「俺の名前、探してみろ」


 ゲンに言われて、志真は掛け軸――未来家系図からゲンの名前を探す。

 ゲンの名前は、みなもと あつし――スカイバイクレーサーの中で、本名を知っている数少ない人物である。

 古めの名前から現代風の名前の配列を見て、そろそろ篤という名前が出てくるのではないかと注意深く探す。


「……どこに書かれてるの?」


 しかし、ゲンの名前は見当たらなかった。何度見返してみても、どこにもない。


「ごめん。親戚が多すぎて見つからない」

「ないんだ。俺の名前」

「え……?」


 視線を未来家系図からゲンへと移すと、ゲンは困ったように眉を下げる。


「もし本当にこの家系図が正しいのだとしたら、俺は存在しないことになる」

「……まさか」

「俺はあの人たちの子供じゃなかった、ということにならないか。だから、書かれていない」


 しばらく、二人とも何もしゃべらなかった。

 志真とゲンのすぐ横を、子供連れの夫婦が通る。子供は両親の手を掴みながら、楽しそうに笑っている。

 今日は一日、沢山遊んだね。さぁ予約していたお店で食事をしよう――そんな会話が街の雑踏の隙間から途切れ途切れに聞こえてくる。


「ま、それでも俺はあの人たちのことが大好きだし、子供として愛された自覚はある。俺が死ぬまで墓参りをしようと思ってるよ」


 志真の腕の中で、大きな花束がかさりと鳴った。

 風が吹いて、花の香りが鼻孔をくすぐる。


「もしかしてこの花束……これから、墓参りに行くつもりだった?」

「ああ。両親の命日にはレースがあるからな。穴をあけるわけにはいかない」


 ゲンが黙って歩き出す。志真もスピードを合わせて後ろからついて行く。

 自分も墓参りについて行っていいのかは疑問だが、荷物持ちとしてはとりあえず許されているのだろう。

 じゃなければ、志真に花束を持たせたりはしないはずだから。


 ゆっくりと歩き始めたゲンの背中はいつも通りに見える。

 何にも背負っていない、ただガタイがいいだけで何も考えていない空っぽの若者だと思われがちの背中。

 綺真島の数少ない老人たちが「最近の子は苦労知らずでいいねぇ」と嫌味の標的にしやすい、健康的な背中だ。


「……漁師のところ行って、なんかわかった?」


 背中に問うと、ゲンは黙って首を振った。

 そうして「家系図のことも、俺の出生のこともわからなかった」と言う。


「驚くくらいに、何ひとつわからなかったよ」


 志真は「そう」と小さくつぶやいてから、ウルを呼んだ。


「ウル、お前は未来の存在だ。未来家系図について、未来ではどういう扱いになってるの? 僕はお前から何も聞いてなかったね。家系図のことは羽鳥からしか聞いたことがない」


 志真のポケットから出てきたウルは、ふわふわと宙に浮きながら首を振った。


「はいなのです。未来家系図については羽鳥様が全てお話しくださったので、ウルから追加で申しあげられる情報はないのです」

「んなわけなくない? 未来の存在であるお前が、羽鳥と同程度しか知らないのはおかしい」

「未来にも、解明されていないことはたくさんあるのです」


 ウルは耳を下げて、申し訳なさそうな表情をした。

 使えない奴め、と言おうとしてやめる。言ったとしても、何の解決もしないだろうから。


「――ただ、ひとつだけ言えることは」


 ウルが続ける。


「未来家系図は、誰かの希望であることは間違いないのです。それが個人的なものか、群――つまり、一族全体を導くものかは家系図によるでしょうけれど」

「つまり、俺という存在は源家には必要なかった、ってことか」


 ゲンの発言に、志真は何も言い返せない。

 ただ沈黙だけが過ぎるのみだ。


「……未来家系図が家の繁栄のために作られたのなら、いらなくない? これに関しては、僕は羽鳥と同意見なんだ。珍しくね」


 自分の人生を歩めないだなんて、考えただけでゾッとする。

 だから志真は羽鳥に協力したのだ。


「俺は、役に立ちたいと思っていたよ。それがどんな形であれど。……たとえ、自分の意思と反するものだとしても」


 だが、ゲンは志真と違う考えを持っていた。


「親父とお袋は殺された。無念の死だ。赤字続きの店を立て直したのも、町内会や商工会の面倒な行事に積極的に参加しているのも、売り上げの一部を島に寄付しているのも、恩返しになると思っていたからだ」

「……」

「親父は家を大切にしていた。だから、俺も家に恩返しすることで、源家を明るい未来に繋げられると思っていた」


 ゲンの声色はいつもどおりだったが、言葉の端々から、嘆きを感じる。

 かける言葉はやはり見当たるわけがなく、アスファルトと靴底がこすれる音だけがやけに耳に残った。


「漁師たちが知らないと言ったのも、実は嘘で、”ふり”かもしれない――」

「やめろよ。そういうの。想像ならどんな悪いことでも考えられる」

「……そうだな」


 志真は少し足を速めてゲンの隣につく。

 そうして「墓参りするのに、暗い顔をしてるなんて親不孝者だ」と言った。


「お前の言う通りだ。今は、墓参りのことだけ考えるべきだな」


 ゲンは微かに笑って、深く息を吐いた。

 寒さのせいで息が白い。長く長く吐き出された白い息は、綺真の街の光に消えてゆく。


「さて、これ以上暗くならないうちに、墓参りを終わらせてしまおう」

「ひとつ聞くけど、僕も行く前提、でいいんだよね?」

「当たり前だ。港の件の借りを返せ。お前は今日一日俺の手伝いをするんだ」

「だよね。……別に、いいけどさ。最初からそのつもりだったし」


 凍えそうなところを助けてもらい、服も買ってもらったのだ。

 断れるはずがない。


「お前、面倒だからって逃げようと思ってたんだろ」

「……少しだけね」


 茶化すように笑うゲンにつられて、志真も笑う。

 やっと少しだけ、調子が戻ってきたようだ。

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