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Desert Drive - デザートドライブ -  作者: 日生 良
03.Galactic Loop
24/27

第24話 没

 バイクが大通りに突入すると、今まで見たことのない景色が目いっぱいに広がった。

 ウルが信号を操作してくれたおかげで、広い大通りの道路に車や通行人、その他障害物となるものが何一つなくなったからだ。


「最っ高だね!」


 空が高い気がする。そして、心なしか空気も澄んでいるような気がする。

 広い道路に興奮してゆらゆらと揺れてみると、思った以上に楽しくなって声が出た。

 公道で今までやりたくてもやれなかった数々の技を試してみたくなり、志真はうきうきと考えを巡らせた。


『真面目に走れ』


 志真のすぐ後ろでシノグが言う。もちろん、その通り。

 志真たちの後ろには大型トラックが今も二人――というか志真に危害を加えようと走り続けている。

 舞台が住宅街から広い道路へと変わったということもあり、建物に深刻なダメージを与えることはなくなっただろうが、やはり気は抜けない。

 勝負はいつだって油断したやつから負けるのだから。


 交差点を抜ける際にちらりと横を見ると、志真たちの道路と直角に交わる道――つまり赤信号が表示されている道路には大きな渋滞が出来ていた。

 交差点に近づけば近づくほど治安は悪くなっているようで、車から降りたドライバーたちが怖い顔をして揉めていだ。

 もちろん車内で延々とクラクションを鳴らし続けている人もおり、その音に腹を立てている人もいる。

 見ているだけでもウンザリする光景だったった。


『志真様。あまり道路を独占しているとトラブルになってしまうのです』

「――そうだね。身バレしないように気をつけないと」


 ヘルメットもバイクもプライベートで使っているものだから、たとえ見られてたとしてもバレはしないだろうけれど。

 志真は真面目な走りに切り替え、前を見据えた。

 志真の考えが正しければ――このまま走り続ければ、勝てるのだから。


「シノグ、今から何も考えずにスピードを上げて」

『……さらに上げろと言うのか? この直線を駆け抜け切った後、曲がれなくなる』

「曲がらなくていい。真っ直ぐ走ることだけを考えて」

『バカ言うな。この先は港だ。曲がるか減速かをしないと――』

「うるさいスピードを上げろ!」


 トラックのエンジン音はさらに大きくなっていた。

 少しでも気を抜くと突っ込まれてしまうだろうし、そもそも――志真は最初から減速をするという考えがない。

 先程、「駆け抜け切ったらどうすればいいか」とシノグは聞いたけれども――


「道が終わっても、走り続けることは出来るからね」


 駆け抜け切った、なんて言葉はもう古い。

 道なんかなくても永遠に走ってゆける技術があるではないか。


 猛スピードのバイクが二台、その後ろに大型バイクが港へと入ってゆく。

 立ち入り禁止の警告ホログラムが目の前に現れ停止を求めているが、そんなもの知ったことではない。


 もう少しでコンクリートの地面が消える。

 ”何もない地面”を走ることが出来れば、トラックを撒くことが出来る。完全に。


「ウル! 立体光を出して!」


 志真がそう叫ぶと、志真達の足元にウルが移動した。

 青白い光がタイヤの下に入る。すぐにアスファルトからタイヤをすくい、空へ繋がる道が出来るだろう。

 志真たちを追いかけスピードを上げ続けたトラックは、減速も出来ずに海に突っ込み、完全勝利、となる。


 ――はず、だった。


『俺のバイクはマイナークレイじゃない』


 シノグの発言で、志真はハッとする。

 立体光は、そのままだと「ただの光」だということ。マイナークレイという物質が唯一立体光に触れる素材だということ。

 『ロード』用のバイクしか持っていないシノグはもちろん、今回志真が乗っているゲンのバイクは一般的なバイクであり、マイナークレイではないことを。

 つまり、どうなるのかというと……。

 ウル――立体光の光を突き抜け、港から海に、バイクごとダイブすることとなってしまった。


『馬鹿野郎が!!!』


 シノグの怒声が聞こえた気がした。

 ノイズキャンセリングでそれほど耳にダメージはない。けれど、心に物凄くダメージを食らった気がする。


「シノグごめん。僕、バカかもしれない……!」


 いろんな人にスカイバイクバカだと言われ続けてきた。

 それでいいと思っていたし、むしろ誉め言葉だとすら思っていた。


「あ、そうか。僕、バカなんだ――」


 はじめて自分が、致命的な馬鹿であることを理解し、納得した。

 言われ続けるのと自覚をするのとでは、ダメージ量が違う。


 背後でトラックが横転するのが目の端にちらりと見えた。

 運転手の意識が戻ったのか、トラックに搭載された自動運転機能が働いたのか、嘉が機転を利かせたのかはわからないが、とりあえずトラックは海に突っ込むことなく済んでいる。


「もしかしたら、僕は嘉よりバカかもしれない」


 志真とシノグはそのまま海に真っ逆さまだ。

 スカイバイクの次にやってくるのは、海の中を自由自在に走るバイクだったりして。

 そんな現実逃避をしながら、水面へ叩きつけられる衝撃に思わず目を瞑るのだった。



◆◆◆



「う……ゲホッ……!」

「死ね……。お前を信じた俺がバカだった……」

「ウルももしかしたらバカかもしれないのです……」

「お前は機械なのにどうして……」


 結論から言うと、志真もシノグも助かりはした。もちろん、ウルも。

 助かりはしたが――全てが丸く収まったというわけではない。

 バイクは海の底であるし、ライダージャケットも海水がしみ込んでしまっている。


「普段からマトモに走ってないからマトモじゃないミスをするんだ。お前は……」


 シノグの恨み言に無視をして、上がれそうな場所を探す。

 口の中に入った汚い海水を吐き出しながらなんとか近くの桟橋まで泳いでゆくと、目の前に大きな手が差し出された。


「ほら。大丈夫か?」


 ごつごつとした大きな手だ。

 一瞬漁師に知り合いでもいただろうかと考えたが、交友関係が狭く偏りのある志真にはいない。

 ならばシノグの知り合いかと思ったが、シノグはぽかんと手を差し出した人物を見ているため、心当たりがないらしい。

 となると――


「……ゲン?」


 志真の交友関係――スカイバイク関連の人間しかいない。

 『ロード』と『スカイ』の隔たりがあるため、シノグはメビウスのレーサーについてはあまり知らないし興味もない。

 レース中は基本的にヘルメットで顔が隠れているため、姿だけではわからなかったはずだ。


「とんでもない走りをするやつらがいるなと思っていたら、まさかお前だったとは」


 ゲンは呆れたと言わんばかりの表情で志真の手を引く。

 そうして志真を一気に引き上げてから、次にシノグを引っ張り上げる。


「友達か?」

「友達っていうか……」

「知念凌です。志真とは幼馴染みたいな関係で。それより――」


 助けていただきありがとうございました、と頭を下げるシノグを見ながら、「意地でもレーサーであるとは言いたくないんだな」と志真は思う。

 または、「『ロード』の俺が名乗るほどではない」と思っているか。

 『ロード』のレーサーということに妙なプライドを持っているシノグらしいといえばそうなのかもしれないが。


「シノグとバイク乗ってたら嘉が邪魔してきてさ。撒こうとしてこのザマだよ。まぁ、なんだかんだで逃げ切れたっぽいから結果的には成功なんだろうけど」


 顎で横転している大型トラックを指すと、ゲンは「あれか……」と言って肩をすくめた。

「成功であってたまるか」とシノグが志真を睨む。


「運転手は嘉に操られてた。轢き殺されるかと思ったよ」


 あまりに強引なやり方に、志真を殺す方向にシフトしたのかと思うほどだった。

 黒い煙を上げて横たわっている大型トラックに、近くの漁師たちが近づいてゆくのが見えた。

 無理矢理ドアをこじ開けて運転手を簡易担架に乗せているのを遠目で見ながら、志真はシノグへ視線をやった。


「わかったでしょ? 僕はこういう面倒なことに巻き込まれてるんだ。そしてメビウスは、僕が巻き込んでしまった」

「……」


 シノグは何も言わなかった。

 ゲンが「お前のせいだとは思ってないぞ」とフォローを入れてくれるが、志真は無視をする。


「てなわけで、あんまり僕と関わらないほうがいいかもね。今まで通り。……ずっとそうだったでしょ。僕たち」


 志真はそう言うとライダージャケットを脱いだ。

 塩水が染みていて気持ちが悪い。中のシャツも脱いでしまいたいほどだが、未だ季節は冬。凍えてしまう。

 ジャケットを片手に持った志真は、「近くに服屋ってあったっけ?」と二人に聞いた。

 ゲンは「あったはずだが、お前好みの服屋かどうかは……」と言いながら、通信端末を取り出して辺りの服屋を調べ始めた。

 そういえば携帯端末も海水に浸かってしまったのだった。防水ではあるが、あとで正常に起動されるか確かめなくてはいけない。


「とりあえず着られたら何でもいい」


 冷たい海水を含んだ髪をかき上げて、シノグが言う。

 確かにその通りだ。風邪などをひくとレースにも支障が出るわけで、選り好んでいる場合ではない。

 健康第一。オシャレや好みなど後でいい。つまり、乾いた服ならば何でもいい。

 志真もシノグも、考えることは同じだった。



   ◆◆◆



 ――のだが。


「ねぇ、僕はこういう服あまり着ないんだけどさ。これカッコイイの? 可愛いの? そもそもどういう感覚で作ったデザインなの?」

「……普通の服はないのか?」


 港から一番近い服屋(ゲン曰く)に入り、「温かそうな服なら何でもいいから出してほしい」と店員を困らせるリクエストをした志真たちだったが、結局二人は文句を言うことになる。

 鏡を見ながら訝しげに首をかしげると、店員が「そちら今年の新作なんですよ」とにこやかに話す。結構人気らしく、入荷すると早い段階で売り切れる、とのことだ。


「今朝再入荷したばかりなんです。明日には多分売れてしまうと思うので、お客様たちはラッキーですよ」


 店員が言う。

 逆に運が悪かったのではないだろうか、と志真は疑問に思わずにはいられなかった。なけなしの良心で口には出さないけれど。

 カラフルでポップな妙な生き物が妙な表情をしている妙な服を着た自分を鏡越しに眺めながら、「これで家に帰れってこと?」と呟いた。

 試しに着はしたものの、いつもの服装とは真逆を行っているせいでどうにもしっくりこないのだ。


「お前たち、着られたら何でもいいんじゃなかったのか? 温かいし、お前たちのリクエストは全て叶っているはずだぞ」


 やれやれ、とゲンが首を振る。

 確かに温かいし、動きやすい。

 機能的には言うことなしの優れものなのはわかるが、しかし。


「寒くなくなって余裕が出たらすぐこれだ。会計するからな」


 文句は受け付けてもらえないらしい。

 ゲンは店員と共に試着室を去り、奥へと行ってしまった。

 残されたのは志真とシノグで、お互いにお互いの服をまじまじと眺める。


「……似合ってるじゃん」

「お前もな」


 その後、二人同時に噴き出した。

 ここ数年、お互いに全然話していなかったが、昔のチームメイトということもあり、なんとなくの好みはわかっていたつもりだ。

 だが互いに好みではない服を着ていて、互いに似合っていないと感じている。そうして、相手のことが間抜けに見える。


「この格好で野良レースしたら、誰にもバレないだろうね」


 先程よりももっとバレにくくなるだろう。

 そういう意味では、妙な服を手に入れるのは正解なのでは、とすら思えてきた。


「ほら、帰るぞ」


 会計を終わらせたゲンがこちらに戻ってくる。

 すぐさまシノグは自身の通信端末を手に取り「代金、振り込みます」と言うが、ゲンはそれを手で制した。


「君のバイクは未だ海の底だ。志真が悪かったな。事が進んだら追って連絡するよ」

「いや、レースに誘ったのは俺の方ですし」

「そうだとしても巻き込んだのは志真だ。まったく、こいつは自分基準で物事を考える癖がある。志真が悪い」


 海に沈んだバイクの件は、ゲンが知り合いの漁師に頼んで後日引き上げてくれることになったらしい。

 志真の知らないところでゲンが話をつけてくれたようだ。

 そういえば過去にゲンは「船乗りは大体知り合いなんだ」と言っていたな、と志真は今更思い出す。


「色々疲れただろう。タクシーを呼ぶ」

「大丈夫です。寄るとこもありますし」

「ではそこまでタクシーを使えばいい」

「いえ。ここからそう遠くはないので。それに最近運動不足なので、歩きたいんです」


 シノグは穏やかに答えた。

 志真との対応の差に風邪を引きそうになるが、シノグは元々そういうやつなのだ。

 周囲を味方につける技術に非常に長けている。

 おそらくそれで生徒会長の座にまで上り詰めたのだろうと志真は踏んでいるが、本当のところはどうなのかは知る由もない。


「じゃ、ここで解散ってことで。シノグ、帰り道、知らない人について行ったらダメだよ」

「わけのわからんやつに目をつけられてるお前にだけは言われたくない」


 二人で軽口をたたき合いながら外に出ると、冬の夕方の凍った風が吹き付ける。

 濡れ鼠だった先程よりは断然温かいが、やはり風に肌が触れると寒い。


「じゃあね、シノグ――」


 志真はシノグへと手をあげて別れようとした。

 だが、シノグはこちらに視線を寄越さず、黙って街の中へと歩いてゆく。


「……?」


 シノグは寒空の下、少しだけ猫背気味になりながら人混みへと消えていった。

 残った志真とゲンはしばらくシノグの後ろ姿を見送ってから、互いに視線を合わせる。


「……シーマ。お前には言わなきゃいけないことがある」

「反省してるって。ごめん」


 ゲンの大きなため息が聞こえた。

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