5話 手紙2
部屋に戻ってきてから早くも5時間が経っていた。天高くに位置していた陽もすでに傾きかけている。
ーーやばいぞ。
はっきりいうと、私は父に手紙を送ったことがない。業務内容についての手紙は渡したことがあるが、こう言った親子としての手紙は初めてでどう書けば良いのか全くわからないでいた。
マーニーが持ってきたのはスイートピーが描かれた可愛いらしい便箋だ。5時間も一文字も書けずにこの紙とにらめっとしているせいで、スイートピーが嫌いになりそうだ。
♢
「で、できたぁ!」
なんとか文章を捻り出した結果、親子のそれとは言い難いくらいに堅苦しいものになってしまった。しかし、これ以上は体力の都合上絶対に無理だったので、封蝋をした封筒をマーニーに渡した。
「マーニー、配達人のロチェにこれを渡してきてくれ」
ロチェは我がブランシュ公爵家お抱えの郵便配達人だ。機密情報などの送付も彼に頼んでいる。父への手紙は当たり障りのない手紙だが、私や父の出す手紙は全て機密情報に分類されるので大抵は彼が担当している。
マーニーは私が手渡した手紙を数秒眺めた後、おずおずと口を開いた。
「シャンタル様、王都までこのお手紙を届けるのなら郵便を使うよりも私が言ったほうが早く着きますよ」
「え? いや、それは流石にまずいだろう。夜は危ない」
「大丈夫ですよ!夜までにはそこらの町で宿を取って休みますから!あ、その分のお金は自分で出します」
「いや、使用人に業務に必要なお金も渡さないとなると公爵家の面子が潰れてしまうだろう。それに、マーニーは女の子じゃないか。行かせるわけにはいかないさ」
「でも、シャンタル様が書かれた手紙なんてとっても貴重です! 一刻も早く公爵様にお渡ししたいです! 1分、いえ、1秒でも早く公爵様の手に渡るようにしなければ!もし私の身を案じてくれるのなら、騎士様を付けていただければ!」
『騎士様』という言葉に私は納得する。マーニーが淡い恋心を抱いている相手が、騎士団の中にいたはずだ。回帰前の私は確か13歳頃にそのことを知ったが、まさかこんなに前から一途に愛しているとは、と感嘆する。
しかし、7歳の頃の私は、マーニーがその騎士のことを好きでいることに気づいていなかったため、あえてその話題を深く掘り下げることはしなかった。
「いや、それなら騎士に行って貰えばいいだけの話だ。マーニーが行く必要は全くない。それとも何か行きたい理由でもあるのか?」
私がそういうと、私の予想は当たっていたらしくマーニーは分かりやすく目を逸らした。
「だってだって、久しぶりに外に行きたかったんですもん。アルバドで有名な職人がアクセサリーを売りに来ているというのが少々、いえかなり気になっていまして」
わかりやすく肩を落としたマーニーを横目に私は軽く頷いた。
「ああ、なるほど」
マーニーは私の専属メイドだ。彼女は高給をもらう代わりに、碌な自由時間がなかった。外出するなんてもってのほかだ。私もあまり外に出るタイプではないから、マーニーはずっとこの屋敷に縛られていたのだ。
マーニーはおしゃれをすることが好きらしく髪型をよくアレンジしているし、仕送りする以外の給金では綺麗な小物を人伝に買ってもらってきていると話していたのを聞いたことがある。
人気の商品なら、なかなか入手もしづらいだろうし、人伝に買ってきてもらうのにもお金を上乗せしなきゃならないのかもな、と一人で納得する。
だから何か外に行く口実を見つけて、用事のついでにそのアクセサリーを買おうとしていたのだろう。
王都に行く道中で中都市アルバドを通るから、帰りにでも買ってこようと私にこんな提案をしてきたのだ。ついでに、運良く意中の相手である騎士も付けて貰うことができれば、彼とデートもできて一石二鳥とでも思っていたのだろう。
マーニーは私の大切なメイドだ。できる限り、要望は聞いてやりたい。一度くらいならいいだろうと、他の使用人に、マーニーだけ待遇が違うと言われないように建前上は適当な使いに行かせることにして事実上の休暇を出すことにした。
「手紙は先ほども言ったようにロチェに頼むことにする。またお父様に手紙を書きたいのだけど、ここにある便箋はあまり好きじゃない。だから、マーニーはアルバドまで行って便箋を買い、明後日の早朝までに戻ってきてくれ。たまには休暇をとった方が仕事へのモチベーションも上がるだろうから……ああ、メイド長には私がマーニーに使いに行かせると伝えておいてくれ。これなら、一日と少しいなくても平気さ」
そういうと、マーニーは目を輝かせた。
そしてーー。
「シャンタル様! 愛しています!」
と彼女は私に抱きついてきたのだった。
次話は4月27日(日)の20時5分ほどに投稿します。よろしくお願いいたします。