39話 病院
病院に来たこともあって、例の病気について医者に話を聞くことにした。
私が公爵令嬢であるということは知られているため、すぐさまちょうど休憩していた優秀な医者を紹介された。
「わざわざ時間を取らせてしまってすまない」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それよりも、公爵家のご令嬢が僕に一体何をお聞きになりたいのでしょうか」
「……今、調べている病気があるんだ。特徴しかわかっておらず、その病名と、感染経路、またできれば対処法を知りたい」
「なるほど、僕でよければ力になりましょう」
私は彼に促されるままに、彼の前の椅子に座り口を開いた。
「まずは感染症ということ。そして、感染すると、体の先端……指先や足先から硬化するという病気らしいということしかわかっていないのだが、心当たりは?」
「……いえ、申し訳ないのですが、そのような病気は知りません。皮膚の病気に詳しいものがおります。その者に聞きましょう」
そう言って、その医者は看護師を呼び、言伝を頼んだ。
待つこと5分。現れたのは老齢の男性の医者。彼から私の調べている病気を尋ねてもらったが、老齢の彼もまた首を横に振った。
「申し訳ありませんが、そのような病気の者は私が医師となってから診た者はいないため、お力になれそうもありません」
「そうか」
医者も私と同じようにこの病気を知らない。こんな症状の病気なら、大抵の者の記憶には残りそうなのに、と私は首を傾げた。
「それは、どこで発生している病気なのか分かりますか」
「詳しくは言えないのだが、発生しているのはおそらくこの王都内だ」
「なんと、それは早急に対処せねばなりませんね。もしよろしければ、その感染者を診せていただくことはできないでしょうか」
「奇妙な話だとは思うが、私も話に聞いただけなので連れてくることはできない」
老齢の彼は口に手を当てて、何かを思案している。
「そうですか……なら、その感染者の特徴は分かりませんか」
「感染者の特徴?」
「ええ、その者の体型や栄養状態、食習慣、生活などどんなことでもも構いません」
そういえば、ダリアは地下に閉じ込められていたから、碌な換気もできていないはずだ。また、拉致されたものが碌な食べ物を食べられるはずがないため、栄養失調に陥っていてもおかしくない。
しかし、そんなことを言えばその監禁に私も関わっていると思われると考えたため、嘘をついた。
「……そのものはあまり換気もせずに、家に篭りっきりになっているようだ。また、ろくな食事もできないほど困窮した生活を送っていると聞く」
「それはなんとも……なるほど、体が衰弱しているようですね」
「ああ、話からするに大分と弱っていると思う。どんなことでもいい。なにか、思いついたことがあれば教えてくれ」
なにやら、老齢の医者が何かを言いたげに、しかし言いにくいことなのか、発言をするべきか悩んでいるように見えた。
そのため、私は彼に発言をするように促した。
「なんだ、何かあるのか? なんでも、申してみろ」
「いえ、栄養状態も良くなく、空気の澱んだ場所といえば『スラム』のことが思い出されましたね」
「スラム……ああ、貧民たちが集まって暮らしている場所か……そうか、収入も碌にないから医者に診てもらえないのか」
「ええ、しかしご令嬢がいう病気はこの王都内でのものだと。それなので、スラムのことを話すのはお門違いなのではないと思った次第です」
そうだ。この医者が言うように、この王都において、スラムではやるなんてことは絶対にあり得ない。
なぜなら、ここにはスラムは存在しないのだから。
かつてこの王都では、ゴミが散乱している上、強盗や窃盗、暴力事件により治安が最悪の地域が存在した。そう、それがスラムである。
それを変えるべく、国は十数年前に大改革ーー言葉を濁さずに言うと、スラムの住民を王都から追放するというかなりの強行政策が押し切られたばかりだ。そのため、かつてこの王都に存在していたスラムは今は壊滅状態となっている。
しかも、だ。彼らには言わないがスラムではないと断言できる大きな理由がある。
この国におけるスラムは、利用価値のない土地ーーそう、川の近くで水害が発生しやすく、地盤も緩い場所ーーに形成されることが多い。とてもではないが、地面を掘り人を収容するスペースを作ることは不可能なのだ。
そうか、地下に監禁するということは、それなりに地盤が固まっているところでないと無理なのか、と新たな発見を得た。
「なるほど、参考になった」
「お力になれず申し訳ありません。また何かあればいらしてください。協力は惜しみません」
最初に話した医者がそう答える。
隣の老齢の医者が口を開く。
「仲のいい医者に聞いてみましょう」
「そうしてくれると助かる。ありがとう」
私は2人に再度お礼を言うと、病院を後にした。
次の話は、6月2日月曜日の午前7時5分ごろに投稿予定です。よろしくお願いします。




