33話 居酒屋2
「ハノーヴァー、この前ぶりだな」
「ああ。あんたも元気そうで何よりだ。で、あの人たちは?」
ハノーヴァーは階段を降りてきて、私の目の前に立った。
「一応護衛として連れてきた従者だ。挨拶を」
「お初にお目にかかります。シャンタル様の従者、ルークと申し上げます」
「私はマルティンです。どうぞよろしくお願いいたします」
ルークことエリオット、そしてその騎士マルコの2人がぺこりと礼儀正しくお礼をする。
「俺はハノーヴァーと申します。こちらこそよろしくお願いします」
それに対して、ハノーヴァーはそう言うと、私には見せたことのない爽やかな笑みを浮かべながら、エリオットとマルティンと握手を交わしている。
ーーこいつ、こんな表情もできるのか。なんか知らないが、私にはタメ口だったくせに。
なぜか、行き場のないモヤモヤを感じたが、どうやらそれが顔に出てしまっていたらしい。ハノーヴァーが眉を顰めながら私を見ていた。
「どうした?」
「いや、お前のそんな表情、初めて見ると思ってな。私にはもっとこう……ぶっきらぼうというかそんな表情ばかりだっただろ」
「『初めて見る』ってお前な。今日合わせて二回しか会ったことのない奴の何知ってるんだよ。さ、この席に座れ座れ」
ハノーヴァーが机に上げられていた椅子を4脚下ろすと、私たちに座るように促した。
ーーこう言われているものの、第三者であるマルティンにはあまり聴かれたくないな。
そう思い、私は指示を出すことにした。
「ルークは私の後ろで引き続き護衛を、マルティンは外で待機していてくれ」
「はい、畏まりました」
ここは平民が多く行き来する場所な上にあまり治安もよろしくない。建物の中にいるよりも唯一中に入ることのできる扉の前で警備したほうがよい。
マルティンもそう思ったのだろう。何も引っ掛からなかったようで扉に向かっていった。
私は彼が出ていく様子を最後まで見て、扉が閉められたことを確認すると、エリオットと共に席に座った。
「じゃあ、さっそく本題に入ろうか」
「ああ。そうだな。確か、ダリアとコーラル。あいつらの身の回りで起きていることを教える、そういう話だったよな?」
彼の確認のための問いに私は頷く。
魔法のことは最後の方に聞くので、それまでは楽にしていてくださいとエリオットには伝えていたのだが、なぜかエリオットも聞くつもりらしく、聞く体勢に入っていた。
「そうだ。ダリアは生きているという話をしたことは覚えているな? ダリアは今、ギルド『赤い放浪者』に地下に監禁されているんだ」
「『赤い放浪者』ってあの?」
ハノーヴァーが目を見開き、エリオットが眉をぴくりと動かした。
このふざけた名前をしている『赤い放浪者』は、ハノーヴァーとコーラルが立ち上げたギルドの競合相手で、その悪徳な商法で貴族の地位を脅かす存在として密かに知られている闇ギルドだ。驚くのも無理はない。
「ああ。その名を冠するギルドなんてあそこくらいだろう。ダリアが閉じ込められている場所では、体の先端から硬化する病気が蔓延しているらしい。早く救助しなければ彼女もいずれはそうなるだろうな」
「先端から硬化ぁ? そんな病気聞いたこともないが?」
「そうだな。流行っているのなら私たちも認知していてもおかしくないのだが……」
ハノーヴァーの言葉に私も同意する。
なにせ前世のハノーヴァーでも突き止められなかった未知なる病気だ。ダリアが前世で死亡した原因がその病気にある。しかし、そんなこと言えるはずがないので、そこら辺ははぐらかすしかなかった。
「俺まさかガセネタつかまされたか?」
ハノーヴァーは盛大なため息をつき、頭を抱えた。
私がほらを吹いていると思われているのは心外だ、と淡々と言葉を紡ぐ。
「一度、調べてみてほしいことが一つある。ダリアがなぜ殺されずに捕えられていると思う? 見せしめとして殺してもいいはずなのに」
「人質として、か」
「その通りだ。コーラルが新興の競合相手であるお前のギルドの情報と報酬金を赤い放浪者に横流ししている痕跡が見つかるはずだ」
「……その情報は信用できるのか?」
「ああ。安心して欲しい。信用できるどころじゃないからな。信用、信頼度100%だ」
ーーなんせ、前世のお前から聞いた情報なのだから。
と私は頷いた。
「はあ、調べるだけタダだし調べてみるわ……」
もうハノーヴァーのやる気は目に見えてない。
私は、お前が言ったことなのに! と言いたくなるのを必死に我慢し話を続ける。
「ああ、あと情報提供者はこんなことを言っていた。コーラルは初めの数週間は定期的にダリアと会わせてもらっていた、とな」
「そういや、外嫌いのあいつがダリアが死んだ後、ちょくちょくと姿を消していたことがある」
「それはどれくらいの時間だ? 拠点はここか?」
「ここはまあ仮拠点だが、まあ、近くっちゃあ近くだな。時間はそうだな。はっきりとは覚えていないが2時間もあれば帰ってきていた」
「じゃあ、だいぶと絞り込めるな。王都、または王都近郊だろう」
「そうだな。しっかし地下なんて、無数にある。どうすりゃいいんだよ。はっきりとした場所はあんたも知らねぇみたいだし」
「そ、それは……」
私は目を逸らした。前世でも今世でも、そのことについて深く掘り下げることはできなかったししなかった。そのため、これ以上の情報がないというのが現状だ。
「まあ、なんとかやってみるわぁ」
私のそんな頼らない姿を見たハノーヴァーはため息をつくとガシガシと頭を掻いた。




