32話 居酒屋
エリオットがお見舞いにやってきた数日後、私、いや、私たちはハノーヴァーに指定された『マレー通り2番の居酒屋』の前にやってきていた。
先ほど私が訂正したのには理由がある。
チラリと隣を見ると、それはもういい笑顔のエリオットと彼の騎士がいた。
「どうしたんだい、シャンタル」
「殿……いえ、ルーク。なんでもない」
『ルーク』というのは、エリオットの偽名である。
あの後、エリオットに許可を出す条件として彼も連れて行くことが提示され、その条件を私も渋々と了承してしまったのだ。ただし、私からも条件を出した。第一王子としてこの場所に来るのは流石に危険すぎるため、彼は私の従者の少年として身分を隠すことを出したら、『それは楽しそうだね!』と二つ返事で了解を得てしまったのだった。
あまりの速さに私はギョッとしたが、彼は今のようにニコニコとしているだけだった。さらには、『楽しみだね!』とピクニックにでも行くのかと言いたくなるほど軽い言葉に私は何も言えなくなっていた。
今更ではあるものの、こんなことを提案したことが、国王陛下にバレたらどうなるか、と私が身震いするも、もう後戻りはできない。
「いい? 今から会う人には絶対に敬語を使って。機嫌を損ねる可能性があるから」
「はい」
「はい、わかりました」
はあ、私一人で来る予定だったのにな、と愚痴を言いたくなるのを堪えて、私は居酒屋に入る前に再度注意すると、彼らはとても良い返事をしてくれた。
私は彼らに『今から入る』と言うと、それに彼らも頷く。
私はそれを見て、居酒屋の中へ入った行った。
「ごめんください」
キョロキョロと辺りを見回すが、一階には誰もいないようだった。埃っぽい店内。まだ開店前ということで、灯はつけられておらず、ドアと小さな窓からの光のみが光源となっていた。
また、あるのはカウンター、テーブル、テーブルに挙げられた椅子、そして、さまざまな酒瓶が収容された棚。
こういった場所に来るのが初めて、ついつい好奇心から見入ってしまう。
「面白いね」
「そうですね……んん? ルーク。敬語、敬語!」
「あ、そうだった。いや、そうでした」
さも当たり前のように放たれたエリオットのタメ口に私もつられて返事をしてしまうが、これではまずいと腕で彼を小突いた。
どうやら初めての光景を見て感嘆のあまりタメ口に戻ってしまったようである。
その時だった。ギシッと言う木が軋む音が上から聞こえてきたのだ。
続いて聞こえるのは、2階を歩く音。その音はだんだんと階段のほうに向かっている。
そうして、階段を降りてきたのはーー。
「ああ、あんた本当に来たのか」
眠たそうにあくびをするも、腕にはきらりと光る刃物を持ったハノーヴァーだった。