30話 小さな波乱1
あの時は私をさっさと見限って捨てたくせに。そう問い詰めたくなるのを必死に堪える。
ーーなんでこの時はこんなに私のことを愛してくれていたのに、あの時はすぐに私を切り捨てたんだ?
そう問いただしたかった。
しかし、何も知らない彼に直接聞けるはずもなく、私はただ込み上げる怒りを我慢するしかなかった。
「シャンタル? どうしたの?」
そう言いながらエリオットは私の目から伝い落ちる涙を掬い上げる。
聞けるはずがない。回帰する前、どうして私を切り捨てたのかなんて、あの群衆の中無実である私を責めたのかなんて。
「なんでもありません。あの時の怖さが思い出されてしまって」
「ご、ごめん!」
とっさに適当な言い訳をすると、彼はすんなりと謝ってくれた。
「いえ、本当に大丈夫ですから」
私は涙をハンカチで拭い、笑って見せる。
しかし、その裏で私は密かにこう思っていた。
ーーエリオットと共に人生を歩んでいくなんて、私には無理そうだ。
彼の心配そうな声色、いや、実際に心配しているのだろう言葉。それが私にとっては虫唾が走るとしか言えなくなってしまっているのだ。もうここまでくると、修復もできないだろう。
ーーどうにかして、彼から離れないと。ただ、問題は。
この時の彼は私を本当に愛してくれているということだ。今世での彼は何も悪いことはしていないのに、私が手ひどく別れを告げる、そういうのは避けたい。
信じていた大好きな人に手ひどく切り捨てられる悲しみや怒りは私が誰よりもわかっている。ゆえに、何か対策を練らないと。彼も傷つかないような方法を模索しなければならない。
「あ、そうだ」
「うん? どうしたんだい?」
そんなことを考えている時、婚約者である彼に会わなければならないことがあるのに気がついた。
突然、何かを思いついた私の言葉に、彼は待っている。
ーーちょうどいい機会だから、言っておこう。そうだな。どう言えばいいのかわからないが。
「数日後、例の件で助けてくれた人にお礼を言いにいかなければならないんですが、よろしいでしょうか。男性の方なので、一応許可をいただきたく存じます」
「……んん?」
紅茶を飲んでいる彼の手が止まった。いや、体全体が固まっている。
とある少年に助けてもらったが、それに見合う対価を指定の日にちに渡すと約束した、と具体的な対価と魔法のことをぼかしながらことの成り行きを説明していくと、彼の表情は曇っていくばかり。
それに比例するように、私もどんどん汗がダラダラと出てきている。後ろめたいことなど、何もないというのに。
婚約者なのだから、一応他の男性と会う時の許可を得ておこうという気軽な考えだったのだが、彼はどうやらそうは考えてくれていないらしい。
説明をし終え、彼がなんていうのか私は居心地の悪さを感じつつ見守っていた。ちらちらと様子を伺うも依然として彼は厳しい顔をしていた。
しかし、まあ彼もお礼などはしっかりしているタイプなので、許可してくれるだろう、そう思っていた時だった。
「ダメだ」
キッパリと言い切った彼に、今度は私が固まった。




