29話 お見舞い
あれから2日後の正午、私や使用人たちは総出でエリオットを出迎えていた。
「この前ぶりだね、シャンタル」
「ええ、久しぶりです。エリオット殿下」
エリオットは馬車を降りるや否や私を抱きしめながらそう言った。
「シャンタル、怪我の方は大丈夫?」
「ええ、こんな姿での出迎えをどうか天下の寛大な心でお許しください。殿下のおかげで早く治療することができましたから。従者の方も大丈夫です」
「そんな畏まらなくていいよ。でも、本当によかった」
彼はほっと一安心したようで微笑んだ。どうやら当事者である私から直接聞かないことには安心できなかったのだろう。
「殿下はあれからお変わりないですか?」
「ああ、苦手な歴史なんかを重点的に勉強していること以外に特に変わったことはないかな」
「あら、殿下が歴史をですか?」
父上に怒られてしまってね、特に古代マウロパの政治や政策が難しくて、と嘆く彼を横目に私は昔の彼のことを思い浮かべた。
彼は昔から歴史や政策という分野には苦手意識を持っていた。そしてそんなある日、あまりの出来の酷さを知った陛下がこれまでの歴史の先生をクビにし、新たな先生が派遣されたと聞いたことがある。
ーーまさかその出来事がこの時期だったなんて。
これは対策をしなければいけないな、と私は決心した。
♢
「それにしても、本当に災難だったね」
はじめは軽い談笑をしていたのだが、ようやく本題に入る気になったらしい。
「ええ。私もまさかあんな目に合うとは思いませんでした」
これは本当だ。特に重大な決定は下していないはずなのに、なぜか私とそれに巻き込まれる形でシルパが拐われた事にはいまだに納得のいっていない部分も多い。というか、納得のいっていないことしかない。
「僕が聞いたのは、シャンタルが行方不明になった次の日の朝だったんだ。君と君の従者が行方不明と聞いて、いてもたってもいられなくて警備兵を総動員したんだ」
「そうだったのですね。殿下が早く、私たちが殺害されたのではなく、誘拐されたと判断されたと聞きました」
父から聞いた話だ。
はじめは、貴族をターゲットとしたギルドに殺されたのかという話が持ち上がり、犯人たちの捕縛に重点をおこうとしていたところ、私の父の協力もありエリオットが私たちが生存していると結論付けて私たちの捜索を最優先にしてくれたらしい。
その理由がとても気になっていたので、それとなく話やすい方向に持っていく。
「ああ、まあ確証はなかったんだけどね。生きていて欲しいという願望の方が強かったっていうのが本音かな」
彼は照れくさそうにそういった。
「生きていて欲しい……ですか?」
その言葉に私は心がずしりと重くなるのを感じた。