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1話 疑念

 さて、私はギロチンという何ともまあ残酷な処刑方法で処された後、過去に戻ってきた。

 一体何から手をつけようか。やらなければならないことが多すぎるなと、私は人払いをし鏡の前に立った。

 鏡に映るのは白と黄色の綺麗なドレスを身に纏った子供の私。髪も肌も毎日丁寧に手入れをされているので整っている。

 年齢は7歳から9歳といったところだろう。

 頭のてっぺんから足先まで完璧と言って良いほど綺麗な自分の姿を見ると、劣悪な環境の牢獄と地獄を彷徨う亡者のように汚く痩せこけた自分を思い出し、どうしても憂鬱な気分になってしまう。

 公爵家の人間であり第一皇子エリオットの婚約者でもあった私は、婚約破棄をされるまではどれだけ忙しくても疲れていても身嗜みは常に整えていた。

 しかし、婚約破棄後は精神を病んでしまい食事もろくに取れず風呂に入る気力さえなくなってしまった。

 その結果、髪はボサボサ、肌はボロボロ、連日泣いていたせいで目は赤く腫れ上がり、体は健康だとはお世辞にも言えないほど痩せこけてしまった。

 父は、エリオットから婚約破棄されてしまった私をどう見るのかが怖かった。

 また、こんな姿を父に見られたら幻滅されてしまうのではないか。自己保身に走った回帰前の私は父には無断で、使用人でさえも寝ている時間に別荘に療養しに行くことにした。

 私の悪い噂と精神状態が落ち着くまでしばらく身を隠すために療養という適当な口実を作り、それを使用人に伝えたところ、使用人たちは誰もがその口実を信じた。あの時の私の姿はそれほど痛々しかったようだ。

 また、使用人から父に別荘の使用許可を取りに行ってもらったのだが、その使用人によると別荘を利用する理由を話すまでもなくすんなりと許可と別荘の鍵を得られたらしい。

 ーーやっぱり。

 そう思った。

 父は私を愛していない。毎日の食事の際にも事務的な会話以外をしたことはなく、食事以外では年に数回しか顔を合わせない。その時だって、事務的な会話しかしないのだ。父は私を愛するどころか、なんとも思っていないし、私への関心も全くないだろう。

 父にとって私はどうでも良い。

 それかどうしても虚しくて、使用人から貰った別荘の鍵をぎゅっと握った。



 別荘で療養していたあくる日の早朝、何の前触れもなく父がやってきた。仕事ばかりで私のことに関しては無関心だと思っていた父が、首都から何日もかかる別荘に足を運んできたのだ。


 『父が別荘にやってきた』


 その知らせを執事から聞いた時、私はついに勘当されるのだと覚悟した。

 当たり前だ。エリオットとの婚約が私の悪評が元となり白紙になり、私は公爵家の人間としての責務を何も果たさないままこの別荘まで逃げてきたのだから。

 ーー現実から目を逸らし続けた結果だ。仕方がない。

 父とは会いたくなかったが、この屋敷の所有者であるため、私の父でもある彼を出迎えないという選択肢はなかった。

 私は鉛のように重く、脆い枯れ木のような体を叱責しながらベッドから降り、最低限の化粧と装飾、ドレスに身を包み、父を出迎えた。

 父を待たせるのは言語道断であること、それに表では病人ということになっているのだからこれくらいで良いだろうという甘えもあった。

 さらには、勘当されてしまうのだし、もうどうにでもなってしまえと自暴自棄になっていたというのも理由の一つにだ。

 玄関ホールにつながる階段を息を切らしながら降りている時、父と目があった、ような気がした。ここからの距離だと霞んでよく見えないのだ。


 ーー挨拶をしなければ。


 そうは思うものの、私の頭は思考停止しつづけており、体も思うように動かない。

 父をぼーっと眺め続けることしかできなかった。ただでさえ精神的に参っているのに、睡眠と栄養が不足している頭ではろくに考えることもできない。

 下手をすれば、ここから落ちれば死ねるかもという自殺願望が湧いてくる。


 ーーいやだめだ。父にそんな姿を見せるわけにはーー。


 しかし、なぜだか一階の床へと吸い込まれるような感覚があった。


 『このまま落ちれば自由になれる』


 甘美な言葉を光り輝く天使が耳元で囁いた、ような気がした。


 ーーあ、ヤバい。落ちる。


 制御不能な私の体は大きくぐらついた。寝不足やら栄養不足やらのせいだろうと何処か冷静に考えている自分もいた。


 ーーこのままいけば、私は。


 小さな希望を見出し、私は目を閉じた--のだがそうはならなかった。

 なぜなら、私の体は誰かに力強く支えられたのだ。現状を把握できずにいると、力強くも優しく抱きしめられた。

 支えるだけなら使用人もするだろう。しかし、私を抱きしめるという行為をする人物なんて、エリオット以外には皆目見当もつかなかった。

 私を支えたのは誰だろうと恐る恐る目を開けた。


「シャンタル……」


 父だった。今にも泣きそうな目で私を見ていた。こんな父は知らない。

 私は十数年間にも渡って父を見てきたが、冷静沈着で仕事一筋の父しか知らない。


「すまない、シャンタル。いつも冷静に物事に対処できるお前なら、今回のことも大丈夫だとそう思っていた。いや、思ってしまったんだ」


 そういうと、父は私の首筋に顔を埋めてより私をより強く抱きしめた。

 父が私を抱きしめるのなんて初めてのことでどうしたら良いか分からない。もし私の体調が万全であっても、どうしたら良いのか判断はつかないということだけはわかった。


「シャンタル、部屋に行こう」


 間をおかずに、父は私を横抱きにして私の部屋に向かった。私の部屋に着くまで、父はずっと険しい表情を浮かべていた。私に眠れているのか、飯は食べているのか、体調はどうだ、何か困っていることはないかなど、父の発する言葉に、私はひどく胸がいたんだ。


「シャンタル、胸が痛むのか?」


「……いえ、お父様に迷惑をかけている自分が恨めしいと思っているだけです」


「……今は何も考えるな。お前は何も悪くないんだ」


 私はその言葉に肯定することはできなかった。私がもっと早く対処できていればこんなことにはならなかったのではないか、そんな考えが頭の中を巡る。

 過去は変えることはできないとは理解しているが、どうしても後悔というものは残ってしまう。


「お父様はなぜここに?」


「お前の様子が気になったんだ。お前は小さい頃から1人で何でもこなせてしまうから、今回のことも1人で乗り越えられると思ってしまったんだ。不甲斐ない父ですまない」


「いえ、お父様が謝ることではありません。私の不甲斐なさが原因ですから。……私の悪評が広められたのも、エリオット様との婚約を破棄されたのも」


 父は私をベッドに寝かせると近くの椅子に座り、人払いをした。現在、この部屋にいるのは私と父だけだ。

 それからたくさん、たくさん父と話をした。今まで話して来なかった分を埋めるかのように。

 私は弱音も愚痴もたくさん吐いた。つい先ほどまでは、何も考えることも話すこともできなかったのに。

 おそらく貴族としてあるまじき姿だったにも関わらず、父は決して怒ることはなく、ペンだこのできている硬い手で柔らかく私の手を握り、労う言葉をかけてくれた。

 父は私を陰ながらずっと見守ってくれていたこと、私の幼少期に母が亡くなってからどう接すれば良いのか分からずに私と会話をすることを避けていたこと、今は悪評を消すため、犯人を探すために尽力している事などを教えてくれた。

 さらに、体調が完全に回復し、私が望む限りいつまででもここにいて良いという許可までもらった。

 父の泣きながら、しかし真剣に私に訴えかける姿を見て、私は1人じゃないんだとほんの少しだけではあるが思うことができた。

 その後1日だけ私と共に別荘で過ごした後、父は首都に帰って行った。

 見送りの際、私は父の乗った馬車をずっとずっと見続けていた。


 ーー父の訃報が届いたのはそれから3ヶ月後のことだった。

 10本全ての指先が泥だらけになっていたことから、私は騎士たちに、掘った痕跡がないか徹底的に調べさせ、最近掘られたであろう痕跡のある場所を見つけた。

 そして、そこから見つけ出されたのは父の所持品にしては異様に簡素な鍵付きの箱だった。

 そして、中に入っていたのはーー。


「やめたやめた。……だめだな。嫌なことばかり思い出す」


 私はひどく柔らかいベッドに腰掛けた。


 あの時、私の回復しかけていた精神はことごとく崩壊した。

 噂が流れはじめた時やエリオットに婚約破棄を直接告げられた時よりも、ひどく悲しみに暮れた。

 どうして私の人生はこうも不幸なのだと絶望し、泣き叫んだ。あの父が死んだなんてとてもじゃないけど信じられなかった。

 今まで以上に部屋に閉じこもり、カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中、一人きりになってしまった現実を受け入れたくなくて、どうしても受け入れる事ができなくて、早くこの悪夢から覚めてさせてくれと神に祈った。

 しかし、ある時芽生えたのだ。疑心が、違和感が。

 --これはあまりにも上手くできすぎているのではないか、と。

 次話は2月2日の18時に投稿します。また、見ていただければ幸いです。

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