18話 ハノーヴァー4
「私はここに残る」
「なんでだ、今度こそ処刑されちまうぞ!」
ハノーヴァーは叫んだ。そして、牢屋の中に入ってきて、私の腕を掴み、引っ張り上げようとする。
しかし、それを私はやんわりと避けた。
「お前にもやるべきことがあるように、私にはやるべきことが残っているんだ。このまま逃げるわけにはいかないさ」
にっといたずらに私は笑ってみせる。
ーーうまく笑えているだろうか。
正直に言えば私だってここから出て、日の目を見たいと切実に願っている。しかし、運命はそれを許さないのだ。
私は過去に戻り、救えなかった人々を救わなくてはならない。そして、未来を変えてみせる。
それだけは絶対に曲げられない私の願いだった。
「なあ、今生の別になるだろうから教えてほしい,お前の目的は一体なんだ? 何を求めにここに大人しく捕まっていたんだ?」
「っ、俺は、俺の目的はーー」
「おいハノーヴァー! 急げ! 監囚が来るぞ!」
ハノーヴァーが口を開いた瞬間、間が悪く彼の知り合いが彼を呼ぶ。
それに、ハノーヴァーが返事をした後、一度は私から逸らした視線を私に向ける。
「どうしても、ここから逃げないのか」
「ああ」
「ならまた会った時、俺を頼れ。いつでも待ってる」
苦虫を噛み潰したような、そんな顔を彼はした。
彼とは今生の別れとなるだろうに、私は頷いた。
「ああ、必ず」
「ああ、そうだ。俺の目的はーー。」
彼が最後に言い残して行ったのは、ーーだった。
私はそれに驚いた。なぜ、彼がそれを調べているのか、彼を引き留めようとしていたその時、監囚たちがドタバタと慌ただしくこちらにやってくる音が聞こえ、口を閉ざした。
私は、彼ともう一度目を合わせ、頷いた。
「さようなら、ハノーヴァー。武運を」
「ああ、シャンタル。また」
彼は仲間と共に引き上げていった。まさに噂に聞く脱獄王と言わんばかりの素早い所業だった。
彼はさよならとは言わなかった。それになんとなく嬉しくなって、1人残った牢屋で私は笑った。
♢
そうして、その数日後、シャンタルは広場で処刑された。
しかし、彼女は知らない。
広場にハノーヴァーがいたことを。
処刑されゆく彼女を見て、エリオットが膝から崩れ落ちたことも。
そして、首だけになった彼女を見て、ハノーヴァーが涙をこぼしたことも。
「秘策があるなんて、真っ赤な嘘じゃないか」
処刑人はシャンタルの首を鷲掴みにして掲げている。群衆は沸き立ち、歓声で地面が地響きのように揺れている。
どこか清々しい表情を浮かべたまま死んでいった彼女。その彼女に対して彼が一人呟いた声は群衆の声にかき消された。