8
「ルーシー」
「はい」
狭い部屋の中。一言呼べば、返事が飛んでくる。
お兄様がいなくなったことと、ルーシーがそばにいること。
わたしにとって大満足の平和な日々。
でも、1つだけ不満なことがある。
ルーシーが来てから、お父様が姿を見せる頻度が減ったこと。
それでも1日に1回は来てくれるけど、食事の度に見ていた人がいなくなると、ちょっとだけ寂しい。
やっぱり、お父様はわたしなんか興味がないのかもしれない。
「お嬢様?どうされました?」
ルーシーの心配そうな顔が目の前に来る。
「ルーシー」
「はい」
「お父様にわたしが好きか嫌いか聞いてきてって言ったら、行ってくれる?」
驚いたルーシーは、次の瞬間、ふっと笑い始めた。
「ふふふっ、お嬢様、おかしなことを仰いますね。どうかされたのですか?」
「わ、笑わないでよ!本気なんだから!」
これ、子ども扱いされてる時の感じだ。
確かに見た目は8歳だけど、中身は16歳。バカにしないでほしい。
「旦那様は、お嬢様をとても大切に思っていらっしゃいますよ。私がお嬢様のお世話係になる際にも、私の身辺について詳しく調査されていました」
「……そう、なのかな」
お父様がわからない。思考まで知りたいとは思わないけど、せめてどう思っているのかくらいは教えてほしい。
「お嬢様は、時折旦那様と同じ目をされますね」
「え……?」
「本当にそっくりなお二人です」
くすくすと笑うルーシーのツボも、わたしには理解できなかった。
「お嬢様、お食事をお持ちしました」
ルーシーの声がする。
「……ん」
わたしはベッドから起き上がった。
ルーシーは、この部屋を出入りする方法を知っているらしい。
わたしも必要なら教えるとルーシーに言われたけれど、そこまでして外に出たいとまでは思わないし、諦めた。
「それから、こちらも」
にやにやしたルーシーに差し出されたのは、手紙。
思わず顔をしかめさせる。
見なくてもわかる。お兄様からのお手紙だ。
ここ何日も連続して手紙が送られてきている。
内容はいつも同じ。学校での出来事もあるけど、大半は『会いたい』だとか『知りたい』だとか。
あの人は腹違いの妹に本気の恋でもしているのか。別の意味での警戒心も持たないといけないのか。
「捨てておいて」
内容だけ確認して、ルーシーに返却。
返事も来ない手紙を、よくもまあ毎日書けるものだ。
『もうすぐ長期休みに入るよ。またそっちに帰るから、会えるといいね』
そんな手紙が来たのは、それからしばらくした時だった。
油断して、ルーシーに誘われるまま庭の散歩をしていた時。
慌てて隠し部屋に逆戻り。
「お嬢様、お手紙にはもうすぐと書いてあったのですから、今日明日の話ではありませんよ」
ルーシーに苦笑いされながらなだめられるが、それどころじゃない。
こちらは命がかかっているのよ。若干手遅れな気もするけれど。
またあの地獄の鬼ごっこのような日々が始まると思うと、今から気が滅入る。
幸い、お父様の書斎の前には護衛の人間がいるし、お兄様を通さないはず。
「ルーシー、あの人が来ても、絶対に入れないでね」
「わかっていますよ」
ルーシーには理由も何も説明してないはずなのに、何も言わずに頷いてくれる。
それはわたしが「ご主人様」だから?
そういえば、お父様にもまともな説明はしていなかった。
それなのに受け入れてくれたのよね。
ルーシーはともかく、お父様は人を疑うことには慣れているはずなのに。
どうしてお父様は許してくれたのだろう。
そこへ、コンコンと壁がノックされた。振り返ると、開け放たれた扉のところにお父様がいた。
「……なにか、あったのか」
たった今散歩に出たばかりのわたしが、血相を変えて戻ってきたからか。
お父様の声に滲む、どこか心配そうな響きは、きっと気のせいじゃない。
「お手紙が」
わたしの一言で、ルーシーがお父様にお兄様からの手紙を渡した。
その内容を見て、お父様も察したらしい。
「ここには通さない」
ぜひそうしてほしいところだ。
でも、前回のこともあるから、そう期待もできない。