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わたしが悪役令嬢でした。  作者: 金柑乃実
7/8

アカデミーの休日は10日に一度。7日通って3日休むというルーティンらしい。

わたしはお兄様が帰ってくる休日を本当に楽しみにしていた。

時々長期間の休みもあるらしく、メイドにそれを聞いた日には毎朝起きて確認する程。

『ディアナ、ただいま』

帰ってきたお兄様は、着替えてすぐにわたしの部屋に来てくれて、優しい笑顔を見せてくれる。

『おかえりなさい!』

そう言って飛びつくようになるまで、回数はほとんどいらなかったと思う。

お兄様がアカデミーを卒業する前には、お兄様が帰ってくる日だとわかると朝から玄関で待つようになった。

さすがにそれでは身体が冷えるということでルーシーが教えてくれなくなった時には、大泣きして困らせた。


それも昔、前世のこと。今は、できればずっと帰ってこないでほしい。

そんなわたしの願いは、神様の耳には届かなかったらしい。

「……やっと見つけた」

ふわりと広がる、温かい笑顔。前世ではわたしだけに向けられていた、優しい笑顔。

働かない頭を無理やり働かせて、その状況を必死に理解する。

ベアトリスに泣きつき、お父様がディナーを持ってきた。

違う。そう思っただけだ。

入ってきたのは、お父様ではなく……お兄様だった。

「……っ」

理解した瞬間、とにかくこの場から逃げたいと駆け出す。

「あ、待って!」

いつの間にか近づいていたお兄様に腕を取られて引き留められてしまった。

「いや!離して!」

わからない。でも、怖い。

『あなたのせいで!』

アナスタシア様の暗い眼が迫ってくる。

「ど、どうしたの?」

お兄様は手を離さずに心配そうに顔を覗き込んでくる。

「やめて!」

殺される……!

その手が離れた時、目の前にあったのは、広く大きな背中だった。

「……おとう、さま……」

喉から出たのは吐息だけのはずだった。その声は、きっとわたしのものではない。

「父上、これは」

「……なぜお前がここに?」

お父様がお兄様の手を握っている。いや、正確には手首をつかんでいる。

そして、その声は強い怒りを含んでいた。

「なぜって、僕は妹に会いに来ただけですよ」

「許可した覚えはない」

「なぜ妹に会うのに父上の許可が必要なのですか?」

お兄様はいかにも当然といった微笑み。お父様の顔は見えないけど、怒っている。

悔しいけど、わたしはお父様の後ろに隠れることしかできない。

「出ていけ」

お父様が低い声で命じる。思考を奪う声。

しかしお兄様にとっては違うらしい。微笑んだ後、

「じゃあ、またね」

とお父様の後ろに隠れるわたしに手を振ってみせてから、出ていった。

お兄様がいなくなった後、お父様はわたしを振り返る。

「……すまなかった」

娘を心配することもなく、ただ一言、謝るお父様。

その姿は、まるで叱られた老犬。誰も叱ってなどいないのに。

力なく垂れたお父様の手を取り、そっと持ち上げる。

その手はごつごつとして固く、そして暖かい。

頬から伝わるそのぬくもりは、今までの恐怖と緊張を吸い取ってくれた。


お兄様は諦めなかった。

お父様の目をどうにかして盗んでは、わたしの隠し部屋に入ってくる。

時には木に登って窓から顔を出すこともあった。

その度に、お父様からもらったベルを鳴らして助けを求める。

お兄様の話から、お父様も様々な“妨害策”を練っているらしい。

それをかいくぐるのが大変だと漏らしていた。

お父様なりにわたしの願いを聞いてくださっている。

もしかするとわたしは、お父様を誤解していたのかもしれない。


「ねぇ、ベアトリス」

今日も唯一のお友達に話しかける。

「お父様は、わたしのこと、どう思っているのかな」

わたしとベアトリスの前には、紙とペン。

お兄様に見つかってしまった以上、次の策を練らなければいけない。

そのためにもお父様にとってのわたしの存在を理解しておきたい。

お父様はママを愛していたのか。わたしを愛しているのか。

かといって、お父様に直接聞く勇気はないし……。

「ベアトリスが聞いてくれればいいのに……」

こういう時には頼りにならない友達だ。

「お手紙を書かれてはどうですか?」

その時、後ろから声がした。

ハッと振り向くと、そこには侍従ステファンが、お茶セットを手に立っている。

「驚かせてしまいましたね。申し訳ございません」

「……あの人は?」

「坊ちゃまでしたら、アカデミーへお戻りになられましたよ」

よかった。あからさまに安堵してみせる。

それを見たステファンが、目を細めた。

「旦那様へのお手紙でしたら、このステファンがお預かり致しますよ」

お父様がステファンを信頼しているのはわかっている。だからといって、わたしが信頼するかは別。

そうだ。わたしが信頼できる人を作ればいい。友達を増やせばいいんだ。

「待ってて」

ペンを取った。


手紙はステファンに預けたけれど、その日、夕食を持ってきたお父様から手紙の返事についてはなかった。


でもそれから数日後、お父様はあるメイドを連れてきた。

「る、ルシールにございます……」

どうして自分が選ばれたのかわからないからか、怯えている顔。

読んでいた本を置いて立ち上がり、慌てて駆け寄る。

記憶の中のルーシーよりちょっとだけ若いけど、確かにルーシーだ。

「……ルーシー……」

「え?」

「……って、呼んでも?」

また驚かせてしまうところだった。初対面で許可なく愛称を使うなんて、マナー違反にも程がある。せめて相手の許可はもらわないと。

「は、はい、お嬢様……」

もちろんわたしから言われればルーシーは断れない。

「よろしくね、ルーシー」

まだ公爵家にいてよかった。大切なお友達。


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