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わたしが悪役令嬢でした。  作者: 金柑乃実
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初めてお兄様に会った日のことは、今でも思い出せる。

公爵家に来て、数日後のことだった。

ルーシーを含めたメイドたちを相手に遊んでいた時、部屋のドアがノックされた。

ドアの前にいたメイドが開けたドアから入ってきた、美少年。

一番に目を引くのは金髪。初日に一度だけ見たお父様の深い藍色とは違う、輝く髪色だった。

そして、その髪に似た色素の薄い瞳。吸い込まれそうな瞳を思わず見つめる。

『お嬢様、兄君のヴィルヘルム公子様ですよ』

ルーシーに言われて、ハッとした。そしてすぐにルーシーを盾に隠れる。

『まぁ……、お嬢様……』

慌てるメイドたちの中で、お兄様はにっこり微笑んで、ルーシーの前に立った。

『怖がらないで』

ゆっくりと差し出された手。服が汚れるのも気にせず、床についた片足の膝。

『初めまして。僕はヴィルヘルム。お兄様って呼んでくれると嬉しいな』

『……おに……さま……?』

小さな声で呼んでみると、お兄様の顔は嬉しそうにもっと綻ぶ。

『キミのお名前は?』

『……ディアナ』

『かわいい名前だね、ディアナ。僕も一緒に遊んでいいかな?』

投げ出されていた人形を手に取るお兄様に、わたしはまだ隠れながら頷いた。


今日もお父様が持ってくる食事を食べる。人と関わるのはこの時だけとはいえ、お父様相手に話すことなんてない。

「……今日」

珍しくお父様の低い声が聞こえた。思わずピクリと肩が揺れる。

びっくりした。口数が多い方でもないし、ご飯食べてるときに話しかけられたのは初めて。

「ヴィルヘルムが、帰ってきた」

「……!」

一瞬、喉の奥がひゅっと小さな音を立てた。

同時に口の中にあったものが変なとこに入って

「ゲホッ!」

と盛大にむせる。

「ゴホッ、ゴホッ」

あー、びっくりした。いつかは来るってわかってたのに。

なかなか収まらないむせに、お父様も気になったのか、立ち上がったかと思うとわたしの隣に来て、背中をさすってくれた。

さすがのお父様も、苦しんでる人を目の前にしたら、放っておけないのか。

「……大丈夫か」

大丈夫。これは心配されてるわけじゃない。お父様はわたしを心配したりしない。

「ケホッ……大丈夫、です」

水を飲んで、なんとか収まった。

「お話の続きをお願いします」

グラスを置き、隣を見上げた。

お父様はわずかに瞼を落とし、そして向かいのソファに戻っていく。

「お前に会いたがっていると」

「会いたくありません」

答えは決まっていた。そんなことだろうと思っていたから、お父様の言葉に少し被ってしまったかもしれない。

「……わかった」

お父様はただ一言そう言って頷いた。


膝に座らせたベアトリスを抱き上げて立ち上がり、座っていた椅子に座らせる。

サイドテーブルに置いた本を持って、いつもの壁の前に立つ。

いつものように合図をしようとして、手が止まった。

声が聞こえてきたから。

お父様の低い声は、大きくなくても聞こえやすい。

いつも聞こえているわけじゃないけど、聞こうと思って耳を澄ませばわかるくらい。

そっと壁に耳を当ててみる。

「なぜ教えてもらえないのですか?」

聞こえてきた声に、ハッと息を呑む。

お兄様だ。

そっか。帰ってきたってお父様が言っていた。

アカデミーを卒業してからのお兄様は、お父様の仕事を手伝うために何度も書斎に入っていた。

でも今はまだ在学中のはず。前世では書斎に行かなかったってこと?

ありえなくはない。あのお兄様のことだ。わたしと遊ぶことを何よりも優先してくれていた。

「僕は妹に会いたいだけですよ」

まだ会ってもないのに。会いたいって思ってもらえるんだ。

ダメダメ。揺れちゃダメ。

せめてアナスタシア様との婚約が決定するアカデミー卒業までは会っちゃダメ。

「……お前の妹ではない」

あぁ……、お父様の言葉は残酷だ。

「なぜですか?父上の娘なのでしょう?腹違いの妹ではありませんか」

会いたくなかったのはお父様の方。それならどうして村に帰してくれないの?

わたしがママを奪ったから?それとも、お父様はママを憎んでいた?だからその娘であるわたしにこんなひどいことをするの?

「父上の手は煩わせません。妹の居場所を教えてください」

一応お父様はわたしがここにいることを教えるつもりもないみたい。

このまま聞いているのも不毛な気がして、ベアトリスの元に戻る。

持っていた本をサイドテーブルに戻し、ベアトリスを抱き上げた。

「……ベアトリス」

誰も聞いてない。ここにはわたししかいない。

「……ママに、会いたいよ……」

ベアトリスのお腹に吸い込まれていく声も、誰にも聞こえてない。


どれくらい時間が経っただろう。椅子の上で膝を抱えて、ベアトリスも抱っこして、ぼーっとしていた。

もう耳に慣れた本棚が動く音がして、お父様が入ってくる。もうディナーの時間か。

おもむろに上げた瞳に、その人物が映った。


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