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わたしが悪役令嬢でした。  作者: 金柑乃実
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わたしは順応力が高いのだろうか。

前回村に帰された時もそうだったけど、新しい生活を楽しむことができる。

隠し部屋だから小さな窓が1つしかない部屋だったけど、快適だった。

1日三食の食事は、意外にもお父様が直接持ってきてくれる。

だからわたしが会うのはお父様1人だけ。


お気に入りの場所はたった1つの窓から日が入る窓辺。ここで本を読むのが大好き。

5冊ほど重なった本を隣の机に置いて、柔らかい椅子に座って読書の時間。

この本は誰もいない隙にお父様の書斎から持ってきたもの。

おかげで家庭教師がいなくても勉強することができた。

前の人生ではお父様の書斎に入ることもなかったから、こんな本たちも読んだことがない。

どちらかというと勉強は苦手だったし、勉強よりもお兄様と遊んでる方が楽しかったから。

ギイイィィという重い音で顔をあげる。

壁の一部にぽっかり穴が開いて、そこからお父様が入ってきた。

といっても、今の人生で一度も『お父様』なんて読んだことはない。

呼んであげない。父なんかじゃないと自分に言い聞かせるために。

彼は広いテーブルに持ってきた食事を置く。わたしも窓辺から離れてテーブルのそばの椅子に座る。お父様はその向かいのソファに座った。

何を考えているのか。たぶん、食事マナーを見ているんだと思う。

正直見られていると緊張はするけど、マナーは前世の知識を総動員すればなんてことはない。

ナイフとフォークの使い方もばっちり。

うん、相変わらず公爵家の料理人は腕が良すぎる。美味しくないものなんてない。

ただ1つ、8歳の舌には苦手な野菜も多い。お父様の前だから表情には出さないよう気を付けるけど、たぶんひとりだったらどうにかして捨ててると思う。

パプリカ(ピーマン)なんて、確か前世の16歳でも克服できなかった野菜だ。


わたしの食事を最後まで見届けたお父様は、空になった食器を持って出ていく。

ランチの後はちょっと本を読んで、少しお昼寝も挟む。

まだ身体が幼いからか、お昼寝は必須。というか起きていようと思っても寝てしまう。

寝相は悪い方。前世から変わってない。

起きたら頭と足が反対になってることなんてざらにある。

前世ではベッドから転げ落ちることもあったから、それに比べるとまだいい方か。

それに、頭と足が逆になっていても、仰向けがうつ伏せになっていても、お布団だけはちゃんと着てるから、ちょっとは変わったのかな。

無口なお父様としか会わないから、いくら本を読んで言葉を覚えていても、声が出せなくなれば意味がない。

だからお喋り相手がいる。

いつだったかお父様が持ってきたベアのぬいぐるみ、ベアトリス。

「ベアトリス~」

ベッドに寝ていたベアトリスに飛びつき、一緒にベッドに横になる。

「今日は経済の本を読んだの。この国には金貨も3種類あるんだって」

必要ないからと教えてもらえなかったお金の種類も、今世で初めて知った。

銅貨ならおつかいで何度も使ったけど、庶民の子どもに与えられるお金なんて銅貨が精いっぱい。銀貨なんて見たこともない。金貨となると、きっと庶民の大人でも見たことがないものだ。

「経済の本はおもしろいわ。お金の稼ぎ方もいろいろ書いてあったの。ベアトリス、カブって知ってる?」

答えてくれない話し相手だけど、これでもいい。

そういえば、ルーシーは公爵邸にいるのかな。

確か前世では、ここに来た直後に世話係として紹介された。

わたしが引きこもったからって、クビにされたりしてないよね?

あ、ダメだ。もう眠くなってきた。

幼い身体って本当に不便。


また別の日。持ち込んだ本を読み終わったわたしは、いつも勝手に開く壁の部分をコンっと一回ノックする。

これがお父様との合図。書斎に誰かいればここは開かない。

しばらく椅子に座って待っていると、また勝手に開いた。

入ってきたお父様に

「公爵様、本を取ってもよろしいでしょうか」

と許可を取る。黙って頷くお父様を見て、書斎に入った。

まずは持っていた本を1つ1つ返していく。そして、次に読む本を集める。

んー、今度は何を読もう。経済も政治も読んでしまった。

物語でもあればいいけど、あるのは難しい推理小説くらいだ。

お父様がお仕事をするための書斎だから、仕方ないか。

「これを」

お父様が1冊の本を差し出してきた。

その本の表紙に書かれたタイトルは、お父様からは想像もできないような恋愛もの。

「わたしに?」

それ以外考えられないか。

「ありがとう存じます」

両手で受け取り、その本も一応手元の本の中に入れる。

その時、書斎のドアがノックされた。

スカートの裾を翻し、ぱっくり開いた本棚の影に隠れる。

「旦那様、ステファンでございます」

聞こえてきた声に、いくらかホッとする。ステファンなら隠れる必要はない。

お父様もそう判断したのか、

「入れ」

と短く答えた。

すぐに扉が開き、ステファンが現れる。

「これはお嬢様。ご機嫌いかがですか?」

ステファンは、いつでも隠し部屋に隠れられるように本棚の影から覗いていたわたしの姿をすぐに見つけ、いつもの笑顔を見せてくれた。

「甘いものでもいかがでしょう」

「……ありがとう」

隠し部屋の中の机に持っていた本を置き、また書斎に戻ってステファンの手からケーキの皿を受け取る。

書斎で食べるわけでもなく、いちいち隠し部屋に戻らなきゃいけないのはちょっとだけ手間。

それでもステファン以外の人に見つかって、そこからお兄様にわたしの存在が漏れるともっと大変なことになるから、それを考えるとほんの少しの手間くらい惜しくはない。

ケーキとジュースを空っぽにする頃には、ステファンのお父様への用事も終わっていて、食器をステファンに返して、わたしは隠し部屋に入る。

この本棚のスイッチはお父様しか知らないから、お父様に壁を閉めてもらって、またわたしの安全安心な空間が戻ってきた。

「ベアトリス」

視線を感じてそちらを見ると、ベアトリスが丸い瞳でこちらを見ていた。

「なに見てるの?あなたの分のケーキはないのよ」

そんな冗談を言ってみたりして、ベアトリスを抱き上げる。

「拗ねないで、ベアトリス。今日はおもしろそうな本が手に入ったの。読み聞かせてあげる」

お父様から直接手渡された恋愛小説を手に、わたしはいつもの窓辺の特等席へと向かった。


お父様が何を考えているのか、わたしにはわからない。

ただその日を境に、お父様はいろんなものをわたしに持ってくるようになった。

流行りの恋愛小説や、子供向けの本、それに裁縫箱まで。

さすがに刺繍くらいは覚えろ、ということ?

確かにこの国では刺繍が女性のステータスになっていて、前世でも早い段階からルーシーに刺繍だけは教わっていた。

おかげで16歳に成長する頃には、好きではないけど必要なら針を持つこともあったし、お兄様にお守りを作ってあげた時には、好評だったと聞いている。

もちろんお世辞や社交辞令の可能性だってある。でも前世でそれを聞いた時は嬉しかった。

それを機に刺繍に熱中して、いろんなものを作り出したりもした。

ほとんどは無駄になったけど。

あとは、ママに教えてもらっていた“かぎばりあみ”。

正直刺繍よりはこっちの方が好きだった。公爵家を追い出された後、それで生計を立てたくらいだし。

とにかく、お父様に道具を与えられたことで、わたしの秘密の隠し部屋での暇つぶしは充実していった。


そんなわたしの日常に、少しずつ、少しずつ、お兄様の影が忍び寄っていた。


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