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わたしが悪役令嬢でした。  作者: 金柑乃実
2/8

わたしは傲慢だった。

お兄様にはわたしだけだと思っていた。

右肩に伝わる衝撃。目の前のアナスタシア様が噴水へと倒れていく。

綺麗なドレスも、お兄様のためにセットされた髪も。

全てが水に濡れ、台無しになる。

その惨めな姿を見て、楽しんでいなかったと言えばうそになる。

これでお兄様に嫌われればいいとさえ思っていた。

「ディアナ!」

少し離れたところにいたお兄様が、騒ぎに気付いて駆け寄ってくる。

「お兄様!」

わたしもすぐに駆け寄る。

「どうしましょう、お兄様。わたし、転びそうになってアナスタシア様にぶつかってしまって……っ」

「よかった。転んでないんだね」

「えぇ。でもアナスタシア様が……」

びしょびしょのかわいそうな姿。

お兄様はアナスタシア様に歩み寄り、そっと手を差し出す。

「大丈夫ですか?アナスタシア嬢。妹が申し訳ないことを」

水に濡れ、綺麗な化粧さえ崩れた姿で。

でも、アナスタシア様は笑った。婚約者を前にして。

「かまいません。ディアナ様にお怪我がなくてよかったですわ」

ルーシーが持ってきたタオルを受け取る。

おもしろくない。こんなにいい人だと、お兄様はアナスタシア様から離れられない。

お兄様はわたしだけのお兄様なのに。

「ルーシー、もういいから」

幸せそうな2人を置いて、ルーシーを呼んでわたしは部屋に戻った。


「アナスタシア様……!」

突然現れた、お兄様の婚約者。

ランネリウス家の令嬢がお供もつけずひとりで。

なんでこんなところまで……。王都からだと遠いのに。

近くに馬車も見当たらない。まさか、歩いてきたの?

そんなわけないか。

乗合馬車でも使った?それも想像できない。

おおかた、近くで馬車を降りて散歩しながら来たのかな。

「アナスタシア様、どうしてこちらに?」

慌てて畑から出て駆け寄る。

アナスタシア様はじっとわたしの姿を見ていた。

あぁ、そっか。王都の貴族である彼女に、仮にも公爵令嬢であるわたしのこの姿は、異様に映ること間違いない。

ルーシーのおかげで、いつもちゃんと綺麗にした姿でしか会ってなかったからね。

「こんな格好でごめんなさい。畑で野菜を育てているんです。よかったらアナスタシア様も食べてみませんか?ポモドーロ(トマト)なんか美味しいですよ」

赤く実った美味しそうな実。すぐ近くにあったから、さっと収穫する。

スカートで軽く拭って差し出してみたけど、アナスタシア様は反応しない。

さすがに食べられないか。美味しいのに。

ポモドーロに目を落とし、次にアナスタシア様を見て。

あれ?ちょっと様子がおかしい?

「アナスタシア様?どうされたんですか?」

顔を覗き込んでみると、暗い表情をされていた。

お兄様と喧嘩でもしたんだろうか。幸せに暮らしていると思っていたのに。

「……楽しそうね」

ポツリと聞こえた小さな声。悲しそうに歪んだ顔が赤い夕陽に照らされる。

「え?」

聞き取れなかったわけじゃないけど、いつも明るく優しいアナスタシア様からは想像できないほど暗い声に聞こえて、思わず聞き返していた。

そんな時

「お嬢様~!」

遠くからルーシーが走ってくる。

「王都から……!公子様からお手紙が来てました~!」

「ほんと?!」

お兄様からお手紙?!諦めてたから嬉しい!

お兄様、約束を忘れてなかったんだ!

アナスタシア様の横を通り過ぎてルーシーに駆け寄ろうとした瞬間だった。

ドンっという強い衝撃。

「あ……」

ごめんなさい、と謝ろうとした。アナスタシア様にぶつかってしまったと思ったから。

「……あなたのせいで……」

お腹にじんわり広がる熱。

アナスタシア様がわたしを睨みつける。

嫉妬に狂ったどす黒い瞳。

「あなたのせいで、あの人はわたしを見てくれないの!あなたがいなくなれば……っ!」

「あな、す、たしあ、さま……?」

お腹からずるりと引き抜かれた何か。

視線を落とす。

赤く塗られた短剣。

熱が広がっていくお腹。

手にこびりつく赤い液体。

「お嬢様!」

「る……し……」

徐々に歪む視界。

お兄様の手紙を読みたい。

何が書いてあるの?

ねぇ、ルーシー。


それから5日。わたしは高熱にうなされた。

うっすら目を開けると、そこには必ずルーシーがいた。

「お嬢様、しっかりしてください。公爵家にお手紙を出しました。きっともうすぐ公爵様と公子様がいらっしゃるはずですから」

わたしは大丈夫。

それよりルーシーのことが心配だよ。

ちゃんと休んでる?寝てる?

わたしは大丈夫だから、どうか休んで。

ママみたいに突然いなくなられたら嫌だから。

お腹は痛いけど、大丈夫だよ。

全身が痛くて熱いけど、大丈夫だよ。

あれ?ルーシー、急に立ち上がって。

どこに行くの?

そばにいてくれるんじゃないの?

あ、お兄様。

それに、お父様も。

来てくれたんだ。

何言ってるか聞こえないけど。

ごめんね。

お父様

お兄様

ルーシー

みんな、大好きだよ


わたしはどこで間違えたんだろう。

アナスタシア様の様子に気づかないで、楽しく笑顔でいた時?

ヒューゴッド村に戻ってきた時?

ひとりきりの馬車で大泣きした時?

お兄様に一緒に行ってくれるよう泣きついた時?

アナスタシア様にたくさんいやがらせした時?

お兄様と一緒にお勉強した時?

お兄様とたくさん遊んだ時?

優しいお兄様を大好きになった時?

初めてお兄様と出会った時?

公爵家に連れてこられた時?

お父様に引き取られることを受け入れた時?

お母様が病気で死んじゃった時?

お母様が病気にかかっちゃった時?

もっと、もっと前。

わたしがこの世界に産まれた時?


遠くで聞こえる赤ちゃんの泣き声。

たくさん泣きながら成長していく赤ちゃん。

この子は、わたし。

王都の公爵様と田舎町に暮らすママがどうやって知り合ったのか。

聞いたことはなかったね。

疑問にすら思わなかった。今考えると、おかしいってわかるのに。

わたしを産んだ時、ママは既にひとりだった。

この国に身寄りはなく、頼れる親戚もいなかったから。

でも、ママはいつも笑顔だった。

どんなに貧しくても、どんなに辛くても。

いつも楽しそうに笑っていた。

病気にかかった時でさえ。

あぁ、そっか。アナスタシア様と一緒だ。


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