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夜薔薇《ナイト・ローズ》~闇夜に咲く薔薇のように  作者: 椎名 将也
第7章 戦慄の悪夢
74/100

4 解毒魔法

「お前たちが持ち帰った鱗や牙、魔石などから、今回『風魔の谷』に出たのは緑魔大蛇(ヴェルデ・セルペンテ)だと判明した」

緑魔大蛇(ヴェルデ・セルペンテ)?」

 初めて聞く魔獣の名に、バッカスが怪訝な表情を浮かべて訊ねた。その疑問に答えたのは、アイザックの隣に座っている『妖艶なる殺戮(ウィッチ・マダー)』だった。


「非常に珍しい魔獣よ。私も三百年以上前に一度しか見たことがないわ。たぶん、ギルドの記録にあるのも、その一回きりのはずよ」

「そんな魔獣が、何で下級ダンジョンの『風魔の谷』に? 先日の混沌龍(カオス・ドラゴン)といい、おかしくないですか?」

 クロトーの説明を聞くと、アトロポスが疑問に思って訊ねた。


「たしかに普通では考えられない。だが、実際に混沌龍(カオス・ドラゴン)緑魔大蛇(ヴェルデ・セルペンテ)も『風魔の谷』に現れている。一度本格的な調査が必要だ。『風魔の谷』は先ほど閉鎖するように指示を出した」

 アイザックが厳しい表情でアトロポスに告げた。


「知っていると思うけど、魔獣は魔素から生まれるわ。当然、魔素が濃い場所からは強力な魔獣が生まれる。しかし、今までは下級ダンジョンである『風魔の谷』にSS級魔獣やS級魔獣が生まれるような高濃度の魔素は存在しなかったわ。何かが『風魔の谷』で起こっている可能性がある」

 アイザックの言葉を、クロトーが補足した。


「その調査は、いつ誰が行うんですか?」

 アトロポスの問いに答えたのは、アイザックだった。

「早い方がいいだろう。明日、『風魔の谷』に行ってもらうように、クロトーの姉御とレオンハルトに依頼した。ローズ、バッカス、お前たちにも同行してもらいたい」

「分かりました。いいかな、バッカス?」

「もちろんだ。<闇姫(ノクス・コンチュア)>のリーダーはお前だ。俺はお前が行くところなら、どこまでもついていく」

 アトロポスの顔を見つめると、バッカスが微笑みながら告げた。


(ずっと一緒にいるって言われたみたい……)

 バッカスの言葉にドキッとして、アトロポスは思わず顔を赤らめた。

「では、明日の朝の五つ鐘にギルドに集合してくれ。調査は明日一日で終わらせたい。頼むぞ」

「はい」

「分かりました」

 アトロポスとバッカスがアイザックに向かって頷いた。


「それと、お前たちが持ち帰った緑魔大蛇(ヴェルデ・セルペンテ)とゴブリン・クイーンの魔石や部位の買い取り価格だが、全部で白金貨十八万六千枚だ。明細はここに書いてあるが、そのうちの十七万五千枚は緑魔大蛇(ヴェルデ・セルペンテ)だ。三百年ぶりの魔獣なので、かなりの高額買い取りになっている」

「十八万六千……? そんなに……」

 SS級魔獣なみの買取額に、アトロポスは驚いた。横に座るバッカスを見ると、彼も呆然とした表情を浮かべていた。


「バッカス、緑魔大蛇(ヴェルデ・セルペンテ)を倒したのはあなたよ。だから、その十七万五千枚はバッカスのものよ」

「馬鹿言うな。俺たちはパーティだ。パーティ・メンバーで報酬を均等に分けるのが当然だろう。きっちりと二等分するぞ」

 アトロポスの意見に、バッカスは笑いながら反対した。それは前回の火龍の時に、アトロポスが言った言葉そのものだった。


「でも……」

「ローズ、バッカスが言うことが正論よ。二人でちゃんと分けなさい」

 反論しようとしたアトロポスに、クロトーが諭すように告げた。

「はい、分かりました。じゃあ、バッカス。そうさせてもらうわね」

「ああ、それでいい」

 バッカスが優しい眼差しで、アトロポスを見つめながら言った。その様子を見て、クロトーは二人の間にたしかな絆が出来ていることを察した。

(これなら、大丈夫そうね……)


「ところで、緑魔大蛇(ヴェルデ・セルペンテ)を倒したのはバッカス一人の力なのか? それとも、ローズも一緒に戦ったのか?」

「私はバッカスに手を出すなって怒鳴られて、見ていただけですよ」

 アイザックの質問に、アトロポスが笑いながら答えた。

「火龍なみのS級魔獣を一人で倒すなんて、バッカスもずいぶんと腕を上げたわね」

 驚きに黒瞳を見開きながら、クロトーが告げた。先日、火龍を狩りに行った時には、バッカスはS級魔獣に手も足も出なかったのだ。


「いえ、俺の力じゃないですよ、クロトーの姉御。この<火焔黒剣(フレイム・エスパーダ)>のおかげです。ドゥリンさんに打ってもらったこの剣は、アトロポスの<蒼龍神刀(アスール・ドラーク)>と同じく、覇気を二十倍に増幅できるんです」

「二十倍だと……!?」

 バッカスの言葉に驚愕したアイザックを無視して、クロトーが告げた。

「へえ……。ドゥリンもいい仕事するわね。この調子なら、クラスS昇格も夢じゃないわよ」


「そうですよね! バッカス、凄かったんですよ! 男が惚れた女の信頼を取り戻すために生命を張ってるんだッ! 黙って見ていろッ!って言って……」

「ば、ばか……! な、何言ってるんだッ!」

 強面の顔を真っ赤に染めながら、バッカスが慌てて叫んだ。その言葉を聞いて、アトロポスも自分が何を口走ったか気づき、赤くなって俯いた。


「あらあら……。いつの間にそんな関係になったのかしら? バッカス、ちゃんと避妊をしてあげないとダメよ。ローズにはまだこれからも活躍してもらうんだから、子供は当分お預けよ」

「ク、クロトー姉さんッ!」

「クロトーの姉御ッ!」

 『妖艶なる殺戮(ウィッチ・マダー)』の言葉に、アトロポスとバッカスは揃って赤面しながら叫んだ。



(ああ、恥ずかしかった……。私ったら、ついあんなことを……。でも、クロトー姉さんの言うとおりだわ。このままじゃ、いつ妊娠してもおかしくないかも……)

 今のところその兆候はなかったが、アトロポスはクロトーの言葉に不安になった。毎日のようにバッカスに愛されているのだから、それも無理はないことだった。


 特に、昨夜のことを思い出すだけで、アトロポスは恥ずかしさのあまりバッカスの顔を見られなかった。数え切れないほど喜悦の頂点を極め、女としての悦びを何度も噛みしめた。「もう許して……。これ以上されたら、おかしくなっちゃう」と、最後には随喜の涙を流しながら本気でバッカスに許しを乞うた。今朝は全身が甘く痺れて、ポーションを飲まなければ起き上がることさえ出来なかったのだ。


「どうした、アトロポス?」

 一階の食堂でエールと鳳凰茶(フェニックス・ティー)を注文すると、真っ赤になって俯いているアトロポスにバッカスが声を掛けた。

「うん……。ちょっと……。クロトー姉さんの言ったことが心配で……」

「ああ、そのことか……。そうだな。アレを買うか?」

 アトロポスの言った意味を察すると、バッカスが真面目な表情で告げた。


「アレって……?」

「解毒魔法がかかった装身具だ。首飾り(ネックレス)とか、耳飾り(イヤリング)とか……」

「解毒魔法……? どういうこと?」

 バッカスの意図が分からずに、アトロポスが首を捻りながら訊ねた。


「解毒魔法っていうのは、体に入った毒とか異物を除去する魔法なんだ」

「うん……。それは分かるけど……」

 要領を得ない表情で、アトロポスがバッカスを見つめた。ニヤリと笑みを浮かべると、バッカスが小声で囁いた。

「女にとって、男の出すアレも異物だろ?」

「……!」

 バッカスの言いたいことを察して、アトロポスは真っ赤に染まった。そして、ジト目でバッカスを見据えながら言った。


「何でそんなこと知ってるのよ?」

「怒るなよ……。お前と出会う前の俺は、そういうところにも行っていたことはゲイリーがばらしただろ? そこの女たちは必ず解毒魔法が付与された首飾り(ネックレス)や指輪をしていたんだ」

 言いづらそうな表情で、バッカスが告げた。


「そうなんだ……。今のバッカスのことは信じてるけど、何かムカつくわね」

 ジロリと睨んできたアトロポスに、バッカスは慌てて言った。

「あくまで、主目的は毒に対する防御手段だ。ただ、そういうことにも使えるってだけだよ」

「何か上手く誤魔化された気がするけど、取りあえずは分かったわ。でも、二度とそんなところに行ったら、本当に手足を斬り落とすからね」

 ムスッとした表情で、アトロポスがバッカスを見据えた。


「分かってるって……。絶対にお前を裏切ったりしないから、信じてくれ!」

「うん……。でも、そういうのって、どこに売ってるの?」

 バッカスの真摯な態度に頷くと、アトロポスが訊ねた。

「この間の『女神の祝福』に行けばあると思う。明日の調査が終わったら、明後日にでも行ってみよう」

 魔法が付与された宝飾品専門店である『女神の祝福』ならば、必ずそういった品も置いてあるはずだとバッカスは思った。


「そうね。それまでは、するのをやめましょう。たまには一人でゆっくりと寝たいしね」

「そんな……! アトロポス、それはないだろう?」

 ニッコリと笑顔で告げたアトロポスの言葉に、バッカスが慌てて言った。

「ダメよ。安心できるまでは禁止だからね」

 アトロポスはそう言うと、目の前に置かれた鳳凰茶(フェニックス・ティー)を手に取って、澄まし顔で口をつけた。しばらくその様子を見つめていたバッカスは、ガックリと肩を落とすとエールを掴んで一気に飲み干した。



 翌朝の五つ鐘にギルドマスター室に集合したアトロポスたちは、アイザックに見送られて馬繋場へと向かった。

「ローズもバッカスも、凄い馬に乗ってるね。僕のエトワールが可愛く見えるよ」

 シリウスとエクリプスの雄姿を眼にして、レオンハルトが驚いた表情で告げた。レオンハルトの愛馬であるエトワールも堂々たる栗毛の馬だったが、シリウスやエクリプスと比べると一回り小さかった。


「そんなことありませんよ。エトワールも凄く綺麗な栗毛じゃないですか? クロトー姉さんのメリッサと同じくらい素敵ですよ」

 笑顔でそう告げると、アトロポスはエトワールの(たてがみ)を撫ぜた。すると、ヒヒンと(いなな)いて、シリウスがアトロポスに鼻を擦りつけてきた。まるで嫉妬しているかのようなその仕草に、四人は笑った。


 クロトー、レオンハルト、バッカス、アトロポスの順に正門を抜けると、四騎は一列に並んで『風魔の谷』を目指した。メリッサやエトワールの脚に合わせたので、シリウスとエクリプスだけの時よりは時間がかかったが、それでも通常のニザンよりは遥かに早く『風魔の谷』に到着した。


 管理事務所に隣接する馬繋場にシリウスたちを預けると、クロトーは管理官に向かって告げた。

「あたしは『妖艶なる殺戮(ウィッチ・マダー)』のクロトー。ギルドマスターであるアイザックの依頼で、『風魔の谷』の調査に来たわ。他のメンバーは、『焔星(イェンシー)』レオンハルト、『夜薔薇(ナイト・ローズ)』のローズ、『猛牛殺し(オックス・キラー)』バッカスよ」


「……! お、お疲れ様です! 昨日から『風魔の谷』は閉鎖しています。現在、中には誰もいませんので、よろしくお願いします!」

 『妖艶なる殺戮(ウィッチ・マダー)』を始め、冒険者ギルド・ザルーエク支部が誇るそうそうたるメンバーに、管理官が緊張しながら言った。管理官に頷くと、クロトーがアトロポスたちに向かって告げた。


「では、『風魔の谷』に入るわよ。混沌龍(カオス・ドラゴン)のこともあるから、気を抜かないように! ローズは各階層の入口で、必ず索敵をしてちょうだい」

「はい」

「あたしの予想だと、十五階層に大きな魔素だまりができていると思う。今回の目的は、それを浄化することよ。だから、邪魔になる全ての魔獣を殲滅しながら進むわ。そのため、各階層の殲滅は二手に分かれて行う。意識伝達ができるローズとバッカスは分けさせてもらうわ。ローズはあたしと、バッカスはレオンハルトと組んで。お互いに連絡を取り合って、無事を確認するのを忘れずにね」

 三人はクロトーの指示に頷きながら返事をした。


「バッカス、レウルーラ本部随一の暴れん坊の力、見せてもらうよ」

「こっちこそ、槍士クラスSSの戦い方、拝ませてもらうぜ」

 レオンハルトが差し出した手を、バッカスが握りしめながら獰猛に笑った。


『バッカス、油断しないで!』

『アトロポスも気をつけろよ!』

 意識伝達で言葉を交わすと、アトロポスとバッカスは笑顔で頷き合った。


「では、入るわよ!」

 クロトーの号令で、四人は『風魔の谷』に足を踏み入れた。

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