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夜薔薇《ナイト・ローズ》~闇夜に咲く薔薇のように  作者: 椎名 将也
第6章 火焔黒剣
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3 鳳凰蒼輝の石

「バッカモンッ!!」

「ひぃいいッ!」

 頭上に落とされた凄まじい落雷に、アトロポスが身を(すく)めた。

「格下の相手を脅しつける剣士クラスSがどこにいるかッ!」

「ご、ごめんなさいッ!」

 ギルドマスター室の応接ソファに座りながら、アトロポスが慌ててアルフレードに頭を下げた。そして、涙目になって横に座るバッカスを見上げた。その視線の意味に気づき、バッカスがため息をついた。


「まあ、まあ、ギルマス。アトロポスは俺のために怒ってくれたんだ。それに、あれはいきなり絡んできたデュークが悪い。そのくらいで勘弁してもらえねえすか?」

「まったく……。お前がついていながら、何をやってるんだ? 二十人以上の冒険者たちが見ていたらしいな。『夜薔薇(ナイト・ローズ)』の名が一人歩きしているぞ!」

 デュークとの模擬戦(けんか)を見ていた冒険者たちによって、『夜薔薇(ナイト・ローズ)』の二つ名は恐怖の代名詞としてレウルーラ本部を一気に駆け巡った。


「ところで、バッカス。ずいぶんといい鎧を着ているな。火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスか?」

「ええ、まあ……」

 口を濁したバッカスを横目に、アトロポスがその話題に飛びついた。一刻も早く説教の時間を終わらせようとする魂胆が見え見えだった。


「そうなんですよ! 格好いいですよね? 私はひと目見て、これだって思ったんですよ!

「ほう。ローズが選んだのか? なかなかの目利きだな。それにしては、武器が鎧に合っていないな」

 バッカスの背にある両手剣(バスターソード)を見て、アルフレードが言った。

「そっちも抜かりありません! 今、ドゥリンさんにバッカスの剣をお願いしているんです。あと四日で出来上がるんですよ!」

 笑顔で告げたアトロポスの言葉に、アルフレードが驚愕した。


「ドゥリンって、あの『神明の鍛治士(ゴッド・スミス)』のドゥリンか!?」

 ムズンガルド大陸随一と言われる『神明の鍛治士(ゴッド・スミス)』に剣を依頼できる者など、数えるほどしかいなかった。鍛治の腕は超一流だが、値段も超一流だったのだ。

「はい。良かったら、アルファードさんの剣もお願いしてあげましょうか?」

「い、いや……。遠慮しておく……」

 剣一本で白金貨数万枚はかかることを見越して、アルファードは顔を引き攣らせながら断った。


「アトロポス、ギルマスへの挨拶も済んだし、そろそろ行くか?」

 苦笑いを浮かべて二人の会話を聞いていたバッカスが、アトロポスを促した。

「そうね。お昼を食べたら、ザルーエクに戻ろうか? 今日中には帰りたいしね」

「ああ。ギルマス、それじゃあ、俺たちはこれで……」

「アルファードさん、またレウルーラに来たら顔を出しますね」

 バッカスに続いて、アトロポスも席を立った。説教がぶり返さないうちに、早く逃げ出したいというのが本音だった。


「分かった。気をつけて行けよ」

「はい。アルファードさんもお元気で……」

「では、失礼します」

 アルファードの言葉に、二人は別れの挨拶をしてギルドマスター室を後にした。

火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスといい、『神明の鍛治士(ゴッド・スミス)』といい、あいつらどんな依頼をこなせばあんな高価な物を買えるんだ?)

 一人残ったアルファードは、頭を横に振ると大きくため息をついた。アトロポスたちが火龍を丸ごとギルドに持ち込んだことなど、想像さえもしていなかった。



 ギルドの一階に戻ると、アトロポスたちは隣接している食堂に入って昼食を食べた。多くの冒険者たちが遠目に二人を見ていたが、声を掛けてくる者は誰もいなかった。誰もが、アトロポスの武勇伝に怖れをなしていることは明白であった。

「ああ、怖かった。アルファードさんって、アイザックさんよりも迫力あるのよね」

「あれでも冒険者ギルドを束ねるグランド・ギルドマスターだからな」

 アトロポスの言葉に、バッカスが苦笑いを浮かべながら答えた。そして、目の前におかれたエールを美味そうに飲み干すと、アトロポスに訊ねた。


「ところで、本当にすぐにザルーエクに戻るのか?」

「そのつもりだけど、何かあるの?」

 アトロポスが首を傾げながらバッカスを見つめた。

「いや、折角首都に来たんだから、もう一泊していかないか? ちょっと寄りたいところもあるし……」

「寄りたいところって……? まさか、女のところじゃないでしょうね!?」

 不意に剣呑な視線でアトロポスがバッカスを睨んだ。


「ま、まさか……。クロトーの姉御が言っていただろう? 何かアトロポスに贈り物でもしろって……。指輪とかどうかなと思って……」

「ゆ、指輪……?」

 男が女に指輪を贈る意味を、アトロポスも当然知っていた。頬を赤らめながら、アトロポスは嬉しさを抑えきれずに口元が緩んだ。


「いや、深い意味はないんだ……」

「深い意味はない……?」

 バッカスが手を振りながら告げた言葉に、アトロポスは固まった。

(深い意味はないって、どういうことよ?)

 本来、指輪を贈るという意味は、男がその女を自分のモノにするという宣言だった。そこから転じて、今では生涯をかけて女を愛し続けるという意味に変わっていた。


「指輪とかネックレスとかの装飾品にも魔法付与ができるって聞いたから、クロトーさんに意識伝達の魔法を付与してもらったらどうかと思って……。そうすれば、何かの時に声を出さずに考えを伝え合えるだろう?」

「……。そうね……」

 ジロリとバッカスを見据えると、アトロポスはムッとしながら短く答えた。

(そんなことなら、わざわざ指輪にしなくてもいいじゃないの……。変な期待させといて、まったく……)


「だから、一緒に指輪を選びに行かないか? 『女神の祝福』という店がいい物を扱っているらしいんだ」

「うん……。どんなのがあるか分からないけど、見るだけ見に行ってみようか?」

(指輪なんて、いらないわよ! そんなことのためなら、耳飾り(イヤリング)首飾り(ネックレス)で十分じゃない?)

「きっと、アトロポスに似合うヤツが見つかるさ。早速、行ってみよう」

 強面の顔に笑みを浮かべながら、バッカスが席を立った。アトロポスは気分を削がれながらも、バッカスに続いて食堂を後にした。



 『女神の祝福』は、首都レウルーラでも指折りの宝飾店だった。三階建ての白亜の建物に、重厚感のある木製の入口が高級な雰囲気を醸し出していた。入口に立つと、門番が木製の扉を開けて、笑顔でアトロポスたちを店内に通してくれた。

 店内にはガラス張りの飾り棚(ショーケース)が並べられており、それらの中には美しい宝石が付いた装身具が多数展示されていた。


「綺麗ね……。宝石って、こんなにたくさん種類があるんだ。知らなかったわ」

 アトロポスも若い女性である。初めて見る美しい宝石類を眼にして、自然に笑顔がこぼれた。赤、青、黄色……と美しい宝石類が、店内の灯りを反射して幻想的な輝きを放っていた。


「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

 洗練された美しさを持つエルフの女性店員が、笑顔で訊ねてきた。エルフ特有の濃緑色の髪を揺らしながら、碧色の瞳がバッカスを真っ直ぐに見つめてきた。

「彼女に指輪を贈ろうと思ってるんだが、初めてなもんでよく分からないんですよ」

 バッカスが照れくさそうに笑いを浮かべながら告げた。

(どうせ、魔法付与のためなんでしょ? だったら、指輪じゃなくてもいいわよ……)


「ご希望の宝石(いし)などはございますか?」

「ブルー・ダイヤモンドでお願いします。値段は気にしないので、できるだけ質のいい物を……いや、最高級の物をお願いします」

 バッカスの言葉に、アトロポスが驚いて顔を見つめながら告げた。

「ちょっと、バッカス。最高級のブルー・ダイヤモンドって、いくらするか知ってるの? 魔法付与するだけなんだから、適当なのでいいわよ」


「何言ってるんだ? もちろん、魔法()付与するけど、指輪をお前に贈ることに意味があるんだぞ。だから、安物で済ます気なんかないぞ」

「え……? バッカス……」

 笑いながら告げたバッカスに、アトロポスは言葉を失った。

(それって……本気で私に指輪をくれるつもりなの……?)


「それでしたら、三階にご希望に合う物を展示しております。こちらへどうぞ……」

 笑顔でそう告げると、エルフの店員はバッカスを促して階段を上り始めた。アトロポスはボーッとしながら、慌ててバッカスの後を追いかけた。



「こちらに展示してある七点が、最高級のブルー・ダイヤモンドの指輪でございます。お気に召す物がございましたらお出ししますので、お申し付けください」

 案内された三階の奥にある飾り棚(ショーケース)の前で、アトロポスは思わずその美しさに魅入った。ブルー・ダイヤモンドの大きさに違いはあったが、そのどれもが信じられないほどの美しい煌めきを放っていた。

「綺麗……」

 無意識にため息をつきながら、アトロポスが呟いた。だが、それらに付けられた値札を見た瞬間、アトロポスは現実に引き戻された。


(白金貨七百五十枚って……? こっちは、白金貨千二百枚? 三千枚って言うのは、何の冗談なの?)

 一般的な庶民の年収(・・)が、白金貨三、四十枚だった。白金貨三千枚と言えば、貴族の屋敷が買える値段だった。直径一セグメッツェの半分もない石に、それと同価値が付けられているのだ。


「どうだ、アトロポス。気に入ったのはあるか?」

「気に入るも何も、こんな高価な物いらないわよ……」

 そう告げた時、アトロポスの黒瞳が吸い込まれるように一つの指輪に引き寄せられた。他とは明らかに違う輝きを、その指輪は放っていた。見る角度によって変わる蒼青色の煌めきは、柔らかさと力強さ、そして眩いほどの閃光さえも放っていた。

(凄く綺麗……。何で、これだけ輝きが違うの?)


「お客様、お目が高いですね。このブルー・ダイヤモンドは別名<鳳凰蒼輝(フェニックス・ブルー)>とも呼ばれ、非常に稀少な石となります。ブルー・ダイヤモンドの原石である蒼炎炭鋼石の中でも、長い年月をかけて圧縮された正八面体の石で、輝き、硬度、希少性のいずれも最高級の物となっております。当店でも、数年に一度入荷するかどうかという非常に珍しい石です」

 エルフの店員が笑顔で説明してくれた内容に、アトロポスは納得した。


(たしかに、このブルー・ダイヤモンドは別格だわ。大きさからすれば、隣りにある物の半分もない。でも、この言葉に言い表せない美しい輝きは、他のブルー・ダイヤモンドを圧倒している……)

 直径でいえば、一セグメッツェの三分の一程度しかなかった。だが、濁り一つない透明な蒼輝(ブルー)は複雑に多面カットされ、<蒼龍神刀(アスール・ドラーク)>を遥かに凌ぐ光輝を放っていた。


「見せてもらってもいいですか?」

 無意識のうちに、アトロポスの口から言葉が漏れた。

「はい。こちらになります」

 飾り棚(ショーケース)の上にある天鵞絨(ビロード)宝飾盆(トレイ)に、エルフの店員が丁寧に<鳳凰蒼輝(フェニックス・ブルー)>の指輪を置いた。


 指輪(リング)自体は、プラチナ製だった。<鳳凰蒼輝(フェニックス・ブルー)>が嵌められた両側には、薔薇をあしらった美しい模様が刻まれていた。

「嵌めてみてもいいですか?」

「もちろんでございます。サイズ調整魔法が付与されておりますので、どの指に嵌めていただいても問題ございません」

 エルフの店員の説明に頷くと、アトロポスは左手の薬指に<鳳凰蒼輝(フェニックス・ブルー)>を嵌めた。店員の言葉通り、<鳳凰蒼輝(フェニックス・ブルー)>はアトロポスの指に最初からあるかのように、まったく違和感を感じなかった。


「サイズ調整魔法が付与されていると言っていましたが、そうすると他の魔法はこれ以上付与できないのでしょうか?」

 ふと疑問に感じ、アトロポスが訊ねた。もし、これ以上の魔法付与が出来ないのであれば、この<鳳凰蒼輝(フェニックス・ブルー)>を買う意味がなかった。

「ご心配なく……。サイズ調整魔法を付与しているのは、そのプラチナ製の指輪部分です。<鳳凰蒼輝(フェニックス・ブルー)>にはまだ魔法付与をしておりませんので、お好きな魔法を一つ付与することが可能です」

(よかった。それなら大丈夫ね。でも、この指輪だけ値札がついてないわ……)


「気に入ったようだな。それにしよう。いくらですか?」

 アトロポスの疑問を察したように、バッカスがエルフの店員に訊ねた。

「先ほども申し上げましたとおり、<鳳凰蒼輝(フェニックス・ブルー)>は非常に稀少なブルー・ダイヤモンドですので、白金貨三万八千枚となっております」

「さ、三万八千枚……!?」

 驚愕のあまり、アトロポスが黒瞳を大きく見開いて左手につけた<鳳凰蒼輝(フェニックス・ブルー)>を見つめた。天龍の革鎧ヘルムドラーク・ハルナスでさえ、白金貨三万一千枚だったのだ。


「分かりました。これで決済をお願いします。指輪はこのまま嵌めて帰ります」

 そう告げると、バッカスがミスリル製のギルド証を店員に渡した。

「ち、ちょっと、バッカス! 三万八千枚なのよ? 交渉もしないで、何考えてるの?」

 火龍の報酬である白金貨五万二千枚があるので買えない金額ではないが、価格交渉もせずに決済するような額では決してなかった。アトロポスは慌ててバッカスの腕を掴んだ。


「お前こそ、恥をかかせるなよ」

「え……?」

 苦笑いを浮かべながら、バッカスがアトロポスに告げた。

「女への贈り物を値引く男がどこにいるんだ? そんなみっともないマネができるかよ……」

「バッカス……」

 アトロポスは呆れたようにバッカスの顔を見ながら、クロトーの言葉を思い出した。


『男っていうのは、どうしょうもない見栄(プライド)の塊なのよ。まあ、そういうところが可愛いんだけどね。あなたにもそのうちに分かるわ』


(クロトー姉さんの言うとおりね。たしかに見栄っ張りで、可愛い……)

「ありがとう、バッカス……。凄く嬉しいわ」

 満面の笑みを浮かべながら、アトロポスは黒曜石の瞳で真っ直ぐにバッカスを見つめた。

「お、おう……」

 強面の顔に獰猛な笑みをバッカスが浮かべた。それが照れ隠しの笑いであることを、アトロポスは知っていた。


(好きよ、バッカス……。愛しているわ……。私、あなたに大事にされているって、よく分かるわ……)

 心から幸せそうに微笑むと、アトロポスはバッカスの左腕に右腕を絡めながら寄り添った。

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