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夜薔薇《ナイト・ローズ》~闇夜に咲く薔薇のように  作者: 椎名 将也
第5章 火焔の王
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7 新たなる力

「今回の買取額は、全部で白金貨十二万八千枚だ。内訳は、火龍の部位が鱗の依頼分として三万二千枚、宝玉や牙、皮などを併せて八万五千枚、全部で十一万七千枚だ。その他にS級魔獣やA級魔獣の宝玉が一万一千枚となっている。細かい内訳は、そこの明細書に記載してある」

 アイザックの報告に、アトロポスは驚いた。予想以上に多い買取額だった。これなら火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスの代金を支払っても、十分な金額が手元に残る。嬉しそうに横を見ると、バッカスが固まっていた。


「じ、十二万八千……」

 呆然と呟くバッカスに、笑いながらクロトーが告げた。

「昨日言ったように、あたしの分はいらないから二人で分けなさい」

「本当にいいんですか、クロトー姉さん?」

「構わないわよ。どういう風に分けるかは、あなたに任せるわ」

 クロトーの言葉に、アトロポスは礼を言うとバッカスの横顔を見つめながら告げた。


「バッカス、火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスの代金、二万四千枚を引いた残りの十万四千枚を折半にしましょうか? 一人あたり五万二千枚でどうです?」

「いや、姉御、そういう訳には行かねえ! 俺が倒したのは、A級魔獣だけだ。その宝玉代は……」

 明細書に書かれたA級魔獣の宝玉の買取額を見て、バッカスが続けた。

「白金貨三千枚だ。俺の取り分はこれだけのはずだ。そこから火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスの代金を引いたら、逆に二万一千枚の借金ですぜ!」


 バッカスの言った内容は、本来の分配額そのものであった。クロトーはアトロポスが言った分配方法をそのままバッカスが受け入れたら、<星月夜(スターリーナイト)>への加入を認めないつもりだった。だが、バッカスは馬鹿正直にアトロポスの意見に反対した。クロトーは内心の笑みを噛み殺しながら、アトロポスがどうするかを見ることにした。


「何言ってるんですか、バッカス? 最初から火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスはこの代金から払うって言いましたよね? それに、正式じゃないけど、私たちはパーティを組んで『破魔の迷宮』に入ったんですよ。だから、本来は火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスの代金を引いた残りを、クロトー姉さんも含めて三人で分けるのが正当です。そうですよね、クロトー姉さん?」

 アトロポスがクロトーの美貌を見つめながら訊ねた。


「そうね。あたしもローズの意見に賛成よ。それであたしが辞退したんだから、残りの十万四千枚を二人で分けるのが正解ね。それでバッカスが納得できないのなら、ローズに何か贈り物でもしてあげなさい」

 ニヤリと笑みを浮かべながら、クロトーがバッカスに告げた。それを聞いて、アトロポスは真っ赤になって両手を振った。

「お、贈り物なんて、いりません! バ、バッカス、白金貨五万二千枚を素直に受け取ってください!」


「分かりました、姉御。ありがとうございます。そのうちに、何か姉御の好きな物を贈ります」

 バッカスがアトロポスとクロトーに頭を下げた。

(白金貨五万二千なんて大金、初めてだぜ。久しぶりにいい女を抱いて、博打でも打ちに行くか?)

「それと、バッカス。変なことに使ったら……分かっているわね?」

「は、はい……」

 バッカスの不埒な考えを読み取ったように、クロトーが釘を刺した。その黒瞳が笑っていないことに気づくと、バッカスは冷や汗を流しながらコクコクと頷いた。


「変なことって?」

「何でもないわ。それよりも、ローズ。あの件は決めた?」

 真剣な表情を浮かべながら訊ねてきたクロトーの言葉に、アトロポスは姿勢を正しながら頷いた。

「はい、クロトー姉さん。ぜひ、私からもお願いします!」

 クロトーの黒瞳を見据えながらそう告げると、アトロポスは深く頭を下げた。その横で、バッカスは驚いた表情を浮かべていた。

(何の話だ、いったい……?)


「分かったわ。アイザック、立会人になりなさい!」

 思いもよらない厳しい口調で告げられ、アイザックはその言葉の意味を正確に理解した。

「分かった、姉御。冒険者ギルド・ザルーエク支部のギルドマスターとして、姉御の判断を見届ける!」

 アイザックの灰色の瞳が、真っ直ぐにバッカスを見据えた。


「剣士クラスA、『猛牛殺し(オックス・キラー)』のバッカス! 本日ただいまより、冒険者ランクSパーティ<星月夜(スターリー・ナイト)>への加入を『妖艶なる殺戮(ウィッチ・マダー)』の名において認める。同時に、パーティ・リーダーとしてあなたには一つの命令を与える。『夜薔薇(ナイト・ローズ)』の護衛として、いかなる時にもローズの側を離れず、彼女を護ることを誓いなさい!」

「はぁああ……!?」

「え……!?」

 クロトーの言葉に、バッカスだけではなく、アトロポスも驚愕した。まさか、クロトーがバッカスを自分の護衛にする気だったなど、予想さえもしていなかった。


「ち、ちょっと待ってくれ、クロトーの姉御! ローズを護ることに異論はないが、<星月夜(スターリーナイト)>に入るっていうのは……!?」

 思わずアトロポスを呼び捨てにしたことにも気づかずに、バッカスが慌ててクロトーに向かって叫んだ。

「<星月夜(スターリーナイト)>に入ることには異論があるって言うの?」

「い、いや……め、滅相もねえ! 急な話で、何が何だか……! わ、分かった! 『猛牛殺し(オックス・キラー)』の名にかけて、命がけでローズを護ることを誓いますッ!」

 ムズンガルド大陸最強の魔道士を前に、その言葉を否定することなどバッカスには不可能だった。バッカスには自分の運命(アトロポス)を受け入れることしか選択肢は残されていなかった。


「『雷神(アルゲース)』の二つ名にかけて、冒険者ギルド・ザルーエク支部のギルドマスターであるアイザックは、『猛牛殺し(オックス・キラー)』ことバッカスが、本日この時より『夜薔薇(ナイト・ローズ)』の護衛として<星月夜(スターリーナイト)>に加入したことを承認する!」

 厳然たる神託を伝えるかのように、アイザックの声がギルドマスター室に響き渡った。その威風に満ちた雰囲気の中で、アトロポスはクロトーの決定に異を唱えることなどできなかった。


(バッカスを私の護衛にするなんて……。それも、いかなる時も私の側を離れずって……。やだ……、夜も一緒なんてことはないわよね?)

 バッカスが忠実にクロトーの命令を守るつもりでいることを、アトロポスはまだ知らなかった。



 バッカスの剣に必要な火龍の皮と宝玉を受け取ってギルドマスター室を出ようとした二人を、クロトーが呼び止めた。

「バッカス、その鎧に魔法付与をしてあげるわ。好きな付与を二つ選びなさい」

「俺は魔法付与がされた鎧なんて、今まで着たことがない。そう言えば、この火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスにはすでに重量軽減とサイズ調整の魔法が付与されているって聞きました。それ以外にも魔法付与ができるんですか?」

 クロトーの言葉に驚きながら、バッカスが訊ねた。


「四大龍クラスの鎧なら、通常は四つまで魔法付与が可能よ。今言った二つの付与も、あたしがしたものよ。<星月夜(スターリーナイト)>加入のお祝いに、あと二つ、無償(サービス)で付与してあげるわ」

「ありがとうございます。でも、他にどんな付与が可能なんですか?」

 魔法に関する知識に乏しいバッカスは、率直にクロトーに訊ねた。


「魔法耐性としては、水属性、火属性、土属性、風属性の四種類ね。光属性と闇属性は特殊だから鎧に付与することは難しいわ。その他には、物理耐性、速度強化、筋力強化が一般的かしら? 珍しいところだと、意識伝達や索敵、隠形(おんぎょう)、収納増加があるわね」

「収納増加って、袋なんかに入れられる量を増やす魔法ですよね。前にそういう革袋を持ったヤツを見たことがあります。索敵ってのは、敵の居場所を感知するやつですね。意識伝達と隠形は聞いたことがねえな……」

 バッカスが首を捻りながらクロトーに訊ねた。


「意識伝達っていうのは、自分の考えを声に出さずに相手に伝える魔法よ。基本的に一方通行なんだけど、同じ相手に何度も使えば、相手の考えも読めるようになるわ。ローズの護衛にはぴったりの魔法かもね」

「いいですね、一つはそれにします。隠形っていうのは?」

「自分の気配を完全に遮断する魔法よ。ただし、相手から見える位置にいたら効果がないわ。泥棒や間諜(スパイ)には持って来いの魔法ね」

 クロトーの説明を聞いて、バッカスは隠形を使う場面があるかを考えた。


(可能性としては、姉御が捕まった時に助け出す場合くらいか? それか、間諜のマネをして天井裏に潜む……とか、ないよな? 女に夜這いをかける時には重宝しそうだな。あって困るもんじゃねえし、それにするか?)

「珍しい能力だし、その隠形ってのにしてみます」

 クロトーはバッカスの顔をじっと見つめると、彼を睨みつけながら告げた。


「あんまり役立つ能力じゃないけど、あんたがいいなら付与してあげるわ。ローズ、気をつけなさいね」

「え……? 何をですか?」

 クロトーの言葉の意味が分からずに、アトロポスは首を捻った。

「隠形っていうのは、女の寝込みを襲うのに最適な魔法なのよ。この馬鹿が夜這いをかけても大丈夫なように、寝る時も<蒼龍神刀(アスール・ドラーク)>を抱いたまま寝なさい」


「まさか、バッカスッ! そのために隠形を選んだの!?」

「ち、違いますって、姉御! クロトーの姉御も、変なこと吹き込まないでください!」

 不埒な考えを暴露され、バッカスは慌ててアトロポスに向かって両手を振った。

「まあ、いいわ。じゃあ、意識伝達と隠形を付与するから、その鎧を脱ぎなさい。上だけでいいわ」

「はい……。お願いします」

 そう告げると、バッカスは火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスの上着を脱いでクロトーに手渡した。


(凄い体……。こんなの初めて見るわ……)

 上半身裸になったバッカスを見て、アトロポスは黒曜石の瞳を大きく見開いた。孤児であるアトロポスは父親を知らなかった。男性の裸体を眼にしたのは、シルヴァレートに続いて二人目だった。シルヴァレートも細身だが引き締まった体をしていたが、バッカスの裸体は彼とは比べものにならなかった。凄まじいほどの筋肉に覆われており、見事に逆三角形の半身をしていた。


(男の人の体が美しいって思うなんて……)

 分厚い胸筋は異様なほど発達しており、そこから続く腹筋はくっきりと八つに割れていた。両肩の三角筋は(こぶ)のように盛り上がっており、太い上腕筋と前腕筋はどれほどの力を秘めているのか想像さえつかなかった。まるで神々の彫像のような理想的な半身を見つめていると、アトロポスは無意識に頬が熱くなり鼓動が速まった。


「先に、意識伝達の魔法付与をするわよ。少し下がっていなさい」

 応接卓の上に火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスを置くと、クロトーは天龍の宝玉がついた魔道杖を右手で掲げた。『妖艶なる殺戮(ウィッチ・マダー)』の全身から光輝が溢れ出て、周囲を光が渦状に流れ出した。


「生命を司る大地の精霊たちよ、すべての(ことわり)を観相する精霊の王アルカディオスよ! ()の者に想念の叡智を授けたまえッ! 精霊王アルカディオスの名において、その加護(ちから)を我に与えたまえッ! スピリット・アサインメントッ!」


 詠唱を終えると同時に、クロトーは天龍の宝玉を火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスに向けて突き出した。クロトーの全身を包んでいた光輝が宝玉に収斂(しゅうれん)し、直視できない閃光とともに火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスを包み込んだ。その直後、すべての光輝が火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスに吸い込まれるように吸収され、消滅した。


「成功よ。続けて隠形を付与するわ」

 再び、クロトーの全身が光輝に包まれ、光が螺旋を描きながら周囲を旋回しだした。

「生命を司る大地の精霊たちよ、すべての(ことわり)を観相する精霊の王アルカディオスよ! ()の者に隠匿(いんとく)(ぎょう)を授けたまえッ! 精霊王アルカディオスの名において、その加護(ちから)を我に与えたまえッ! スピリット・アサインメントッ!」


 天龍の宝玉から閃光が迸り、白亜の潮流となって火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスを覆い尽くした。眩い光輝の渦潮(かちょう)が閃光を放ちながら火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスに吸収されていった。光の残滓(ざんし)が消え去ると、火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスは以前よりも深い赤銅色の輝きを放っていた。


「隠形の付与も成功したわ。バッカス、鎧を身につけなさい」

「はい、ありがとうございます」

 クロトーに頭を下げると、バッカスは再び火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスを装着した。気のせいか、火龍の革鎧フレイムドラーク・ハルナスから新たな力を感じる気がした。


「ローズに向かって、伝えたいことを念じなさい。最初のうちは上手く行かないと思うけど、慣れてくれば問題なくなるわ」

「分かりました……」

 クロトーの言葉に頷くと、バッカスは一心不乱に念じ始めた。

(姉御、何があっても俺が護ります!)


「え……?」

 アトロポスが驚愕の表情を浮かべると、その顔が見る見るうちに赤く染まった。そして、ジロリとバッカスを睨みつけると、<蒼龍神刀(アスール・ドラーク)>の柄に右手をかけながら居合いの姿勢を取った。


「信じられないッ! 本当に夜這いしようと考えていたなんてッ!」

「え……? 俺は姉御を護ろうと念じただけ……? ち、ちょっと待ってくれ、姉御!」

 アトロポスの態度に驚愕しながら、バッカスは慌ててクロトーの背後に逃げ込んだ。

「ああ、やっぱり最初は失敗したわね。慣れないうちは、色々な思考が相手にダダ漏れになるのよ。そのうちに思い通りの思考だけを伝えられるようになるから、何度も練習しなさい」

 笑いながら告げたクロトーの言葉に、バッカスは蒼白になった。


「そ、そんなこと聞いてねえぞッ! あ、姉御、誤解だッ! クロトーの姉御、助けてくれぇ!」

「バッカスの馬鹿ッ! こんな嫌らしいことを考えてたなんてッ! 信じられないッ!」

「ご、誤解だぁあ! ギ、ギルマス、助けてくれッ!」

 執務机に両肘を立てながら成り行きを見守っていたアイザックの背後に、バッカスは縋り付きながら隠れた。


「まあまあ、ローズ。男は多かれ少なかれ、スケベな生き物だ。多少は大目に見てやれ」

 背中で怯えるバッカスを庇いながら、アイザックが笑って告げた。

「ギルマスなんて、俺よりもずっとムッツリスケベじゃねえか。ここぞとばかりにいい格好しやがって……って、バッカスから聞こえてきましたよ」

「何だと、バッカスッ! 貴様、恩を仇で返す気かッ! クラスBに降格させるぞッ!」

 アトロポスの言葉を聞いて、アイザックがバッカスを振り返りながら怒鳴った。


「そ、そんなこと思ってねえッ! 姉御、勘弁してください! 俺が悪かった、許してくださいッ!」

 バッカスが涙目になって、アトロポスに頭を下げながら叫んだ。その様子を見て、クロトーとアトロポスが笑い出した。それに釣られるようにアイザックも大声で笑い始めた。


 情けないバッカスの姿を見つめながら、ギルドマスター室に笑いの渦が沸き起こった。

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