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夜薔薇《ナイト・ローズ》~闇夜に咲く薔薇のように  作者: 椎名 将也
第5章 火焔の王
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2 魔女と剣士

「冒険者ギルドに顔を出してもいいですか? 火龍を狩りに行くことを、アイザックさんとクロトー姉さんに報告したいので……」

 鍛治士ギルドを出ると、アトロポスがバッカスに向かって訊ねた。

「あ、姐御……ち、ちょっと待ってくれ……!」

 混乱する頭を強く振ると、バッカスが焦った表情で叫ぶように言った。


「まず、今の話を断ってくれ! 白金貨三千枚なんて大金、とてもじゃないが払えない!」

「え……? 何でバッカスさんが払うんですか? 私、最初に言いましたよね? 昇格祝いに剣を贈らせてくださいって……」

 キョトンとした表情を浮かべながら、アトロポスが不思議そうに訊ねた。


「た、たしかに言ったが……、それにしても三千枚なんて大金、どうするんですか!?」

 赤鬼のような顔を更に赤く染めながら、バッカスが叫んだ。

「どうするって、私のギルド証で決済しますけど……? バッカスさんに出してくれなんて、言う気はありませんよ?」

 平然と告げるアトロポスに、バッカスは頭を抱えた。


「三千枚ですよ!? まだ若い姐御が、そんな借金かかえてどうするつもりですか?」

「借金? 何のことです? 普通に決済するだけですよ?」

 バッカスの言葉の意味を理解できないとでも言うように、アトロポスが首を捻った。

「普通にって……。何を言って……」

「ちょっと予算オーバーでしたが、大丈夫です。最初は白金貨千枚くらいのつもりだったんですけど、三千枚なら問題ありませんから……」

 笑顔で告げるアトロポスの言葉に、バッカスは呆れたように彼女の顔を見つめた。


(この人、ホントに何を言ってるんだ? 白金貨三千枚が問題ないって……? 首都レウルーラに豪邸が立つ金額だぞ?)

「心配しないでください。こう見えても私、結構お金持ちなんです。この間倒した混沌龍(カオス・ドラゴン)の収入がたくさんあったので……」

混沌龍(カオス・ドラゴン)の収入って……?」

 アトロポスがSS級魔獣を一人で倒したと告げたアルフレードの言葉を、バッカスは思い出した。


「この<蒼龍神刀(アスール・ドラーク)>と同じくらいの収入が入ったんです。だから、バッカスさんは何も心配しなくても大丈夫ですよ」

(そう言えば、姐御の刀はブルー・ダイヤモンド製だったよな?)

 笑顔で告げたアトロポスの表情を見つめながら、バッカスが訊ねた。

「ちなみに、その刀もドゥリンさんの作でしたよね? いくらだったんです?」

 バッカスの質問に、アトロポスはキョロキョロと周囲を見渡した。そして、魅惑的な唇に右手の人差し指を立てると、囁くような小声で言った。


「絶対に大声を出さないって約束できますか?」

「ええ……。分かりました」

(聞くのが怖いような気がするぜ。まさか、白金貨一万枚とかじゃねえだろうな?)

 バッカスの考えを嘲笑うかのように、アトロポスが告げた。

「白金貨三十五万五千枚……です」

「はぁああ……!?」

 思わず奇声を上げたバッカスの口元に、アトロポスは人差し指を押しつけた。


「大声を出さないでって言いましたよね?」

「す、すみません……!」

 慌てて周囲を見渡すと、バッカスはアトロポスに謝罪した。

(三十五万だぁ? 道理でオリハルコンの剣を簡単に両断するはずだ!)

 驚愕のあまり濃茶色の瞳を見開いていたバッカスは、アトロポスが告げた言葉を思い出した。


(姐御は、この刀と同じくらいの収入があったって言ったよな? つまり、SS級魔獣討伐の収入って、三十五万くらいあったってことか!?)

 愕然とした表情で自分を見つめているバッカスに、アトロポスが微笑みながら告げた。

「だから、借金なんてしなくても大丈夫なんです」

 ニッコリと笑顔を見せると、アトロポスは大通りを西に歩いて冒険者ギルドに向かった。



「ローズさん、お久しぶりです! そちらの方は?」

 冒険者ギルド・ザルーエク支部に入ると、アトロポスの姿に気づいたミランダが声を掛けてきた。

「こんにちは、ミランダさん。レウルーラ本部の剣士クラスAで、バッカスさんです」

「バッカスです、よろしく」

 赤鬼のような顔に獰猛な笑みを浮かべながら、バッカスが告げた。ミランダは若干引きながら、アトロポスに訊ねた。


「今日はどうされたんですか?」

「クロトー姉さん、どこにいるか知ってます? ちょっと話したいことがあって……」

「クロトーさんなら今、ギルマス室で打ち合わせ中だと思いますよ。ローズさんが来たって、伝えてきましょうか?」

 ミランダの好意を断りながら、アトロポスが言った。

「それならちょうどいいわ。アイザックさんにも用事があるから、直接ギルマス室に顔を出してきます」

 そう告げると、アトロポスはミランダに笑顔で手を振って階段へと向かった。


「姐御、俺は食堂で待ってましょうか?」

 クロトーとギルマスの二人に会うと聞き、バッカスが遠慮してアトロポスに言った。

(ギルマスはともかく、あの『妖艶なる殺戮(ウィッチ・マダー)』と会うなんざ、ごめんだぜ)

 バッカスを始め、一般的な冒険者にとっては、ムズンガルド大陸最強の魔道士と会うなど、SS級魔獣に遭遇することと何ら変わりはなかった。


「何言ってるんですか? バッカスさんは当事者なんだから、一緒に来てください。ちょうどいい機会だから、クロトー姉さんにも紹介しますよ」

「そ、そうですか……。た、楽しみです……」

 厳つい顔を引き攣らせながら、バッカスがボソリと告げた。

(姐御に会ってから、何か俺の運命って変わったような気がするぜ……)

 心の中で大きなため息をつくと、バッカスはアトロポスの後に続いて歩き出した。そして、それは紛れもなく真実を突いていたことにバッカスは気づかなかった。



 二階にあるギルドマスター室の扉をノックして名乗ると、中からアイザックの声が聞こえてきた。

「入れ……」

「失礼します。アイザックさん、クロトー姉さん、久しぶりです!」

 二人の顔を見ると、アトロポスは嬉しそうな表情を浮かべながら挨拶をした。その後ろで、バッカスが緊張しながらペコリと頭を下げた。


「久しぶりね、ローズ。もうマントはできたの?」

 アトロポスたちに席を譲るため、自分はアイザックの隣に移りながらクロトーが訊ねた。

「いえ、出来上がりは明後日の夕方頃の予定です。そう言えば、何でクロトー姉さんがハインツさんに会いたくないって言ったのか、よく分かりましたよ」

 ハインツの採寸を思い出して、アトロポスはプウッと頬を膨らませながらクロトーの顔をジト目で見つめた。


「あはは……、まあ、腕は確かだから大丈夫よ。それより、あなたは?」

 楽しそうに笑うと、クロトーはバッカスに視線を移して訊ねた。常闇の深淵さえも見透かすような黒瞳に思わず吸い込まれそうになり、バッカスは緊張しながら答えた。

「初めまして……。レウルーラ本部の剣士クラスAでバッカスです」

(今まで会ったこともないほど色気のある美人だな……。だが、滅茶苦茶やばい気がする。怒らせたら、命がいくつあっても足りねえな……)


「ほう。お前があの『猛牛殺し(オックス・キラー)』のバッカスか? アルフレードから噂は聞いているぞ。レウルーラ本部一の暴れん坊らしいな?」

「いえ、そんなことは……」

 アイザックとクロトーというザルーエク支部を代表する二人のクラスSの視線を受けて、バッカスは緊張のあまり背中に冷たい汗をかいた。そして、助けを求めるように、隣に座るアトロポスに視線を投げた。


「たしかに暴れん坊ですね。レウルーラ本部に行ってすぐに、私はバッカスさんに絡まれましたから……」

 楽しそうな表情でバッカスを見つめると、アトロポスは笑いながらクロトーたちに告げた。

「剣士クラスAでローズに喧嘩を売るとは、ずいぶんと怖い物知らずだな」

 笑いながら告げたアイザックに、アトロポスは面白そうに言った。

「あの時はまだ、クラスBでしたけどね」


「勘弁してください、姐御……」

 額から冷や汗を流しながら、バッカスがアトロポスに告げた。

「へえ、姐御ねえ……。ずいぶんとローズに懐いているわね。あたしに会いに来た理由って、もしかして<星月夜(うち)>に入れてくれって相談かしら?」

 ジロリとバッカスを見据えると、クロトーがアトロポスに訊ねた。


「違いますよ、クロトー姉さん。<星月夜(スターリー・ナイト)>には、もう剣士クラスは必要ないってことくらい、私にも分かります。話というのは、バッカスさんの剣のことなんです」

「剣……? どういうこと?」

 アトロポスの言葉に、クロトーがバッカスの両手剣(バスターソード)を見つめながら訊ねた。


「昨日の昇格試験で、バッカスさんは剣士クラスAに昇格したんです。だから、クロトー姉さんとシルヴァがこの<蒼龍神刀(アスール・ドラーク)>を私にくれたように、バッカスさんに私も剣を贈ろうと思ってるんです」

 高レベルの剣士が使う剣は、安いものではない。それを贈ると言うことは、相手に好意を持っているか、相応の信頼をしているかのどちらかだ。クロトーは二人の様子を観察するように見つめた。


「さっき、ドゥリンさんにその剣を頼みに行ってきました。ドゥリンさんはバッカスさんに両手長剣(ロングソード)を作ってやると言ってくれました。でも、その材料に火龍の宝玉と皮が必要なんです」

 そこまで聞いて、クロトーはアトロポスが会いに来た理由を察した。

「つまり、火龍狩りに行くことを認めて欲しいってことね?」

「はい。『破魔の迷宮』というダンジョンの深層に、火龍がいるそうなんです」

 アトロポスはクロトーの黒瞳を真っ直ぐに見つめながら告げた。


(火龍は水龍と違って、群れを成す習性はない。火龍一体だけが相手なら、ローズは十分に勝てるわね。でも、一人で行かせるのはさすがに心配だわ。ダンジョンでは何が起こるか分からないし……)

「分かったわ。火龍討伐に行ってもいいわよ、ローズ……」

「本当ですか? ありがとう、クロトー姉さん」

 嬉しそうに笑顔を見せたアトロポスに向かって、クロトーは告げた。


「ただし、条件があるわ。あたしを同行させなさい」

「え……? 一緒に来てくれるんですか?」

 思いもしないクロトーの言葉に、アトロポスは顔を輝かせた。

「あなただけでも大丈夫だとは思うけど、相手は四大龍序列三位のS級魔獣よ。万一のことがあると行けないから、一緒に行ってあげるわ」

「ありがとう、クロトー姉さん! 私一人でバッカスさんを護るのも、少し不安だったんです。クロトー姉さんが一緒なら、心配ありません!」

 満面の笑みを浮かべて告げたアトロポスの言葉に、クロトーが驚いた。


「ローズ、あなた火龍狩りに剣士クラスAを連れていくつもりだったの?」

「はい。バッカスさんにもいい訓練になるかと思って……」

 本来、火龍は冒険者ランクSパーティが複数で討伐する凶悪な魔獣だ。アトロポスの言葉を聞いて、呆れたようにアイザックが告げた。

「お前、何を考えてるんだ? バッカスはクラスAだろう? 火龍の衝撃波(ブレス)を受けたら即死だぞ?」


「だから、バッカスさんを護りながら火龍を倒すって、ちょっと大変かなって思ってたんですよ。でも、クロトー姉さんが来てくれるなら、バッカスさんに結界を張ってもらって、その間に私が倒しちゃえば問題ないですよね?」

「まあ、そうだが……。姐御……」

 アトロポスの言葉に大きなため息をつくと、アイザックが横に座るクロトーの美貌を見つめた。


「分かったわ、ローズ。バッカスと言ったわね。あんたはあたしが護ってあげる。その代わり、火龍以外の魔獣はすべてあんたが倒しなさい。あんたの剣の材料を集めに行くのに、『夜薔薇(ナイト・ローズ)』と『妖艶なる殺戮(ウィッチ・マダー)』を使うのだから、そのくらいは当然よ」

 アイザックに頷くと、クロトーはバッカスの濃茶色の瞳を真っ直ぐに見つめながら告げた。


「分かりました……。骨は拾ってください……」

 バッカスが緊張しながらクロトーに告げた。

(何でこんな話になってるんだ? 『破魔の迷宮』には、たしか火龍以外にもS級魔獣がいたはずだぞ? それを俺一人で倒せって言うのか?)


 バッカスは、己の身に降りかかった試練の苛烈さに蒼白になりながら、運命(アトロポス)を見据えた。


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