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夜薔薇《ナイト・ローズ》~闇夜に咲く薔薇のように  作者: 椎名 将也
第4章 新たなる試練
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7 真実の行方

 レウルキア王国の首都レウルーラには、東西南北それぞれに三つの門がある。

 一番外側の門は首都レウルーラ全体を覆う城壁にあり、大門と呼ばれていた。その内側がレウルーラの街となり、庶民が生活する住宅地区や商業地区、工業地区、そして準貴族街などがあった。


 街の中心部には第二の門があり、それらは外門と呼ばれていた。外門の内側には貴族街と各騎士団の本部があり、首都レウルーラにおける治安と警備が統轄されていた。一般的には、この外門から内側をレウルーラ王宮と呼んでいた。


 そして、第三の門が内門と呼ばれ、そこから内側が本来の王宮となっていた。司法と行政が執り行われている鳳凰宮、王族が居住する麒麟宮、迎賓館である朱雀宮はこの内門の中にあった。

 近衛騎士団本部は、レウルーラ王宮の南外門と南内門の間にある三階建ての大きな建物だった。



「冒険者ギルドから来ましたローズと言います。ダリウス将軍から出頭命令を受けました」

 近衛騎士団本部の入口に立つ門番にプラチナ製のギルド証を提示すると、アトロポスはニッコリと微笑みを浮かべながら告げた。

「話は聞いている。そちらの娘は?」

 門番がマグノリアの方を見据えながら訊ねた。


「ギルドの事務員でマグノリアと言います。本日の打ち合わせの内容を、ギルドマスターに報告をするために同席させていただきます」

「分かった。部屋に案内する。ついて来い」

 特に不審がる様子もなく、門番はアトロポスたちの先導をしながら近衛騎士団本部へ入っていった。


(武器も取り上げないところを見ると、罪人扱いはされないみたいね……)

 アトロポスは左手で<蒼龍神刀(アスール・ドラーク)>の柄に触れながら、ホッと胸を撫で下ろした。最悪は、出頭した瞬間に拘束される可能性も考えていたのだ。万一そうなった場合には、マグノリアだけでも逃がすつもりだった。


「この部屋で待て。ダリウス将軍に取り次いでくる」

 そう告げると、門番はアトロポスたちを一階の奥まった場所にある応接室へ通した。アトロポスはマグノリアを連れて応接室の中に入ると、部屋の中を見渡した。

 三十平方メッツェほどある正方形の部屋は正面に大きな窓があり、陽光とともに剪定(せんてい)された庭園の木々が一望できた。壁にある金の額縁の絵画には、美しい白馬の躍動的な姿が描かれており、その下にある飾り棚(クレテンザ)には様々な表彰楯が飾られていた。

 部屋の中央にある応接セットには、黒革の一人掛け用ソファが四脚あり、応接卓の天板は美しい木目調だった。


「いい部屋ね。さすがに近衛騎士団だわ。取りあえず、座って待ちましょう」

 アトロポスは入口側のソファに腰を下ろし、その左側にマグノリアが腰掛けた。しばらく待っていると扉がノックされ、一人の女性がお茶を持って入ってきた。きちんと革鎧を身につけて腰に剣を差していることから、秘書ではなく近衛騎士団の女騎士のようだった。

「もうすぐ、ダリウス将軍が参ります。しばらくお待ちください」

 きびきびとした所作でアトロポスたちの前にお茶を置くと、彼女は握りしめた右手を左胸に当てて騎士の礼をした。


「ありがとうございます」

 座ったまま女騎士に頭を下げると、アトロポスは懐かしそうに微笑んだ。

(あの騎士の礼、さんざん練習させられたわね。腕の角度がどうのとか……)

 女騎士が退出してから五タルも経たずに、再び扉がノックされた。アトロポスとマグノリアは席を立ち、ダリウス将軍の入室を待った。


「やはり、ローズというのはお前か、アトロポス。久しいな……」

 予想外に柔和な笑みでアトロポスに声を掛けてきたダリウスは、マグノリアの顔を見て動きを止めた。

「何故、お前がここに……?」

「ご無沙汰してます、ダリウス将軍。彼女はセント・ルミナス教会のシスターで、マグノリアと言います。私がお連れしました」

 そう告げると、アトロポスはマグノリアの顔を見つめた。


「マグノリアです。あの時は大変お世話になりました。ありがとうございました」

 長いウェーブのかかった金髪を揺らしながら、マグノリアがダリウスに頭を下げた。

「いや……。元気そうで何よりだ。座ってくれ……」

 ダリウスはアトロポスの正面に座りながら、優しい眼差しでマグノリアの顔を見つめた。その瞳を見て、アトロポスは自分の推測が正しいことを確信した。


「マグノリア殿、我が愚息が貴女(あなた)とセント・ルミナス教会に大変ご迷惑をお掛けした。愚息に代わって謝罪する。申し訳なかった」

 そう告げると、ダリウスはマグノリアに深く頭を下げた。国家の重臣であり、近衛騎士団長でもあるダリウスから謝罪を受けて、マグノリアは慌てて告げた。

「頭をお上げください、ダリウス将軍。ここにいるローズさんのおかげで怪我人もおりませんでしたので……」

(アルタイル側は怪我人だらけだったけどね……)

 内心の感想をひた隠し、アトロポスは二人のやり取りを見つめていた。


「アルタイルは先ほど冒険者ギルドから釈放されたそうだ。今頃は私の家に着いている頃だろう。グランド・ギルドマスターのアルフレード殿は、アルタイルの処分を私に任せると言ってきた」

(さすが、アルフレードさんだわ。いい手を打ってくれる)

 ダリウス将軍から、アルタイルの処分はギルドに一任すると伝えられていた。アルフレードはそれを逆手に取り、アルタイルを処分せずにダリウスに返したのだ。つまり、ダリウスに対して、一つ貸しを作ったことになる。この貸しは、これからアトロポスがダリウスと交渉するに当たって、大きな意味を持ってくるはずだった。


「以前にマグノリア殿には話したが、アルタイルは側室のグローリアとの間にできた息子だ。私の長男であることには違いないが、嫡子ではない。いわゆる庶子だ」

「……!」

(でも、アルファードさんはアルタイルをダリウス将軍の嫡子だって言っていたはず……)

 嫡子というのは単なる長男ではなく、ダリウス将軍の後継者という意味だった。ダリウス将軍はレウルキア王国の侯爵でもあるため、その嫡子は侯爵家を継ぐ者であった。


 アトロポスの疑問を読み取ったかのように、ダリウスが続けた。

「私はあれを嫡子だと言ったことは一度もない。あれが勝手に嫡子だと吹聴していただけだ」

 苦々しい表情を浮かべながら、ダリウスが告げた。その言葉には息子の教育を誤った後悔の色が感じられた。


「以前から、アルタイルの素行には問題があった。仕事が忙しく構ってやれなかった私にも責任があるが、それにしても我が家名を汚すような悪評が絶えなかった。我がシルヴェスター家は、レウルキア王国の侯爵家だ。私にはアルタイルが侯爵家に相応しい人物とは思えない」

「ダリウス将軍……」

 アトロポスは、次にダリウスが言おうとしている言葉が予想できた。そして、その予想に(たが)わない言葉をダリウスは告げた。


「アルタイルは本日をもって、廃嫡とする。これにより、シルヴェスター家を継ぐ者はいなくなるが、その能力もない者に継がせるよりは私の代で廃絶した方がいいだろう」

「待ってください、ダリウス将軍。そのような大切なことを、何故私のような者にお話なさるのですか? 私は二年前にダリウス将軍にお助けいただいただけの、単なるシスターです。今のお話しだけでなく、この宝石といい、将軍のご厚意は身に余ります」

 そう告げると、マグノリアはブルー・ダイヤモンドの入った木箱をダリウスの前に差し出した。


「持っていてくれたのか……。以前にも話したが、この石は亡くなった妻カーメリアの形見だ。彼女と婚約した時に私が贈った物だ」

「そんな大切な物を、何故……?」

 ブルー・ダイヤモンドの価値以上に、この宝石にはダリウスとカーメリアの想い出が詰まっていると知り、マグノリアは驚きにその美しい碧眼を大きく見開いた。


「マグノリア殿……。南ランダジア街道に倒れていた貴女を初めて見た時、私はカーメリアかと思った。それほど、貴女はカーメリアに生き写しだった。だから、その石は貴女に持っていて欲しいと思ったのだ。貴女にとっては迷惑なことかも知れない。私の勝手な思い込みだと笑ってくれても構わない……」

「ダリウス将軍……」

 予想もしないダリウスの告白に、マグノリアは言葉を失った。ただ、ダリウスの告げた内容は、彼のカーメリアに対する真摯な想いの吐露(とろ)であることだけは分かった。


「ダリウス将軍、これをご覧ください」

 アトロポスは天龍の革鎧ヘルムドラーク・ハルナスの隠しから、一枚の紙を取り出してダリウスの前に置いた。マグノリアの名前が書かれた雁皮紙(がんぴし)だった。

「これは……?」

 不審そうな表情でその紙を見つめるダリウスに、アトロポスが告げた。


「二十年前、マグノリアはセント・ルミナス教会に隣接する孤児院の前に捨てられていました。その時に、マグノリアと一緒に置かれていた紙です。ご覧の通り、彼女の名前だけが記されています」

「たしかに……。マグノリアとある」

 ダリウスはその手紙を手に取って、記されている名前を読んだ。


「それは雁皮紙です。ご存じの通り、雁皮紙は高価すぎて庶民には手が届きません。それを使えるのは、王族か一部の上流貴族だけです」

「……! たしかに……」

 アトロポスの言葉を聞き、ダリウスが再びその手紙に目を落とした。

「これは……ッ!」

 雁皮紙に刻印された双頭鷲(ドッペルアドラー)の徽章にダリウスが気づいた。


「そうです。雁皮紙はほとんどが特注によって作られます。そして、特注した雁皮紙には、その家の徽章を刻印することが一般的です……」

 アトロポスの言葉を遮るかのように、ダリウスが叫んだ。

「我がシルヴェスター家の徽章だッ! マグノリア、お前は……ッ!?」

 マグノリアに対して敬称を使うことも忘れ、ダリウスは濃茶色の瞳を大きく見開きながら彼女を見つめた。


「彼女……マグノリアは、ダリウス将軍に連なる者に間違いありません。将軍のご息女ではないかと思われます」

 黒曜石の瞳に確信を込めて、アトロポスが告げた。

「娘……マグノリアが……私の……」

 驚愕のあまり、ダリウスは言葉を失った。その両手がマグノリアの方に伸び、彼女の両肩に触れようとした。だが、その直前でダリウスは動きを止めた。


「いや……これだけで、断定はできん。たしかに貴女はカメーリアに瓜二つだ。だが、あの時、カメーリアが本当に妊娠していたかどうかは今となっては分からない」

 そう告げると、ダリウスは両手をマグノリアから引き戻し、応接卓の上で組んだ。

「あの時? カメーリア様はどうして亡くなったのですか?」

 マグノリアが自らの手で自分の肩を抱きながら訊ねた。それはまるで、ダリウスに抱かれなかった両肩を自分で慰めているようだった。


「二十年前、カーメリアは私の子供を宿したと言った。だが、その翌日、彼女は我が屋敷から姿を消したのだ……」

「姿を消した……?」

 マグノリアが驚いて、ダリウスの顔を見つめた。愛する男性の子を宿すと言うことは、女にとって何ものにも勝る幸せのはずだ。その幸せの絶頂とも言える時に、愛する男性の元を去る理由がマグノリアには想像もつかなかった。


「残された置き手紙には、この家にいると命を狙われる。自分はともかく、お腹の子の命は絶対に守りたい。だから、家を出るというようなことが書かれていた」

「他には何か書かれていなかったのですか?」

 アトロポスが真っ直ぐにダリウスの濃茶色の瞳を見据えながら訊ねた。


「たしか、子供が生まれたらこんな名前にしたいなどとあった気がする。最後に読んだのは、何年も前なので細かいところまでは思い出せないが……」

「ダリウス将軍、その名前の中に、マグノリアという名はありませんでしたか?」

「……! 分からん。だが、もしあったのであれば……」

 ダリウスが暗闇に光を見出したように、瞳を輝かせながら言った。

「はいッ! マグノリアが持っていた雁皮紙と同じ筆跡かどうかが分かります!」

 アトロポスの意見に、ダリウスとマグノリアが顔を見合わせた。


「分かった、すぐに取ってこさせよう」

 そう告げると、ダリウスは応接卓の上にある呼び鈴を鳴らした。すぐに扉からノックの音がして、先ほどの女騎士が一礼しながら入ってきた。

「お呼びでしょうか、将軍」

 騎士の礼を施しながら、女騎士がダリウスに向かって訊ねた。


「リギア、悪いがすぐに私の屋敷に行って手紙を一通取ってきて欲しい。執事のヴァレリウスに、カーメリアの手紙と言えば分かるはずだ」

「はッ! 承知いたしました!」

 リギアは再び騎士の礼をすると、アトロポスたちに一礼して応接室を退出した。


「一ザンもすれば、リギアも戻ってくるはずだ。それまで、この話は保留としよう。いいかな、マグノリア殿?」

「はい。分かりました」

 一ザン後に自分の運命が決まると知り、マグノリアは緊張気味に答えた。


「だいぶ話が横に逸れてしまった。そろそろ、本題に入ろうか、アトロポス」

 ダリウスがアトロポスの黒曜石の瞳を真っ直ぐに見つめながら言った。アトロポスも彼の濃茶色の瞳を見据えながら答えた。

「はい、ダリウス将軍。近衛騎士三名の件ですね」

「そんなものはお前を呼ぶ口実に過ぎん。アルタイルの愚行を止めもしなかった馬鹿者たちだ。とっくに減給処分にした」

「え……?」

 笑いながら告げたダリウスの言葉に、アトロポスは意表を突かれた。


「マグノリア殿、私はこれからアトロポスと重要な話に入る。申し訳ないが、隣の部屋で待っていてもらえないだろうか?」

「はい、分かりました」

 先ほどまでと一変して厳しい視線で告げたダリウスに、マグノリアは自分が聞いてはいけない話であると理解して頷いた。ダリウスは再び呼び鈴を鳴らして男の騎士を呼び、マグノリアを客室に連れて行くように指示した。


「何か飲み物と、甘い物でも出してやってくれ。マグノリア殿、リギアが戻ったら先ほどの続きを話そう。少しの間、別室で待っていて欲しい」

「はい。では、失礼いたします」

 マグノリアは席を立ってダリウスに一礼すると、男性騎士に案内されながら応接室を退出した。応接室には、アトロポスとダリウスだけが残った。


「人払いをしてまで話されるのは、シルヴァレート王子のことですね」

 アトロポスは機先を制するように、ダリウスに訊ねた。

「もちろんそうだ。単刀直入に訊こう。なぜ、シルヴァレート王子は我が国に敵対する?」

「え……?」

 ダリウスの告げた言葉の意味が、アトロポスには分からなかった。

(敵対……? シルヴァが……?)


「アストリア共和国と手を組み、我が国の国境に攻め入ったのは何故だ?」

(シルヴァが国境に攻め入った……!?)

 初めて聞く愛しい男の消息は、アトロポスに衝撃と驚愕とをもたらした。


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