6 確かな繋がり
「うぅん……うるさいなぁ……」
猛獣の鼾のような音で、アトロポスは目を覚ました。
「え……? 何でここに……? 私、いったい……?」
『銀の白鳥亭』の三階にある部屋にいることは間違いなかった。昨日と同じ天蓋付きの寝台に、アトロポスは一人で寝ていた。一つ違うのは、寝台のすぐ横の床で大男が鼾をかいていることだった。
(昨日、バッカスさんの行きつけのお店でと飲んで……それから……)
紅桜酒を三杯飲んだあたりから、記憶がなかった。アトロポスは慌てて自分の身なりを確認した。
(天龍の革鎧は着ている。大丈夫、変なことはしていないはず……)
ホッと胸を撫で下ろすと、アトロポスはバッカスを見下ろした。彼も昨日と同じ鎧姿だった。アトロポスは大きく深呼吸をすると、寝台から下りたってバッカスの隣りに両膝をついた。
「バッカスさん、起きて……。バッカスさん……」
大きな体を両手で揺さぶると、バッカスが眼を開いた。そして、半身を起こしながら大きく伸びをすると、眠そうな声で告げた。
「おはようございます、姐御……」
「おはよう、バッカスさん……」
何から聞いていいのか分からずに、アトロポスは緊張しながらバッカスの顔を見つめた。
「昨日はよく飲みましたねぇ。誰と間違ったんだか、酔っ払って抱きついてきた姐御を引っ剥がすのは大変でしたよ」
笑いながら告げたバッカスの言葉に、アトロポスは驚きのあまり黒曜石の瞳を大きく見開いた。
「抱きついた……? 私がバッカスさんに……?」
「ええ。でも、心配しないでください。尊敬する姐御には、手なんて出しちゃいませんから。まあ、あんな姐御も可愛かったですがね」
そう言うと、バッカスは声を立てて笑った。
(私、バッカスさんに何しちゃったの?)
恥ずかしさのあまり、アトロポスは逃げ出したくなった。だが、事実を確認しないわけにはいかなかった。
「他に、私、バッカスさんに何か言いました?」
「えっと……シルヴァとか、お仕置きがどうしたとか……? 俺も良く覚えちゃいませんが……」
「……!」
バッカスの言葉を聞いた途端、アトロポスは首まで真っ赤に染まった。
(シルヴァの名前くらいならともかく……まさか、お仕置きをねだったりなんてしてないわよね……?)
ドキドキと早鐘のように鳴り響く鼓動がうるさくて、アトロポスは胸を押さえるように両手を組んだ。
「き、今日の昇格試験は何時からですか?」
これ以上、黒歴史が増えることを怖れ、アトロポスは強引に話題を変えた。
「朝の六つ鐘です。今、どのくらいだろう?」
「さあ……? 私も起きたばかりなので……」
そう告げた時、朝の五つ鐘が鳴った。昇格試験まではあと一刻……ニザンほどであった。
「よかった。まだ時間がありますね。洗顔してくるので、少し待っててくれますか? 一緒に朝食を食べましょう」
「いや、こんな上級宿の食堂なんて、一食いくらするのかわかんねえし、俺はいいっすよ。姐御一人で行ってきてください」
剣士クラスBのバッカスにとっては、食事一回で金貨何枚も出すのは厳しいことにアトロポスは気づいた。少し前まで、自分も同じだったのだ。
「そう言えば、昨日のお店のお金、私、払ってませんよね?」
「ああ、あんな安酒家、別に構いませんぜ。俺のおごりです」
「すみません、ご馳走さまでした。では、お返しに今日の朝食は私に奢らせてもらえませんか?」
ニッコリと微笑みながら、アトロポスが言った。
「いや、でも……。あんな店とここじゃ、桁が違う……」
「昨日ご迷惑をお掛けしたので、そのお詫びも兼ねさせてください」
(ついでに、お仕置きのことも忘れてください……)
心の中でそう祈りながら、アトロポスがバッカスに告げた。
『銀の白鳥亭』の一階にある食堂で朝食を取ると、バッカスは満足そうな笑みを浮かべながら、アトロポスと別れてギルドに向かった。昇格試験にはちょうどいい時間だった。
ダリウス将軍に指定された昼の一つ鐘までは後ニザン以上もあったため、アトロポスはセント・ルミナス教会に向かうことにした。ダリウス将軍に会う前に、マグノリアの話を聞いておきたかったからだ。
礼拝堂にいたシスターにマグノリアとの面会を申し入れると、アトロポスは奥の教会にある応接室に通された。出されたお茶を飲みながらしばらく待っていると、応接室の扉がノックされ、マグノリアが入ってきた。
「久しぶりね、アトロポス。昨日はありがとう。突然で驚いたわ」
「十年ぶりよね? 元気そうで安心したわ、マグノリア」
笑顔でそう告げると、ソファに腰を下ろしながらアトロポスはマグノリアを見つめた。
癖のあった金髪は美しくウェーブがかけられ、背中まで伸びていた。小さめの顔に大きな碧い瞳が煌めき、細く高い鼻梁と淡い桃色の唇が完璧とも言える造形を描いていた。黒い修道服の胸元は大きく盛り上がり、柔らかな女性らしい肢体から伸びる手足は白磁のように滑らかだった。
(綺麗になったわね、マグノリア。これは貴族から求婚されるのも分かるわ……)
自分より遥かに女性としての魅力に恵まれたマグノリアを見て、アトロポスは少しコンプレックスを抱いた。
「ジェラードは元気?」
十年前、角棒で滅多打ちにしたマグノリアの兄について、アトロポスは訊ねた。だが、マグノリアは美しい碧眼を伏せると、短く答えた。
「死んだわ。五年前に魔獣に襲われて……」
「そう……。ごめんなさい、思い出させちゃったわね」
アトロポスの謝罪に小さく首を横に振ると、マグノリアが話し出した。
「兄さんはあたしに楽をさせるんだと言って、冒険者になったの。剣なんて一度も握ったこともない兄さんが、冒険者としてやっていけるはずはなかったのよ。初めて入ったダンジョンで、ゴブリンという最弱の魔獣に殺されたんだって、後から聞いたわ」
「そう……。ゴブリンに……」
先日の異常発生の時もそうだが、ゴブリンは個体としてはたしかに弱い魔獣だ。だが、徒党を組む習性があり、複数のゴブリンに囲まれるとクラスD以下の冒険者では非常に危険だった。
「パーティを組んでいた冒険者たちは、兄さんを見捨てて逃げたそうよ。仲間を見捨てて自分だけ助かるなんて、あたしには納得できない。だから、あたしは冒険者が嫌いなの」
「マグノリア……」
兄の死から五年経った今でも、マグノリアがジェラードを忘れていないことに、アトロポスは胸を痛めた。
「マグノリア、私もつい先日、ダンジョンで死にかけたわ。ダンジョンには様々な魔獣がいるの。自分より強い魔獣に襲われれば、冒険者はあっという間に死ぬわ。私は最も信頼する冒険者に言われたことがある。やる気と才能……。この二つがなければ、冒険者は必ず死ぬって……」
「……」
マグノリアは無言でアトロポスの話を聞いていた。
「ジェラードは冒険者としてお金を稼ぎ、あなたを楽にしようと思っていた。つまり、やる気はあった。だけど、才能は分からない。どんなに剣の才能がある人でも、初めて握った剣で相手を倒すことなんてできないわ。ジェラートに剣の才能があったかどうかは知らないけれど、少なくても才能を伸ばす努力をしないでダンジョンに入ったことはたしかよ。ダンジョンはそんなに甘くないわ。私は十年間ずっと剣の修行を続けてきたし、今でも続けているわ。それでも死にそうになる場所が、ダンジョンなのよ」
「アトロポス……」
アトロポスは真っ直ぐにマグノリアの碧眼を見据えながら、真剣な口調で告げた。
「ジェラートを失って悲しい気持ちは分かるわ。でも、だからと言って冒険者すべてを嫌いにならないで欲しい。ダンジョンに入る冒険者は、自分のため、仲間のため、大切な人のために命を賭けているの。その想いを、嫌いの一言で一括りにしないで欲しいの」
「分かったわ、アトロポス……。あなたの言う通りね。ごめんなさい、あたしが間違っていたわ」
そう告げると、マグノリアはアトロポスに頭を下げた。
「ごめんね、私も少し言い過ぎたわ。今度、ジェラードのお墓に花を添えさせてくれる?」
「もちろん……。兄さんも喜ぶわ」
そう告げると、マグノリアは笑顔を浮かべた。見る者を魅了するような素晴らしい笑顔だった。美人が笑うと背景に花が咲き乱れると言うが、アトロポスは本当だと思った。
「ところで、昨日の件だけど、私はこれからアルタイルの父親であるダリウス将軍に会う予定なの。その前に、今までのことを教えて欲しい。どんなきっかけでアルタイルに見初められ、どういう風に求婚されたのか。昨日までのことをかいつまんで話して欲しいの」
アトロポスは応接卓に置かれたお茶を一口飲むと、マグノリアの美しい碧眼を見つめながら訊ねた。
「分かったわ。少し長くなるけど、いいかしら?」
「もちろん……」
マグノリアはアルタイルとの出逢いをアトロポスに話し始めた。
二年前、十八歳のマグノリアは、恋をしていた。
十五歳でセント・ルミナス教会のシスター見習いとして勤め始め、清貧、貞潔、従順の誓願を立てたマグノリアにとっては、初めての恋だった。相手はデュランという十九歳の青年で、黄金の日に行われるミサには必ず参列する熱心なサマルリーナ教の信者だった。
セント・ルミナス教会のミサは、いつも百人以上の信者が参列する。その中で、マグノリアがデュランと初めて話をしたのは、ごく小さなきっかけに過ぎなかった。教会の敷地内に迷い込んだ子猫が、礼拝堂の近くの木に登ってしまい、下りられなくなったのだ。マグノリアが気づいて助けようとしたが、飛び跳ねても猫のいる枝には届かなかった。
それを通りかかったデュランが木に登って、子猫を助け出してくれたのだ。猫好きの二人は意気投合して話し込み、肝心のミサに遅れてしまったのだった。
翌週の黄金の日、マグノリアはデュランと再び会えるかも知れないと淡い期待を胸に、同じ時刻に礼拝堂近くの木に向かった。そこにはすでにデュランが立っていた。マグノリアは彼も自分を待っていたことを知り、嬉しさで胸が一杯になった。二人は礼拝堂から少し離れた場所で、お互いのことを話し合った。そして、ミサが始まる鐘が鳴っても、二人はその場を動こうとはしなかった。ミサの最中には、教会の敷地から誰もいなくなる。デュランはマグノリアの体を優しく抱き寄せると、口づけをしてきた。最初は唇が軽く触れる程度の口づけだったが、二人の気持ちが高まるにつれて徐々に激しくなっていった。最後にはお互いを貪るほど濃厚に舌を絡め合った。
初めての口づけを交わしてから三日後は、マグノリアの月に一度の休日だった。久しぶりに私服を着た彼女は、朝早くからデュランと待ち合わせをしているお店へと急いだ。午前中は二人で買い物を楽しみ、庭の見える素敵な酒家で昼食を取った。酒家を出ると、デュランはマグノリアを宿屋に誘った。午後は二人きりで過ごしたいと告げるデュランに、マグノリアは顔を赤らめながらも小さく頷いた。
夜までの半日間、デュランは何度もマグノリアを抱いた。最初は体を引き裂かれそうな激痛に耐えていたマグノリアだったが、体がその行為に慣れるに従って官能の愉悦に震え始めた。夜の帳が下りる頃には、マグノリアはデュランにしがみつきながら何度も歓悦の声を上げていた。
その日、マグノリアは女神サマルリーナと交わした貞潔の誓願を破ったのだった。
それから半年間、七日ごとに訪れる黄金の日は熱い口づけを交わし、月に一度のマグノリアの休日には一日中、デュランとの愛を確かめ合った。元々美しい少女だったマグノリアは、蕾が開いて大輪の華となったかのように、艶やかな大人の女性へと変貌を遂げていった。
マグノリアの美しさは人々の噂に上り、ついには王宮へも広がっていった。
ある黄金の日、いつものように礼拝堂近くの木を訪れたマグノリアは、いつもなら先に着いているデュランの姿がないことに気づいた。その日はミサが終わるまで待っても、デュランは姿を見せなかった。マグノリアは戸惑いと寂しさと心配とで胸を痛めながら、寄宿舎に戻っていった。次の黄金の日も同じだった。そして、その次も……。
マグノリアは寂しさよりも心配で心を埋め尽くし、月に一度の休日を待ってデュランの家を訪れた。そこで眼にした情景は、マグノリアを奈落の底へ突き落とした。
生まれたばかりの赤ん坊を腕に抱き、優しそうな女性に微笑みかけているデュランの姿がそこにはあった。
毎週交わした口づけは何だったのだろうか。月に一度、愛し合い、激しく求め合った二人はどこにいるのだろうか。マグノリアは呆然としながらさまよい歩き、気づいた時には街を出ていた。マグノリア自身もどこに向かって歩いているのか分からなかった。ただ、このまま遠くまで行きたい。デュランの住むレウルーラには戻りたくない。その気持ちだけがマグノリアの心を占めていた。
朝から飲まず食わずで歩き続けていたマグノリアの体力は、いつの間にか限界を超えていた。薄暗くなった街道の片隅で、地面に横たわっている自分に気づいた時、マグノリアは初めて死にたいと思った。ゆっくりと碧眼を閉じ、緩慢な死に身を委ねようとした時、遠くから馬車の音が近づいてきた。マグノリアはもう放っておいて欲しいと願い、そのまま意識を手放した。
次に気がついた時には、マグノリアは見たこともないほど豪奢な部屋の中にいた。天蓋付きの寝台の中で身を起こしたマグノリアは、生まれて初めてメイド服に身を包んだ女性を見た。その女性はマグノリアが意識を取り戻したことを知ると、ご主人様に知らせに行くと言って部屋を出て行った。しばらくすると、その女性の代わりに一人の男が部屋に入ってきた。四十代後半の軍服のような衣服を身につけた男だった。彼はダリウスと名乗り、マグノリアの容態について訊ねてきた。喉の渇きを感じたマグノリアは、ダリウスに水が欲しいと訴えた。すると、ダリウスは透明なグラスに入った水をメイドから受け取り、マグノリアに差し出した。真夏だというのに、大きな氷が入っていることにマグノリアは驚いた。
冷たい水を飲み干すと、マグノリアは急激に空腹を覚えた。マグノリアの腹の虫が鳴ったことに気づいたダリウスは、優しい笑みを浮かべながらメイドにスープを持ってくるように伝えた。暖かいスープを二杯おかわりしたマグノリアを見て、ダリウスは安心したように頷いた。そして、しばらくここで体を癒やせと告げると、そのまま部屋を出て行った。ダリウスと名乗った男が、レウルキア王国近衛騎士団長のダリウス将軍であることをメイドから聞かされ、マグノリアは碧眼を大きく見開いて驚いた。
その日、マグノリアはメイドの手伝いによって入浴をした。生まれて初めて本物の浴槽に浸かり、石鹸というものを使った。孤児院にもセント・ルミナス教会の寄宿舎にも、浴槽はおろか石鹸さえもなかったのだ。入浴を終えたマグノリアは、メイドの用意してくれた美しいドレスに袖を通した。言われるまま姿見の前に腰掛けると、メイドはマグノリアの金髪に櫛を通しながら、しきりに彼女の美しさを褒め称えた。
晩餐に招かれたマグノリアは、メイドの案内でテーブルに着くとダリウス将軍が上座に座っていた。マグノリアの正面右手には美しいが気の強そうな眼をした三十代後半の女性がおり、その隣には二十歳くらいの若い男がマグノリアの方をじっと見つめていた。下太りのニキビ顔にある小さな茶色い瞳から、いやらしさと粘っこさを感じて、マグノリアは思わず顔を伏せた。
ダリウス将軍は女性を側室のグローリアだと紹介し、その隣の青年を長男のアルタイルだと告げた。マグノリアがセント・ルミナス教会のシスター見習いであると自己紹介すると、グローリアはダリウス将軍に、下々の者と同じ食卓を囲む気にはなれませんと言い放って、アルタイルとともに部屋から出て行った。マグノリアが、何故見ず知らずの自分にこのような厚遇を与えてくれるのかと訊ねると、ダリウス将軍は亡くなった妻の若い頃に似ているからだと告げた。そして、もし妻との間に娘がいたら、お前くらいの歳だからだと付け加えた。
その夜、昨夜と同じ寝台で寝ていたマグノリアは、不意に人の気配を感じて目を覚ました。その途端、男がマグノリアの上に馬乗りになり、左手で口を塞いできた。そして、右手でマグノリアの服を引き裂くと、露わになった白い乳房を握りしめてきた。必死で抵抗したマグノリアだが、両手を男の膝で押さえられ、口を塞がれて悲鳴を上げることもできなかった。
男はマグノリアの乳房を思う存分嬲ると、左手を外して口づけをしようとしてきた。マグノリアは顔を逸らすと、思いっきり悲鳴を上げた。
マグノリアの悲鳴を聞きつけ、一人の男が荒々しく扉を開いて部屋に飛び込んできた。そして、寝台に駆け寄ると、マグノリアに馬乗りになっている男の襟首を掴んで床に投げ飛ばした。後から燭台を持って入ってきた執事によって、投げ飛ばされた男の顔が照らし出された。ダリウス将軍の息子のアルタイルだった。
そして、マグノリアを救ってくれた男はダリウス将軍その人だった。ダリウス将軍はアルタイルに抜き身の剣を突きつけながら、二度とここに近づくなと厳しい声で叱咤した。
逃げるようにアルタイルが退出すると、ダリウス将軍は剣を鞘に戻して、床に片足を立てて跪いた。そして、マグノリアに向かって、息子の愚行を許して欲しいと謝罪した。マグノリアは震えながらダリウス将軍に何度も頷いた。
翌朝、朝食の席にグローリアとアルタイルの姿はなく、ダリウス将軍一人だけだった。無言で食事を終えると、ダリウス将軍は部屋に戻ろうとするマグノリアを呼び止め、長方形の木箱を渡した。言われるままに蓋を開けると、中には大きな蒼い宝石がついたネックレスが入っていた。
亡くなった妻の形見だが、昨夜のお詫びとして持っていて欲しいと言われ、マグノリアは慌てて断った。だが、何か困ったことがあったら俺を訪ねて来い、その石は通行証代わりだと言われて押しつけられた。
マグノリアはダリウス将軍の好意に感謝し、こんな人が本当の父親であればと心から願った。その日の午後、ダリウス将軍の手配によってマグノリアは近衛騎士団の馬車でセント・ルミナス教会まで送り届けられた。
アルタイルがマグノリアの消息を調べ、執拗に迫り始めたのはその翌日からのことだった。
「これが、その時の宝石よ……」
マグノリアが細長い木箱の蓋を開けて、アトロポスに見せた。
「これは……ッ!」
ブルー・ダイヤモンドだった。<蒼龍神刀>を持つアトロポスが、ブルー・ダイヤモンドを見間違うはずはなかった。
「綺麗な石よね。高いのかな?」
孤児からシスターになったマグノリアは、その宝石の価値をまったく知らないようだった。アトロポスは教えるべきかどうか迷ったが、正直に伝えることにした。
「マグノリア、落ち着いて聞いてね……」
「うん、どうしたの?」
「その宝石一つで、おそらく貴族の屋敷が丸ごと買えるわよ……」
「え……? 何言ってるの、アトロポス……。そんな……うそ、でしょう?」
だが、アトロポスの黒曜石の瞳に浮かんだ真剣な光に気づくと、マグノリアは蒼白になった。
「なんで、ダリウス将軍がそんなに高価な物をあたしに……?」
マグノリアの問いに対して、アトロポスは一つの可能性に思い至った。
(それは、あなたがダリウス将軍の本当の娘だからよ……)
だが、それを証明する証拠が何もなかった。アトロポスはマグノリアに、その証拠があるかの確認をした。
「マグノリア、いくつか教えて欲しい。正直に答えて……」
「うん……」
「ジェラードとあなたは、本当の兄妹なの? 血が繋がっている証拠は何かある?」
もし、マグノリアがダリウス将軍の実の娘であるのなら、ジェラードと彼女には血の繋がりはないはずだった。
「あたしと兄さんは、同じ日に孤児院の前に捨てられていたんだって。だから、お前たちは兄妹だと言われていたけど、本当の兄妹かどうかは知らないわ。もしかしたら、院長先生なら知っているかも……?」
「分かった。後で確認しましょう。それと、もう一つ……。あなたが捨てられた時に身につけていた物って、何か残っている?」
ダリウス将軍家の徽章などが入った物でもあれば、確実な証拠となるはずだった。
「あたしの名前が書いてあった白い紙しかなかったそうよ」
「白い紙……?」
アトロポスはマグノリアの言葉に秘められた意味に気づいた。
「うん。珍しいから覚えてるの。白い紙なんて、あんまり見ないでしょ?」
「黄色い紙じゃなくて、白い紙なのね?」
「う、うん……」
アトロポスの語調の強さに、マグノリアは顔を引き攣らせながら頷いた。
「白い紙ってことは、雁皮紙だわッ! 凄く高級な紙で、王族か大貴族しか使えない紙よ!」
「え……?」
マグノリアが驚きのあまり碧眼を大きく見開いた。
(雁皮紙は特注することの方が多い。そして、紙に徽章を刻印する場合もある!)
「マグノリア、その名前が書かれていた紙って、今持ってる?」
「うん。あたしの部屋に行けばあるけど……」
「お願い、すぐに持ってきて!」
「わ、分かった……」
アトロポスの剣幕に押され、マグノリアが応接室から駆けだしていった。
五タル後、マグノリアが持ってきた雁皮紙には、ダリウス将軍家の徽章である双頭鷲が薄らと刻印されていた。




