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夜薔薇《ナイト・ローズ》~闇夜に咲く薔薇のように  作者: 椎名 将也
第3章 蒼龍神刀
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10 首都、再び・・・

「白金貨……さ、三十五万七千枚って……!?」

 ギルドマスター室でアイザックに告げられた金額に、アトロポスは呆然として言葉を失った。混沌龍(カオス・ドラゴン)の魔石と部位は、予想を遙かに上回る金額でギルドに買い取られた。それは<蒼龍神刀(アスール・ドラーク)>とほぼ同等の金額だった。


「大まかな内訳は、魔石が白金貨十五万枚、鱗や爪などの各部位が合計で白金貨二十万七千枚だ。明細はそこに書いてある。これで問題なければ、ここに受け取りのサインをしろ」

 そう告げると、アイザックは「買取証明書」と書かれた羊皮紙をアトロポスの目の前に置いた。アトロポスは言われるままに羽ペンを走らせて、羊皮紙に署名をした。


「入金は新しいギルド証にするから、下でミランダに手続きをしてもらえ。今のギルド証に入っている金を移すのも忘れるなよ」

「新しいギルド証……?」

 アイザックの告げた言葉の意味が分からず、アトロポスは首を捻りながら彼の顔を見つめた。


「お前は今から、剣士クラスSに昇格だ。おめでとう」

「剣士クラスS……?」

 オウム返しのように呆然と呟いたアトロポスの表情を、アイザックは笑いながら見て言った。

「SS級魔獣を単独で倒した者を、クラスAのままにしておけるはずがないだろう? 諦めて下でプラチナ製のギルド証を受け取ってこい」


「冒険者になって十日だったかしら? 十日でクラスSに昇格なんて、最短記録ね。あたしでも一月はかかったわよ」

「僕なんか、半年以上かかったな。おめでとう、ローズ」

 クロトーとレオンハルトが笑顔を見せながら祝福の言葉を告げた。

「ありがとうございます、クロトー姉さん、レオンハルトさん。アイザックさんも、ありがとうございます」

 アトロポスは慌てて三人に頭を下げた。


「クラスSになったからには、今まで以上に自分の行動に責任を持て。クラスS冒険者というのは、皆の憧れであると同時に模範とならねばならん。間違っても、レオンハルトのようにはなるなよ」

「ひどいなぁ、アイザックさん」

 笑いながら告げたアイザックの言葉に、レオンハルトが文句を言った。

「分かりました。レオンハルトさんを反面教師としてがんばります」

「ローズまで……ひどい……」

 恨めしそうに告げたレオンハルトの言葉に、三人は声を上げて笑った。


「ところで、クロトー姉さん、一つ相談があるんですが……」

 笑いを納めると、アトロポスは真面目な表情を浮かべて隣に座るクロトーの美貌を見据えた。

「何、ローズ?」

「装備に治癒や魔力回復の魔法って付与できます?」

 混沌龍(カオス・ドラゴン)との戦いで、戦闘中の治癒や魔力回復の重要性を痛感し、アトロポスはクロトーに訊ねた。


「できなくもないけど、天龍の革鎧ヘルムドラーク・ハルナスにはすでに五つの魔法を付与しているから、これ以上の追加付与は不可能よ」

「いえ、この革鎧じゃなくて、新しい装備……マントを買おうかと思っているんです。それに治癒と魔力回復の魔法を付与してもらえませんか?」

 それらの魔法付与が可能だと言ったクロトーの言葉に、アトロポスは嬉しさを隠しきれずに笑顔で言った。


「新しい装備ねぇ……。天龍の皮はこの間みたいに闇属性と反発しちゃうし、かといって水龍の水属性じゃ、ローズにあまりメリットはないわよね?」

 クロトーが難しい表情で腕組みをした。

「おばあ……クロトーさん、ちょうどいいのがあるじゃない?」

 話を聞いていたレオンハルトが、笑いながら口を挟んだ。

「ローズが倒した混沌龍(カオス・ドラゴン)は、闇属性でしょ? 出来合いのマントじゃなく、混沌龍の鱗と皮を使って特注したら?」


「なるほど! レオンハルトさん、たまにはまともなことを言うんですね? そうします!」

「ちょ……たまにはって? ローズ、最近、僕の扱いひどくないかな?」

 憮然とした表情で告げたレオンハルトに、アイザックがとどめを告げた。

「仕方ないだろう、レオンハルト。ローズはお前を反面教師にするそうだからな。それより、ローズ。混沌龍の皮が必要なら、今買い取った金額でそのまま売り返してやってもいいぞ」


「ありがとうございます、アイザックさん。では、マント一着分の鱗と皮の代金を精算してもらえますか?」

「待ちなさい、ローズ。鱗と皮だけじゃダメよ。治癒と魔力回復の魔法付与は、通常の魔法付与よりもかなり高度なの。だから、核になる物……魔石も必要よ。そうね、あの魔石の一番魔力効果が高い部分……焔の模様がある中心部を使いましょう」

 クロトーが付与の効果を計算しながら告げた。今回の混沌龍に限らず、魔石は中心部が一番質が良く、魔力効果も高いのだ。


「魔石の中心部とマント一枚分の鱗と皮か……。正確な査定をさせるから、少し時間をくれ」

「分かりました、アイザックさん。よろしくお願いします」

 ローズはアイザックに頭を下げながら告げた。

「姐御、使う魔石の大きさはどのくらいだ?」

「親指の先もあれば十分よ。マントの留め金につけるくらいの大きさね」

 クロトーの言葉に頷くと、アイザックがアトロポスを見つめながら言った。


「さっきも言ったとおり正確な金額は査定をさせるが、それくらいの大きさなら全部で白金貨一万枚前後だろう。取りあえず、ローズの新しいギルド証には白金貨三十五万枚を入金する。残りの七千枚は、一旦入金を保留させてくれ。材料費が七千枚で足りれば残金を振り込むし、もし足りなかったら不足分を請求する。それでどうだ?」

「分かりました。それでお願いします」

 アトロポスはアイザックの提案に頷いた。


「付与するのは、治癒と魔力回復だけでいいの? その鎧みたいに五つの魔法付与は失敗する可能性があるから止めた方がいいけど、四つまでなら付与できるわよ」

「それなら、重量軽減とサイズ調整をお願いします」

 クロトーの付与するその二つの魔法は、アトロポスにとってはもはや必要不可欠だった。

「分かったわ。革職人には心当たりがあるの?」

 今回もドゥリンに依頼しようと考えていたアトロポスは、クロトーの言葉で気づいた。ドゥリンは鍛治士であり、革製品の加工は専門外だったのだ。


「いえ、まったくありません。誰か知っていたら、紹介してくれませんか?」

「そうね……。革職人なら、ザルーエクよりも首都レウルーラに行った方がいいわね。西シドニア通りにある『ヴンダー革工房』という店に、ハインツという革職人がいるわ。腕は超一流なんだけど、ちょっと変わり者でね。あたしは会いたくないから、ローズ一人で行ってもらってもいいかしら?」

 心の底から嫌そうに顔を顰めると、クロトーは小さくため息をつきながら言った。


「げッ……、あの変人ハインツを紹介するの?」

 話を聞いていたレオンハルトが顔を引き攣らせながら告げた。

「変人って……どんな人なんですか?」

 クロトーとレオンハルトの反応に不安を感じながら、アトロポスが訊ねた。

「まあ、仕事は間違いないから、大丈夫よ……たぶん」

「そ、そうだね。腕は超一流だし……ね?」

 それ以上は訊ねても、二人は何も話さなかった。というより、話したくなさそうにアトロポスには見えた。


(一応、クロトー姉さんの名前は出してもいいって言ってくれたし、会ってみればどんな人なのか分かるわ。首都にはあまり近づきたくなかったけれど、剣士クラスSのギルド証があればダリウス将軍も強引な手は打てないだろうし……)

 一抹の不安はあったが、明日混沌龍(カオス・ドラゴン)の材料の精算が済んだら、首都レウルーラに向かうことをアトロポスは決心した。



 翌日、アイザックと約束した朝の六つ鐘にギルドマスター室を訪れると、詰め物を敷き詰めた木の小箱に入った混沌龍(カオス・ドラゴン)の魔石と、大量の鱗と皮が応接卓の上に置かれていた。

 それらを見ながら、アトロポスは勧められたままに応接ソファに腰を下ろした。


「待たせたな。査定の結果だが、全部で白金貨七千二百枚だった。不足している二百枚は、今回の活躍に免じてまけてやる。預かっていた七千枚ちょうどでいい」

「ありがとうございます」

 礼を言いながら、アトロポスは目の前に積まれた漆黒の鱗と皮を見て、その多さに顔を引き攣らせた。どう見てもマントなら二、三着分は作れそうな量だった。この量を担いで首都レウルーラの街中を歩くことを考え、アトロポスは筋力強化を使おうと決心をした。


「これを入れる袋って、貸してもらえますか?」

「そう言うと思った。この革袋を貸してやる。大切な物だから、戻ってきたら返せよ」

 そう告げると、アイザックはアトロポスの前に使い込まれた革袋を置いた。だが、アトロポスはその革袋と見ると、思わずアイザックの顔を見つめた。応接卓の上に置かれた皮の量に対して、明らかに革袋は小さかったのだ。


「あの……これでは、入りきらないと思いますが……」

 困惑した表情を浮かべながら、アトロポスが告げた。アイザックがこのような子供じみた意地悪をするとは思えなかったのだ。

「いいから、入れてみろ」

「はい……」

 言われたとおり、革袋に混沌龍(カオス・ドラゴン)の鱗や皮を入れ始めると、アトロポスは驚愕した。明らかに入りきらないと思っていた量が、すんなりと革袋に収まったのだ。


「これは……?」

「本来の四倍の量が収納できる魔法が付与されている革袋だ。重量軽減魔法も付与されているから、目一杯入れても重さはそれほど感じないはずだ。もちろん、クロトーの姐御が付与してくれた物だ。混沌龍(カオス・ドラゴン)の鱗と皮は多めにしておいた。マントの残りで、お前も革鞄か革袋を作ってもらってこい。容量増加と重量軽減の魔法は後で姐御に付与してもらうといい。一つあると便利だぞ」

 ニヤリと口元に笑みを浮かべると、アイザックが悪戯(いたずら)そうに告げた。

「はい! 驚きました。ありがとうございます!」

 笑顔を浮かべながら、アトロポスは再びアイザックに礼を言った。



 革鞄を左肩に掛けながら歩いて馬繋場に到着すると、アトロポスの姿に気づいたシリウスが嬉しそうに(いなな)いた。

「今日は首都までお願いね、シリウス」

 (たてがみ)を撫ぜながらそう告げると、アトロポスの言葉を理解したかのようにシリウスが再び嘶いた。

 プラチナ製のギルド証を門番に見せて門を通過すると、アトロポスは街道を北西に向かってシリウスを駆った。


 昨日に引き続いてアトロポスを乗せたシリウスは、嬉しそうに西ハザリア街道を駆けていった。北ローゼン街道との交差点で昼食休憩を取っただけで、本来は六ザンかかる道のりをシリウスは四ザン半で走破した。

「お疲れ様、シリウス。ゆっくりと休んでね」

 何度かに分けながら水を与えると、アトロポスは(たてがみ)を撫ぜながらシリウスに告げた。ヒヒンッと名残(なごり)惜しそうな嘶きを聞き、アトロポスはシリウスの首に抱きついてから首都レウルーラ西大門にある馬舎亭を後にした。


 時刻はもうすく昼の四つ鐘が鳴る頃だった。暗くなる前に『ヴンダー革工房』を訪れるため、アトロポスは急ぎ足で西シドニア通りを目指して歩き出した。

 『ヴンダー革工房』は西大門から五タルほど進んだ右手にあった。看板には大きな革鞄の絵が描かれていた。建物は三階建てで、入口の扉には馬の横顔が刻まれていた。牛革や馬革を中心に扱っている店のようだった。アトロポスは扉を押して中に入ると、店内を見渡した。


(結構、色々な革製品を置いているのね。有名な店なのかな?)

 入口付近には革鞄や革袋などの小物が展示されており、奥の方には革製の衣服や革鎧などが掛けられていた。

「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」

「すみません、クロトーさんの紹介で来たのですが、ハインツさんはいらっしゃいますか?」

 声を掛けてきた女性店員に用件を告げると、アトロポスは一瞬、彼女の顔が引き攣ったことに気づいた。


「し、少々お待ちくださいませ」

 アトロポスに一礼すると、女性店員は足早に店の奥へと姿を消した。クロトーやレオンハルトの反応といい、今の女性店員の表情といい、アトロポスは嫌な予感がした。

 しばらく待っていると、店の奥から一人の男が姿を現した。ひどい猫背で、背中が瘤のように盛り上がった小男だった。頭頂は見事にはげ上がり、両耳の後ろから後頭部にかけて残った髪を無造作に肩まで伸ばしていた。


(うわぁ、この手の顔、苦手だわ……)

 その男の表情を見た瞬間、アトロポスはゾゾッと鳥肌が沸き立った。赤く充血した眼は左右で大きさが異なり、黒目の間隔が異様に離れた斜視だった。大きな鉤鼻に続く口は下唇が厚く、一言で言うと異相であった。身長はアトロポスの肩くらいまでしかないにもかかわらず、顔の大きさは倍近くもあった。痩せ型だが両腕は太く長く、猿人のような体型の持ち主だった。


「クロトーさんの紹介って、あなたですか? ようこそ、『ヴンダー革工房』へ。あたしがハインツです」

 耳障りなほど甲高い声で、ハインツが自己紹介をしてきた。アトロポスは顔を引き攣らせながら、彼に向かって頭を下げた。

「はい、ローズといいます。ハインツさんに革のマントと鞄を作って頂きたくて伺いました」


「マントと鞄ですか、それはそれは……ヒ、ヒッヒッヒッ……。採寸も必要ですので、二階にあるあたしの工房(アトリエ)に来てもらえますか?」

 生理的な嫌悪感に肌を粟立たせながら、アトロポスは訊ねた。

「マントや鞄に、採寸が必要なんですか?」

「それはそうですよ……ヒ、ヒッヒッ……。マントも鞄も、サイズが合っていないと動きづらいですからね……」

 ニタリという表現がピッタリの野卑な笑顔を浮かべながら、ハインツが告げた。


(クロトー姉さんが会いたくないって言うわけだわ)

 ハインツの名前を告げた時のクロトーの顔を思い出しながら、アトロポスは納得した。

(でも、我慢しないと……。この人が首都で一番の革職人らしいし……。機嫌を損ねちゃまずいわ……)

「分かりました。よろしくお願いします」

「こちらです。久々の指名依頼ですから、しっかりと採寸してあげますよ。ヒッヒッヒッ……」

 ハインツの笑いを聞いた瞬間、アトロポスは逃げ出したくなった。だが、今更逃げるわけにも行かず、悪寒に耐えながらもハインツの後に続いて階段を上り始めた。



 ハインツの工房(アトリエ)は思いの外、まともだった。半身の人形(マネキン)には革製の衣服や鎧が着せられており、壁にある棚には様々な種類の革鞄や革袋が並べられていた。そのどれもが一目で一流の職人が手がけたと分かるほど見事な物だった。

(クロトー姉さんの言葉に間違いはなさそうね。たしかに、腕は一流の革職人のようだわ……)

 ハインツの制作した革製品を見ながら、アトロポスはホッと胸を撫で下ろした。だが、次に告げたハインツの言葉を聞き、アトロポスは愕然として固まった。


「では、早速採寸をしましょう。今着ている物を全部脱いでください。念入りに確認してあげます。ヒッ、ヒッヒッヒッ……」

 ハインツはアトロポスに向かって両手を突き出すと、クネクネと卑猥に指を動かし始めた。


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