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夜薔薇《ナイト・ローズ》~闇夜に咲く薔薇のように  作者: 椎名 将也
第2章 究極の鎧
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7 五つ目の付与

「あれ? ここは……? あたし、何でこんな部屋に……?」

 目を覚まして周囲を見渡したアトロポスは、見たこともない部屋の寝台に寝ていることに気づいた。

「たしか、ギルドの地下訓練場で魔力制御の訓練をしていて……」

 その途中で急に周囲が暗くなり、意識が途絶えたのをアトロポスは思い出した。


(それにしても、素敵な部屋ね……)

 見るからに高級そうな家具が整然と配置されており、この部屋の主のセンスの良さが窺えた。

(まるで、クロトーさんの書斎みたい……)

 そう考えたアトロポスはハッとした。もし自分が地下訓練場で倒れたのであれば、それを発見したのはクロトー以外に考えにくかった。


(ここは、クロトーさんの部屋……?)

 その考えを裏付けるかのように入口の扉がノックされ、クロトー本人が姿を現した。

「良かった。気づいたみたいね、ローズちゃん。体は大丈夫?」

「はい。ここは……」

「昨日、お茶をしたお店の二階にある来客用の寝室よ。熱心なのはいいけど、魔力切れになるまで練習するなんてやりすぎよ。これ、飲みなさい」

 クロトーが緑色の液体が入った小瓶をアトロポスに手渡した。


「これは……?」

「上級魔力回復ポーション。失った魔力を瞬時に回復できるわ」

「ありがとうございます」

 礼を言うと、アトロポスは寝台に腰掛けながら小瓶の栓を抜き、中のポーションを一気に飲み干した。

 次の瞬間、丹田の辺りが熱を持ち、魔力が体の隅々まで行き渡るのを実感した。


「凄い効果ですね、このポーション……。魔力があっという間に戻ったのがはっきりと分かります」

「クラスA以上の魔道士や術士には必須のポーションだからね。一本で白金貨五枚もするだけあって、効果は抜群よ」

「白金貨五枚って……。すみません、そんな高い物を……」

 四肢の復元もする上級回復ポーションでさえ、一本白金貨三枚だったことを思い出すと、アトロポスは恐縮しながらお礼を言った。


「気にしないで。そんなことより、あたし、ローズちゃんに謝らないと……」

 寝台の脇にある事務机の椅子を引っ張り出し、腰を下ろしながらクロトーが告げた。

「謝るって? 何でです? ご迷惑を掛けたのは私の方です。色々とすみませんでした」

 クロトーの言葉を否定すると、アトロポスが慌てて謝罪した。


「そうじゃないの。昨日のあたしの指導方法が間違っていたみたいなのよ。たぶん、あの方法だと一生かかってもローズちゃんは覇気を纏えないことが分かったの」

「指導方法が間違っていたって、どういう意味ですか?」

 クロトーの言わんとしていることが分からずに、アトロポスが訊ねた。


「ローズちゃんが闇属性だということを、あたしは分かっているようで分かっていなかったのよ。そこで、今日はローズちゃんに昨日の訓練を裸でやってもらうわ」

「え……? 裸って……?」

 ニヤリと笑いながら告げたクロトーの言葉に、アトロポスは驚きの表情を浮かべた。

「地下訓練場は借り切るから、誰も入ってこないわよ。あたししかいないから、大丈夫よね?」


「そんな……。いくらクロトーさんしかいないって言っても、無理です……」

 地下訓練場にいる一糸纏わぬ姿の自分を想像し、アトロポスは慌てて否定した。

「あら、シルヴァレート王子の前では裸になれても、あたしの前では無理なの?」

「く、クロトーさん……!」

 シルヴァレートとの甘い行為を思い出し、アトロポスは真っ赤になって顔を伏せた。


「冗談よ、ローズちゃん。ごめんなさいね。真面目な話、その天龍の革鎧ヘルムドラーク・ハルナスを脱いで訓練をして欲しいの。別に裸になる必要はないわ。あたしのローブを貸してあげるから、その鎧を着けないで昨日の訓練をして欲しいのよ」

 揶揄(からか)われたのだと分かり、アトロポスはホッと胸を撫で下ろして訊ねた。

「それは構いませんが、理由を教えてもらえませんか?」


「そうね……。あたしの推論が正しければ、昨日、ローズちゃんが覇気を纏えなかったのはその鎧のせいよ」

「この鎧のせい……?」

 アトロポスは自分が身につけている天龍の革鎧ヘルムドラーク・ハルナスを見た。

「最初に言ったけど、ローズちゃんは闇属性よね。そして、天龍は光属性なの」


「闇と光……」

 アトロポスにもクロトーの言おうとしていることが、何となく理解できた。

「つまり、私の闇属性魔法を、光属性である天龍の革鎧ヘルムドラーク・ハルナスが阻害しているっていうことですか?」

「たぶん、間違いないわ。それを証明するために、天龍の革鎧ヘルムドラーク・ハルナスを脱いで昨日の訓練をして欲しいのよ」

 アトロポスの理解の早さに驚きながら、クロトーが頷いて告げた。


「分かりました。それは構いませんが、もしそうだとしたら、私はこの鎧を着ることを諦めないとならないってことですよね?」

 正直なところ、その選択をすることは避けたかった。天龍の革鎧ヘルムドラーク・ハルナスのデザインも性能も気に入っていたし、何よりもシルヴァレートが似合うと言ってくれた鎧だからだ。


「そうならない方法が一つだけあるわ。ただし、成功する確率は半々くらいだけど……」

「どんな方法なんですか?」

 クロトーの言葉に希望を見出して、アトロポスは縋り付くよう訊ねた。

「その鎧に、五つ目の魔法付与をするのよ」

「五つ目の付与? そんなことができるんですか?」

 予想もしないクロトーの提案に、アトロポスは驚いた。『銀狼の爪』の店員は、全部で四つまでしか魔法付与はできないと言っていたはずだった。


「さっき言ったとおり、成功率は五割くらいよ。失敗したら、その鎧は二度と使えなくなるわ。だから、私の提案を受けるかどうかの判断は、ローズちゃんに任せる」

「失敗したら、二度と使えない……。その意味も含めて、クロトーさんの提案を教えてください」

 ゴクリと生唾を飲み込むと、アトロポスは真剣な眼差しでクロトーを見つめた。


「付与する魔法は、【属性転換魔法】よ。その鎧の持つ光属性を、闇属性に変える」

「光属性を闇属性に……?」

「そう。魔法属性にはそれぞれ相反する属性があるの。水属性と火属性、土属性と風属性。そして、光属性と闇属性よ。それぞれの属性は反発し合い、お互いの魔法を打ち消してしまうの」

 アトロポスの黒曜石の瞳に理解の光が浮かんでいることを確認すると、クロトーが続けた。


「【属性転換魔法】はその名の通り、その物が持つ属性をそれと相反する属性に変化させる魔法なの。成功すれば、その革鎧は世界で唯一、闇属性を持つ天龍の革鎧ヘルムドラーク・ハルナスに変わるわ」

「もし失敗したら?」

「現在付与されている重量軽減、サイズ調整、速度強化、筋力強化の四つの付与がすべて消滅し、天龍の皮が持つ物理耐性、魔法耐性の性能も著しく劣化してしまう。つまり、失敗したら二束三文で売られている安物の革鎧と同じになるわ」


「その確率が半々ということなんですね? 成功の確率を上げる方法はないんですか?」

 藁にも縋る気持ちで、アトロポスが訊ねた。クロトーの話は、リスクが大きすぎた。

「運ね……」

 アトロポスの逡巡を理解した上で、クロトーが短く告げた。

「運……」

「そう。【属性転換魔法】はあなたの魔力をその鎧に上書きするの。イメージとすれば、光属性を闇属性で呑み込むって感じよ。だから、あなたの魔力がその鎧に馴染めば成功の可能性は大きく上がるし、逆に馴染まなければ失敗する可能性が増加するわ」


「つまり、私がこの鎧を着るのに相応しいかどうかを試されるってことですか?」

「言い換えれば、そういうことね。その鎧が世界で唯一あなた専用の鎧になるか、それとも安物の革鎧になるかは、あなたとその鎧の相性によるわ」

「分かりました……」

 二分の一の賭けだった。だが、アトロポスはこの鎧を諦めたくはなかった。仮に安物の鎧と同程度の性能になったとしても、この鎧を使い続けようと思った。


「それからもう一つ、大切なことを伝えておくわ。もし、失敗したとしても、次に天龍の革鎧ヘルムドラーク・ハルナスが手に入る可能性はほとんどないと思いなさい」

「それはどういう意味ですか? たしかに今の私では、白金貨三万枚以上もする鎧を買うことなんてできませんが……」

 今回はクロトーとアイザックのおかげでこの鎧を手に入れることができたが、自分一人の力では一生かかってもそんな大金を払えるとは思えなかった。


「値段のことじゃないわ。お金で済むのであれば、あたしが出してあげてもいい。でも、そうじゃないの。四大龍筆頭と言われている天龍は、元々個体数が非常に少ないのよ。だから、天龍が討伐されるのは数年から数十年に一度しかない。天龍の皮がなければ、当然のこととして天龍の革鎧ヘルムドラーク・ハルナスは作れないわ。今回、『銀狼の爪』に天龍の革鎧ヘルムドラーク・ハルナスがあったこと自体が奇跡のようなものなの」

「だから、白金貨二万八千枚もの価格がつけられていたんですね」

 クロトーの説明に納得すると、アトロポスは頷きながら告げた。


「私の提案は以上よ。【属性転換魔法】に賭けるか、今のままその鎧を使うかは、あなたが決めなさい。少なくても今のままであれば、天龍の皮が持つ物理耐性と魔法耐性だけは有効よ」

「私の結論は決まっています。【属性転換魔法】を付与してください。たとえ失敗してもクロトーさんのことは絶対に恨んだりしません。もし失敗して性能が落ちたとしても、私はこの鎧を着続けます。この鎧は、シルヴァが選んでくれた鎧ですから……」

 アトロポスは笑顔でクロトーに告げた。見る者を魅了するような素晴らしい笑顔だった。


「分かったわ。ローズちゃんならそう言うと思った。では、ギルドの訓練場に行って、まずはあたしの推論が正しいかどうかを確認しましょう。【属性転換魔法】の付与は、それが証明されてからよ」

「はい。よろしくお願いします」

 アトロポスは寝台から立ち上がると、クロトーに頭を下げた。


(シルヴァ、見守っていて! あなたが似合うと言ってくれたこの鎧が私だけの鎧になるように……!)

 アトロポスは両手で愛する男(シルヴァレート)を抱きしめるように、天龍の革鎧ヘルムドラーク・ハルナスを大切そうに抱いた。

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