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夜薔薇《ナイト・ローズ》~闇夜に咲く薔薇のように  作者: 椎名 将也
第1章 夜薔薇
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2 腕の中で・・・

 結局、予想したとおりシルヴァレートは酔い潰れたアトロポスを、三階の特別室(スイート)まで肩を抱きながら連れて行く羽目になった。寝室に入った途端、革鎧も脱がずにアトロポスは寝台に倒れ込んで安らかな寝息を立て始めた。シルヴァレートは大きくため息をつくと、左腰の細短剣(スモールソード)を壁に立て掛けてアトロポスの革鎧を脱がせ始めた。


「おい、右手を上げろ……。くそっ、言うことを聞きやしない。ほら、今度は左手だ。逆だって言っているだろ……」

 苦労して革鎧と革のズボンを脱がすと、額の汗を拭いながらシルヴァレートはアトロポスの下着姿を見下ろした。


「鍛えてるだけあって、引き締まったいい体をしているんだよな、こいつ……」

 白く美しい胸の膨らみと引き締まった細い腰の造形を引き立てるかのように、アトロポスは黒い扇情的な下着を纏っていた。シルヴァレートが彼女のために選んだ下着だった。


(据え膳食わぬは……というけど、さすがに酔い潰れた女に手を出すわけにはいかないか……)

 まだ旅は初日だった。これからいくらでもアトロポスを抱く機会はあると自分を納得させると、シルヴァレートは上着を脱ぎ捨てて上半身裸になった。男にしては細身だが、剣士のように引き締まった筋肉に覆われていた。


 シルヴァレートはアトロポスの右に体を横たえると、左腕を伸ばして彼女に腕枕をさせた。

(このくらいは楽しんでも怒るなよ……)

 右手をアトロポスの左胸に伸ばすと、黒い下着をずり上げて柔らかさを楽しむように揉み始めた。しばらく揉み続けると、中心にある頂が硬くなってきたのが分かった。それを親指と人差し指で摘まみ上げ、コリコリと扱き始めた。


「んぁ……はぁ……」

 アトロポスの寝息が、徐々に甘く艶のある音色を帯びてきた。だが、しばらく続けても、目を覚ます気配はなかった。

(まあ、今日はこれくらいで我慢してやるか……)

「おやすみ、俺の『夜薔薇(ナイト・ローズ)』……」

 シルヴァレートは熱い吐息を漏らすアトロポスの唇に優しく口づけをすると、眼を閉じて眠りについた。



「え……? 何……?」

 左胸に違和感を感じて目を覚ますと、目の前にシルヴァレートの寝顔があった。王家の血筋を引くだけあり、整った容貌の中で長い睫毛が印象的だった。腕枕をされていたことにも驚いたが、それ以上に胸当てがずり上げられ、シルヴァレートの右手が左の乳房にあることにアトロポスは驚いた。


「ち、ちょっと! シルヴァ……」

 飛び跳ねるように半身を起こすと、アトロポスはきちんと下着を履いていることを確認して安堵した。慌てて胸当てを直すと、寝台から降り立って革鎧と革のズボンを身につけ始めた。

「起きたか? おはよう……」

 アトロポスの気配で目覚めたシルヴァレートが、眠そうな目を擦りながら寝台から半身を起こした。裸だった。


「きゃっ! シルヴァッ! 私が寝てる間に何をしたのッ!」

 慌てて後ろを向くと、アトロポスは手早く革鎧と革ズボンを身につけた。

「別に、何も……。酔い潰れた女を抱いても面白くないからな」

「で、でも、胸を……」

「ああ。触り心地がいいから、ちょっと揉んだだけだ。気にするな」

 まったく悪びれもせずに、シルヴァレートは笑いながら告げた。


「き、気にするわよ! それより、早く服を着て!」

「服? ああ、下はちゃんと履いているぞ。それに、昨日は部屋に戻ってすぐに寝たから、風呂に入ってない。今から入るけど、一緒に入るか?」

「入るはずないでしょ! さっさと一人で入ってきなさい!」

 朱雀宮では風呂場でも抱かれたことを思い出し、アトロポスは真っ赤になって怒鳴った。



(何なの? 最悪……。どうして私がこんなに振り回されないとならないの?)

 シルヴァレートを浴室に追い出すと、アトロポスは自己嫌悪に浸った。

 昨夜の記憶がなかった。覚えていたのは、紅桜酒を飲み始めた頃までだった。美味しくてお替わりをしたような……気がする。

 その後、気づいたらこの部屋の寝台でシルヴァレートに胸を触られていた。


(革鎧もシルヴァが脱がせたのかな? でも、下着はちゃんと履いていたし、抱いていないっていうのは本当みたい……)

 シルヴァレートに惹かれ始めている自分がいた。だが、彼は自分の処女を無理矢理奪った男だ。そんな男に心を許している自分を、アトロポスは認めたくなかった。


(でも、この気持ちを誤魔化すのは間違っている気がする……)

 父親である国王さえも欺いてアトロポスとの約束を守り、アルティシアの生命を救ってくれた。

 近衛中隊に斬り込んで喉元に細短剣(スモールソード)を突きつけたアトロポスを、王子の地位を(なげう)ってまで助けてくれた。

 そして、今も自分の側にいて護ってくれている。そこまでされて気持ちが動かない女なんているはずないと、アトロポスは思った。


(だからと言って、すぐに抱かれるのは嫌だ。もし彼に抱かれるならば、お互いの気持ちをきちんと伝え合ってからにしたい。お互いがお互いを愛し、愛されていることを実感してから一つになりたい)

 十六歳らしい潔癖さで、男と女の愛情とはそういうものだとアトロポスは思った。体の繋がりがお互いの愛情を深めるなど、アトロポスは考えもしなかった。


(シルヴァが戻ってきたら、姫様の行方を教えてもらおう。彼はユピテル皇国を目指すと言っていた。そこに姫様がいるのかしら?)

 レウルキア王国の首都レウルーラからユピテル皇国の国境までは、馬で二十日以上かかると言われていた。そして、ユピテル皇国はムズンガルド大陸随一の大国である。レウルキア王国との国境からユピテル皇国の首都イシュタールまでは、さらに馬で十日はかかると聞いたことがある。


(もし、姫様がユピテル皇国の首都イシュタールを目指しているのであれば、およそ一月の旅になる。その間、シルヴァと二人きり……)

 シルヴァレートと愛を交わし合う日がすぐ間近に迫っているような予感がして、アトロポスは期待と不安で胸が締め付けられた。



「ふう、さっぱりした……」

 シルヴァレートと交替して風呂に入ったアトロポスは、新しい下着の上にガウンを纏って出て来た。背中まで真っ直ぐに伸ばした黒髪がしっとりと濡れ、艶やかな輝きを放っていた。

(この格好、ちょっと恥ずかしいけど仕方ないわよね)

 風呂上がりで革の鎧を身につける訳にもいかず、アトロポスは寝室のクローゼットにあったガウンを着替えとして選んだのだ。


「冷たい水でも飲むか?」

 陶器で作られた取っ手付きの杯に水を満たし、シルヴァレートがアトロポスに差し出した。

「ありがとう……。えっ? 氷……?」

 冷水の中に大きな氷が浮かんでいることに、アトロポスは驚いた。北の氷雪地帯ならまだしも、首都レウルーラに近いこのザルーエクで、氷などあるはずがなかった。


「ああ。ちょっと魔法で出したんだ。こう見えても、氷系魔法は得意なのさ。一応、王宮では『氷の貴公子』とも呼ばれていたぞ」

 自慢げな笑みを浮かべながら、シルヴァレートが言った。

「氷系魔法? シルヴァって、魔道士だったの?」

 アトロポスは驚いてシルヴァレートの顔を見つめた。


 ムズンガルド大陸の冒険者ギルドでは、魔法を使える者を二つに大別している。一つは攻撃魔法を得意とする魔道士、もうひとつは治癒魔法を得意とする術士だ。

 攻撃魔法には火、水、土、風の四大属性魔法があり、シルヴァレートの言う氷系魔法は水属性魔法の一種だった。

 また、四大属性以外にも光属性と闇属性があったが、使える者はほとんどおらず、非常に貴重な属性だった。


「まあな。こう見えても氷系なら上位魔法までは使えるぞ。さすがに禁呪魔法は無理だけどな……」

 どの属性魔法でも、下位、中位、上位の三段階に大別されていた。上位魔法の上には禁呪魔法と呼ばれる究極の魔法が存在するのだが、これを扱える魔道士や術士は滅多にいなかった。


「凄いのね。魔道士って初めて会ったわ」

「そうか? レウルーラ王宮には魔道士部隊もあるし、王立学院には魔道科や術科もあるぞ」

「そうなんだ……。知らなかったわ」

 思ったよりも魔法を使える者の数が多そうだと思い、アトロポスは驚いた。


「魔力って言うのは、すべての人間が持っているものだ。魔力を使えるというのは、その使い方を訓練したかどうかだけさ」

「そうなの? 私にも使えるの?」

 初めて聞くシルヴァレートの話に、アトロポスは興味を持った。もし自分でも魔力を使えるのならば、使ってみたいと思った。


「簡単な魔法なら、詠唱を覚えれば使えるようになる。大きな魔法は持って生まれた才能というか、魔力量によるけどな」

「ホントに? 教えて!」

 自分にも魔力が使えそうだと分かり、アトロポスは黒曜石の瞳を輝かせながら叫んだ。

「まあ、ローズの適性を調べてからだな?」

 想像以上に話に食いついてきたアトロポスを楽しそうに見つめながら、シルヴァレートが笑った。


「適性って?」

「魔力には火、水、土、風、光、闇の六つの属性がある。光と闇の属性を持つ者はほとんどいないから、一般的にはその二つを除いた四大属性だな。自分の魔力がその中でどの属性なのかを調べるのが最初だ」

「どうやって調べるの?」

 シルヴァレートの説明に、アトロポスは身を乗り出しながら訊ねた。


「王族や貴族は子供のうちに、王宮にある属性判定器を使って調べる。そして、その属性に合わせた訓練を行うんだ。一般の民衆が属性を調べる方法は……」

「その方法は……?」

「冒険者ギルドにある属性判定紙を使うのが手っ取り早いか。属性判定器と違って魔力量までは分からないが、魔力属性の種類だけなら判断できるそうだ」

「その判定紙はどこの支部にでもあるの?」

 そんな簡単な方法で魔力が使えるようになるのならば、アトロポスはすぐにでも試したいと思った。


「ある程度大きな支部ならあるんじゃないかな? あとでこの街の冒険者ギルドに行ってみるか? どっちにしろ、冒険者登録は必要だし……」

「冒険者登録?」

 思いもよらないことを告げられて、アトロポスは驚いた表情でシルヴァレートを見つめた。


「ローズはともかく、俺は王族の徽章以外に身分を証明する物がない。ユピテル皇国に入るためにはもちろん、この先大きな町や村に入るのにも身分証明書が必要だ。その度に、王族の徽章を見せて第一王子だと宣伝するわけにはいかないからな……」

「でも、身元を隠して冒険者登録なんてできるの?」

 どこの誰かも分からない者が、身元の証明もなしに冒険者登録などできるとはアトロポスには思えなかった。


「冒険者というのはある意味、荒くれ者(アウトロー)の集団だ。まともな職業に就けずに世間からドロップアウトし、犯罪に手を染めるよりは冒険者になって一攫千金を狙おうという者も多い。だから、登録料さえ払えば誰でも冒険者登録をすることはできるし、登録すればギルド証がもらえる。ギルド証はムズンガルド大陸のどの国でも共通の身分証になるんだ」

「つまり、本名や身元を隠したままで身分証明が手に入るってこと?」

 アトロポスはシルヴァレートの考えを読み取って訊ねた。


「ちょうど、シルヴァって名前を付けてもらったしな。ちょうどいい機会だから、お前もローズで冒険者登録をしておいた方がいい。レウルキア王国の騎士証だと、国交がない国には入れないからな」

「そうね。魔力属性を調べるついでに、冒険者登録をしておくわ」

「主目的が逆だ。冒険者登録のついでに魔力属性を調べるんだぞ」

 そう言って、シルヴァレートは楽しそうに笑った。


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