第993話 謎の発光と不穏な三文字
ホロ達と謎の黒い靄の遭遇より、少し時は遡る。
この日は日曜日とあって、ラグナ神殿には多くの人々が訪ねてきて賑わっていた。
ある者はラグナ教信者として礼拝に、ある者は地方からラグナロッツァに来たついでの観光に、そしてある者はジョブ適性判断を受けに。様々な目的を持った人々が、ラグナ教総本山であるラグナ神殿に多数訪れていた。
そしてその中には、ウォーベック家の人々も含まれていた。
「ウィルフレッドのジョブは、一体どんなものが出るだろうな?」
「ンー、僕はどんなジョブが出てもいいですけど……出来れば話術が上手くなったり、人間関係が円滑になるようなジョブだといいな、とは思いますね」
「お兄様……それはあまりにも夢がないというか、身も蓋もないのでは……?」
「何を言うか、ハリエット。いずれ僕はウォーベック伯爵家を継ぐんだから、そのための実務能力を伸ばせるジョブの方が良いだろう?」
「それは、そうなのですが……」
今日のウォーベック伯一家は、嫡男ウィルフレッドのジョブ適性判断のためにラグナ神殿を訪れていた。
今は順番待ちをしているところで、主教座聖堂の入口近くで親子四人で椅子に座りながらのんびり会話をしている。
このサイサクス世界に生きる者にとって、ジョブ適性判断とは一生に一度の大一番とも言える人生の分岐点。
それなのに、あまりやる気があるように見えないウィルフレッドに、妹のハリエットはちょっぴり呆れ顔だ。
そんな兄妹の会話を聞きながら、親であるウォーベック夫妻は明るく笑う。
「ハハハハ、ウィルフレッドは今から殊勝な心がけだな!……だが、どんなジョブが出たにせよ、後悔しない道を選ぶようにな」
「ええ、そうよ。私達にとって、伯爵家の名誉はもちろん大切だけど……ウィルフレッド、貴方が幸せになってくれることが何よりも一番大事なのだから」
「父上、母上、お心遣いいただきありがとうございます。僕も父上のような立派な大人になれるよう、誠心誠意努力する所存です」
親子で仲睦まじい会話をしていると、ハリエット達のもとに複数の子供達が駆け寄ってきた。
「ハリエットちゃーん!」
「こんにちはー!」
「間に合ってよかったー!」
ウォーベック家が順番待ちをしているところに駆け寄ってきたのは、イヴリン、リリィ、ジョゼ、イグニスの四人。
今日ハリエットの兄ウィルフレッドがジョブ適性判断を行うと聞いて、その見学をしたい!と頼み込んでいた面々だった。
仲良しの同級生達が来たのを見て、ハリエットが嬉しそうな顔で椅子から立ち上がる。
「皆さん、こんにちは!」
「ハリエットちゃんのお父さんお母さん、お兄さん、こんにちは!」
「今日は見学させてくれて、ありがとうございます!」
「やぁ、君達。こんにちは。運動会以来だね」
「皆さん、いつもハリエットと仲良くしてくれてありがとうね」
「君達も、僕のジョブ適性判断という栄光の瞬間を分かち合おう!」
ハリエットだけでなく、その父母や今日の主役である兄もイヴリン達を歓迎している。
家族と同級生がにこやかに会話しているのを見て、ハリエットも嬉しそうに微笑む。しかし内心では、ここにライトがいないことを少しだけ残念に思っていた。
いつもの好奇心旺盛なライトなら、皆でどこかに出かけると聞けば必ず『ぼくも行くー!』と言っただろう。
だが、今回ハリエット達が来たラグナ神殿だけは別だ。
初等部一年生の時に、このラグナ神殿見学でライトは原因不明の体調不良に陥り、数日の間寝込んでしまった。その時のことは、ハリエット達同級生もよく覚えている。
このことはライトにとって今でもトラウマであり、だからこそハリエット達も『ライト君もいっしょに行こうよ!』とはとても誘えなかった。
ライトさんも、いずれはジョブ適性判断を受けなければならない時が来るでしょうが……私達だって、まだジョブ適性判断を受けられる年齢じゃありませんし、今は無理してラグナ神殿に入ることもありませんもの。
明日ラグーン学園で会ったら、ライトさんにも今日のお話をして差し上げましょう。ライトさんならきっと、話を聞くだけでも喜んでくださるわ。
ハリエットが心の中でそんなことを考えていると、ラグナ神殿の職員が来てウィルフレッドの順番が来たことを告げた。
「ウィルフレッド・ウォーベックさん、どうぞこちらにお越しください」
「ありがとう。さあ、皆、行こう」
「「「はい!」」」
ウィルフレッドの父クラウスの掛け声に、イヴリン、リリィ、ジョゼが特に元気に返事をする。
皆まだジョブ適性判断を受けられる年齢には達していないし、また兄姉もいないので実際の場面を見たことがないのだ。
いずれ自分達も経験するであろうジョブ適性判断。
その先取りとも言える今日の見学を、言い出しっぺのジョゼを始めとしてイヴリンもリリィも、そしてイグニスもとても楽しみにしていた。
今日の主役のウィルフレッドが先頭に立ち、主教座聖堂の中に入っていく。
その後ろにクラウスとクラウスの妻ティアナ、ハリエットと続き、一番後ろにジョゼ達が続いていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
主教座聖堂の中、中央交差部と祭壇のある内陣の境目に設置されている水晶の壇。ここでジョブ適性判断が行われる。
水晶の壇の前にウィルフレッドが立ち、壇に一番近い席にウォーベック家の三人が座り長男を見守る。
ハリエット達家族が座る席から五列以上離れた席に、イヴリン達同級生四人が座っていた。
この日のジョブ適性判断は、正午から午後一時までの一時間の間だけ行われる。そしてその中でウィルフレッドは一番最後。
皆緊張の面持ちで、ウィルフレッドの背中を見つめていた。
水晶の壇の横、ウィルフレッドから見て右側にいる司祭がウィルフレッドに声をかける。
「では、この水晶を両手で包み込むように触ってください」
「はい」
ウィルフレッドがさらに前に進み出る。
水晶が置かれている壇は、高さ自体は然程なくウィルフレッドのお腹辺りの高さしかない。これは、十歳の子供でも水晶に触れられるように、という配慮からくるものだ。
そしてその壇の上に、直径50cmはありそうな巨大な水晶が鎮座ましましている。
ウィルフレッドが司祭の指示に従い、巨大な水晶を両手で包み込むようにそっと触れた。
すると、水晶の上にホログラムパネルのようなものが出現した。
そのホログラムパネルの中には、いくつかの文字列が羅列されている。
壇の横にいた司祭が、その文字列を手元の紙に素早く書き留めていく。
「こちらが貴方に示された道です。神の思し召しにより、多数の道が示されたようですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「今ここですぐにジョブを選んでいくことも可能ですが、どうなさいますか?」
「これだけ出たので、一旦家に帰って家族と相談してから決めたいと思います」
「そうですね、そうなさった方がよろしいでしょう」
司祭は書き留めたメモをウィルフレッドに渡し、ウィルフレッドも緊張の面持ちのままメモを受け取る。
メモに書かれたジョブは【風精霊士】【園芸装飾マイスター】【カリスマ美容師】【中小企業診断士】【ハーブソムリエ】の五種類。
三つ候補が出ればいい方とされる中で、五種類も出てきたのはかなり幸運な方だ。
将来ウォーベック伯爵家を継ぐウィルフレッドには、その中では【中小企業診断士】が最も合っていそうだが。せっかく五種類も出たのだ、ここは家族も交えてゆっくり話して決めよう、と考えたウィルフレッドが即答を避けて保留したのも当然のことである。
ウィルフレッドは受け取ったメモを四つに折り畳んで、ジャケットの胸ポケットにそっと仕舞い込む。
司祭に深く一礼した後、ウィルフレッドは後ろの席にいた家族のもとに向かった。
「父上、母上、お待たせいたしました」
「ジョブが何個か出たようだね、おめでとう」
「ありがとうございます。これも父上と母上のおかげです」
「さあ、家に帰って早速皆でお祝いしながら、今後のことを決めましょう」
「お兄様のジョブで何が出たのか、早くお聞きしたいですわ!」
「フフフ、ハリエットはせっかちさんだね。君の級友達に挨拶をしてこなくていいのかい?」
「あッ!そうですわね!」
兄の言葉に、ハリエットが思わずハッ!とした顔をしながら、後ろの席にいたイヴリン達のもとに駆け寄っていく。
「皆さん、お疲れさまでした!」
「ハリエットちゃんもお疲れさま!」
「ジョブ適性判断って、あんな風に進めていくものなのねー」
「僕も見ていてとても勉強になったよ!ハリエットさん、本当にありがとう!」
「おいらも絶対に、十歳になったらすぐにジョブ適性判断を受けるんだ!」
「うふふ、皆さんのお役に立てたなら幸いです」
ハリエット達の後ろでおとなしく見ていたイヴリン達が、皆興奮気味にハリエットに礼を言う。
ハリエットを含めて、ここにいるラグーン学園初等部二年生の子供達も、あと一年もすれば皆ジョブ適性判断を受けられる年齢に達する。
家が商売をしているリリィやイグニスは、十歳の誕生日になったらすぐにでもジョブ適性判断を受けるという。
おそらくジョゼもそのつもりだし、幼馴染達が皆十歳でジョブ適性判断を受けるとなればイヴリンもそれに倣うだろう。
ウィルフレッドのジョブ適性判断を見て、皆大いに刺激を受けたようだ。
「では、私はお父様達と家に帰ります。皆さん、また明日ラグーン学園でお会いしましょう」
「うん!」
「ハリエットちゃん、また明日ね!」
「さようならー」
ハリエットはイヴリン達に別れの挨拶をした後、その少し後ろで待っていたクラウス伯達のもとに駆け寄っていく。
イヴリン達もハリエットに別れの挨拶をかけながら、ハリエットの父クラウス達に向かってペコリと一礼する。
ちゃんと挨拶のできるイヴリン達に、クラウスも微笑みながら軽く片手を上げて去っていく。
そしてウォーベック一家は主教座聖堂を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ウォーベック一家を見送ったイヴリン達。主教座聖堂にはイヴリン達四人と、ウィルフレッドのジョブ適性判断の案内をした司祭だけが残った。
司祭がイヴリン達に近づき、退室を促す。
「さ、もう儀式は終わったよ。君達もおうちに帰りなさい」
「「「はーい!」」」
「……あ、その前に、司祭様のお話を少し聞かせてもらってもいいですか? 僕達も来年になったら、ジョブ適性判断を受けられる歳になるんです!」
「そうですか、それは今から楽しみですね。私で答えられる範囲でしたらお答えしますよ」
ジョブ適性判断に最も興味があるジョゼが、司祭にもっと話を聞きたい!と言い出した。
司祭としても、未来を担う子供達を無碍に扱うことはできない。この四人の中に、聖職者に相応しい有望なジョブを持つ子供がいないとも限らないのだから。
ジョゼやイヴリンが司祭に質問をする中、リリィとイグニスは水晶の壇のある方に歩いていく。
「リリィは向日葵亭を継ぐんだろ?」
「もッちろん!イグニスだって、ペレ鍛冶屋さんを継ぐんでしょ?」
「当然!」
「そしたらさ、私はお料理向き、イグニスは鍛冶屋向きのジョブが欲しいよねー」
「だよなー。じいちゃんの【鍛冶エンペラー】とか父ちゃんの【鍛冶マエストロ】に並ぶくらいの、すんげー鍛冶ジョブが欲しいー」
「私も、パパの【凄腕料理人】やママの【宮廷調理師】に負けないくらいの、すっごい料理ジョブが欲しいー」
そんな話をしながら、壇の上にある水晶をまじまじと眺めるリリィとイグニス。
二人とも継ぐべき家業があるので、それに見合ったジョブが欲しくてたまらないようだ。
本当はここで水晶を触ってみたいところなのだが、二人とも根はとても良い子なので我慢している。この水晶は、皆にとってとても大事なものであり、勝手に触っていいものではないことをちゃんと理解しているのだ。
だが、触らずに見ているだけなら問題ないはず。
そう思いながら、リリィとイグニスが水晶をじっと眺めていた、その時。
水晶の中心から、突如強い光が沸き起こった。
「!?!?!?」
突然のことに、リリィは思わず顔を背けながら目を強く瞑る。
そして、少し離れた場所で問答をしていたジョゼとイヴリンと司祭も、突如起きた強い光に何事か!?と背後を振り向いた。
だが、司祭やジョゼ達もあまりの眩しさに目を開けていられない。
そんな中で、何故かイグニスだけはその場に立ち止まったまま微動だにしない。
そして、謎の強い発光に埋もれてほとんど見えないが、水晶の上にはホログラムパネルが浮かんでいた。
そのホログラムパネルは、先程ウィルフレッドがジョブ適性判断を行った時に見たのと全く同じもの。そしてパネルの中には———
あろうことか【破壊神】の三文字がくっきりと浮かび上がっていた。
ウィルフレッドのジョブ適性判断が実行されました。
ぃゃー、ジョブ適性判断云々も久しぶりすぎて書くのにすんげー苦労しましたよ……
これを行うのは主教座聖堂の中にある水晶の壇なのですが、そこら辺の描写とかスッカラカンに覚えてなくて。ラグナ神殿訪問でライトがブッ倒れた云々とか、見返したら第178話でした……
何とまぁ、実に800話以上ぶりのことで、丸二年以上昔の初期も初期の頃の事件でした。そりゃ健忘症な作者じゃ覚えてねぇわ!(º∀º) ←開き直り
前話のホロ達の行く末も気になりますが、それ以上に気がかりなのが最後の超絶不穏な三文字の出現。イグニスの行く末や、如何に———




