第989話 迫る対峙の時
慌ただしい十月があっという間に過ぎ、街中からハロウィンカラーが消えてしばらくした頃。
十一月初旬のとある日、レオニスは冒険者ギルド総本部に呼ばれてギルドマスター執務室にいた。
レオニスが入室した時には、相変わらず書類の山に囲まれていたパレン。
書類の山の奥から手を振りながら「すまん、レオニス君!もう少ししたらそっちに行くから、しばし茶でも飲んで待っててくれ!」とレオニスに声をかける。
パレンが仕事に追われているのはいつものことなので、レオニスも気にせず「はいよー」とだけ答え、執務室中央にある応接ソファに座ってのんびりと待つ。
しばらくしてパレンの第一秘書シーマが運んできた珈琲を啜るレオニス。
建物の外は強めの木枯らしが吹いており、時折パレンの後ろの窓がカタカタと音を立てる。
温かい珈琲の芳しさを堪能していると、パレンが席を立ち「ンッ、フォゥゥゥゥ……」という声を漏らしながら腕を上げて背伸びしている。これだけの書類の山に囲まれていれば、さぞや肩も背中も凝ることだろう。
そうして執務机から応接ソファに移動してきたパレン。
本日のパレンの衣装は、ウォヴィッチと呼ばれる民族衣装であった。
白いレース地の長袖ブラウスに黒いベスト、パスキと呼ばれる膝より長いふんわりとしたスカートはエプロンとセットで、ベストと同じ黒地に見目鮮やかな青や緑の縦ストライプ柄がとても愛らしい。
白ブラウスの袖やベストの胸元、パスキの裾など至るところに薔薇柄の刺繍が施されていて、愛らしさの中にも凛とした美しさを感じさせる衣装だ。
そして首元には赤い丸玉の三連ネックレスをかけていて、頭にも薔薇柄刺繍入りのヘッドドレスを着けている。
靴は黒地のショートブーツに赤い紐。とことん細部にまで拘った衣装である。
うおッ……こりゃまた久々にパンチの効いたのが来たな……これ、どこかの外国の民族衣装だよな?
ふんわりスカートにレースのブラウス、縦縞エプロンにヘッドドレス、どれも可愛らしいデザインだなぁ……着ているのはムキムキマッチョの筋肉ダルマなんだが。
しっかし、毎回毎度不思議でならんのだが……あのヘッドドレス、一体どうやってスキンヘッドの上に留めてんだろ?
でも一番不思議なのは、それでも何だかんだ言ってマスターパレンが着れば何でも似合って見えることなんだよなー。あんなん俺が着て外を出歩いたら、絶ッ対ェーに即通報されるわ……
そうならないのは、やはりマスターパレンの人徳ってやつなんだろうな。さすがだ、マスターパレン!
パレンの衣装を一通り眺めたレオニス、今日もパレンの凝ったコスプレを頭の天辺から爪先まで眺めて感嘆している。
パレンのコスプレをここまで高評価するのは、レオニスをおいて他にはおるまい。
レオニスの密かな高評価を受けつつ、パレンがパスキをふんわりと靡かせつつレオニスの真正面にポスン、と座る。
いつもは男らしいパレンも、可愛らしい女装を着ると微妙にその仕草もお淑やかになるようだ。
「レオニス君も忙しいだろうに、呼びつけてすまない。竜騎士団のシュマルリ研修はどうだね?」
「今は第四陣が研修中だ。四番手ともなれば、竜族達もだいぶ竜騎士達と親睦を図れるようになってきたし、竜騎士達の基礎力の底上げもかなりできてきてるんじゃねぇかな」
「ほう、それはいいことだな!年明けの邪竜の島殲滅作戦には、我ら人族側も万全を期して挑まねばな」
レオニスが今手伝っている真っ最中の、竜騎士団によるシュマルリ山脈南方研修。
竜騎士が六人一組となり、シュマルリ山脈南方で一週間を野営で過ごす。これを五回繰り返す予定だ。
現時点では四組目がシュマルリ山脈南方で過ごしており、次の最後の一組が研修を終えれば全行程を無事完遂ということになる。
一週間という短い間ではあるが、厳しい自然環境で野生の竜族達と修練を経て顔見知りになっておけば、来たる邪竜の島討滅戦においても連携が図れるだろう。
廃都の魔城という共通の敵の弱体化のために、決して負けられない戦いなのである。
「……で? 今日俺をここに呼んだのは何だ? 何か起きたのか?」
「ああ……これは極秘中の極秘なんだが。ラグナ教の新しい大教皇、総主教、大司教が決定したという連絡がきた」
「…………ッ!!」
パレンの告げた呼び出し内容に、レオニスは思わず息を呑んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……そういや今年以内に、ラグナ教上層部の入れ替えが決まっていたな」
「ああ。ラグナ大公の温情ある御沙汰により、ラグナ教最高幹部の交代猶予が一年与えられた。その期限がそろそろ迫りつつある」
「……そうだな。今はもう十一月だし、残り一ヶ月だもんな」
レオニスとパレンが事件を振り返りつつ、しみじみとした声で話し合う。
ラグナ教内部に悪魔が潜んでいたことが判明したのが、去年の十二月初旬。
数々の内部調査を経て、アクシーディア公国国主のラグナ大公の沙汰が下されたのが十二月二十三日。
ラグナ教現大教皇エンディと総主教ホロの辞任は確定していて、新体制への引き継ぎとして一年の猶予が与えられた。
それから約十一月が過ぎ、ラグナ教現体制に時間は残り約一ヶ月となっていた。
しばしの沈黙の後、レオニスが徐に口を開いた。
「と、なると……そろそろあの魔剣と対峙しなきゃならんな」
「だな。新しい大教皇が決まったという連絡をくださったエンディ大教皇も、そのことを非常に気にしておられた」
「いつ対峙できるかとか、具体的な話はしてたか?」
「ああ。新大教皇と新総主教の任命式の日は、一切の部外者を入れずにラグナ教関係者だけで執り行うという。その任命式が済んだ後なら、誰にも邪魔されることなく魔剣と向かい合うことができるだろう、と仰っておられた」
「その任命式ってのは、いつ行われるんだ?」
「来月の十二月十五日だそうだ」
レオニスの問いかけに、淀みなく答えていくパレン。
普段は巡礼者や観光客で大勢の人が訪れるラグナ神殿。魔剣【深淵の魂喰い】が奉られている水晶の壇の間にも、ジョブ適性判断を行う人々で常に賑わう。
そうした人々がいては、とてもじゃないがレオニスと魔剣の対峙は叶わない。
魔剣【深淵の魂喰い】との対峙とは、それ即ち廃都の魔城の四帝【武帝】との直接対決だからだ。
その点、ラグナ教の最高幹部の刷新に伴う任命式ならば、確かに部外者を締め出すことが可能だろう。
それはレオニスと魔剣【深淵の魂喰い】が誰にも邪魔されることなく対峙できる、最初で最後の絶好の機会に間違いなかった。
「……よし、分かった。その日は絶対に、何が何でも空けておくわ。マスターパレン、教えてくれてありがとう」
「いやいや、何の。もし良ければ私も付き添いとしていっしょに行こうか?」
「……いや、いい。何が起きるか分からんし、冒険者ギルドマスターであるあんたまで危険に晒す訳にはいかん。気持ちだけありがたく受け取っておく」
「……そうか。これまでの聖遺物との対決時の話を聞く限りでは、その場に誰がいてもレオニス君の力にはなれないようだしな。私が足手まといになってもいかんだろう」
マスターパレンの同行の申し出に、レオニスは少しだけ考え込んだ後にきっぱりと断った。
廃都の魔城の四帝との対峙は、レオニスですら常に命の危険を感じる程の熾烈な戦闘になる。そんな危険な場所に、冒険者ギルドマスターであるパレンを巻き込む訳にはいかない。
それに、四帝との戦闘時には亜空間のような異次元空間に飛ばされるため、そもそも誰が同行してもレオニスの助太刀をすることなど不可能だった。
いよいよ最後の聖遺物の対峙の日が決まったことに、レオニスの顔には緊張とともに闘志が燃え盛る。
既に冷めきった珈琲をクイッ、と一気に飲み干し、ソファから立ち上がった。
「とりあえず俺は、最後の聖遺物との対峙に備えて準備を整える。その間ラグナ教側から何か連絡が来たら、俺にもまた教えてくれ」
「承知した。レオニス君もまたこれから大変だろうが、頑張ってくれ。私でできることならば、何でも手伝おう」
「ありがとう。マスターパレンにそう言ってもらえると心強い」
レオニスがソファから立ち上がったことに、パレンもまた立ち上がりながらレオニスを激励する。
パレンが差し出した手に、レオニスも手を差し伸べて固い握手を交わす。
パレンの熱い応援の眼差しを背に受けながら、レオニスはギルドマスター執務室を後にした。
久々のマスターパレンフルコスプレ&ラグナ教事件関連です。
ラグナ教に唯一残る魔剣【深淵の魂喰い】、話に出てくるのは第789話以来ですか。
ぃゃ、作者は決してこの話を忘れてた訳ではないんですよ?
ただ、他のあれやこれやが山盛りあって、なかなか話を差し込めなかっただけでして……
というか、今日の作者は外泊してまして。家の外のホテルでこれを執筆しています。
明日には帰宅する予定なのですが、投稿も何とか時間ギリギリ間に合いそうで一安心。
明日も更新できるよう頑張ります!




