第985話 レオニスとシンラの初手合わせ
レオニスとシンラの、拳で語る挨拶代わりの初手合わせ。
それは、最初のうちは割と静かなものだった。
ラキの合図の掛け声と同時に、瞬時に双方後方に飛び退き距離を取る。
そしてシンラは身体の大きさを少し縮めて、ラキと同等くらいの体格になった。
サイサクス世界のトロールには、二つの大きな種族特性がある。
一つは回復能力。その驚異的な回復力は、即死攻撃さえ受けなければ大抵の危機は乗り越えられるという。
深い傷を負っても一分もしないうちに傷が塞がるし、腕や足が斬り落とされてもその場でくっつければ元通りに動かせる。さすがに首を斬り落とされたらジ・エンドだが。
もう一つは、身体の大きさを自在に変えられること。
トロールの標準的な身長は7メートル前後だが、変身能力を使えばその身長の最小は小人サイズにもなれる。
体躯が大きければ屈強な怪力を持つ戦士だが、小さくなると素早さが途轍もなく上昇し、目にも留まらぬ早業で相手を翻弄する攻撃を駆使する。
対戦相手や状況により身体の大きさを変化させる戦い方は、他の種族には真似できない芸当である。
一説によると、トロールの変身能力は大小の変化だけに留まらず、どんな見た目の姿にも変身できるらしい。ただし、シンラが束ねるトロール族にその能力があるかどうかは、現時点では定かではない。
シンラが体格を縮めたのを見て、レオニスがニヤリ……と笑う。
「ほぅ……トロールには身体の大きさを変える能力があるってのは、人族の間でもぼちぼち噂されてはいたが……本当なんだな」
「お、人族ってのはそんなことも知ってんのか? 俺らトロールって、意外と有名?」
「いや、そんなこと知ってんのは俺ら冒険者くらいだろうさ」
「そりゃ残念。だが、番人の言う冒険者っての? 何だか面白そうだな!」
レオニスとシンラ、二人は軽い雑談を交わしながらも、その間にかなり激しい連打の応酬が繰り広げられている。
今のところレオニスはまだ大剣を抜いていないので、シンラとの攻防は拳と蹴りを用いている。
そうしてシンラの体格はどんどん縮んでいき、ついにはレオニスと同じくらいの背丈になった。
こうなると、シンラの動き回るスピードは格段に早くなる。
だが、パンチや蹴り自体はもともとの筋力の高さでかなりの威力がある。背丈はもとの三分の一以下になったのに、打撃力はもとの力の半分以上保てている。
通常サイズの時には全ての動作が大振りになりがちだが、レオニスと同等サイズになれば空振りする率もかなり減る。
そのためシンラが繰り出すレオニスへの攻撃はほとんどヒットし、レオニスは防戦一方になっていった。
「オラオラオラオラァ!どうした!森の番人の実力はこんなもんじゃねぇんだろ!?」
「いやいや、そっちこそこの程度で俺を倒せると思ってんじゃねぇだろうな?」
「言ったな!? ならもっと速くしてやるぁ!」
シンラの攻撃を尽く躱したり弾いたりして、ダメージを最小限に抑えるレオニス。
大きな声で煽ってくるシンラの言葉にも、余裕の表情で答えている。
その余裕ぶりに、シンラは少しだけカチン!ときたようだ。
シンラは身体の大きさをさらに小さくし、ライトくらいの身長に変身した。
その攻撃スピードはさらに増していき、レオニスと同じくらいの背丈の時より三倍以上の手数が増えた。
ただし、身体が小さくなった分だけパンチや蹴りの威力は落ちている。
攻撃の手数が増えたことで焦る様子など一切見せず、全ての攻撃を軽くいなすレオニス。シンラも現状では有効打に欠けることを察した。
再びレオニスサイズになったシンラ、一旦レオニスから離れて距離を置きつつ話しかける。
「やっぱちっこいままじゃ番人は倒せんか」
「当然だ。伊達に『森の番人』なんて呼ばれてねぇんだぜ?」
「ラキ兄があんたのことを認めている理由が、俺にも分かってきた気がするぜ」
「そりゃどうも。…………じゃあ、トロール族族長に直々に褒めてもらった礼として、俺も本気を出すとするか」
「…………ッ!!」
レオニスの強さを素直に認めたシンラ。やはり一度は直接拳を交えてみないと、分からないことはたくさんあるようだ。
そしてレオニスの方も、シンラからの称賛に応えるべく勝負に出る。
レオニスが左手を前に翳し、魔法を発動させる。
「岩槍叢生」
レオニスが短い詠唱を唱え終えた途端、シンラの周りの地面から多数の岩の槍が一斉に突き出してきた。
その本数は百本以上を超え、しかも突き出した岩槍の高さは通常サイズのシンラの倍以上、優に15メートルはあろうかという長さだ。
岩でできた巨大な三角錐の槍がシンラを襲う。
「……ッ!!」
シンラはその岩槍全てをとっさに避けきった。これは、レオニスサイズになっていたからこそできた業だ。
シンラの素早い回避に、離れたところで見ていたラキやライト、ラウルも「ほぅ……」と感心している。
だが、レオニスの魔法攻撃はなおも容赦なく続く。
今度は右手を高く翳し、シンラのいる場所の真上に巨大な魔法陣を水平に出現させた。
「澎湃波濤」
「がぁッ!!」
頭上から突如降ってきた滝のような水に、シンラが思わず悲鳴を上げる。
それは、中位ドラゴン達とのリベンジの宴の時にもレオニスが使用した上級水魔法。
シンラの頭上に現れた巨大な魔法陣から、螺旋状に渦巻く極太の水柱が怒涛の勢いで噴出し、シンラに襲いかかる。
その極太の水柱の水圧は、かなりのものと思われる。
だが、シンラもこの程度ではまだへこたれない。両腕で頭を庇い、降り注ぐ水柱に耐え続ける。
もしこれが建物の中などの閉鎖空間だったら、間を置かずして溺れてしまうことだろう。
だがここは、遮るもの一つない野外。先程地面から生えてきた岩槍は未だに残っているが、それでもレオニスの水魔法により溺れさせられる訳ではない。
頭上から落ちてくる水は、ただ単に水の重さがのしかかってきて身動きが取れないだけで、他に害はない。
この水魔法が途切れたら、岩の林を飛び出して反撃だ―――シンラがそう考えていた、その時。
レオニスが再び左手を前に突き出して、新たに別の魔法を繰り出した。
「千擊万雷」
「!!!!!」
澎湃波濤の水が途切れた瞬間に放たれたのは、上級雷魔法。
バリバリバリバリッ!という、耳を劈くような落雷の衝撃音が響き渡り、発光する雷の眩しさでシンラとレオニスの姿がほとんど見えない。
それはさながら豪雨のように、強い雷が数多降り注ぎ続ける。
今レオニスが放ったのは、シンラを中心として直径10メートル程度の大きさだが、この直径を大きく広げれば広域殲滅魔法として使える。
ただし、そこまで大掛かりなことをするには当然膨大な魔力も必要となるので、如何にレオニスでもそうそう使えるものではないが。
数秒間多数の雷が迸り、魔法陣の自然消滅とともに落雷も収まって辺り一帯に静けさが漂う。
ラキの足元に澎湃波濤の水が流れてきて、ラキの正装のロングブーツの爪先を濡らす。
そのしばらくの後、ラキの後ろにいたライト達がラキのもとに駆け寄ってきた。ラキの横に辿り着く頃には、バシャバシャと水を蹴る音が聞こえる。
「ラ、ラキさん、今のあれ……シンラさん、大丈夫なんですか!?」
「あ、ああ、今すぐ様子を見に行ってくる」
しばし呆然としていたラキ、ライトの声に我に返りすぐさまレオニス達のいる場所に駆けていく。
もちろんライトもラキの後についていく。
ラウルは一足先に空を飛んで、岩の槍の林の上からシンラを探している。
「……おーい、ここにいるぞー」
岩槍の林のど真ん中辺りを飛んでいたラウルが、シンラを見つけてラキに向けて声をかけた。
ラキは上空にいるラウルを頼りに、岩の槍の合間を縫うようにして進んでいく。
そうしてラウルのいる場所の真下に到着したラキ。彼の目に映ったのは、白目を剥いて仰向けに倒れているシンラの気絶した姿だった。
「「「……(え、えげつない)……」」」
シンラは身体中黒焦げになっていて、着ていた腰蓑のような衣装も真っ黒焦げだ。
だが、シンラ本人は気絶していながらもその回復力は働いているようで、火傷したような肌がみるみるうちにもとの薄緑色の肌に戻っていく。
トロール族の尋常ではない回復力、その真骨頂を見た三人は驚きを隠せない顔になっている。
ライトとラウル、ラキの三人が倒れたシンラの近くでしばし無言で佇んでいると、遅れてレオニスがやってきた。
本当ならレオニスも空を飛んで確認できるだろうに、シンラとの約束を律儀に守って飛ばずに岩槍の林の間をすり抜けてきたらしい。
そして気絶しているシンラを一目見て、感嘆したように呟く。
「……おお、もう肌がもとに戻ってんのか。トロール族の回復力は、マジ半端ねぇな」
「レオニスよ……お前、本当にえげつないな……」
「ン? 何でだ? トロールならこれくらいで死ぬ訳ねぇだろ?」
「そりゃそうだが……」
先程のレオニスの猛攻にラキがドン引きしているが、レオニスはきょとんとした顔をしている。
実際に、シンラはレオニスのあの攻撃を受けても気絶しただけで死んではいないのだから、レオニスが不思議がるのもある意味致しかたない。
しかし、ラキがドン引きするのもこれまた致し方ない。
手合わせを始める前に、ラキが『双方死なない程度に力を尽くせ』とは言ったが、よもやこれ程壮絶なバトルが繰り広げられるとは思ってもいなかったのだ。
「それよりラキよ、この勝負は俺の勝ちでいいか?」
「……あ、ああ。この勝負はレオニス、お前の勝ちだ」
「ッしゃーーー!!」
トロール族族長との正々堂々の一騎打ちに勝利したレオニス。
勝てたことを純粋に喜ぶレオニスに、他の三人は未だに呆然とした様子でその場に立ち尽くしていた。
レオニスとシンラの真剣勝負回です。
拙作は毎回毎度バトルシーンが続きません!今回も一話完結です!><
別に、バトルシーン考えるのが苦手!とか、嫌々書いているとかじゃないんですが。何でか続きません。ホント、何で?
そして、作中でレオニスが駆使する魔法が二種類新たに出てきました。
拙作の魔法は基本的に短い名称的なものばかりで、長々とした詠唱はないんですが。それでもたまぁーに『我は命ずる、出でよ○○!』みたいな厨ニ病テイスト満載な詠唱を書いてみたーい!とか思ったりして( ̄m ̄) ←でも結局めんどくさくてやんない人
というか、婚会の四文字詠唱だって結構苦労したんですよねぇ…(=ω=)…
散々悩みながらようやく捻り出したくらいで、実は新キャラの名付けと大差ないくらいに魔法の名称も苦戦してたりします。
そんなの作者だけかもしれませんが、この手の作業ってホント地味ーにキツいんですよねぇ…_| ̄|●…




