第983話 一族を率いる者としての資格
シンラとの対戦のために、ライト達は場所を移動する。
その道すがら、シンラとラキが軽く雑談を交わす。
「ラキ兄も、番人と戦ったのか?」
「もちろん」
「結果はどうだったんだ? もちろんラキ兄の圧勝だよな?」
「いや…………引き分けだった」
「え"? マジ?」
ラキがかつてレオニスと対戦し、その結果が引き分けだったということにシンラが目を極限まで見開いて驚いている。
己が兄貴分と慕うラキが、まさか人族相手に引き分け=勝てなかったなどとは、夢にも思わなかったのだろう。
ものすごく意外そうな顔で、さらに質問を続ける。
「え、え、ラキ兄が人族に殴り負けるなんてことねぇよな? ……あ、もしかしてコイツ、魔法使うんか?」
「ああ。レオニスは魔法も使うし剣も達人級だし、何なら空まで飛ぶぞ」
「え"え"ッ!? ちょ、待て待て待って、人族って空飛ぶんか!?」
ラキが語るレオニスの戦闘スタイルに、シンラがますます大慌てになる。
トロール族は、ラキ達オーガ族と同じく肉弾戦を得意とする戦闘民族。魔法が不得手で空を飛べないところも同じだ。
そしてそれは人族も同じようなもんだ、とシンラは考えていた。ところがどっこい、レオニスにはそれが当て嵌まらないと知り泡を食っているのだ。
いや、実際のところはシンラのその認識はほぼ正しい。普通の人族とは空を飛ばないものだ。
だが大部分の人族に該当するそれは、残念ながらレオニスには当て嵌まらなかっただけなのである。
そしてそれは、かつてのラキも散々驚かされてきたことだった。
ラキはかつての己を見るような気持ちで、シンラに語りかける。
「お前のその感覚は、まぁ正しい。普通の人族というのは、今でも飛ばんものだ。だがな、この人間―――レオニスに限っては、人族に対する常識が一切当て嵌まらんのだ」
「ええええ、ウッソだぁー……」
「何だ、我が嘘を吐いているとでも言うのか?」
「ぃゃ、そういうつもりじゃねぇんだけどよぅ……」
ラキの話にシンラは愕然とする。
もちろんシンラとて、兄貴分と信頼するラキが嘘を吐いているとは思っていない。そんな嘘を吐いたところで何のメリットもないし、戦い始めればすぐに分かることだ。
だが、もしラキの話が全て真実だとすると、それはそれで非常に事態はマズい。
シンラは空を飛べず魔法も使えないので、レオニスに空から魔法攻撃を使われたらそれこそ手も足も出ない。一方的に蹂躙されてボロ負けすることが確定だからだ。
シンラが青褪めながら、後ろにいるレオニスの方を見遣る。
「な、なぁ、番人。一つ頼みがあるんだが……」
「ン? 何だ?」
「今からの勝負、空を飛ぶのナシにしてくんね?」
「…………はァーーー?」
シンラとの勝負に全身全霊全力で挑むつもりだったレオニス、シンラからの手加減要請?に思いっきり眉を顰める。
「勝負する前から何言ってんだ」
「いや、だってよぅ……俺は空を飛べんのにお前は飛べるって、それ、ズルくね?」
「………………(プチッ」
ン? 何か紐でも切れるような音がした?と思った、次の瞬間。
レオニスからものすごい強烈な圧が放たれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
突然のことに、ライトは「ピエッ」と小さな悲鳴を洩らし、ラウルは『あー、やっちまったな……』という顔をしながらさり気なくライトの前に立ちレオニスの殺気から庇う。
シンラは言わずもがな石のように固まり立ち竦み、ラキもその場で足を止める。
シンラを藪睨みするレオニスから、今にも射殺されそうな鋭い視線と『ズガドゴドガギャギャギャ……』という地の底を大いに揺るがすドス黒いオーラが陽炎のように揺らめき立ち上る。
あまりにも凄まじい圧を放つレオニスに、後ろを振り向いていたシンラがビクンッ!と飛び上がり無言になる。
「てンめー……何寝呆けたこと吐かしてやがんだ? 俺より三倍以上もデカい図体してるくせして、どの口で『ズルい』とか言ってやがんだ、あァン?」
「そ、それは……」
「つーか、そもそもこれは手前ェの方から俺に手合わせしろって言ってきたことで、手前ェで売った喧嘩だろうがよ。それを何だ、俺が飛べることを知った途端に後から値引き交渉か? フザケてんじゃねぇぞコラ」
「い、いや、だから、その……」
不機嫌さを隠そうともしないレオニスの圧に、シンラはおどおどしつつ口篭る。
実際レオニスの言い分はどれも正当なもので、どこも間違ってなどいない。それだけに、シンラも反論のしようがないのだ。
そしてレオニスの不機嫌さはさらに募る。
「つーか、貴様何か。俺が普通の飛べない人族なら、そのまま大喜びで嬲り倒してたってことか。いい根性してんじゃねーか」
「……ぅぅぅ……」
「俺はな、お前のその性根が気に食わん。自分から喧嘩吹っかけておいて、いざ勝ち目のない勝負になった途端に怖気づくなんざ、話にもならん。貴様それでもトロール族の族長か!?」
「……ぅぅぅ……」
「貴様もラキの弟分を名乗るなら、ラキを見習え!俺と初めて戦った時のあいつはなぁ、俺が飛んでも魔法を使っても剣を振り回しても、全部真正面から受けたり必死に避けるなりして全力で戦ったんだぞ!!」
「………………」
怒りを顕にしてガーーーッ!とシンラを責め立てるレオニスの言葉に、シンラはぐうの音も出ない。
これがもしただの力試し的な戦いならば、レオニスもここまで言いはしなかっただろう。
だが、シンラはトロール族の現族長。曲がりなりにもトロール一族を率いる長である。
その長がこんな情けないことをしていては、他の者に示しがつかんだろうが!という抗議も含まれていた。
するとここで、見兼ねたラキが話に入ってきた。
「レオニスよ……すまんがそこら辺で許してやってくれるか……」
「あァ? ラキ、まさかお前までこいつの言い分がまともだと思ってやがんのか?」
「いや、我とてこれを擁護はできん。全てお前の言う通りだし、お前が怒るのも尤もだと我も分かっている。だが……こんな情けないやつでも、我の弟分なのだ……」
大きな身体を縮こまらせるシンラに、ラキは憐れみの目を向けながらシンラの肩を擦る。
それはまるで、幼い弟を庇う兄そのものの光景だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シンラを庇うラキの言葉に、周囲の全員はしばし無言になる。
横たわる静寂の中、再びラキが口を開いた。
「それに……我もシンラの気持ちが分からんでもないのだ。空を飛べぬ我らにとって、頭上は最も手薄で―――空中からの攻撃は、いとも簡単に我らに致命傷を負わせてくれるからな……オーガの里が単眼蝙蝠の群れに襲われた時のことは、未だに我の中で強烈な恐怖となって残っている」
「それは……」
「だから許せ、と言う訳ではないが……それでもここは、我に免じてシンラの無礼を許してやってはくれまいか。……この通り、頼む」
静かに語るラキの言葉に、レオニスは一瞬言葉に詰まる。
オーガ族やトロール族のように、魔法が不得手で飛行能力のない種族にとって飛行種族の空からの襲撃は絶大な脅威だ。
ラキが住むオーガの里も、かつて屍鬼将ゾルディスの手の者に襲われて絶体絶命の危機に陥ったことがあった。
いわゆる『オーガの里襲撃事件』である。
その時のことを恐怖として、包み隠すことなく語るラキ。
あのオーガの里襲撃事件が発生したのは、昨年の十一月中旬頃。もうすぐ一年が経過しようとしている。
だが逆に言えば、あれからまだ一年も経っていない。
口調こそ静かで表情も凪いではいるが、今もラキの中で癒えていないという恐怖心はきっと嘘偽りない本音なのだろう。
そしてオーガの里襲撃事件には、レオニスもライトとともに現場にいた一人なので、ラキの心情が痛い程よく分かる。
あの時のラキは、里の存亡のみならず自らの生命さえも屍鬼化の呪いによって失いかけた。その時の恐怖は如何ばかりか。
その上ラキは、レオニスに向かって深く頭を下げてきたではないか。
そこまでされたら、レオニスももうこれ以上強くは言えなかった。
「…………しゃあないなぁ。お前にそこまでされたら、俺だってこれ以上どうこう言えねぇよ」
「これはひとえに不甲斐ない我らのせいだ、迷惑かけて本当にすまない」
「気にすんな。俺もちょっと言い過ぎた」
「いや、お前の言っていることは全て筋が通っていたし、何もかもが正しい。だからお前の方こそ、言い過ぎたなんて気に病まないでくれ」
振り上げた拳をすんなりと引っ込めたレオニスに、ラキが改めてレオニスに謝罪する。
そしてラキはシンラの方に身体を向き直した。
「シンラよ。先程レオニスが言っていたことを、お前は理解できているか?」
「ああ……俺、すっげー情けないことを言っちまった……」
「そうだな。一族を率いる者として、あるまじき行いだったな」
「俺……族長失格かな?」
兄貴分のラキに諭されたシンラ。これまでにない程に萎れて項垂れている。
正直な話、シンラはレオニスとの勝負で負ける気など微塵もなかった。それは、体長7メートルを超えるトロールの恵体と無類の怪力、そして尋常でない体力と回復力を以ってすれば誰にも負けない自信があったのだ。
だがそれは、自分と同じ地上に立つ者であることが大前提だった。よもや人族のレオニスに、飛行能力があるとは予想だにしていなかったのだ。
それを覆されたことで、シンラは柄にもなくレオニスに『ズルい』と言ってしまった。そんなことを言ったら、自分の背丈の半分にも満たない小さな者に殴り合いの喧嘩を挑む方が余程ズルいというのに。
無意識のうちに取ってしまっていた己の卑怯な行い。それをレオニスにズバリと指摘され、さらには見兼ねたラキに止められて庇われたことが、シンラには心底堪えていた。
だからこそ、自分は族長失格なのでは……?と考えたのだ。
そして、シンラが初めて見せた弱気な姿勢に、ラキが再びシンラの肩に手を置いて語りかける。
「そんなことはない。今日のことが間違いだったと、自分で気づけたのならば……直していけばいいだけのことだ」
「そ、そんなんでいいのか? ラキ兄だって、俺に呆れただろ?」
「呆れはしたが、見捨てる程のことでもない。それに……」
「それに?」
懸命にシンラを宥めるラキが、一瞬だけ言葉を止める。
そして何やらキョロキョロと辺りを見回し始めたではないか。
ラキ兄、一体何をしてんだ?という顔のシンラ。
周囲を見回していたラキが頭を止めて、改めてシンラに話しかけた。
「幸いここにいるのは、我らだけだ」
「ン? それがどうかしたのか?」
「つまりだな、他のトロール達には見られていない、ということだ」
「……ッ!!」
ラキの言葉に、シンラの顔がハッ!とする。
つまりラキは『今の場面を他のトロールの誰にも見られていないんだから、族長失格なんて咎める者もいない』と言いたいのだ。
そしてそれは、今の出来事を完全になかったことにするのではなく、己の胸の内に仕舞ってこれからの戒めにしろ、ということでもある。
ただし、ここら辺の機微はシンラにきちんと伝わっているかどうか怪しいので、ラキもちゃんと口に出してシンラを諌める。
「ただし。トロール達には見られておらずとも、我らは確と見ていたからな? これからお前が族長として、より大きく成長していけているかどうか。それを我らはずっと見ているぞ?」
「あ、ああ……俺、いつかラキ兄に負けないくらいに立派な族長になってみせる!」
「その意気だ」
フフッ、と不敵な笑みを浮かべつつシンラに笑いかけるラキ。
兄貴分の心からの励ましを受け取ったシンラの顔は、実にいきいきと輝いていた。
レオニスとシンラ、拳を交える直前の前哨戦です。……と思ったら、本戦に入る前にあれよあれよとおかしな方向に…( ̄ω ̄)… ←いつものこと
まぁねー、実際のところ三倍以上の体格差がある者同士の戦いって、本来なら勝負になりませんよねぇ。
人間に例えるなら、160cmの人が50cmの人に勝負を挑むのと同じこと。50cmの人間って、それほぼ赤ちゃんじゃん……て話に。
まぁ人族とトロール族では種族が異なるので、体格差だけで一概に判断はできませんけども。
それでも肉弾戦前提の勝負なら、やはり体格が大きい方が有利に働く面も多い訳で。それらを埋めるために、レオニスは常に各種魔法の習得や剣技を磨くことに腐心し、誰よりも熱心に取り組んできました。
そうした地道な努力の甲斐あって、今の地位や人脈などを築いてきた訳です。それを『ズルい』と言われたら、そりゃあキレるという訳ですね。
さて、最後に基本どーでもいい作者の体調報告。
五回目のコロナワクチン接種の発熱は、今朝ようやく収まりました。
久しぶりの発熱&冬に向かう急激な冷え込みで、なかなかにしんどかったですが。もう大丈夫!作者は華麗なる復活を遂げました!ㄟ( ̄∀ ̄)ㄏ ウヒョー☆
拙作の記念すべき1000話到達まであと半月。この先一話も休むことなく執筆していけるよう、これからも頑張ります!




