第975話 ユグドラシアの旧友
お茶会の準備が整い、敷物に集結するライト達。
自分達がお茶会を始める前に、まずは大神樹ユグドラシアへのご馳走を振る舞う。
今回のブレンド水のベースは、先日ユグドラツィにあげたのと同じ天空島のアクアの泉の水。
この水だけでも相当な高魔力が含まれているので、後から混ぜるのはエクスポーションなどのHP回復系やメロン果汁などのフレーバーをプラスした。
まずは何も入れてない素の状態のアクアの泉の水をバケツ一杯分、ユグドラシアの根元にかける。
『これが、エル姉様の御座す天空諸島に新たに生まれた泉の水……ツィからも話に聞いてはいましたが、これ程に素晴らしいとは……たった一杯の水なのに、全身が清らかな空気に包まれて……まるでエル姉様のお傍にいるかのような気分です』
うっとりとした声で感想を漏らすユグドラシア。
100メートルを越す巨木のユグドラシアからしたら、バケツ一杯の水など大さじ一杯分あるかないか程度だろう。それなのにその味が全身に染み渡る程に美味しく感じるとは、アクアの泉の水の威力の凄まじさが分かろうというものだ。
その後順次HP回復ブレンド水やフレーバー水をレオニスやラウルが根元にかけていき、どれも概ね好評を得ていた。
バケツ五杯分を与え終えた頃には、ユグドラシアもすっかり満足したようだ。
『今日も珍しくて美味しい水を、たくさんくれてありがとう。今日の素晴らしい水を飲んだことで、私の身長が1メートルは伸びた気がします』
「「「「…………」」」」
ユグドラシアの言葉に、この場にいる全員が思わずユグドラシアの天辺あたりを見上げる。
だが悲しいかな、ユグドラシアの姿は雄大過ぎて本当に1メートル伸びたかどうか誰も判断がつかない。
全員口にこそ出さないが、内心『え? アクアの泉の水って、そこまですごい効果があんの?』と思いつつ首を真上にして見上げるも、残念ながら地上からでは何をどうしてもユグドラシアの天辺は見えない。
確かにアクアの水は高魔力で滋養豊富に間違いないが、五杯分飲んだだけで大神樹の身長が1メートルも伸びるとは驚きだ。
そういえば、かつてユグドラツィにエリクシル入りのブレンド水を飲ませた時にも、同じようなことを言っていたが。アクアの泉の水は、五杯あればエリクシル入りブレンド水に匹敵する程の滋養があるということか。
これはこれで、なかなかにすごいことである。
全員してぽけーっ……としばらく上を見ていたが、いち早く気を取り直したライトが満面の笑みでユグドラシアに話しかける。
「どれもシアちゃんに美味しく飲んでもらえて、すっごく嬉しいです!」
『いつも私やツィのことを気にかけてくれてありがとう。さぁ、今度は貴方方の番ですよ。ゆっくりとお茶会をなさい』
「はい!」
ユグドラシアがライト達を気遣い、四人でお昼ご飯を食べるように促す。
ライト達もその言葉に甘えて、早速お茶会を始めることにした。
敷物を何枚も繋げて大きな一枚にしたところに、全員が座って輪になる。
ラキとウルスは族長ということで隣同士に座り、一際体格が大きいラキの前を囲むようにして他の八咫烏やライト達が座る。
真ん中に置かれた様々なおやつやつまみを、各自好きなように取っては食べ始めた。。
「あーん、やっぱりラウルちゃんの一口ドーナツはすっごく美味ちぃー♪」
「たまごボーロ!これ、人里で食べた時にすっごく美味しかったのよねぇー!」
「私達もいつか、この里の中で料理ができるようになれればいいわねぇ」
フギンとレイヴン以外の八咫烏達は、久しぶりに食べる人里由来の食べ物に皆舌鼓を打っている。
八咫烏は、カタポレンの森の魔力があれば何も食さずとも生きていける。だが、こうして外の世界の食べ物を食べて慣れておくのは、実は彼らの未来を繋ぐことにも繋がっている。
これまで通り、八咫烏達が一生カタポレンの森の外に出ないのであれば、それも問題ないのかもしれない。
しかし、この世の中に絶対などということはない。ある日突然カタポレンの森の魔力が消え去ってしまった!なんてことが絶対に起きないなどとは、誰にも断言できないのだ。
八咫烏達とてそんな未来を望んでいる訳ではないが、これからは外の世界のことを積極的に知っていこうと決めた。
ライト達が振る舞う食べ物を食べることは、八咫烏達にとって外の世界を知る第一歩でもあった。
ちなみにラキには、今回はラウルが用意しておいた巨大串焼きが渡された。
一個当たり2kgのパイア肉の塊を肉叩き棒で平らに延ばし、それを二本の串に通してじっくりと焼いたものだ。
人族のお祭りでもよく見かける串焼き。これをオーガ族のラキでも、里の外で気軽に食べられるように、というラウルの配慮である。
「ラウル先生が作られる料理は、本当にどれも美味しいですな!」
「この程度の串焼きなら、もうラキさんとこでも作れるさ」
「いやいや、我々などまだまだラウル先生の足元にも及びませぬ。これからもご指導くだされ」
超特大串焼きを、ご機嫌な顔でもっしゃもっしゃと食べるラキ。
他者から見たら超特大でも、ラキが持って食べれば普通サイズの串焼きにしか見えない。
そうして皆で和気あいあいとお茶会をしている時に、ふとレオニスがユグドラシアに向かって話しかけた。
「そういえば、シアちゃんに一つ聞きたいことがあるんだが」
『何でしょう?』
「ここから然程遠くないところに、ドラリシオの群生地があるのは知ってるか?」
『もちろん。知っておりますよ』
「そうか。俺達、先日とある件でそのドラリシオの群生地に行く縁ができてな。シアちゃんとこからも近所だし、もしかしたらシアちゃんとも知り合いなのかも?と思ったんだ」
『そうでしたか』
その後ユグドラシアの話によると、ドラリシオはもともと『妖樹』という種族の一つだという。中でも千年以上生きた妖樹は『妖樹妃』という存在に進化するのだとか。
ちなみにライトがよく狩る咆哮樹も、種族としては妖樹の類いに入る。もっとも、ドラリシオと比べたら咆哮樹の方が知能が低く、凶暴性も高いのだが。
「ということは、あの群生地でマザーと呼ばれている彼女は、妖樹妃ってことになるんだな」
『そうです。私達普通の樹木でも神樹に至るように、妖樹もまた長き時を経て進化するのです』
「マザーは今五千歳らしいが、実際シアちゃんはマザーと会ったことはあるのか?」
『もちろんありますよ』
レオニスの問いに、ユグドラシアの枝葉がサワサワと揺れる。
『私はこの通り、地に根を下ろす樹木なので動けませんが……マザーの方からこちらに遊びに来てくれたことは、何度かありますよ』
「まぁそれは初耳ですわ」
『ああ、貴方達八咫烏が知らないのも無理はありませんね。彼女が会いに来てくれたのは、貴方達がここに里を形成するはるか前のことですから』
「シア様のお知り合いとあらば、私達も是非ともいつかお会いしたいものです」
ユグドラシアから初めて聞く秘話に、アラエルやウルスも驚きつつ話に入ってきた。
八咫烏達はユグドラシアのことを世界中で一番知っている自負があるが、そんな彼らですら知らないことがまだまだあるということなのだ。
そしてレオニスが続けてユグドラシアに問うた。
「シアちゃんとマザーが一番最近会ったのは、いつ頃のことなんだ?」
『彼女がマザーになってからは会っていないので、もう四千年は会っていないことになりますか……』
「そうか……」
ユグドラシアによると、ドラリシオ・マザーと何度か会ったことはあるようだが、それもだいぶ昔のことらしい。
どことなく寂しげな口調に、聞いたレオニスの方もちょっとだけ沈み込む。
だがそれを払拭するように、すぐに明るい声でユグドラシアに話しかけた。
「そしたら、マザーに伝言したいこととかあるか? あれば俺達の方から伝えておくが」
『まぁ、またドラリシオの群生地に赴く予定があるのですか?』
「ああ、近いうちにまた訪ねる予定だ」
『そうなのですか……』
レオニスの配慮に、ユグドラシアはしばし考え込む。
そして徐にその口を開いた。
『そうですね……そしたら彼女にこう伝えていただけますか? 『またいつか、貴女にお会いできたら嬉しいです』と……』
「分かった。次にマザーに会った時に伝えておこう」
『ありがとう……レオニス、貴方にはいつも世話になってばかりですね』
ドラリシオ・マザーへの思いを口にしたユグドラシア。
この地を動けぬ彼女が得られる知己は、かなり少ない。お膝元で里を形成する八咫烏以外に、彼女のもとを訪れる存在はほとんどないに等しいのだから。
強いて言えば最近出会ったライトやレオニス、ラウル、そして今回新たに訪ねてきたラキがいるが、それとてここ一年以内の新しい出会い。
それより古い知り合いとなると、ドラリシオ・マザーくらいしかいなかった。
そんな彼女が、旧友とも呼べるドラリシオ・マザーに会いたいと願うのは当然のこと。
ユグドラシアの偽らざる気持ちを聞いたレオニスが、ニカッ!と笑いながら頭上を見上げる。
「そんなことはないさ。俺達だって、シアちゃん達神樹族にはいつも助けてもらってるしな!」
『だといいのですが……私達が貴方達にしてやれることなんて、木の枝と加護を与えたくらいですよ?』
「それだけでもありがたいことさ。神樹の木の枝なんて、俺達人族からしたらものすごく貴重なものだし。それに、何より普通の人族が神樹族から加護をもらえる、それ自体が奇跡にも等しいんだから。なぁ、ライトにラウル、お前達もそう思うだろ?」
レオニスから突然話を振られたライトとラウル。
両者もレオニス同様神樹族の加護や祝福を与えられており、その恩恵は身体能力向上に直結している。
故にライト達は即時「もちろん!」「当然だ」と答え、レオニスの論に賛同していた。
「よし、そしたらなるべく早めにマザーのところに行って、シアちゃんの言葉もちゃんと伝えて話しておくからな」
『ありがとう。よろしくお願いしますね』
レオニスからの思いがけない提案に、ユグドラシアの声も弾む。
ユグドラシアの弾む心を表すかのように、心地良い葉擦れの音が辺り一帯に響いていた。
大神樹ユグドラシアのお膝元でのお茶会です。
毎度お馴染みのお茶会と言いつつ、そこにラキが加わると何気に彼へのメニューに苦心してたりして。
前回(944話)はキュウリの丸かじりでしたが、さすがに毎回キュウリを丸かじりさせるだけってのも可哀想だよなぁ……ということで、今回は超特大串焼きを出すことに。
でもって、ユグドラシアとドラリシオ・マザーの関係も今回初めて出しました。
これは、作者の中で『ラウルですら前々からドラリシオの群生地を知ってたくらいなんだから、地理的に近所のユグドラシアだってマザーのことを知ってそうなもんだよね?』という思いがありまして。それを明確化させた次第です。
この先ユグドラシアとマザーが直接会えるかどうかは全くの未定ですが。いつか何らかの形で再会させてあげられるといいな、と思います( ´ω` )




