第966話 北の里の開墾
マザーのもとを離れ、群生地内で『北の里』と呼ばれる場所に移動するライト達。
超特急で行かねばならない訳ではないので、群生地の中をのんびりと歩いていく。
いや、のんびり歩くといっても案内役のカティアの歩幅が基準なので、進みはかなり早いのだが。
レオニスとラウル、マキシ達八咫烏三兄弟は飛行し、ライトとブルーム達はアクアの背に乗せてもらっていた。
その道中で、レオニスがカティアと会話を交わしている。
「今から行く北の里?ってのは、どんなところなんだ?」
『そこは主にブルーム達が住まう場所よ。血統で言えば、エミリィ様の系譜の子が多いわ』
「エミリィ……さっきマザーが言っていた、あのブルーム達の系譜か」
『そう。だから、あの篭に入っていた子達の療養の場としても最適なのよ』
「だな」
カティアの話によると、ドラリシオの群生地は主に原初の四姉妹の系譜に分かれて、それぞれの生息地があるのだという。
今ライト達が向かっている北の里は、ブルーム達の源流にして四姉妹の末妹のエミリィの系譜が集まる場所だそうだ。
そして南の方向にある南の里には長姉サーラ、西の南寄りには次姉グレース、西の北寄りに三姉ジェシカの里がある。
つまり、南側から時計回りに長女、次女、三女、四女の里があり、東側にはマザーが鎮座ましましている、という図である。
『私はジェシカ母様の系譜だから、普段は西北の里にいるのよ』
「そうなんだな。そうすると、ドラ恵やドラ代も系譜がそれぞれ違うのか?」
『そうね。あの子達は南の里と西南の里にいるわ』
するとここでカティアが足を止めて後を振り向き、皆の後をついてきたチルドレン達に向かって声をかけた。
『貴女達、ちょっとお願いがあるの』
「何でしょう?」
『……(ゴニョゴニョ)……』
「「「分かりましたー!」」」
カティアからの密命?を受けたチルドレン達が、一目散にその場を駆け出していく。
ピューッ!と駆けていくその勢いは、とてもじゃないが球根型の植物系魔物とは思えない足の速さである。
あっという間に去っていったチルドレン達に、レオニスが不思議そうな顔でカティアに問いかけた。
「あいつらに、一体何を頼み込んだんだ?」
『貴方の言う『ドラ恵』と『ドラ代』に、今すぐ北の里に来るように伝えて、とお願いしたのよ』
「何だ、俺に聞こえないようにヒソヒソ話にしたのは、もしかして名前を聞かせないようにするためか?」
『正解。あの子達の口から聞く前に、私の口からバラす訳にはいかないでしょう?』
秘密を守り通したことに、フフン☆とばかりに鼻高々に胸を張るカティア。
そんなことでドヤ顔のできる彼女の何と愛らしいことよ。
思わずレオニスも噴き出しつつ笑う。
「ププッ……ドラ子も変なところで気を使うんだな」
『あら、失敬な。ちっとも変なところじゃないわよ? 私達にとって、母様から名を賜ることはこの上ない名誉なことなのだもの』
「そうかそうか、そりゃ悪かった、笑っちゃいけねぇよな」
『そうよ、笑ってはいけないのよ? ……というか、レオニス。貴方、いつになったらその『ドラ子』と呼ぶのを止めてくれる訳?』
くつくつと笑うレオニスに、カティアが不満そうに物申している。ただしその目は黄金色のままなので、本当に心底怒っている訳ではなさそうだ。
とはいえカティアが不満に思っているのは事実。せっかく新しい名を賜ったのに、いつまでも旧い名で呼ばれるのは心外なのだろう。
そんな彼女の愚痴はなおも続く。
『貴方が未だに『ドラ子』って呼ぶから、アクア様にまで『ドラ子ちゃん』なんて呼ばれちゃったじゃないの。全くもう……』
「いやー、すまんすまん。ただ、俺だってお前が名有りになったなんてのは、今さっき初めて知ったばかりなんだ。だから、俺の中でまだお前は『ドラ子』なんだよな」
『そりゃそうだけど……』
「そんな訳で、呼び方もすぐには変えられんのは許してくれ」
『仕方ないわね……でも、この群生地を出る前までにはちゃんと覚えてね?』
「おう、何とか頑張るわ」
ぷくー、と頬を膨らませてブチブチと文句を言うカティアに、レオニスは悪びれることなく受け流す。
確かにレオニスの言うことも尤もで、三年ぶりに会うカティアはレオニスの中では未だに『ドラ子』なのだ。
レオニスのそんな言い訳を、すんなりと受け入れて許してしまうカティア。原初の四姉妹の三女の系譜なので、もともとそこまで苛烈な性格ではないのだろう。
そうこうしているうちに、すれ違うドラリシオの数が徐々に増えてきた。
その大きさは、レオニスやラウルの身長とほぼ変わらない。
際立って大きな個体が見当たらないのは、ここがブルーム達しかいないエリアだからだろうか。
カティアが近づくと、道を開けるためにスッ……と横に退くドラリシオ達。
すれ違うライト達を見て皆不思議そうな顔をしているが、その表情からは敵意や警戒心は然程見受けられない。
やはりドラリシオの中でも穏やかな者達ばかりが集う里のようだ。
そしてカティアがとある地点で立ち止まる。
そこには明るく開けた平地があった。
『着いたわ』
「……ここは……?」
『ここはブルーム達の静養所よ。何らかの理由で怪我をしたり、病気になった子はここで身体を癒やし休めるの』
そこにはカタポレンの森の木々はなく、太陽の光が燦々と降り注ぐ。
よりたくさんの日光を浴びることで、ドラリシオ達は光合成による療養回復をするのだ。
開けた平地の中央部分が畑のようになっていて、そこは土が耕されている。森の中特有の固い地面では、療養には不向きということか。
レオニスが畑のようになっている箇所の横でしゃがみ込み、その手に直に土を取りその柔らかさを確かめている。
「ここに、さっきのブルーム達の欠片を置くなり埋めるなりすればいいのか?」
『ええ。あまり深く埋めると日の光が届かなくなってしまうから、土を少しだけ掘ってその中に置くようにすればいいと思うわ』
「了解。ただ……今耕してある部分だけでは、百体分の欠片を置ききれそうにないな」
『そうね……さすがにこの北の里でも、百体ものブルーム達が一辺に療養したことは一度もないわ』
畑の広さを見回しながら呟くレオニス。その言葉に、カティアも同意しつつ頷く。
実際このドラリシオの群生地で、この静養所を同時に利用するのは多くても三体か四体までだ。なので、耕してある地面の面積もそこまで広く取っていない。
だが、今回レオニス達が連れてきたブルームの遺骸は百個近い。この百個を同時に静養所の地面に置くのは、とても無理そうだ。
さりとて複数回に分けて療養していくというのも難しい。
静養所に置いた時期によって回復量が偏るのはよろしくないし、後回しにした方の欠片が万が一にも腐り始めたらもっと困る。
できれば百個同時に療養を開始したいところだ。
しばし考え込んでいたレオニスが、改めてカティアに声をかける。
「なぁ、ドラ子。この静養箇所の面積?を増やすために、土を耕す部分を今から広げてもいいか?」
『そうね……幸いここにはまだ周りに耕していない地面があることだし、この子達のために広げても問題はないと思うわ』
「そうか、そりゃ良かった。……つーか、この北の里には長とか責任者みたいな者はいるか? もしいるなら、先にそいつに確認を取っておきたいんだが」
『ああ、それなら大丈夫。どの里においても、名のついたレディーならそれくらいの許可を与える権限は持っているから』
「じゃあ、お前の許可さえあればここを耕しても問題ないんだな?」
『ええ、そういうことね』
レオニスの『静養できる面積を広げる』という提案に、カティアは賛同の意を示す。
そしてカティアにはそれを即座に許可する権限が与えられているという。
ドラリシオの中でもレディーは上位種。群生地内の各所の治安や統治のための権限をマザーから与えられているのだ。
「じゃ、早速ここを耕すか。おーい、ライトー、こっちに来てくれー」
「はーい!」
レオニスの呼びかけに、ライトがアクアの背から飛び降りてレオニスのもとに駆け寄る。
「ライト、土魔法を使ってここの地面を耕してくれ」
「分かった!深さはどれくらい?」
「そうだな……回復したブルーム達が少しくらい大きくなってもいいように、1メートルくらいの深さはあった方がいいかな」
「平地の見える部分、限界ギリギリまで耕しちゃっていい?」
「いいぞ。何せ百体分のブルームが寝るベッドだからな」
「はーい!」
レオニスがライトを呼び寄せたのは、ライトに土を耕してもらうため。
もちろんレオニスやラウルだって、土魔法を駆使して耕すことはできる。だがここは、ライトの魔法修行も兼ねてやってもらうのが一番である。
レオニスから仕事を請け負ったライト。アクアに向かって元気良く声をかけた。
「アクアー、ここの地面全体にお水をかけてもらえるー?」
『いいよー』
ライトの頼みに、アクアがすぐに応じる。
アクアがその大きな右前肢を斜め上に向かって突き出し、ヒョイヒョイ、と円を描くように動かしている。
すると程なくして、静養所の畑の上に澄んだ水の塊が出来上がっていくではないか。
水の塊は平べったくて、ふよふよと空中に浮いている。その高さは畑から約1メートル上と、かなり低い位置にある。
何だかまるで、透明な座布団か敷布団のようだなー……などとライト達が見守っていると、その座布団のような水の雲から雨が降り注ぐ。
それは普通の雨粒よりも細かい、綺麗な霧雨だった。
アクアが生み出した水が、静養所の地面を濡らしていく。
固い地面でも先に水を含ませておけば、柔らかくなって土埃も起きずに済む、という寸法だ。
そしてその水が水神アクアの生み出した水とくれば、なお万々歳。高魔力を含んだ土が、傷付いたブルーム達の欠片により一層力を与えてくれることだろう。
それまでレオニスの横で、ライト達の共同作業を見ていたカティア。
無言ではあったが、驚きの表情で見ていた。
『あの人の子は……あんなにも水神様と仲良くしてるなんて、一体何者なの?』
「ン? ……ああ、マザーんところでは全員が自己紹介する暇はなかったな。あれはライト、俺の恩人が遺した子で今は俺が育てている」
『ということは……あの子も一応は人族、なのね?』
「ああ、一応人族だ。…………って、何だよ、その『一応』って?」
『だって貴方、間違っても普通の人族じゃないもの』
「ぐぬぬぬぬ……」
カティアがライトを見て驚くのも無理はない。
ドラリシオの上位種であるカティアですら、アクアは即時その場で跪く程の高位の存在だ。
そんなアクアに対し、小さな人の子が気安く話しかけるどころか頼み事までして、なおかつそれを快く受け入れられている。
これはカティアの目から見たら、実に驚くべきことであり不思議な光景でもあった。
そしてレオニスはレオニスで、カティアに『一応人族』と言われたことにむくれているが、レオニスとて未だにカティアのことを『ドラ子』と呼んでいる以上お相子である。
カティアからもシレッと人外扱いされて、レオニスは歯軋りするばかりだ。
そんな水面下の攻防など関係なく、ライトの開墾作業は続いていく。
「アクア、お水を撒いてくれてありがとうね!」
『どういたしましてー』
「これからぼくが土魔法をかけていくから、アクアも続けてここの畑全体にお水が行き渡るようにたっぷり撒いてあげてね!」
『はーい』
「あ、ラウルー、畑の上を飛んで見ててくれるー? ぼくが盛り上げた土から石や木の根っこなんかが出てきたら、それを取り除いてほしいんだー」
「了解ー」
アクアが濡らした地面に、ライトが両手を前に翳して土魔法をかける。
ポコポコと盛り上がっていく地面に、アクアやラウルが協力してライトの開墾作業をサポートしていく。
こうして百体ものブルーム達を迎え入れるための静養所拡大作業は、順調に進んでいった。
舞台はマザーのお膝元から、ブルーム達が普段住まうという北の里に移動です。
百体ものブルーム達が復活するのは、この場にいる皆にとっても非常に喜ばしいこと。その準備が整うところまで見届けなければなりませんからね!(`・ω・´)
でもって、ここ最近はプチザマァとかチルドレン達との衝突とか、割と不穏な場面も多かったのですが。今回は久しぶりにのんびりとした場面満載です。
カティア以外のドラ恵やドラ代の登場はもうちょい先、次回には出せるかな?
というか、最近主人公のライトの出番がかなり少ないのが気がかりっちゃ気がかりだったんですが。レディーやマザーとの対話は全てフロント担当のレオニスに任せるしかないので、そこで子供のライトが空気も読まずに前面にしゃしゃり出る訳にもいかず(=ω=)
でもまぁ今回は、土魔法の修行も兼ねての開墾作業担当ということで、久しぶりにライトを前に出すことができました。
作者も何だか一安心です( ´ω` )




