第960話 空から見る情勢と突然の襲撃
目覚めの湖から巌流滝に移動したライト達。
まずは滝壺横に移動し、これからの行動をどうしていくかを皆で話し合う。
ちなみにアクアやマキシ達は、戦略会議?に加われる程の地理的知識やドラリシオという種族への知識もないので、会議には加わらずドラリシオ・ブルーム達の休憩に付き合っている。
四体のドラリシオ・ブルーム達も、皆それぞれに巌流滝の水を飲んだり、アクアやマキシ達とともに水浴びをしたりしていて、実に楽しそうに過ごしている。
「レオ兄ちゃん、ドラリシオの群生地ってどこにあるの?」
「この巌流滝から北西にかなり進んだところにある。空から直線の最短距離で飛んでも、そこそこ時間がかかるくらいには離れた場所だ」
「そしたらぼくは、このままアクアに乗せてもらった方がいいよね?」
「だな。ドラリシオも四体いることだし、引き続きマキシ達といっしょにドラリシオ達を支えてやっててくれ」
「うん、分かった!」
ライトの質問に、淀みなく的確に答えていくレオニス。さすがは『カタポレンの森の番人』と称されるだけのことはある。
そんなレオニスの様子に、ラウルが不思議そうな顔をしつつ問うた。
「ご主人様よ……もしかして、ドラリシオの縄張りに足を踏み入れたことがあるのか?」
「おう、何度かあるぞ」
「……よく生きて戻ってこれたな?」
事も無げにサラッと答えるレオニスに、ラウルは半ば呆れつつ感心している。
ラウルが知るドラリシオは、短気で粗野な者も多い。そんな者達が住まう縄張りに人間が単身で足を踏み入れて、無事戻ってこれる確率がどれ程のものか。
ラウルに言わせれば、それはもはや奇跡としか言いようがない。
「まぁな、俺だって理由もなくあいつらの縄張りに入ることなんてねぇしな」
「てことは、何か理由があって入ったのか?」
「何年かに一度くらいの頻度で、ドラリシオの迷子を保護することがあるんだ」
「……迷子……」
レオニスがドラリシオの群生地を訪れる理由を聞いたラウル、一気に気の抜けたような顔になっている。
レオニスの話によると、『どう考えても、こんなところにドラリシオがいる訳ねぇだろ?』というような場所で、ドラリシオ・ブルームと思しき個体をこれまでに三回発見したことがあるらしい。
例えばそれは群生地から100kmは離れた森の中だったり、同じくかなり離れた沼地で球根がズッポリと嵌って動けなくなっていたり。残りの一例は『巌流滝の上流で水浴びしてたら、そのまま川に流されて巌流滝に落ちていた』というものである。
そうした『はぐれドラリシオ』を発見する度に、レオニスはドラリシオ群生地までわざわざ送り届けているのだという。
「まだ成体にもなっていない、ちっこいドラリシオが迷子になってシクシク泣いてんだぞ? そんなん見捨てられる訳ねぇだろ」
「そりゃそうだが……ちっこいって言ったって、群生地にいる奴らは幼体ですら俺より大きいってのに」
「身体の大小は問題じゃねぇ。子供が迷子になって泣いていたら、親元に届ける。それが大人の務めってもんだ」
迷子の子供は保護して当然―――それがさも当たり前のことのように宣うレオニスに、ラウルはただただ呆気にとられるしかない。
一口に迷子と言っても、人間のそれとドラリシオは全く違う代物だ。
人間の子供の迷子なら、いっしょに親を探したり、あるいは警備隊などの然るべき機関に届けるのは当然のことだ。
だが、迷子のドラリシオにもそれを適用するとは、想定外にも程がある。
しかし、それこそがレオニスという人間の本質なのだろう。
はぐれた親や仲間を求めて泣いている子供がいたら、人魔問わず救いの手を伸ばす。レオニスにとっては当たり前のことなのだ。
そんなご主人様の気質に、執事は密かに尊敬の念を抱きつつ小さく笑う。
「……ま、そうだよな。今回俺達が行くのだって、ノーヴェ砂漠にいた迷子を送り届けるようなもんだしな」
「そうそう、少しばかり個体数が多いことを除けば今回もそれと何ら変わらん」
「なら、ドラリシオの群生地に入ってもチルドレン達に襲われる心配はないか?」
「ぁー……見知った古株なら俺のことも分かるはずだが、生後三年以下の新顔はどうだか分からん……俺の顔を見ても分からんだろうし」
「そうか。ならばやはり警戒しつつ行くのがいいな」
話の流れで、ドラリシオの群生地にもレオニスの顔見知り?がいることが判明する。
これは、かつてレオニスが迷子のドラリシオを群生地に届けた際に、対応に出てきた古株のドラリシオ達のことを指している。
確かに三回も迷子を送り届ければ、ドラリシオ側にもレオニスの顔を覚えた者もいるだろう。
ただし、レオニスが一番最近ドラリシオの群生地を訪れたのは約三年前。
その後生まれたドラリシオは、当然のことながらレオニスのことを全く知らない。
それ故に、そうした者達と一番最初に出食わしたら門前払いされる可能性も大いにある、ということだ。
「他に何か質問はあるか?」
「「…………」」
「とりあえず大丈夫そうだな。じゃ、ぼちぼち行くか」
話し合いを一通り終えて、ライトがアクア達のいる滝壺に向かって駆け出す。
「おーい、アクアー、マキシ君ー、そろそろ出発するよー」
「「「『はーーーい!』」」」
ライトに呼ばれたアクア達が滝壺から上がり、皆身体をブルブル!と震わせて水気を飛ばす。
マキシ達八咫烏三兄弟だけでなく、アクアやドラリシオ・ブルーム姉妹も皆似たように水気を飛ばしているのがなかなかに面白い。
全員が揃ったところで、レオニスが皆に向かって声をかける。
「俺が先頭を飛ぶから、アクアは俺の後をついてきてくれ。ラウルはアクアの後ろについて護衛な」
『はーい』
「了解」
ライトとドラリシオ・ブルーム姉妹、そして八咫烏三兄弟がアクアの背に乗り込む。
アクアの準備が整ったところでレオニスがふわりと宙に浮き、続いてラウルとアクアもその場で浮き始める。
そうしてライト達は、巌流滝からドラリシオの群生地に向かって飛び立っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニスを先頭にしたライト達一行。カタポレンの森の上空を、縦一列に飛んでいく。
そうして三十分程飛んだ頃だろうか。先頭にいたレオニスが後続に向かって右手を上げて合図を出し、飛ぶスピードを減速させた。
そこから少し進んだ先で、空中で一旦止まった一行。そのまま再び話し合いに突入する。
「ここら辺からはもうドラリシオ達の縄張りのはずだ。もう少し先にある、木々が疎らで少し拓けたところが見えるだろう? あれがドラリシオの群生地だ」
レオニスが右手の人差し指で指した方向を見ると、確かに周辺とは違う場所がある。
密に生えているはずの木々の間隔が、そこだけ間引いたように明らかに大きく開いている箇所が見える。それは何者かが意図的に開拓し、そこに誰かが住んでいることを示していた。
地上からでは分からない光景だが、こうして空中から眺めることで分かる情勢がそこにはあった。
少し先にあるドラリシオの群生地を眺めながら、ラウルがレオニスに質問をする。
「このまま飛んでいってもいいのか?」
「いや、空からの敵襲と勘違いされたらマズい。下手すりゃ地上から投石や魔法なんかで攻撃されかねんからな」
「そう言われりゃそうだな……」
「会う前から敵認定されるような真似はできん。ここからは地面に下りて、地上を歩いていくことにする」
「了解」
レオニスの答えに、尋ねたラウルも大いに納得している。
普通に考えれば、自分達の縄張りの空にいきなり他者が飛んできたら、地上にいる者達は絶対に警戒するはずだ。
そして最も懸念すべきは、ドラリシオには短気で勝ち気な者も多い、ということである。
これが例えば神樹ユグドラツィのような穏やかな性格を持った者ならば、警戒しつつもしばらく様子見をするなどしてやり過ごすことだろう。
だが、勝ち気なドラリシオ達の性格を考えると、黙ってやり過ごすよりも先制攻撃に出る可能性が極めて高い。
レオニスの言うように、蔓の腕を使って石を投げつけたり魔法が使える者は魔法攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
そうしたリスクが容易に想像できる以上、このまま空中を飛んで彼女達の縄張りに近づくのは得策ではない。むしろ悪手そのものである。
それを回避するには、ここから地上に下りて歩いていくのが最善策だ。
そこから全員地面に下り、森の木々の間を歩いていく。
アクアはそのままの巨体では木々の間を通り抜けられないため、身体のサイズをレオニスやラウルくらいに縮小させている。
その分ドラリシオ達を全員背に乗せるのは無理になったため、妹の二体をアクアに乗せたままにして一体だけはレオニスが左肩に担ぎ、姉の方はラウルがおんぶして歩いている。
ライトは地面に下りて歩き、八咫烏三兄弟は三羽とも低空飛行でゆっくりと飛んでいる。
そうしてまた三十分程、森の中を歩いただろうか。森の木々の間隔がだんだんと疎らになってきた。
それは、森の中を歩いているのに日当たりが良くなってきたことからも分かる。ドラリシオの群生地が近づいてきている証拠か。
その緩やかな変化にいち早く気づいたレオニスが、ライト達に注意を促す。
「もういつドラリシオが出てきてもおかしくないぞ。急に飛びかかってくるかもしれんし、どこから出てくるか分からん。皆気をつけろ」
「うん!」
「了解」
『はーい』
「「「はい!」」」
レオニスの注意に、皆改めて気を引き締める。
そう、ここはレオニス以外の者達には初めて訪れる未踏の地。全方位に注意しつつ進んでいかなければならない。
ライトなどあからさまにキョロキョロと周囲を見回して、不審者オーラ全開である。
そうして警戒しながら進んでいった、その時。
突如前方から、何かが猛烈な勢いで飛び出してきた。
「ッ!!危ない!!」
先頭を歩いていたレオニスが咄嗟に避け、その後ろにいたラウルも反射的に避けた。
だが、ラウルの後ろにいたアクアは避けきれず、その何かがモロにぶつかり当たってしまった。
『…………ッ!』
レオニス達を突如襲ったのは、植物の蔓。
しかも同時に十本以上の蔓が、目にも留まらぬ速さでレオニス達目掛けて飛んできていた。
そしてあろうことか、縮小したアクアの首に数本巻きつきギリギリと締め上げている。
「アクア!」
突然のことに、アクアの横にいたライトが思わず大きな声で叫ぶ。
するとさらに最悪なことに、束になってかかってきていた蔓のうちの数本が離れ、そのうちの一本がライトの身体に巻きついてきたではないか。
しかも捕まったのはライトだけではない。アクアの背に乗っていた、二体のドラリシオ・ブルームもあっという間に捕まってしまった。
「ライト!」
ここでレオニスが、空けておいた右手で右腰に佩いていた短剣を素早く取り出して、反射的に蔓を斬りつけた。
それにより、ライトを捕まえた蔓はかろうじて一撃で切ることができた。
身体に巻きついていた蔓が切られたことで、蔓に連れ去られかけて宙に浮いていたライトの身体が突如地面に落とされた。
「ふぎゃッ!」
「ライト、大丈夫か!!」
「イテテテテ……だ、大丈夫だよ、怪我はしてないから」
ライトの斜め前にいたラウルが、地面に放り出されたライトのもとに駆けつける。
ライトは落とされた拍子に尻もちをついただけで、特にどこも怪我はしていないようだ。
だがその隙に、二体のドラリシオ・ブルームを捕まえた蔓はそのまま猛烈な勢いで奥に引っ込んでいってしまった。
「クソッ!」
左手でドラリシオ・ブルームを担いでいるため、レオニスはいつものように全力での反応ができない。
しかし、それでも懸命に応戦するレオニス。
右手の短剣でアクアの首に巻きついた蔓をスパスパと斬りつけていく。
何とか全ての蔓を切って、アクアの救出に成功したレオニス。
その後追撃の蔓が飛んでこないうちに、レオニスはラウルに大声で呼びかけた。
「ラウル!こっちのドラリシオを見ててくれ!」
「了解!」
レオニスが左肩に担いでいた姉を、一旦ラウルに預けた。
まだアクアの首に巻きついたままの蔓を、フリーになった両手で引きちぎり周囲に打ち捨てては取り除いていく。
ライトの腕くらいの太さはありそうな極太の蔓を、素手でブチブチと引きちぎる様はかなり壮絶だ。
「アクア!大丈夫か!」
『う、うん……突然のことでびっくりしたけど、僕は大丈夫だよ』
「そうか、無事で良かった……」
ようやく全ての蔓を取り除き終えたレオニスが、アクアに向かってすぐに謝る。
「アクア、本当にすまん。俺がついていながら、アクアやライトを危険な目に遭わせてしまった」
『そんなの、レオニス君が謝ることじゃないよ』
「そうだよ!ぼくだって大丈夫、レオ兄ちゃんが助けてくれたもん!」
「だな。そもそもご主人様はドラリシオを担いでいて、手が塞がっていたしな」
「皆、すまん……」
レオニスがライトやアクアに謝っている間、マキシ達三兄弟は彼らを三角形で取り囲み周囲を警戒している。
そしてライトが項垂れるレオニスに向かって発破をかける。
「レオ兄ちゃん!拐われたドラリシオさん達を助けに行こう!」
「……そうだな。こんなところでぐずぐずしている暇はないな」
ライトの言葉を受けて、レオニスがその双眸をギラリ!と燃やす。
「ラウルはマキシ達とともに、アクアとライトの護衛を頼む」
「了解」
「「「はい!」」」
「すまんがアクアは、引き続き二体のドラリシオを背に乗せて運んでやってくれ。この先絶対に、二度とお前達を襲わせはせん」
『はーい』
ここに残った全員に指示を出し終えたレオニス。
改めて蔓が襲ってきた方向に身体を向き直し呟く。
「この借りは、必ず返すぞ……」
ギリッと歯を食いしばり、眉間に皺を寄せて険しい顔をしながら前方を見遣るレオニス。
突如襲撃されたことへの怒りに燃えるレオニス。その苛烈なオーラに、取り残された二体のドラリシオ・ブルームはアクアの背の上で「ピャッ!」と小声で叫び声を上げている。
ライトも再びアクアの背に乗り込み、怯え震え上がる二体の後ろに座って抱っこするように抱え込んでいる。
奥に向かって駆け出したレオニスに、ラウル、アクア、マキシ達もその後をついていった。
いよいよドラリシオの群生地へ向けて出立です。
後半で、突如謎の襲撃に遭ってしまいましたが。まぁ、魔の森カタポレンで未踏の地に赴くというのは、実に危険に満ち満ちていることに間違いありません。
四本のドラリシオ・ブルーム達も、灼熱地獄のノーヴェ砂漠からようやく逃げ果せたと思ったのも束の間。まだまだ試練が続きます。
この可哀想なドラリシオ・ブルーム四姉妹に、少しでも早く安寧が訪れるといいのですが……




