第947話 旅の友の名
ラウル達が注文したカツカレーやざるそば、エビフライ定食を食べている間に、眠の注文した日替わりランチBが届き眠もモリモリと昼食を食べ進める。
ちなみにフギンとレイヴンは、ラウル達の注文品が来た時に追加注文したお好み焼きとタコ焼きを食べている。
熱々のままだと食べられないので、お好み焼きを細かく切ったりタコ焼きの横に氷の女王特製氷を置いて早くに冷ましてあげたり、ラウルとマキシが食事の合間に甲斐甲斐しく世話を焼いている。
そうして全員がほぼ同時に食べ終わった頃に、シルビィがサービスとして三人分のぬるぬるドリンクホット珈琲を持ってきてくれた。
外の空気も次第に冷えてきた昨今、温かい飲み物のサービスは心温まる嬉しいものである。
ラウルと眠はブラックのまま、マキシは砂糖とミルクたっぷりのカフェオレで飲む。
食後の珈琲で一息ついたところで、眠が先陣切って口を開いた。
「はー……ここの食事は、いつ何を頼んでも美味しいですねぇ」
「同感だ。そのくせ値段はお手頃、注文したらすぐに熱々や冷たいものが届く。まさに素晴らしいの一言につきる」
「ですよね!カイさん達もここのご飯が大好きで、お昼によく出前を注文してますもん」
爪楊枝を歯の間に差し込みながら、シーハー言いつつ向日葵亭の食事を絶賛する眠。
向日葵亭の食事が美味しいのは、ラウルやマキシも完全同意するところだ。
しかもマキシの話によれば、カイ達アイギス三姉妹もこの向日葵亭の常連だというではないか。
美味い、安い、早い、この三つを満たす向日葵亭。庶民の間で大人気となるのも頷けるというものである。
「して、ラウぴっぴ。そちらの可愛らしい文鳥さん達はご紹介いただけないので?」
「ン? あ、ああ、そういや紹介がまだだったな……こっちの少し大きめの方はフギン、小さめの方はレイヴン、どちらもオスの文鳥だ」
「ほう、フギン君にレイヴン君ですか。どちらも立派で素敵な名前ですねぇ」
眠の催促に、少し戸惑いながらもフギンとレイヴンを紹介するマキシ。
実際のところ、ラウルはこの眠狂七郎という人物のことを知らない。知っているのは『レオニスとそれなりに仲の良い知り合いらしい』ということと『レオニスから剣豪と呼ばれる程の剣の達人』、この二点くらいで眠の人となりなど全く分からない。
だが、ご主人様が認める人物ならばラウルもまた眠を無条件で認める。ラウルの中にあるレオニスへの信頼とは、それ程までに強く揺るぎないものなのだ。
そして眠の視線がマキシの方に向かう。
「で? そちらの可愛らしい少年は? レオぴっぴの二人目の隠し子ですか?」
「あ、僕ですか? 僕はマキシといいます!レオニスさんの隠し子だなんて、とんでもないです!ラグナロッツァに身寄りがないので、ラウルといっしょにレオニスさんのお屋敷に住まわせてもらってますが……天地神明に誓って、レオニスさんの子ではないです!」
「マキぴっぴですか。まぁ確かにね、金髪碧眼のレオぴっぴには全く似ていませんよね」
「「……マキぴっぴ……」」
眠の発した『マキシ=レオニスの隠し子疑惑』に、マキシが慌てて否定しつつ軽い自己紹介をする。
だが、その話の流れで眠のマキシに対する呼称が速攻で『マキぴっぴ』になってしまった。これにはラウルもマキシも呆然とする。
先程のフギンとレイヴンには、普通にフルネームで呼んでいたというのに。おかげで二人ともすっかり油断してしまっていた。
もしかして、眠の中には『人型男性にはぴっぴ』『人型女性にはぷっぷ』『従魔やペットなどの人型以外のものはフルネーム』というような、呼称に関する独自の法則でもあるのだろうか?
しかし、事ここに至ってはもはやそれを覆すことはできない。
あのレオニスだって、眠から『レオぴっぴ』と呼ばれてそれを受け入れているのだ。レオニスにすら覆せぬものが、ラウルやマキシに覆せるとは到底思えない。
ラウルは、はぁ……と小さくため息をつきつつ話題を変える。
「で? そっちの白い狐の名は何ていうんだ? 俺達ばかり名乗って、そっちの従魔の名を言わんのは不公平というもんだろう」
「ああ、そう言われればそうですね。……さて、君の名は何にしましょうね?」
「何だ、まだ名前もつけていないのか?」
眠の着流しから出てきた、手のひらサイズの白い管狐。
端から見たらすっかり懐いているようなのに、まさかまだ名前もついていないとは。ラウルでなくとも予想外である。
ラウルの尤もな疑問に、眠も真摯にその理由を語る。
「先程も言った通り、この子は三日前に裏路地で拾ったばかりなんですよ。なので、この先あちしがずっと連れていくかどうかもまだ決まっていなくてですね。故に名前もまだつけてないのです」
「ぁー、確かにな……」
眠の話に、ラウルが理解を示す。
拾った動物を保護するだけならともかく、その動物に名前までつけて世話をするということは、その後をともに生きていくという拾った主としての責任が発生することになる。
眠はまだそれらを決めかねておらず、名付けも保留中という訳だ。
しかし、普通に考えて三日も寝食をともにすれば、それなりに情が移っていそうなものだが。眠はこの白い管狐に対して、そこまで情はないのだろうか?
そこら辺を踏まえて、ラウルが眠に問うた。
「しかしだな、もう三日もいっしょにいりゃ十分に情が湧いてるんじゃないのか?」
「いや、あちしは情に流されるような柔な剣豪さんではありませんよ。剣豪さんというのは、時に冷酷さ、非情さを求められる厳しいものなのです」
「そ、そういうもんなのか……」
「しかし、ラウぴっぴの言うことにも一理あるのです。あちしはこの白いふわふわ尻尾とケモミミに魅了されつつあります。そんなあちしが今後この子とともに旅をする確率は、98.7%と予想されているのです」
「98.7%……それ、ほぼ確定じゃねぇか……」
剣豪の非情さを説いたかと思えば、やはり情が湧いてしまっていることを示唆する眠。
その98.7%という数字は、一体どこから来ているのだ?という素朴な疑問はこの際さて置いておこう。
その独特な言い回しは非常に奇っ怪かつ難解なように思えるが、結局のところは今後もこの白狐と寝食をともにすることが眠の中で確定しているのだろう。未だ踏み切れないのは、残り1.3%が埋まりきらないせいか。
変に完璧主義の眠、その背を押すかのようにラウルが口を開く。
「ならもうそいつに名前をつけてやってもいいんじゃないか? 飼う確率が99%近いなら、もうほぼ飼うこと確定じゃねぇか」
「そうですねぇ……とはいえ、あちしの旅は風の向くまま気の赴くままのお気楽そうなものに見えて、実はかなり厳しいものなのですよ……」
「ならなおのこと、旅の友はいた方がいいだろ。うちのご主人様が言うには、誰とも会話できない一人旅よりも話し相手がいた方が心強いし、旅自体も何かと楽しいものになるらしいぞ?」
「旅の友、ですか……」
ラウルの言葉に、決定を躊躇っていた眠もしばし考え込む。
一人旅よりも旅の友がいた方が楽しい、というのは、ラウルがレオニスから聞いた話だ。
それは、かつてレオニスが『野良ドラゴンと友達になろう!大作戦』で、ウィカがともについてきてくれた時のことを指している。
その時のレオニスは、単独遠征するつもりだった。行き先であるシュマルリ山脈南方は、ドラゴンがうようよという超危険地帯なのだから。
だが、そこにウィカがついてきてくれたことで思った以上に楽しい旅ができた、ということをレオニスはライト達に嬉しそうに語っていたのだ。
そうした話を聞いた眠。しばし考え込んでいたが、徐にその口を開いた。
「そうですねぇ……あのレオぴっぴがそう言うのならば、それは間違いなく真実なのでしょう」
「ああ。うちのご主人様達は、シュマルリ山脈に海底神殿、果ては天空島に行ったりして、そりゃもう世界中のあちこちを飛び回ってばかりいるからな」
「ほう、シュマルリ山脈に海底神殿に天空島ですか。それは楽しそうですねぇ。今度あちしも連れて行ってもらわねば」
レオニスと親交のある眠。その付き合いはかなり長く、彼もまたかつてのレオニスを知っている。
それは、今のレオニスからは到底想像もつかないくらいに冷徹だった頃からの付き合いであり、その頃のレオニスは他者とつるんで旅をすることなど滅多になかった。
そのレオニスが『一人旅よりも、誰かと連れ立った方がより楽しい旅になる』と言っていた、というのだ。
良い方向に変化していったレオニスに、眠も思わず微笑む。
その微笑みを白い管狐に向けながら呟く。
「では、君の名は何にしましょうか。ラウぴっぴ、マキぴっぴ、何か良い案はないですか?」
「ンー、そうだなぁ……何がいいかな?」
「名付けなんて大役、僕には務まりませんよ……」
眠の座る椅子の前、テーブルの上にちょこんと座る白狐。
眠が右の人差し指でその喉をコショコショと撫で、白狐が気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。
管狐が猫のように喉をゴロゴロと鳴らすものなのか?という素朴な疑問も、この際横にさて置いておこう。
するとここで、ラウル達の横のテーブルにいる他の客が階下に向かって大きな声で呼びかけた。
「おーい、女将ー、食後の茶ぁくれ、茶ー!」
「はいよー、すぐに持っていくからちょっと待ってておくれー!」
二階席の客の要望に、呼ばれた女将のシルビィも威勢よく返事を返す。
そしてこの会話を耳にした眠が、パッ!と明るい顔になる。
「決めました。この子の愛称は『ちゃー』にします」
「え。白い管狐なのに、そんなんでいいのか?」
「問題ありません。むしろその意外性がいいのです。……そしたらこの子の真名は『茶』と『ティー』を合体させて茶ティー、『ちゃーてぃー』としましょう」
「ぉぃぉぃ、マジかよ……俺らのいる前で真名まで決めるか」
とんとん拍子で決まった白い管狐の名前は『ちゃー』に決まった。
しかもその流れで真名まで決めてしまうとは、眠の即断即決力の凄さを物語っている。
しさし、その名の由来が他の客の発した台詞『茶ぁくれ、茶ー!』だとは、一体誰が想像できようか。
ラウルやマキシはもちろんのこと、このサイサクス世界を創り給いし創造神ですらきっと予測不能に違いない。
真名とは本来、親兄弟や夫婦などの親しい身内にしか知られてはならないもの、とされている。
もちろんラウルやマキシは、眠とそのような関係ではない。親しいどころか、レオニスという知己を介しての軽い知り合い程度の間柄だ。
なのに、ラウル達のいる前でサクッと真名まで決めてしまうとは。この眠狂七郎という人物、もはや剛胆とか豪気という言葉すら生温い。
そんなラウル達の戸惑いなど、眠は一切気にする様子はない。
それは、眠の側にも『レオぴっぴが執事として雇い、屋敷に住まわせる程の人物なのだから大丈夫。決してあちし達を害することなどない』という絶対的な信頼が根底にあった。
そして当の白い管狐にも、そうした人族や妖精族の思惑やら戸惑いなど一切関係ない。
白いふさふさの尻尾をフリフリさせながら、可愛らしいニコニコ笑顔を振り撒いている。
新しく名前が決まった白い管狐、ちゃーの喉を再び人差し指で撫でる眠。ちゃーも嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らしている。
「ラウぴっぴ達のおかげで、あちしもこの子とともに歩む決心がつきました。改めて礼を言いましょう。ありがとうございました」
「いや、礼を言われる程のことでもないさ」
「そうですよ!それはきっと、ねむちゃまさんとちゃー君?の絆があってこそ結ばれたものですから!」
「フフフ……さすが、レオぴっぴが信頼を置く者達ですね」
眠からの礼の言葉に、ラウルもマキシも微笑みながら返す。
ここにはいない人物を介しての思わぬ出会いだったが、双方の距離は確実に縮まったようだ。
そして眠がちゃーに手を添えながら席を立つ。
ちゃーは眠の手に乗り、トトト……と軽やかに肩まで上っていった。
「では、朝食ランチも無事済ませたことですし。あちしはちゃーとともにちょいとお出かけしてきます。ラウぴっぴ達も、これからどこかにお出かけですか?」
「ああ、たまにはぶらりと首都観光でもしようと思ってな。適当に市場でもぶらつくつもりだ」
「そうですか。それもまたいいでしょう。ではまたいつかお会いしましょう」
「ああ、ねむちゃまも元気でな」
「ではでは。あでゅーーー☆」
眠は自分が食した日替わりランチBの食器を手に、階下に下りていった。
後から女将が食器の回収をしに回ってくるので、そのままテーブルの上に置いていっても問題はないのに何とも律儀なことである。
眠を見送ったラウルとマキシも、しばらくして席を立つ。
「……さ、俺達もそろそろ行くか」
「うん」
眠に倣い、ラウルとマキシも食器を手に持ち階下に下りていく。
一階にはもう眠の姿は見えない。本当にどこかに出かけたようだ。
お会計をしにシルビィのいるカウンターに行くと、シルビィがカラカラと笑いながらラウルに話しかける。
「あのねむちゃまが、誰かと相席するなんてねぇ。私でも初めて見たわ!」
「そうなのか?」
「ええ。ねむちゃま曰く『あちしは極度の人見知りさんなのです』ってことらしいけど。……ああ、でも前にライト君にも話しかけているところは見たことあるわね?」
「あれで人見知り? とてもそうには見えんが……」
ラウル達の昼食代400Gを支払いながら、雑談するシルビィとラウル。
カツカレーにざるそば二枚、エビフライ定食にお好み焼き一枚とタコ焼き一舟六個、これで400Gポッキリとは嬉しい値段だ。
しかもサービスにぬるぬるドリンクホット珈琲の差し入れつきとは、リピーター続出の大繁盛も当然である。
そして、人見知りと言えばかつてラウルもかなりの人見知りだった。それ故ラウル自身人見知りというがどういうものか、よく承知しているつもりだ。
そのラウルをして、眠が人見知りとは到底思えないと言わしめる眠。相変わらず謎に満ちた剣豪である。
先程までの会話を思い出しつつ、ラウルがくつくつと笑いながら語る。
「でもまぁな、あのねむちゃまというのはうちのご主人様と懇意にしてるらしい。だから、もしかしたら相席なんて珍しいことが実現したのもそのおかげかもな」
「そうねー。ラウルさんはレオニスさんちの執事さんだし、ライト君もレオニスさんの養い子だし。レオニスさんが取り持ってくれた縁なのかもしれないわね!」
「うちのご主人様も大概おかしいが、あのねむちゃまもかなりおかしいもんな」
「まぁ、レオニスさんも実はおかしい人だったのー!?……って、こないだの大運動会での大活躍を見ればね、それも頷けちゃうわ!」
「だろう?」
笑うラウルにつられて、シルビィもくすくすと笑いだす。
世界最強の冒険者がもたらした奇妙な縁に、思わず笑いが止まらないラウルとシルビィだった。
ラウル一行とねむちゃまのランチタイムです。
拙作でねむちゃまが登場するのは、これが三回目ですが。相変わらずすんげー濃いぃ子だ…( ̄ω ̄)…
でもまぁね、そこはフェネセンやクレア嬢と同様で。いざ登場させると決まったら、勝手に動いて台詞もポコポコ勝手に飛び出してくるので、作者的には楽ちんっちゃ楽ちんなんですが(゜ω゜)
そして、ねむちゃまが裏路地で拾ったという白い管狐。まだついていなかった名前も、無事『ちゃー』という愛らしい名がついて一安心。
きっといつの日か、謎の剣豪ねむちゃまとともに拙作にて大活躍してくれることでしょう!……もちろんそれは、いつになるかは全く分かりませんけども(´^ω^`)




