第931話 互いの誇りを賭けた戦い
その後ディラン達は、レオニスや中位ドラゴン達の案内により山間の少し拓けた場所に移動した。
そこはディランと飛竜六組が今後拠点とするための野営地。レオニスが前もって調査して、下見も済ませてある場所だ。
ちょっとした窪地でそれほど広大な平地という訳ではないが、それでもラグナロッツァの飛竜専用飼育場の運動場よりは広い。
これだけの広さがあれば、六組の野営に十分事足りる。何ならここで戦闘訓練も行えそうだ。
辺りをキョロキョロと見回すディラン達に、レオニスが声をかけた。
「これからこの地で研修を行う竜騎士達は、全てここで野営してもらう。とりあえずは各自テント張りや荷物の整理などをしてくれ。……そうだな、テントはなるべく端の方に設営した方がいいな。そうすりゃここで簡単な模擬戦なんかもできるだろ」
「承知した」
「それが済んだら、この近くにある唯一の水場に案内する。水場の名称は『ラグスの泉』、近隣のドラゴン達も使う共通の水場だそうだ」
「それはありがたい。だが、そんな重要な場所を我々のような他所者……しかも人族が使ってもよいものなのか?」
レオニスの説明に頷きながらも、ディランが水場に関する質問をする。
水というのは、どの生き物にとっても重要な生命線だ。そしてその水場の利権を巡り、常に争いが絶えない場所でもある。
そんな重要な場所を、完全に他所者である自分達が使用してもいいものなのか?という懸念をディランが抱くのは、尤もなことだった。
そんなディランに、レオニスが事も無げに答える。
「あー、一応その心配はないと思う。白銀曰く、水争いを回避するためにラグスの泉一帯は中立地帯なんだそうだ」
「そうなのか。それならまずは一安心だな」
「それに、さっきあんた達全員にラグスの加護を付与してもらっただろ? それがありゃこの周辺、特に竜族の奴らは無闇矢鱈に手出しはしねぇと思うぞ」
「それはますます以てありがたい。……いつか竜王樹殿にも、このご恩返しをせねばな」
レオニスの説明に、ディランは頷きつつ納得する。
この一帯の竜族で、竜王樹を知らぬ者などいない。竜王樹という名の通り、ユグドラグスは竜達の崇敬を集める存在だ。
その竜王樹から加護を与えられた者達に向けて、もし万が一言いがかりをつけたり暴力を振るう者がいたら―――その者は、後日白銀の君の手によって処罰されるだろう。
「だな。ま、それがなくとも水に関しちゃ心配なかろう。あんた達の中には、少なくとも水魔法を使える者が一人以上はいるはずだしな」
「ああ。全く水場がない土地である場合も想定して、遠征の際には一班につき二人は水魔法を使える者を入れてある」
「だろうな。でなきゃあの『ビッグワームの素』だっけ? あれも使うことができんもんな」
「そういうことだ」
レオニスとディランが会話する中、他の竜騎士達はテントやかまどを作り粛々と野営作りを進めていく。
するとそこに、獄炎竜達中位ドラゴンがやってきてレオニスに声をかけた。
「レオニス、今カラ、俺達ト、勝負、シネェカ?」
「ン? そりゃ別に構わんが……急にどうした?」
「俺達ハ、サッキ、竜王樹ノ旦那ニ、新シイ、力ヲ、頂イタ!」
「今ナラ……イヤ、今コソ!オマエニ、打チ勝ツ、時ガ、来タノダ!」
中位ドラゴン達の要求は、レオニスとの再戦。
竜王樹の加護という新たな力を得た彼らは、今こそレオニスとのリベンジマッチを望んでいた。
それまでのほほんとしていたレオニスだったが、中位ドラゴン達の再戦の申し出を聞き、ニヤリ……と不敵な笑みを浮かべる。
「おう、いいぞ。まだ日は高いし、時間もそれなりにあるしな」
「ソウコナクチャナ!ヨシ、ソシタラ、誰カラ、ヤル?」
「ンー、あみだくじとかで戦う順番を決めてもいいが……何なら四頭まとめてかかってきてもいいぞ?」
「「「「……アァン?」」」」
レオニスの快諾により、中位ドラゴン達との再戦が決まった。
だが、その対戦相手の順番を決めるに際し、何とレオニスは『全員まとめてかかってこい』と言い放ったではないか。
この、実に不遜な物言いに対し、四頭の中位ドラゴン達が一斉にレオニスを睨みつける。
中位ドラゴン四頭全員から、今にも射殺されそうな鋭い視線と『ドンガラガッシャンズゴゴゴゴ……』という地の底を大いに揺るがすドス黒いオーラが陽炎のように揺らめき立ち上る。
あまりにも凄まじい圧を放つ四頭のドラゴン達に、それまで窪地の隅っこで野営の設営作業をしていた竜騎士達がビクンッ!と飛び上がる。
もちろんそれは竜騎士達だけでなく飛竜も同じで、突如起きた不穏な空気に六頭とも涙目で震え上がっている。
だが、その強烈な威圧をモロに向けられた当のレオニスは全く意に介することなく、シレッとした顔で話を続ける。
「ま、ちょうどここら辺は少しばかり広いからな、戦うにはもってこいだろ」
「……ソノ、減ラズ口ヲ、今スグ、閉ジテヤル」
「あー、一応先に言っとくが、俺が途中で回復剤を使っても文句言うなよ?」
「ソンナモノ、使ッタトコロデ、何ノ、役ニモ、立タンコトヲ、教エテヤルワ!」
「よし、そしたらあいつらの設営の邪魔にならんよう、もうちょい向こうの方でやるぞー」
「オマエノ、命モ、ココマデダ」
「ディラン、すまんがそういう訳で俺はちょっくらこいつらと遊んでくるわ」
「レ、レオニス卿……お、お気をつけて……」
レオニスは背中の大剣を空間魔法陣に仕舞いつつ、ディランに向けて声をかける。今日もレオニスは剣を一切使わず、拳と魔法のみで勝負するつもりのようだ。
それはまるで、今から近所に散歩でもしに出かけるかのような、本当に気の抜けた軽い挨拶。尋常ならざる不穏な空気を隠さない中位ドラゴン達とは大違いである。
そのあまりの軽さに、ディランはただただ度肝を抜かれつつその背を見送るしかない。
本来ならディランがレオニスを懸命に引き留める、もしくは両者の間に立ち仲裁に出るべきところなのだろう。
だが、中位ドラゴン達が発する猛烈な威圧は部外者の介入を明らかに拒んでいた。とてもじゃないが、当事者ではないディランに口出しなどできる空気ではなかったのだ。
他の竜騎士達も「レオニス卿、大丈夫なのか……?」「あの四頭を同時に相手するとか……」「無茶にも程がある」「もし万が一の時には、私達が止めねばなりませんね……」等々、口々に心配そうに呟いている。
皆設営の作業の手を止めて、レオニス達の動向をじっと見守っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
敗戦の復讐に燃える中位ドラゴン達を引き連れて、レオニスが野営の設営地から歩いて離れていく。
その歩いている最中に身体強化魔法を複数かけつつ、空間魔法陣からアークエーテルを取り出してぐい飲みしている。レオニスの相変わらずの周到さには恐れ入る。
そうしてディラン達の目に、レオニス達が豆粒くらいの大きさになるくらいまで離れたところで、レオニスと四頭は真正面に向かい合い対峙した。
両者の間に、緊迫した空気が流れる。
こんな空気を味わうのは、レオニスがこのシュマルリ山脈南方を初めて訪れた時以来か。
「今日コソ、オマエガ、地ニ伏ス時ダ」
「そんなもん、やってみなきゃ分からんぞ?」
「命乞イ、スルナラ、今ノウチ、ダゾ?」
「この俺がそんなことする訳ねぇだろ」
「我等、竜族ノ誇リ、今コソ、取リ戻ス!」
「なら俺も、人族の誇りを賭けて負ける訳にはいかんな」
「皆、行クゾ!」
「「「オウッ!!」」」
勝利に燃える四頭が、レオニスに向かって一斉に襲いかかる。
それまで腰に手を当てつつ、悠々と立っていたレオニス。中位ドラゴン達を迎え撃つべく、瞬時に構えを取る。
互いの誇りを賭けて、再び人族と竜族が拳を交える時が来た。
こうして中位ドラゴン達のリベンジマッチの火蓋が切られていった。
レオニスと中位ドラゴン達のリベンジマッチです。
一応結果というか、この先まで書いてはみたんですけど。全部詰め込んだら8000字超えそうだったので、ここで一旦分割することに。
レオニスと中位ドラゴン達は、今でこそすっかり打ち解けていますが。やはり中位ドラゴン達にしてみれば、人族に負けた悔しさを簡単に忘れ去ることなどできません。強力な力を持つ彼らにとって、人族なんて本来は取るに足らない脆弱な虫けらも同様ですからね。
アクアなどと同じで、隙あらばレオニスに勝負を挑んで勝とうとするのは当然の感情であり、そんな彼らの思いを真っ向から受けとめてやるレオニスもまた人族きっての男前なのです。




