第927話 ツェリザークの救世主
ライトやラウルが外に出かけている間、レオニスは予定通りツェリザーク支部長のハイラムと話をしていた。
今から約三ヶ月後に行われる予定の、邪竜の島の討滅戦。このことをツェリザーク支部側にも事前に伝えておかなければならないためだ。
支部長専用の執務室で、ソファに対面で座りながらレオニスとハイラムが会話をしている。
「何と……邪竜の島の討滅戦とは……確かにそれは、ここツェリザークにおいても重大な影響が発生する懸念があるな」
「ああ。ここツェリザーク近郊で極稀に出没する邪龍の残穢、あれが一体どういう仕組みで発生するのかは分からんが……死んだ邪竜の怨念や思念体が複数結合したものだ、と言われているからな」
「うむ。それとて所詮は烏合の衆、結束力は弱く一週間程度で霧散するものではあるが……それでも大量発生したら敵わん。あれは一体出現するだけでも厄介な代物だというのに」
レオニスの話を聞いたハイラムが、非常に渋い顔をしながら唸る。
これは邪龍の残穢に限ったことではなく他の魔物もそうだが、邪龍の残穢がいつどこで発生するか全く予測ができない。その出現が確認されたら、都度討伐するしかないのが実情だ。
そしてこの邪龍の残穢は、何故かツェリザーク近郊にしか出現しない。いわゆるツェリザーク固有の魔物とされている。
しかし、このツェリザーク近郊に生きた邪竜の巣や縄張りがある訳ではない。
この事実が何を意味するか。それは『ツェリザーク以外の場所で死んだ邪竜の思念体が、何故かツェリザーク近郊で『邪龍の残穢』という別の形態で復活する』ということだ。
つまり今回レオニスが持ち込んできた話は、ツェリザークにとって即時重大な懸念として捉えられていた。
「レオニス君、その邪竜の島の討滅戦とは必ず決行されるのだな?」
「ああ。邪竜は廃都の魔城の四帝の手駒として、あちこちで使われていることが最近になって分かってきている。その手駒の拠点を叩き潰すということは、廃都の魔城の四帝の力を削ぐことに直結するからな。絶対に決行されると考えて差し支えない」
「そうか……ならばツェリザークとしても、それに合わせて準備しておかねばならないな」
レオニスの話を聞いたハイラムがソファから立ち上がり、執務机の方に向かう。
そしてペンと紙を取り出し、レオニスから聞いたことをサラサラと書き留めていく。
「邪竜の島の討滅戦は、来年の一月末頃に行われるんだったな?」
「ああ。その時期に天空島と邪竜の島が最も近づくらしくてな。ただ、俺達人族の方もその頃は公国生誕祭があって何かと忙しいからな。討滅戦の決行の具体的な日はまだ決まっていないんだが、少なくとも生誕祭が過ぎてからということになっている」
「公国生誕祭後だな、承知した。決行日が確定したらまた教えてくれ」
「承知した」
「邪竜の島にいる邪竜の数は、どれくらいいるのか分かるか?」
「天空島側から聞いた話では、大小五百頭程度いると聞いている。しかし、そこら辺は実際に蓋を開けてみるまでは分からんと思っておいた方がいいだろう。もしかしたら千くらい、あるいはそれ以上いるかもしれんし」
「ふむ……五百でも十分脅威だが、もっと大量にいる可能性も視野に入れて動かねばならんな」
「だな」
ハイラムが邪竜の島の討滅戦に関するデータを紙に書き込んでいく。
レオニスからの情報をもとに、今後ツェリザークが取るべき防衛手段を講じるのだろう。
「しかし……これでは今年の予算内では収まりそうにないな……」
「だろうなぁ。まぁでも邪竜の島の討滅戦のことは、俺の方から既にマスターパレンにも報告はしてある。だから、総本部に緊急案件として申請すれば臨時予算が出るんじゃないか?」
「それはありがたい。早速この件について、総本部に陳情するとしよう」
ハイラムが早速紙に『総本部に陳情要請』と書き込む。
彼がこれからしなければならないことは、たくさんある。
まずは人員の確保。邪竜の討滅戦の決行日以降は、特に数日間は厳重警戒しなければならない。
ツェリザークを拠点とする冒険者はもちろんのこと、近隣の街の冒険者ギルドにも応援要請を呼びかけて、少しでも多くの冒険者を集め備えておく必要がある。
そして、その警戒態勢をいつまで続ければいいのかも現時点では全く分からない。
何日警戒すればいい、という明確な区切りや基準がないので、少なくとも一ヶ月くらいは頻繁な巡回が必要だろう。
それらの人件費を考えると、とてもじゃないが今ツェリザーク支部内にある今年度の予算では到底足りない。
他にも食糧や回復剤等の物資確保もしなければならないし、ハイラムにとってはかなり頭の痛い事態である。
しかし、邪竜の島の討滅戦のことは既にレオニスからマスターパレンにも相談済みであるという。これはハイラムにとって大いなる吉報だ。
マスターパレンは、歴代の総本部マスターの中でも最も有能かつ絶大な信頼を集める指導者として、全支部でその名を馳せている。
彼ならば、ツェリザークの危機的状況を放置したり、見捨てたりすることなど絶対にない―――ハイラムも心の中でそう確信していた。
そしてここでレオニスが、追加情報としてラウルの派遣のことをハイラムに伝えた。
「あと、俺は討滅戦に直接参戦することになってるから、さすがに当日はツェリザークには来れないが。うちのラウルをツェリザークに派遣しよう。ラウルってのは、俺の屋敷で執事として働いているやつなんだが、最近冒険者としても活動しててな。有能なやつだから、邪龍の残穢の討伐にも十分対応できるはずだ」
「ラウルというと……もしや黒髪に金眼の見目麗しい彼のことかね!?」
「ン、確かにラウルの見た目はそれだが……何だ、もしかしてハイラムはうちのラウルのことを知ってんのか?」
ラウルのことを伝えた途端、ハイラムが身を乗り出してきたではないか。
ハイラムの予想外の反応に、レオニスが若干戸惑いながら聞き返す。
そんなレオニスに、ハイラムは興奮気味に答える。
「知ってるも何も!彼は我がツェリザークの救世主だ!」
「ぇぇぇ……ラウルがツェリザークの救世主? 何でそんな大層なことになってんの?」
「何だ、レオニス君は彼の活躍ぶりを知らないのか? いいだろう、教えてあげようじゃないか」
「ぉ、ぉぅ……」
「まず、彼には二つの多大なる功績がある。一つはツェリザーク支部内の売店限定品である、ぬるシャリドリンクの爆発的大ヒット。もう一つは、氷蟹の殻処理問題への尽力。どちらとも、我がツェリザーク支部において非常に貢献してくれているのだ!」
「ぁー……アレとソレね……」
ラウルの功績を鼻息荒く語るハイラムに、レオニスはスーン……とした顔になる。
確かにその二件は、ラウルがやらかし……もとい、自主的に行った行動であることは当然レオニスも知っている。
しかしその二件とも、本当はラウルがただ自分のためにしたことだった。
ぬるシャリドリンクは、ラウルがこよなく愛する調味料としてその廃版の危機を回避するため。氷蟹の殻は、ラウルがラグナロッツァの屋敷で始めた家庭菜園やカタポレンの畑の肥料にするため。
どちらともラウルが全て己の利益のためにやったことなのだ。
その実情や裏側の思惑を全て知るレオニスからすれば、それでラウルが救世主呼ばわりされても苦笑いしか出てこない。
だが、ハイラム他ツェリザーク側の人々がラウルに感謝しているのもまた事実。
罰ゲームアイテムとしか使われてこなかった、お荷物扱いのぬるシャリドリンクは調味料という新たなポジションを得た。これにより、ぬるシャリドリンクはお荷物という厄介者の汚名を返上し、絶品の名産品として一躍持て囃されるようになったのた。
氷蟹の殻処理問題だってそうだ。手間の割には報酬が低くて、儲からない依頼として断トツで不人気ナンバーワンの依頼。それが氷蟹の殻処理依頼だ。
そんな不人気依頼を快く、しかも何度も引き受けてくれるとなれば、ツェリザーク支部内におけるラウルの評判と人気はさぞやうなぎのぼりであろう。
実際に、ツェリザーク支部長であるハイラムの耳にまでラウルの評判が届いているというのだから驚きだ。
「いやー、ツェリザークの救世主にして殻処理の貴公子が援軍に来てくれるとは。何と心強いことか!」
「ぃゃ、ぁー、うん、まぁな……うちのラウルがここでも役に立ってるってんなら、それはまぁいいことだよな……うん」
「さすがはレオニス君のところで働く執事だけのことはある!唯一惜しむらくは、レオニス君もラウル君もうちが拠点ではないということだけだな!」
非常に上機嫌なハイラムに、レオニスはただただ戸惑いながらも首肯するしかない。
ラウルとツェリザーク支部、両者Win-Winでこれ以上ない程に良好な関係を築けていることはとても良いことである。
実際かつてレオニスがツェリザーク支部での魔物解体依頼を出した時に、解体職員からも『ラウルはぬるシャリドリンクを救った人!』という評判を聞いたことがあった。
まさかそれと同じことを、ツェリザーク支部の長であるハイラムからも聞くことになるとは、正直レオニスも夢にも思わなかったが。
上機嫌なハイラムは、なおも続けてレオニスを口説く。
「なぁ、レオニス君。何ならうちの街にも居を構えてみないか? 君達が住む家屋敷も、当支部が責任を持って立派なものを用意するぞ?」
「いや、それは遠慮しとく……つーか、プロステスでも似たようなこと言われたわ」
「何ッ!? プロステスと言えば、我がツェリザークの姉妹都市ではないか!君ら、プロステスでも救世主してたのか!?」
「ン、まぁな、そんなところだ……」
「そうか……やはり君達程の実力者ともなると、各地のあらゆる難問を解決できるのだな……」
レオニスに振られた格好のハイラムだが、それに憤慨することなくむしろプロステスの名が出てきたことに驚いている。
プロステスはツェリザークの姉妹都市であり、酷暑と極寒という正反対の気候を持つ土地柄を活かして晶石を交換し合う間柄である。
そして、ツェリザークの救世主がラウルならばプロステスの救世主はレオニス。かつて炎の洞窟及び炎の女王の窮地を救ったことにより、その結果プロステスという都市そのものを救ったのだ。
ツェリザークとプロステスという姉妹都市間で、主従それぞれが救世主扱いされているのは何とも面白い偶然である。
「さて……俺の方の用事はこれでほぼ済んだが。この後の予算陳情や、様々な防衛策を打ち出して実行するのはハイラム、あんただ。これからいろいろと大変だろうが、頑張ってくれよ」
「ああ。このような重大案件を早めに教えてくれたこと、心より感謝する。三ヶ月もの猶予をいただけたんだ、対処するための準備期間は十分にある」
「その意気だ。ツェリザークの皆の活躍を期待してるぜ」
「任せてくれたまえ。ツェリザークに住まう者全てが一丸となって、この危機を乗り越えてみせようぞ」
粗方話をし終えたレオニスが、ソファから徐に立ち上がる。
ハイラムも執務机から立ち上がり、レオニスのもとに歩み寄り手を差し出した。
二人は固い握手を交わし、来たる三ヶ月後に備えて互いの健闘を祈る。
挨拶を終えたレオニスは、ツェリザーク支部長室を後にした。
ライト達のあれやこれやの間のレオニス側のお話です。
基本的に真面目な仕事話のはずだったのに、何故か後半はラウルの噂話になってもたという…( ̄ω ̄)…ナンデ?
レオニスが解体職員から『ラウルさんマジ救世主!』という話を聞いたのは第739話、バッカニア達との氷の洞窟での成果を持ち込んだ時のことですね。
ラウルがツェリザーク他複数の街で『殻処理の貴公子』という二つ名で崇敬を集めているのも、もはや鉄板となりつつある昨今。
それにしてもこのラウルの二つ名って、本当ーに微妙ーに残念な響きですよねぇ…(=ω=)…
その中に『貴公子』という、実に高貴な響きを持つ単語が入っているというのに。どうしてこんなにも残念なのかしらん?
でもまぁね、他の面ではラウルはモテモテなことが多い子なので。ここでこの残念な二つ名で少し下げることで、立派なバランス調整となるでしょう!(º∀º) ←酷いヤツ




