第916話 水の姉妹の感動の対面
雑魚魔物達に襲われることなく、すいすいと氷の洞窟内部を歩いていくラウル。
ほぼ一本道の単純な洞窟を進んでいくと、洞窟の半分くらいのところで氷の女王が現れた。
『ラウル!来てくれたのだな!』
喜びに満ちた表情の氷の女王が、ラウルの身体に思いっきり飛び込んできた。
あまりの熱烈歓迎に、思わずラウルが「うおッ」という声を上げつつ氷の女王の身体を受け止めている。
どうやらラウルが氷の洞窟を訪ねてきたことを感知した氷の女王が、ラウルが最奥の間まで来るのを待ちきれずに飛び出してきたらしい。
相変わらずラウルのことが好き過ぎる氷の女王に、ラウルも小さく微笑みながら挨拶をする。
「氷の女王、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
『さっきまでは元気ではなかったぞ?』
「そうなのか? 何かあったのか?」
『いや、特に何もない。其方に会えて元気が出たのだ!』
「そうか、そりゃ良かった」
ラウルとの再会に、花咲くような笑顔で喜びを表す氷の女王。そんな素直な彼女に、ラウルも安堵する。
先程まで元気がなかった、などと聞いたものだから、ラウルもてっきり彼女の身に何か起きたのか!?と心配したのだが。どうやら彼女は『其方に会えなくて寂しかった!』と言いたかったようだ。
『今日も氷を採りに来たのか?』
「いや、今日は別の用事があってな」
『別の用事? 何ぞ?』
ラウルの思いがけない返事に、氷の女王が心底不思議そうな顔をしている。
ラウルが氷の採掘以外の目的をもってここに来た、というのが意外なようだ。
実際ラウルがこの氷の洞窟やツェリザーク近郊を訪れるのは、ほぼ氷や雪が目当てなことが多い。なので、『他の目的』と言われてもそれが一体何なのか、氷の女王がすぐに思いつかないのも無理はない。
「今日は氷の女王と水の女王を会わせてやろうと思ってな」
『……!!……ラウル……それは、真か……?』
「ああ。水の女王の方は、俺のご主人様達が迎えに行っている。目覚めの湖からこの近くにある黄泉路の池に移動して、そこからこの氷の洞窟の入口まで皆で来るそうだ」
『水の姉様が……我に会いに、来てくださる……?』
ラウルの今日の目的が『氷の女王と水の女王を会わせること』であると聞き、氷の女王の目が大きく見開かれる。
ラウルに会えた喜びで白く輝いていた頬はますます白くなり、潤んだ瞳も嫌が上にも期待に満ち満ちていく。
他の女王達同様に、氷の女王もこの洞窟から一歩も外に出たことはない。そして、生まれてこの方一度も他の属性の女王に会ったこともない。
特に氷という形態は『固体状態にある水』であるが故に、常に固体状態を維持し続けなければならない。そのせいで、氷の女王は他の属性の女王よりもはるかに自由が効かない。
氷点下以上の温度に晒されれば、たちまちのうちに氷は融け始めてしまうからだ。
だが、そんな氷の女王のもとに属性の女王が会いに来てくれるという。
しかもそれは、彼女と属性を同じくする水の女王。氷の女王にとっては実の姉にも等しい存在だ。
これまでずっと氷の洞窟でひとりぼっちで生きてきて、それが当たり前だと思っていた。そんな孤独な日々に、ついに終止符が打たれる時が来たのだ。
「さあ、洞窟入口に行こう」
氷の女王に、ラウルが微笑みかけながら手を差し伸べる。
思わず顔を上げた氷の女王の瞳には、ラウルはさながら白馬に乗った煌めく王子様のように映っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方その頃のライトとレオニス。
水の女王とともにアクアの背に乗って黄泉路の池に移動した後、こちらもまた氷の洞窟を目指してのんびりと歩いていた。
「ホントにもうツェリザークには雪が降ってるんだねぇー」
「ラグナロッツァやカタポレンの森はまだ秋だってのになぁ」
『雪って、こんなに白いものなのね……』
白い息とともにサク、サク、と雪を踏みしめ歩くライトとレオニスに、地面には足をつけずに空中をふよふよと漂いながら進む水の女王とアクア。
水の女王がこんなに広い雪原を見るのは、生まれて初めてのことだ。
一応目覚めの湖周辺でも何年かに一度は雪が降るのだが、目覚めの湖は不凍湖で雪が積もることなどないのだ。
一面に広がる白銀の世界に感動する水の女王に、アクアが心配そうに声をかける。
『水の女王、寒くない? 寒かったら僕の背中にずっと乗ってていいよ?』
『ありがとう、アクア様。さっきもたくさん魔力を分けていただきましたし、今のところ大丈夫です!だけど、もし疲れちゃったらその時はまたお願いしますね!』
『うん。決して無理はしないと約束してね』
『はい!』
水の眷属を気遣うアクアに、水の女王が元気いっぱいの笑顔で応える。
いつもクールな印象のアクアだが、その実とても心優しい水神なのだ。
道中では、ラウルと同じく狗狼やフロストニードル、雪原鷲などの魔物に時折襲われる。
もちろんここでも雑魚魔物などレオニス達の敵ではない。レオニスやアクアにペシッ!と片手であしらわれて終了である。
そしてそれらの死骸は、ライトがその都度きっちりと回収していく。
狗狼や雪原鷲の肉は後でラウルにあげてもいいし、他は素材としてストックしておく。
この手の素材は、この先いつ何時クエストなどで要求されるか分からない。ライトにはアイテムリュックがあるし、マイページのアイテム欄収納だってある。
拾える素材は拾える時に、いくらでも入手しておいていいものなのだ。
「もうラウルは氷の女王様のところに着いたかな?」
「そうだなぁ……あいつの方が俺達よりもかなり早くに屋敷を出たから、もう氷の洞窟には到着してるかもなー」
歩きながらのんびりと会話するライトとレオニスに、水の女王がワクテカ顔で話しかける。
『ねぇねぇ、氷の洞窟はまだ? もっと遠いの?』
「いや、もうそろそろ見えてくる頃だ」
『ホント!? もうすぐ氷の女王ちゃんに会えるのね!』
「……あ、水の女王様、氷の洞窟の入口が見えてきましたよ!」
『え!? どこどこ!?』
氷の洞窟の入口が見えてきた!というライトの言葉に、水の女王が慌てて周囲をキョロキョロと見回す。
氷の洞窟は地下に潜っていくタイプであり、パッと見ですぐに分かるような外観ではない。カタポレンの森に隣接していることもあって、高い山などはなく見渡す限りなだらかな平原が続く。
だが、そこはRPGゲームがベースのサイサクス世界。雪でできたかまくらの入口のような、黒い穴がぽつんと浮かび上がって見える。
これは周囲が雪に囲まれるせいで、雪に埋もれていない入口、奥に続く道が黒い穴のように見えるのだ。
遠目からもそれと分かる、一際目立つその黒い穴を見つけた水の女王。嬉しそうに声を上げる。
『あッ!!あれが氷の洞窟の入口!?』
「そうですそうです」
『もう氷の女王ちゃんは来ているかしら!?』
氷の洞窟の入口を見つけた喜びで、駆け出すようにして飛び出す水の女王。
先頭を歩いていたレオニスを追い越して、前に飛んでいった水の女王。その後ろを、ライト達が急いで追いかける。
そうしてライト達がどんどんと氷の洞窟に近づいていく。
洞窟入口を発見した直後は分からなかったが、入口に近づくにつれて二つの人影が立っているのが見える。
その二つのうちの小さい方が、入口から飛び出して水の女王に向かって近づいていく。
『氷の女王ちゃん!!』
『水の姉様!!』
氷の洞窟の入口から飛び出した氷の女王を、水の女王が勢いそのままに抱きとめる。
水の女王と氷の女王。水属性の頂点たる二人の姉妹が長らく待ち焦がれた、対面の瞬間だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それまでラウルの腕にぴったりとくっつきながら、ご機嫌で洞窟の入口に立っていた氷の女王。
もうこの腕を一生離さないわ!と言わんばかりにべったりとくっついていたのに、ラウルの一言でその力はあっという間に抜けていく。
「お? ご主人様達が来たようだぞ」
ラウルのその言葉は、水の女王がすぐそこまで来ていることを示している。
氷の女王がキョロキョロと辺りを見回すも、その目にはライト達の姿はまだ映らない。しかし、ラウルがそう言うのだから間違いなくその時が近づいていることを、氷の女王も確信する。
氷の女王は思わずラウルの腕を離し、自然にその身体がふらふらと前に出ていく。
そうして程なくして見えてきた、水の女王が駆け寄ってくる姿。
姉と慕う水の女王を見た瞬間、氷の女王も前に駆け出していた。
『姉様!……姉様ぁぁぁぁ!!』
『氷の女王ちゃん!やっと会えたわね!』
幾星霜を経て初めて直に会う姉の姿に、大粒の涙を零しながら水の女王に抱きつく氷の女王。
己の胸に飛び込んできた可愛い妹をしっかりと抱きとめる氷の女王も、笑顔だけでなく全身に喜びが満ちていた。
『水の姉様……私に会うために、はるばるこんな遠い地まで来てくださるなんて……本当に、本当に嬉しいです……』
『氷の女王ちゃんに会うためなら、どんなに遠く離れていたって絶対に駆けつけるわ!』
『姉様……姉様……あ、あり……ありが、とう、ございますぅ……』
水の女王の腕の中で、泣きながら次第に言葉に詰まっていく氷の女王。
普段は毅然とした態度の氷の女王なのに、姉の前ではただの幼い妹に変わる。
そんな氷の女王の頭を優しく撫でる水の女王。
いつもは妹キャラの水の女王だが、氷の女王の前でだけは優しいお姉さんに変わるようだ。
水の女王と氷の女王。
離れた地に住まう水属性の女王達の、美しくも強い絆が織りなす感動の対面。その眩い光景を、少し離れたところでライト達が見守っていた。
「遠く離れた姉妹の再会……ううッ、何て感動的なんだろう……」
「全くだ……兄弟姉妹ってのは、どんなに遠く離れていても思い合うもんだもんなぁ……」
『本当にね……水の女王もあんなに喜んでいて、見ている僕まで嬉しくなってくるよ』
「氷の女王様も、水の女王様に会うことができて、本当に良かったねぇぇぇぇ」
「ああ、俺も貰い泣きしちまうぜ……頼れる兄貴や姉貴ってのは、本当にいいもんだよなぁ」
『水の女王は、氷の女王にもすっごく会いたがってたからね。願いが叶って本当に良かった』
滝の如き涙をダバダバダーと流す人外ブラザーズ。どうやら二人の女王の感動の対面に、二人して思いっきり貰い泣きしているようだ。
そしてその横で、アクアが実に満足そうに微笑んでいる。
もちろん内心ではとても喜んでいるのだが、人外ブラザーズと違ってアクアが滝涙を流すことはない。
やはりアクアはどこまでもクールな水神なのだ。
だが、ライト達の感動の空気を読まない者が、ここに一人。
「氷の女王、洞窟からあまり長く離れるのは良くないぞ? 早く向こうに戻ろう」
『あ、ああ、そうだな』
「さぁ、水の女王もこっちに来て皆でお茶会でもしよう」
『そうね!せっかくこうして氷の女王ちゃんと会えたんだもの、ゆっくりお話したいわ!』
水の姉妹の感動の抱擁の場に、シレッと割り込んで来たのは他ならぬラウル。
ラウルの言葉に氷の女王は涙を拭いつつ頷き、水の女王もまたラウルが発した『お茶会』という単語に反応して喜ぶ。
ラウルの空気の読まなさは相変わらず天下一品だが、それはひとえに氷の女王の体調を心配するが故の行動なので致し方ない。
せっかく念願の対面を果たしたのに、氷の女王の体調が崩れてしまってはろくに話もできないまま帰ることになってしまう。
そんなことにならないように、というラウルならではの思い遣りと配慮なのだ。
そんなラウルのKY天下無双はなおも続く。
「おう、ご主人様達もお疲れー。皆で向こうでお茶しようぜ」
「ラウル……お前ってやつは本当に……」
「ン? どうした? あ、アクアの分のミートボールもあるぞ」
『ホント? 行く行くー♪』
「……ま、ラウルだもん、しょうがないよね」
水の女王の案内役を務めたライト達にも労いの言葉をかけつつ、お茶という名の休憩に誘うラウル。
どこまでもマイペースなラウルに、レオニスもライトも半ば諦めつつもその優しさも分かるので後をついていく。
ラウルはいち早く洞窟入口に戻り、なるべく平らなところに大きめのテーブルを出して人数分の椅子を置く。
テーブルの横にはアクア用の敷物を敷き、さっき約束していたミートボールのお団子をピラミッド状に堆く積み上げていく。
それからテーブルの上にいくつかのお茶菓子を出し、最後に温かいお茶を氷の女王から一番遠い位置に用意したら準備完了だ。
こうして水の姉妹達とのお茶会が始まっていった。
前話からの続き、水の女王と氷の女王の感動の対面です。
水と氷、もとは同じ水という物質でも形態が完全に異なるだけに、対面に際しては他の姉妹以上に神経を使わねばなりません。
特に氷の女王側は、完全に融けちゃったら一巻の終わりですからねぇ。融けた水を再び凍らせたところで、その氷がまた氷の女王になるなんてことはまずあり得ないですし。
というか、氷の女王をエスコートするラウルが男前過ぎる件。
こんなんしてたら、氷の女王ちゃんがますますラウルに惚れ込んでしまうやろがえー!><
でも、ラウルが氷の洞窟に移住することも絶対にないんですけどね(´^ω^`)




