第910話 飛竜専用飼育場
レオニスがパレンと様々な打ち合わせをした三日後のこと。
レオニスはパレンの要請通りに、竜騎士団の専用飼育場に向かっていた。
打ち合わせ後の翌日午後に、再び冒険者ギルド総本部を訪ねてパレンのもとで竜騎士団からの連絡内容を聞き、即時レオニスと竜騎士団側の会談の場を設けるよう竜騎士団側に伝達。
さらにその翌日に、竜騎士団側から『では明日会談しよう。ついてはレオニスに専用飼育場まで来てもらいたい』という返事が来て今に至る、という経緯だ。
騎士団との会談というと、通常は騎士団の拠点があるラグナ宮殿内の施設で行われるものなのだが。今回は少々勝手が違う。
レオニスと竜騎士団が会談するのは、来年一月に行われる予定の邪竜の島討滅戦について話し合うためだ。
そしてその場には、当然のことながら竜騎士が騎乗する飛竜も参戦することになる。
故にレオニスには、竜騎士だけでなく飛竜達とも顔合わせさせておく必要がある、という竜騎士団側の思惑があった。
そこら辺の思惑はレオニスにも理解できるので、ここは素直に従い竜騎士団側からの招きを受けて指定場所に向かう。
飛竜の専用飼育場に向かうにつれて、人も建物もまばらになっていく。そして人気がなくなるにつれて、微かに獣のような鳴き声が聞こえてきた。
それは音としては本当に微かなものなのだが、一度耳につけば嫌でも気になってくる。
これは今まさにレオニスが向かっている、専用飼育場にいる飛竜達の鳴き声か。
そういやこの辺りは、ラグナロッツァ孤児院の新しい建設予定地の候補の一つだったんだよな。
確かに敷地としては申し分ない広さだが……やはり飛竜の鳴き声がそれなりに聞こえてくるもんなんだな。
俺的にはそこまで煩くは感じないが、こればかりは一概には言えん。感じ方なんて人それぞれだし、孤児院の子供達の中に『鳴き声が煩くて眠れない!』とか『飛竜の声が聞こえてきて怖い!』とか言う子がいないとも限らんからな。
これはきっと、もう一つの候補地だった鷲獅子専用飼育場でも同じことなんだろう。そう考えると、あの時イアンの意見を聞いて東の塔に建設を決めたのは正しかったな。
レオニスはそんなことを考えながら歩き続け、飛竜専用飼育場に到着した。
ラグナロッツァの外周を取り囲む外壁と同じ高さの壁に、とても巨大で重厚そうな鉄柵状の扉が聳え立つ。
その扉は幅8メートル以上、高さ15メートル程あり、実に大きくて立派な門である。これは、飛竜に乗ったまま出入りできる構造となっているのだろう。
巨大な鉄柵扉の横には普通サイズの扉があり、そこには門番と思われる衛兵が二人立っている。こちら側が人間が通るための出入り口らしい。
レオニスが近づいていくにつれて、門番二人の視線がレオニスに集中する。
そして二人の門番が持つ長槍が、レオニスの行く手を阻むように扉の前で斜めに交差した。
「そこの者、この施設に何用か」
「所属と名を名乗り、ここに来た目的を明確に明かせ」
門番からの要求に、レオニスは動じることなく冷静に答え始める。
「俺の名はレオニス。冒険者ギルドに所属する金剛級冒険者だ。今日はとある件での話し合いのために、竜騎士団側からここに来るように言われて来た。上から何か聞いてないか?」
レオニスが深紅のロングジャケットの内側から何かを取り出し、門番達に見せる。
それは冒険者ギルド発行のギルドカード。レオニスにとっての公的身分証である。
それを見た門番達は、扉の前で展開していた長槍の交差を解いた。
「確かに確認が取れました。どうぞお入りください」
「上の者から『レオニスと名乗る者が来たら、お通しするように』と聞いております」
扉を開けながら、恭しく頭を下げる門番。
竜騎士団内でちゃんとした意思疎通、報連相はできているようだ。
レオニスは門番に向けて「仕事ご苦労さん」と労いの言葉をかけつつ、扉を潜り中に入る。
扉の向こうはすぐに剥き出しの地面になっていて、鍛錬場として使用しているであろう広大な敷地が続いている。
アクシーディア公国の竜騎士団は、五十人前後の竜騎士が所属している。その数から考えると、彼らが乗る飛竜も五十頭前後はいるだろう。
一つ所で五十頭もの飛竜を飼育するとなると、厩舎やら運動場やらでかなりの面積が要ることは想像に難くない。
そして運動場?の端の方で、十数頭の飛竜が戯れているような様子が遠目に見える。
人間が乗っていないところを見ると、訓練ではなくただ単に飛竜達だけで遊んでいるのかもしれない。
そんな広大な敷地内を、レオニスはしばしキョロキョロと見回している。人が使いそうな建物がないかを探しているのだ。
すると、今いる門の内側からかなり遠く離れた場所、飛竜達が戯れている向こう側にいくつかの建物群があるのが見えた。
飛竜達より一回り以上大きそうな建物は、飛竜用の厩舎と思われる。
そしてその厩舎の横に、然程大きくもなさそうな建物がぽつんと建っているのが見える。おそらくはそれが、竜騎士達が使う建物なのだろう。
レオニスはその建物に向かって、運動場を突っ切るようにして駆け出していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目的の建物に向かって、ズドドドド……と猛スピードで駆けていくレオニス。
レオニス本人としては、普段のカタポレンの森の警邏と大差ない走り方なのだが。砂塵を棚引かせて怒涛の勢いで走る姿は、間違っても通常の人間のそれではない。
それまで厩舎の前で、キャッキャウフフ?しながら遊んでいた飛竜達の顔がギョッ!?となってレオニスを見ている。
猛烈な勢いで近づいてくるレオニスに、飛竜達は石のように固まる。
だが飛竜達が固まっていたのは一瞬だけで、次の瞬間にはレオニスの走路から慌てて離れつつ、その場で頭を垂れて平伏した。
しかも一頭二頭だけではない、そこにいた飛竜全てが示し合わせたかのように地に伏したのだ。
それはまるでレオニスと目を合わすことすらも恐れているような、強い畏怖の念が込められた行動だった。
レオニスは、そんな飛竜達の謎の行動を訝しがる。
はて、何で飛竜達は俺を避けるんだ? 俺、こいつらに避けられるようなことをした覚えなんてねぇぞ? つーか、そもそもここの飛竜達と会ったことすら一度もねぇってのに……何でだ?
レオニスは脳内で思考を巡らせつつも、飛竜を怯えさせるような心当たりなど全くないのでどうしようもない。
とはいえ、道を譲ってくれたことへの感謝はきちんと示す。
通り過ぎがてら、レオニスが「よッ!」と右手を上げて左右に控える飛竜達に挨拶する。
レオニスが左右にいる飛竜達に顔を向ける度に、飛竜達がビビクンッ!と小さく飛び跳ねているような気がするが。多分気のせいだろう。キニシナイ!
だが、この時レオニスは気づいていなかった。
このモーゼの海割の如き光景を、宿舎の建物の三階から眺めていた人物達がいたことに……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうして宿舎と思われる建物の前に到着したレオニス。
その建物は三階建てで、全体的にこぢんまりとしていて華美さは一切ない。竜騎士達用の、簡易的な宿舎といったところか。
ここには外壁の出入り口にいたような門番は一人もいない。
飼育場の内部施設だから、過度な見張りや警戒は不要ということなのだろう。
建物の入口、正面玄関らしきところからレオニスがそっと中に入っていく。
中の奥まで聞こえるかどうかは分からないが、一応扉を二回ノックしてから入る。
すると、玄関の前の真っ直ぐ先の奥に一人の人が立っていた。
その人物は、レオニスを真っ直ぐ見つめながら静かな声で問うた。
「レオニス卿とお見受けいたします」
「その通り。俺はレオニス、冒険者ギルド所属だ。今日は例の作戦について話し合うべく罷り越した」
「ご足労いただき、感謝いたします。私の名はルシウス・クロフォード、竜騎士団副団長を務めさせていただいております」
「こちらこそ、丁寧な出迎え痛み入る。早速だが、どこで話し合いをすればいい?」
「会議室にご案内させていただきます。どうぞこちらにお越しください」
ルシウスと名乗った人物は、竜騎士団副団長だという。
非常に物腰の柔らかい、人当たりが良さそうな口調は貴族特有の上品さを感じさせる。
もっともそれは同時に、腹の中の読めなさをも内包しているのだが。
ルシウスは玄関ホールから見える階段は上らず、そのまま奥に進んでいく。会議室は一階の奥にあるようだ。
そのまま二人でしばらく進んでいき、とある部屋の扉の前でルシウスが立ち止まった。
そしてルシウスが扉を二回ノックした後、徐に扉を開けて自ら先に部屋に入っていった。
「レオニス卿がお越しです。……どうぞ、中にお入りください」
ルシウスの入室を促す声に、レオニスは無言で歩を進める。
おそらくは会議室であるその部屋の中には、ルシウスを含めて十人の人間がいた。
話は前話から引き続き、レオニスのあれやこれや=邪竜の島討滅戦の話し合い関連です。
レオニスと竜騎士団との交流?はもちろんのこと、シュマルリ山脈南方で行われる予定の研修の様子まで書くつもりなので、ここからまた数回分は回数嵩むかも。
でもって、今日の文字数が若干少なめなのはですね。
話的にちょうど区切りが良かった、というのもあるんですが。実のところ、別の理由もありましてですね…(=ω=)…
最後に出てきた竜騎士団側の人間、九人分の名付け作業が控えているという驚愕の事実_| ̄|●
つか、新たに名付けが必要なのはその九人だけでなく、研修参加人数三十人分にもなるという_ノフ●
しかも竜騎士団の騎士は名門貴族の出も多い(という設定)なので、名前だけでなく名字も用意しなきゃならぬという_|\●_
例え一回二回しか出番のないキャラであっても、登場する場面があって発言もするとなれば名付けしない訳にもいかず。
今日から作者はしばらくの間、名付け作業に魘されること確定です・゜(゜^ω^゜)゜・




