第908話 シルバースライムとお近づきになろう!大作戦
その後ライトは、マッピングスキルを使ってイェソド郊外の銀鉱山に日々足繁く通った。
毎朝の魔石回収兼修行のルーティンワークをきっちりと終え、家に帰る直前にマッピングでイェソドの銀鉱山に飛ぶ。
そして銀鉱山の坑道入口付近に、ライトの手持ちの銀を地面に置いていく。
要は撒き餌でシルバースライムとお近づきになろう!という作戦である。
ちなみに銀の大きさは、一個あたり約150g前後。
幻の鉱山で採掘した銀塊約500gを、手で適当な大きさに千切って三つに分割したものである。
これは、スライム飼育場でロルフから聞いた『シルバースライムには、一日につき拳大程の銀を朝昼晩の三回に分け与えていた』という話から算出した、一回分の食事量だ。
実際幻の鉱山産の銀の大きさは、ライトの拳より少し大きい程度。
ロルフの言うところの『拳大程の銀』に相当する。
しかし、曲がりなりにも金属である銀を、ライトのような子供が素手で千切るのもどうかと思うのだが。それができてしまうのだから、すごいとしか言いようがない。
それはまるでただの煎餅でも折るかのように、難なく銀塊を割り砕いては地面に撒いていくライト。これを毎朝イェソドの銀鉱山坑道入口前で、小粒の銀塊を撒くという作業を日々繰り返していた。
そしてラグーン学園から帰宅した後、ライトはすぐにカタポレンの家に戻り、マッピングスキルでイェソドの銀鉱山廃坑入口に瞬間移動する。
ライトが撒いた銀の餌が食べられているかどうかを確認するためだ。
最初の三日間は全く減っていなくて、その都度少しだけしょんぼりしていたライト。
やはりシルバースライムに警戒されているのだろうか? ライトがそう考えてしょげるのも無理はなかった。
だが、四日目になってようやく変化が現れた。銀の撒き餌が減っていたのだ。
初日に一個、二日目に追加でもう一個、三日目も諦めきれずに追加した一個。計九個撒いた小粒の銀塊が、三日目の朝には六個に減っていた。
「……(ヤッターーー!)……」
ようやく見え始めた成果に、叫び出したいのを堪えつつガッツポーズで大喜びするライト。
何故絶叫したいのを我慢するかと言えば、周囲にシルバースライムがいたらびっくりさせてしまうからである。
銀の撒き餌が減っていることに、非常に気を良くしたライト。
さらにその場でマイページを開き、アイテム欄から銀塊を一個取り出した。
それをすぐに四つに割り砕き、他の撒き餌と適度な間隔を置いて新たな餌として追加していく。
これをライトは朝夕繰り返していった。
そうしてしばらく撒き餌をして観察していくうちに、分かったことがある。
シルバースライムの生息個体数は、思ってた以上にかなり少なそうだ、ということだ。
ライトは銀の撒き餌が食べられるようになってから、地面に撒く小粒の銀塊の数を増やしていった。ライトはこの近辺に、どれだけのシルバースライムが生息しているか、全く分からなかったからだ。
もしシルバースライムがそれなりにたくさんいたら、餌の取り合いになっているかもしれない。
それではシルバースライム同士の喧嘩になってしまうし、その喧嘩で元気なシルバースライムの個体数が減ってしまっても困る。
なので、シルバースライム達が喧嘩しない程度に、豊富な餌を置いておこう!とライトは考えたのである。
そうしてライトは、小粒の銀の撒き餌を徐々に増やしていったが、撒き餌が二十個を超えたあたりから餌の減る数が一定量になっていた。
朝に三十個分の撒き餌を置いたとある日の夕方に、減っていた餌の数は二十個。シルバースライムが朝と昼に小粒の銀を食べたとして、十体分の餌が減った勘定になる。
その時に小粒の銀を二十個追加した翌朝には、十個の銀がなくなっていた。
これらのことから、この廃坑入口付近に住むシルバースライムは十体前後と推測された。
そして、ライトがこの銀鉱山で撒き餌を始めて約一ヶ月が経った。
その頃には、ライトがシルバースライムの傍に近寄っていっても全く警戒されなくなっていた。
初めてライトがシルバースライムと遭遇したのは、撒き餌開始から半月程が経過したとある日のこと。
その日の朝は、いつもより十分程遅れて銀鉱山廃坑入口付近に到着したライト。少しだけ朝寝坊してしまい、朝のルーティンワーク他全部がいつもより遅い時間になってしまったのだ。
だが、ライトと鉢合わせたシルバースライムは全く慌てることなく、そのままのんびり優雅に小粒の銀塊を食べている。
そのままライトがじっと見ていると、シルバースライムが身体に取り込んだ銀塊がじわじわと少しづつ消えていくのが分かる。
シルバースライムの体内で、銀が徐々に溶解されているのだろう。
銀塊を食べ終わったシルバースライムの身体は、よりキラキラとした銀色になっていた。
そして何よりライトが一番驚いたのは、ライトが近くにいても全く動じる様子がない、ということだった。
ライトからシルバースライムがよく見える位置なのだから、シルバースライムだってライトの姿は視認しているだろう。
だが、当のシルバースライムはライトの姿をちろり……と一瞥しただけで、そこから逃げ出す様子は一切ない。
ライト達が初めてこの銀鉱山を訪ねた時の、必死なまでの素早い逃げ方とは大違いである。
あー、やっぱりあの時は黄金龍のルディに怯えてたんだろうな……ルディだけでなく、シルバースライムにも悪いことしちゃった……
お詫びの印って訳じゃないけど、幻の鉱山の銀をたくさん食べてね。幻の鉱山産の鉱物は全部純度100%だから、きっとシルバースライム達にも美味しい!と思ってもらえてる、はず!
ライトがそんなことを考えながらシルバースライムを眺めていると、食事を終えたシルバースライムは満足したのか、そこからのっそりのっそりと移動しだした。
ふよんふよん、とも、へにょんへにょん、とも取れるような、実にもっさりとした非常に鈍い動きは、スライム飼育場でもよく見られる姿。やはりこれがシルバースライムの本来の動作のようだ。
ルディに怯えて逃げ出した時の尋常でない猛スピードは、きっと己の命が懸かった極限下での『火事場のクソ力』だったのだろう。
そうしてライトがシルバースライム達と同じ場所に佇み、具に観察されることを許されてから、さらに半月程が経過した。
その頃のライトは、シルバースライムの距離はより縮まったのでは?と感じていた。
ライトがシルバースライムの真ん前にしゃがんで眺めていても、シルバースライムは全く気にすることなく、もっもっ……と銀の撒き餌を食べている。
実に堂々としたシルバースライムからは、もはや王者の風格さえ感じる。
こ、ここまでくれば、シルバースライムの身体に、直接、触っても、いい、かも……
そう考えたライトは、自分の目の前にいるシルバースライムに向けてゆっくりと手を伸ばす。
もしここで逃げられたら、それまでの苦労が一瞬にして水泡に帰すだろう。逃げられる方のライトも、かなり傷つくに違いない。
だが、ライトが撒く銀の餌を食べててくれているうちは、まだ十分望みはある。
シルバースライムに向けて、じわりじわりと手を伸ばすライト。その喉が、ゴクリ……と鳴る。
如何にライトが普段は図太い神経の持ち主であろうとも、今回ばかりはさすがにかなり緊張しているようだ。
もっもっ、もっもっ……と微かに上下し続ける、シルバースライム。その頭上から数cm上まで、ライトの手のひらが近づいている。
ライトはそのままの姿勢で、深呼吸を何度か繰り返す。
目を閉じ、すぅー……はぁー……と深呼吸をして、高鳴る鼓動と逸る気持ちを何とか抑えていく。
そしてライトは意を決したように、シルバースライムの頭にそっと手のひらを乗せた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「『………………』」
覚悟を決めたライトが、シルバースライムの頭の上に手のひらを乗せて数秒が経過した。
一般的なスライム特有のひんやり&むにむにとした、何とも言えない感触がライトの手のひら全体に伝わってくる。
一方のシルバースライムは、特に動じることもなくそのまま餌をもっもっ……と食べ続けている。どうやらシルバースライムは、ライトに触られることに対する嫌悪感の類いは一切ないようだ。
「……(ヤッターーー!)……」
ライトは再び声にならない声で、シルバースライムへの初接触成功の喜びに打ち震える。
BCOでは、全てのスライムは雑魚モンスターだった。
一部の他のゲームのように『魔物を仲間にする』といった特殊な仕様はBCOにはなかったし、モンスターといえば全て倒すべき宿敵でしかなかった。
スライム他雑魚モンスターとは、倒すことで得られるドロップ品目当てに、ただただひたすら狩って狩って狩りまくるしかない存在だったのだ。
だが、このサイサクス世界は違う。
ラグナ教の魔の者達のように、人語を解して人族の文化や慣習に馴染んだ者達もいれば、翼竜籠を運営する翼竜牧場やスライム飼育場なんて牧場も存在するくらいだ。
それを思えば、自分だってスライムを手懐けることくらいできるはず―――そう考えたライトの行動が正しかったことが、証明された瞬間だった。
ライトの『シルバースライムとお近づきになろう!大作戦』の様子です。
かつてレオニスも、天空島に連れていってもらうという目的のもと『野良ドラゴンと友達になろう!大作戦』を展開していましたが。人外ブラザーズらしいというか、二人して考え方が似通うものなんですねぇ( ´ω` )
ちなみにスライム飼育場で飼われているスライム達は、主に冒険者ギルドに生け捕りを委託して捕まえてきてもらったものを飼育しています。
第389話にて、グライフが冒険者復帰のリハビリとして受けていたのがそれに該当します。
そこら辺のやり方は、某ポケモンや某メガテンと通じるものがあります。いわゆる『ある程度弱らせてから捕獲する』というやつですね。
しかし、作者的には、それってどうなのよ?と思うのですよ。
ンだって、ねぇ? 自分を攻撃して痛めつけてきた者に、そう簡単にすぐに心を開くと思います? 少なくとも作者だったら無理無理(ヾノ・ω・`)ムリムリ。
弱肉強食の理論で強者に従うという流れはあっても、その後の感情とか心情的にはかなり悪影響を及ぼすのではないか、と作者は常々思うのです。
なので、ここはラウルの美味しいスイーツよろしく『美味しい餌で懐柔する』という手段に出た訳です(`・ω・´)




