第877話 専用転移門の稼働実験
キョロキョロと周囲を見回しながら、島の中を歩くレオニス。
天空神殿と雷光神殿の間で立ち止まった。
「よし、この中間地点にするか」
レオニスはそう言うと、空間魔法陣から一枚の紙を取り出す。
それは、レオニスが先程まで悪戦苦闘しつつ描き上げた、天空島専用の転移門の魔法陣図面である。
その紙を、レオニスは光の女王に差し出した。
「光の女王、まずはこの魔法陣の図形を覚えてくれ。できるか?」
『……かなり複雑な形だけど、これを魔法陣として具現化すればいいのね?』
「そういうことだ」
『大きさはどれくらいが良いかしら?』
「そうだなぁ……とりあえず、俺の身長分くらいの幅がありゃいいかな」
『分かったわ』
レオニスから魔法陣図面を受け取った光の女王。
真剣な眼差しで図面を見ながらレオニスと打ち合わせをしている。
そして、レオニスが選んだ場所から少し離れたところに立つ光の女王。
左手に図面を持ち、右手のひらを前面に押し出すようにして前に翳す。
すると、一つの魔法陣が音もなく現れた。
「おおお、一発でできるとは……やっぱ属性の女王ってすげーな……」
『形や大きさはこれで良いかしら?』
「…………」
光の女王の問いかけに、しばしレオニスが出来たての魔法陣に見入る。
図形は寸分違わず正確、大きさも約2メートル程あり申し分ない。
隅々まで図形のチェックを終えたレオニスは、光の女王にOKを出した。
「これで問題ない。そしたら次は、これを地面に置く。魔法陣を水平にして、地面に染み込むようにイメージしながらここら辺に置いてくれ」
『分かったわ』
レオニスの指示に従い、光の女王が手のひらを下に向ける。
彼女の手の動きに呼応し、垂直だった魔法陣が水平になっていく。
魔法陣が水平になったところで、光の女王はゆっくりとその手のひらを下に下ろしていった。
宙に浮いていた魔法陣が、ゆっくりと降下していく。そして魔法陣が地面に着いた瞬間、地面からふわっとした光が湧き上がった。
光は数秒で収まり、魔法陣が置かれた地面は一見何もない土地に戻ったかに見える。
だがよくよく見ると、そこにはうっすらとした極微量の輝きが発せられているのが分かる。
これで、天空島専用転移門の記念すべき一ヶ所目が設置されたはずだ。
レオニスは間を置かず、次の段階に移る。
空間魔法陣を開き、一本の石柱を取り出した。
それは転移門で行き先を指定するために必要な装置?である。
その石柱を転移門の魔法陣の横に置き、設置場所の地面を土魔法で少し柔らかくしてからしっかりと埋め込む。
埋め込んだ後に、再び土魔法をかけて地面を固めることも忘れないレオニス。
何だかDIY感覚でサクサク進んでいくが、実際はかなりすごいことをしているのである。
「さて、これで一ヶ所目が完了だ。次は畑にする予定の島に二ヶ所目を作る。向こうに行くのは俺と光の女王だけで事足りるから、ライト達はしばらくここで待っててくれ」
「うん、分かった!」
レオニスからの指示に、ライトは一も二もなく承諾する。
だがここで、雷の女王がレオニスに声をかけた。
『え、そしたら私もついていっていい?』
「ン? そりゃ別に構わんが……」
『光の女王ちゃんだけにいろいろ作業させるのは悪いもの!向こうの島の魔法陣は、是非とも私に作らせて!』
「そうか、なら雷の女王にも手伝ってもらうことにしよう」
目をキラキラと輝かせながら、フンスフンスと張り切る雷の女王。
自分も転移門作りに貢献したい!という思いから名乗りを上げたようだ。
その心意気は非常に好ましいので、レオニスも快く受け入れた。
「じゃ、光の女王、雷の女王、行くぞ」
『ええ』『ええ!』
レオニスの呼びかけに、光の女王は小さく頷き、雷の女王は元気良く応える。
三人はふわりと宙に浮いたかと思うと、鍛錬場がある島に向けてスーッと飛んでいった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニス達が飛び去った後、五分もしないうちにレオニスだけがライト達のもとに戻ってきた。
光の女王も雷の女王もいないが、二人ともまだ鍛錬場がある島にいるのだろう。
「ただいまー」
「おかえりー、早かったね!」
「まぁな。ここと同じものを作るだけだから、然程時間もかからん」
「場所はどこに設置したの?」
「ラウルと天使達が作ったログハウスの玄関、入口のすぐ横に置いた」
レオニスの話によると、二ヶ所目の転移門はログハウスの入口横に設置したらしい。
天空島専用転移門を使うのは基本的にライト達四人。なので、ログハウスの入口付近に設置するのは妥当である。
そして、ログハウスという言葉を聞いたライトはレオニスに尋ねた。
「そういえば、ラウル達のログハウス作りはどうだった? もう作り終わってた?」
「ああ……もうとっくに出来上がってて、あいつら鍛錬場で打ち上げバーベキューしてたわ……」
「そ、そなの? それはまた仕事が早いね……」
「そりゃあな、百人以上の天使が手伝ってたからな。予定の一時間より相当早く、三十分ほどで完成させちまったらしい」
「そ、それは……」
ライトとしては何の気無しに尋ねたことだったが、レオニスの顔はスーン……となり、一気に表情が抜け落ちる。
「くッそー、俺は小一時間もの間ずーーーーっと頭を煮えさせ続けて、必死こいて魔法陣と戦ってたってのに……」
「あいつらは人海戦術でとっとと仕事を終えて、優雅に打ち上げとか……女王達も、転移門を作った後天使に呼ばれて向こうに混ざっちまったし……」
「何なんだ、この差は……」
陰鬱な顔で、ブツブツと独り言を漏らしまくるレオニス。
先程まで散々苦労していた自分に比べ、ラウルがちゃちゃっとログハウスを作り上げていたことが余程衝撃だったらしい。
しかも光の女王と雷の女王は、打ち上げ中の天使達に呼ばれてバーベキュー大会に混ざってしまったというではないか。
これはレオニスが凹んでも致し方ない。
しかし、今ここでレオニスのモチベーションが低下するのは非常によろしくない。
レオニスが落ち込む様子を見ていたライトが、慌ててレオニスに声をかける。
「レ、レオ兄ちゃん、そしたらこっちも早いとこ転移門を動かして、ラウル達のバーベキューに合流しようよ!」
「ン?……そうだな、こっちもサクッと仕事を済ませるか」
ライトの懸命な励ましが実ったのか、レオニスが気を取り直してパッ!と顔を上げた。
この切り替えの早さに、感動さえ覚えるライト。
そしてレオニスは二つの神殿の間にある、先程作ったばかりの転移門に移動した。
「ぁー、まずはここの名称を『天空島・地点A』に確定させてから、あっちの『天空島・地点B』を登録して、と……」
石柱の前に立ち、石柱から出るホログラムパネルを何やらピコピコと操作するレオニス。
サイサクス世界の転移門は、この操作パネルに登録した行き先にしか行くことができない。なので、事前に行き先を登録しておく必要があるのだ。
そしてこの行き先の登録個数は、基本的に制限はない。
例えばライト達が普段家で使う転移門は、ラグナロッツァとカタポレンの往復にしか使っていないので、行き先も一つしかない。それ以上増やす必要もないからだ。
だが、冒険者ギルドや魔術師ギルドが使う転移門になると、話は変わってくる。各組織が持つ全ての支部名が、行き先候補地として出現するのだ。
あいうえお順で、各市町村の名がずらりと並ぶホログラムパネル。
一面では表示しきれないので、あいうえお順の遅い方は指でスクロールさせなければならないほどである。
余談ではあるが、大体の場合アドナイやイェソド、エンデアンなどは最初の画面内に出てきて、首都ラグナロッツァはスクロール後の一番最後の方にいることが多い。
名称登録等を終えて準備を整えたレオニス、ふと周囲をキョロキョロと見回している。
そしてライト達が先程までお茶会をしていた場所に目を留めた。
レオニスは置かれたままのテーブルや椅子がある場所に近づいていき、一脚の椅子を持ち上げた。
「とりあえずこれでいいか」
レオニスはその椅子を転移門の魔法陣の中に置き、深紅のロングジャケットの内ポケットから何かを取り出した。
それは、光の勲章と雷の勲章だった。
二つの勲章を、魔法陣の真ん中に置いた椅子の上に置くレオニス。
その後レオニスは、マキシに向かって声をかけた。
「マキシ、今からこの椅子を向こうの島に転移させるから、上空から成功したかどうかを見ててくれるか。ログハウスの玄関は、こっちの島からも見えるはずだ」
「分かりました!」
レオニスの要請に応じ、マキシはすぐに人化の術を解いて八咫烏の姿に戻る。
そして今いる島の端の方に飛び、鍛錬場のある島がよく見える位置に飛んで待機した。
レオニスは魔法陣の外に出て、石柱の背面にある動力源置き場に魔石を一つ入れた。これでいつでもこの転移門を動かせるようになったはずだ。
そして石柱の横から覗き込むようにして、ホログラムパネルを操作するレオニス。今から転移門の稼働実験をしようとしていた。
いつも使う転移門ならば、普通に自らの身体を使って移動の確認を行うところなのだが、今回はそれはできない。
何故ならば、この天空島専用転移門には『光の勲章と雷の勲章を持つ者のみ』という通過条件を付け加えたからだ。
今回は普段とは違うカスタマイズで、魔法陣の中の何箇所か書き換えた。それだけに、確認実験は慎重に行わなければならない。
万が一何らかの不具合が起きたら、目的地に転移できないだけでは済まない可能性がある。
目的地以外の転移門に飛ぶくらいならまだいい。だが、もしかしたら亜空間や異次元など、予想もつかない場所に飛んでしまうことだって十分あり得るのだ。
そしてもしそうなった場合、かなり洒落にならない事態になる。
もし亜空間や異次元に飛ばされたら、こちらに帰ってくるのは非常に困難を極めるだろう。
そうしたリスクを回避するためにも、まずは消失しても問題ない無機物だけを置いて実験しよう、という訳だ。
失敗したら取り返しのつかない、人や生物を対象とした移動実験は無機物での実験が成功してから、である。
石柱横からの操作を終えて、レオニスが上空で待機しているマキシに大きな声で呼びかけた。
「マキシ、今からやるぞー。よーく見ててくれー」
「分かりました!」
マキシからの返事を得たレオニスは、先程登録したばかりの移動ポイント『天空島・地点B』を二回タップした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニスが転移門の移動を実行したその直後。
魔法陣の中にあった椅子が、フッ……と消えた。
そしてそのすぐ後に、上空を飛んでいたマキシが声を上げた。
「あッ!ログハウスの前に椅子が現れました!」
「おッ、成功したか!」
「ホント!? やったね!」
マキシの報告に、ライトもレオニスも喜びの声を上げる。
そしてすぐさまレオニスが宙に浮き始めた。
「よし、そしたら次は俺が向こうに行って、向こうの転移門の設定をしてから椅子といっしょにこっちに転移する。ライト達はここで待っててくれ」
「うん、分かった!」
ライトが承諾すると、レオニスは鍛錬場のある島に飛んでいった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
神殿のある島に取り残されたライトとマキシ。
マキシはライトのもとに降り立ち、すぐに人化してライトの傍に寄り添っている。
二人が転移門の横でおとなしく待機していると、一分もしないうちにレオニスが戻ってきた。
その手は先に転送させた椅子に置かれており、椅子とともに無事に転移できていた。
「レオ兄ちゃん、おかえり!」
「実験成功、おめでとうございます!」
「おう、ただいま。待っててくれて、ありがとうな」
実験の成功受けて、嬉しそうにレオニスのもとに駆け寄るライトとマキシ。
レオニスの帰還を喜ぶライトとマキシに、レオニスも嬉しそうに微笑む。
二人の頭をくしゃくしゃと撫でながら、レオニスがライトとマキシに話しかけた。
「じゃ、俺達も向こうに行くか……って、マキシはまだ女王達の勲章はもらってないよな?」
「いいえ、レオニスさんが魔法陣を描いてるのを待っている間に、ラウルの分も含めて二つづつ頂きました!」
「そっか、なら大丈夫だな。じゃ、皆で向こうに行くぞ」
「うん!」
「はい!」
天空島専用転移門の通過条件、光の勲章と雷の勲章をまだ持っていないはずのマキシを心配するレオニス。だが先程の待機中に、マキシは既に二人の女王からそれぞれ二個づつ勲章をもらっていたようだ。
これなら三人同時に転移門を使用することができる。
早速ライト達は、ラウル達が待つ向こうの島に移動していった。
転移門の書き換えに苦心した後は、設置作業及び稼働実験風景です。
ぃゃー、転移門の設置方法なんて初期の方で描写して以来なので、その手順やら当時の描写を思い出すために第48話とか第65話あたりを必死に読み返してしまいましたよ('∀`)ナツカスィー
そして、まずは無機物の転移から始めるという、かなり慎重な姿勢で実験をしていますが。これはまぁ作中でも書いた通りで、いきなり人体実験から始めて失敗したら洒落にならん!ということで、レオニスも慎重に慎重を重ねて行動しています。
如何にレオニスが普段は『ちっちゃいことはキニシナイ!』な性格をしていても、さすがに今回ばかりはそれでは済まされませんからね(´^ω^`)




